コメディ・ライト小説(新)
- Re: ヨイヤミ ( No.3 )
- 日時: 2022/02/25 12:34
- 名前: むう (ID: M1rCldzG)
場所は変わり、とある地下の倉庫。
金属製の棚には、不透明な瓶が隅から隅まで並べられてあり、時々注ぎ口からプシュープシューッと変な煙が出ている。
床には段ボールが高く積まれており、ろくに掃除もしてこなかったせいでとにかく埃がひどい。
そんな倉庫の扉が、バンッッと開け放たれた。
蝶番の音をきしませて、とか鍵でガチャリとなんてもんじゃない。足で思いっきり外から蹴られた。
扉も木製のもので、なんとか破損は逃れたようだが次やればあっけなく壊れるだろう。
「おー。まだ生きてんのかこの扉。 いっつも蹴ってんのに」
扉を蹴った誰かが、聞き捨てならない言葉を呟く。
ということはこの人は、今までここに来るたびに扉にキックしていたことになる。そしてそれと同じ回数ぶん、扉はダメージを受けていると言うことだ。
この人には、鍵で開けるという概念はないのだろうか。
部屋に入った人物の正体は、小柄な少女だった。
身長は150センチ前後ほど。袖口部分に目玉をあしらった飾りが特徴の、薄い生地の上着を着ている。下は短パンに、厚底ブーツ。すらっとした手足には包帯。髪色は灰色で、寝癖なのか前髪以外の毛束が外はねしている。前髪はパッツンで、幼い印象。
少女は棚の近くに駆け寄ってざっくりと瓶の個数を数え、脇に挟んでいたバインダーに何やら記入をし出す。鉛筆の持ち方も基本がなっていないので、字も当然汚かった。
「ったくよー。こんなもん全部私の管理でいいだろうがよ、へるもんじゃないんだし」
とかなんとか文句を垂れながらも仕事を進めていく。
彼女の瞳は向かって左側が赤、右側が黒の珍しいオッドアイだった。無機質な部屋に、その瞳の色が怪しく輝いている。
「碧芽のやつ、上手くやってんのかな。さっきもダーって部屋飛び出して、ドタドタビューンッて階段降りて行っちまったしよぉー」
加えて彼女は頭が悪い。いつも語彙力が旅行中なので、簡単な擬音を並べて無理やり説明する癖があった。なお、怒った時は今よりも何を言っているのか分かんなくなるという。
壁を蹴って室内に入る異常な行動と相まって運動神経はバツグンだった。
この前も町内でもめていた町民にオーバーヘッドキックを食らわして、しまいにはカップラーメンをパシった。
脳筋ここに極まれである。頭で考えるよりも即行動する性格なので、色んな人にガサツと呼ばれるのも無理はない。
「おかげでこっちは事務作業だしよぉ。くっそめんどいし……よし、助っ人頼も」
少女はズボンのポケットから、小さなボタンを取り出した。どこかしら造形がナースコールに似ている。
上にボタンがあり、指で押すと音が鳴るタイプ。これは彼女が仲間との連絡用に使うものだった。
さっそく連絡器を左手で持ち、ボタンを人差し指で押す。
ブ――――ッッというけたたましい機械音が部屋内に響き渡る。あまりのうるささに、少女も両耳を手で覆った。
『あ~~……なんですか?』
呼び出しに出たのは、けだるそうな若い少年の声だ。
今現在仕事中だったのに、騒音に驚いてテンション下がった………みたいな感じだろう。
「今から倉庫来てくんね? ナニカの管理」
『は? あんた一人でやれよ。だいたい俺ヨルノメじゃないし』
声はかたくなに反抗的である。いつものことなので少女はさらりと受け流す。
引き続きバインダーに鉛筆で走り書きをしながら、通話相手がこれ以上機嫌を損ねないようにわざと明るい調子で尋ねる。
「確かにそうだけど、カタバミはこのスス様の舎弟だろ?」
『いつから舎弟になったんだよ。 あのね、舎弟って言葉調べてから言ってもらっていいですか』
残念なことに相手の機嫌はさらに悪化。
相手の少年はすうっと息を吸い込むと、一息に続けた。
『だいたいね、俺いまその倉庫の入り口につながる二階の階段に既にいんだよ。テメエがかけてくるの見越してな。手伝ってやろうかと思ったんだよ。そんで足を進めた時にかかってきたんです! そのでっけえ音がね!! いつも言ってんだろうがボリューム下げろって! え、なに、あんた言われたことも守れないんすか3歳ですか何なんですか、そんな奴に舎弟呼ばわりされたくねえよっっ』
長いセリフをノンブレス。流石最後になるにつれて息は上がっていき、言い終わったころにはゴホゴホとせき込む音も聞こえて来た。
通話相手―カタバミと呼ばれていた少年は、無意識に人を見下す癖があった。根は素直なのだが、一度怒らせてしまうと面倒なのである。
「碧芽が新参者んとこ行ったから呼んだんだ」
『だとしても自分の仕事を他人がやるのはおかしいでしょ』
確かにそうだが、後輩の碧芽は頭脳が優秀で計算も得意。なのでいつもこういった仕事は彼女と二人で………いや、彼女に押し付けていた。
真面目な碧芽は嫌とも言わずに凄い速さで仕事をこなしてくれていたっけ。
「お前も頭いいんだからいいだろうがよ千景くん」
『はっ。嫌だって言ってんのに無理やり押し付けるの、上司としてあるまじき行動だ拡散に値する』
もう一度言う。カタバミ少年は、一度怒らすと面倒なのである。とことんつけあがりネチネチと上げ足をとるので、ススはここで白旗を上げることにする。
「待て待て待て待て。悪かった。悪かったからやめろ。ドーンしてお尻ぺんぺんするぞ!」
『なんすかドーンって。ついにヒトの言葉も喋れなくなったんですか。おしゃぶりから始めますか?』
顔は見えないが、脳裏に高らかに笑っている彼の姿が映し出される。
上から目線で偉そうな、あの憎たらしい表情を思い出し、ススの方にも怒りが蓄積されていく。
「ったく……。それだからテメーはダチが少ないんだよ」
『あんたには関係ない。 ……仕事進んでます? 今からそっち行くからバブバブしなから待ってて』
言葉に品がないのも、人との関わり方が分からないのもお互い様。いつもこうやってお互いがお互いをいじり、弄ぶことで話は進んでいく。彼女たちなりの交流の仕方である。
まあススとは違って、少年のほうは仲良くなるつもりなどさらさらないけど。
ススは連絡器の電源を切ると棚に置かれた瓶の一つに手を呼ばす。他の瓶が全部黒色なのに対し、これだけはくすんだ赤色をしていた。
若干目じりを吊り上げながら、注ぎ口に右手をかざす。
すると、噴出していた灰色の煙が一点にあつまり、ビー玉のように丸く固まり彼女の手のひらへと吸い込まれて行く。なめなかな動きは、声を上げる暇もない。
「………嫌になるよなぁ……」
という、含みのあるセリフは誰にも届かずに空気の中へ霧散していく。
自分の右手を軽く振り、異常がないか確かめたところで扉が二回ノックされる。
嫌だいやだと叫んでいたのにも関わらず来てくれる彼に苦笑がもれた。
しかし自分の立場上、いかなる場合でもモットーと尊厳は崩さない。
ススは両腰に手をあてて、自信満々に言い放つ。少女はいつも気まぐれで、わがままだった。
「お、来たか舎弟ちゃん。早速だけどスス様は腹が減った。売店のソーセージ弁当が欲しいのだ」
『…………あんた、ぶっ殺しますよ』