コメディ・ライト小説(新)

Re: ハッピーバイバイバレンタイン【前日譚更新中】 ( No.9 )
日時: 2022/04/06 18:27
名前: 永久 知音 (ID: hDVRZYXV)

 金曜日、テルは引っ越し最後の準備のため学校を休んだ。
 テルのいない教室、その中からは生徒たちのざわめきが聞こえる。
 ただそれは他クラスでも同様だった。

 みな黒板の上に設置されているスピーカーに耳を傾ける。

《繰り返します。灯亜アカシア テル君の引っ越しに関する連絡です。
 バレンタインデー当日、テル君の家やめぐり駅にて彼に告白等を行おうとする本校生徒が多数おります。それによる混雑で、テル君及び地域の方々への迷惑が予想されます。
 よって、明日の午後四時、本校の体育館にて、テル君以外全校生徒で任意参加のじゃんけん大会を行い、当日、テル君と直接会話をできる生徒を優勝者一人に絞ります。また──》

 朝のHRに流れたその放送は多くの女子生徒、そしてサクに絶望を与え、また闘志を燃やさせた。
 その熱気にはどのクラスの男子も怖気づく。

「私が絶対に勝ってやるわーー!!!」
「あんたいつもグーしか出さないんだから無理よ」
「はあ!? じゃあパーを出してやるわ!」

 そんな会話を聞きながら、サクはじゃんけん大会で優勝する方法を考え始める。

 いつだって一緒だった親友に言葉なしに別れるなんて考えは彼にない。優勝以外ありえない。
 
 信じているのだ。テルとサクを繋ぐ絆の力を。

 HR後、テルの爪を握りながら少年は立ち上がる。
 全ては親友との印象ある別れのために。

「俺頑張るからな。テル」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「頼む! じゃんけん大会に参加してくれ! そして勝ち残ったら俺に負けてくれ!」

 その昼休み、サクは学校中の男友達に手のひらを合わせ、そう頼んでいた。
 頼み事をされた相手はみな揃って真顔で言う。

「お前は何を言ってるんだ」
「だから、じゃんけん大会で俺に負けてくれ」
「そういうこと言ってんじゃねえよ!」

 困惑の瞳を浴びせてくる男友達の一人にサクは頭を掻きながら、ことの説明をする。

 じゃんけん大会のルールはとてもシンプルで、代表の先生一人と参加生徒全員が王様じゃんけんを繰り返し、勝ち残りが十人以下になったら、その勝ち残った全員で直接じゃんけん勝負をして、優勝者一人を決めるというものだ。

 サクは、勝ち残った生徒の中に協力者、つまり負けてくれる友達がいれば、より優勝が確実になると考えた。
 もちろん協力者が一人も勝ち残らなければそれまでなのだが。

「まあ、言いたいことは分かったよ。いいぜ、協力してやる」

 説明を受けた男友達は乗り気とまではいかないものの、友達の頼み事だからと首を縦に振った。
 その途端、サクの目には星にも負けないきらめきがたくさん映る。

「うおおお! まじさんきゅー。やっぱ持つべきものは友達だな!」

 勢いよく男友達に抱きつこうとするサクの顔に、大きな手のひらが押し付けられる。

「その代わり。いつかラーメンおごれよ?」
「おう!」
 
 顔の手をどけると、サクはとびきりの笑顔で返した。
 親友のために奔走する彼は、どんどんと輝きを増す。

「ところで、サクの作戦って穴あるよな。お前自身が王様じゃんけんを勝ち残れなかったら全く意味ねえぞ」

 その意見は予想済みと言わんばかりにサクは得意顔を見せつける。
 自慢げに口を開こうとしたその瞬間、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、サクは自分の教室に戻った。

 ──そして、放課後。
 ある生徒は部活動に励み、またある生徒は友達と帰路につく。
 そして彼らとはまた別の少年、サクは校内の誰もいない部屋で一人で座っていた。
 なにやら身体をそわそわさせて落ち着きがない様子だ。
 そこに一人の女性の先生が、ゆっくり扉を開けて入ってきた。
 
「ごめんなさい。少し遅れました」
「俺も今来たばっかだから大丈夫です!」

 簡単な挨拶を終えると、二人は早速本題に入る。

「先生は明日の王様じゃんけんの代表ですよね?」

 先生は情報伝達の速さに驚きつつ、サクの質問に肯定の意を示した。
 返事を受けると、サクはいつもは見せない真面目な顔で言った。

「先生、明日のじゃんけんで先生の出す手を教えてください」
「へ?」

 あまりにも突飛的な頼みに先生は裏返った声を出し、顔を呆けさせた。
 生徒相談室の中で二人は互いを見合う。