コメディ・ライト小説(新)
- Re: ヨイヤミ ( No.4 )
- 日時: 2022/03/04 14:34
- 名前: むう (ID: LGYhX5hV)
結局僕こと田中平は、成り行きに任せて交流所というところに連れてこられた。
交流所と言ってもその外装は田舎のホテルのような感じであり、窮屈そうな印象。しかし入り口のガラス扉やベランダの柵の装飾はきらびやかでしっかりしてあった。
建物は3階建て。
1階はロビーと図書館。ロビーで受付を済ませ滞在届的な紙を提出すると、、あとは町内で好きなように行動することが出来るらしい。
図書館にはカフェが併設されてあり、勉強をしながらコーヒーをすすることも可能。優雅なひとときを過ごせる。
2階は交流所。僕みたいにヨイヤミに迷い込んでしまった人や町のリーダー的組織「ヨイヤミ」のメンバー、ヨイヤミ町民……全員が使える場所である。
漫画やゲーム、エアホッケー台や卓球台なんかも充実している。来訪者の中には、家からゲーム機とカセットを持ってきて、交流所でプレイする人も一定数いるとのこと。
3階はお客様用の宿泊施設になっている。主に来訪者たちが泊まるスペースだ。
部屋は完全個室で、シャワー付き。出入りする時は専用の鍵を用いる。ちなみに朝食・昼食・昼食は出ないので、町の北にある商店街で自分で買って食べなきゃいけないとか。
(修学旅行じゃん)
受付をするのでここで待っていてと言われた丸イスに腰かけて、僕は虚空をぼんやりと見つめる。
ロビーあり。娯楽あり。寝室あり。専用の鍵あり。それはもうアレと呼ばずして何と呼ぶ。
(修学旅行じゃん!??)
つまりお風呂から入ったらエアホッケーや卓球が出来るってことでしょ。温泉卓球じゃん。ホテルじゃん。修学旅行じゃん。
実は僕はこれまでの人生の修学旅行をあまり楽しめていない。
小学6年生の時は、雨天決行でせっかくの遊園地がパァ。夜の旅館だって、クラスメートがめいめいに騒いだせいで一睡もできなかった。幼稚園の卒園記念の遠足は、インフルエンザで行けなかったし。
さっきまでの警戒心と疑惑は、好奇心によりあっけなく霧散してしまった。
心の中で「こんな場所に来れる自分超ラッキー!」と真剣に考えるほど、僕の頭は飽和仕切っている。
頭上に垂れ下がるシャンデリアの豪華なこと。おまけに、外から見た時には狭いと感じたが、意外と中は広い。
暖房も快適で、ただ椅子に座ってるだけで欠伸が漏れる。
「平さん」
「ふわっっっっ」
突然の声に、落ちかけた瞼が一気に開かれる。
顔を上げると、用事を終えた碧芽が相変わらずの無表情で立っていた。
手には沢山のプリントをかかえている。どこから取り出したのだろうか。さっきの受付でもらったものかな。
「受け付けは済ませてきました。すみませんが、私は次の仕事があるのでここでお暇させてもらいますね」
「えっ!?」
彼女の爆弾発言に声が裏返る。
知らない場所で一人でいろなんて鬼じゃないか。まだ全然ここの地理にも詳しくないのに。一人で一晩過ごせと? 無理があるだろう。
僕は慌てて碧芽のパーカーの裾を掴んだ。全てが突然すぎて。
「待ってよ。置いて行かないでよっ。僕、ほんとうに訳が分かんないんだよ」
「大丈夫ですよ。私の代わりに先輩が来られますので」
「…………え」
今度は違う種類の『え』が口から漏れた。さっきのは心からの驚き。今のは心からの呆れである。
彼女は満足そうな顔で笑っているが、こっちは引きつった顔を浮かべるのみ。
いくら先輩がこの町のことを知っていても、あんなおかしな文章を書く人だ。不安しかない。
「心配なさらずとも、人を取って食ったりはしませんからご安心を」
「どこの世界線だよ」
「………まあ、オーバヘッドキックと、足技と、右ストレートを繰り出すことはありますが」
「碧芽さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!??」
どこぞのヤンキーだよ、と心の中で突っ込む。
もしかして先輩、ガチガチの金髪の方じゃありませんよね。特攻服を羽織って原付バイクで来たりしませんよね? 金出せと命令されて僕が飛んでも、何も出ませんよ??
「嫌だっ。そんな暴君と会うの嫌っ。待って碧芽っ。置いていくなよ!」
「すみませんこのあと資料をまとめなきゃいけないので。先輩が上手くやりますから」
「信用できねえぇよぉおおおおぉ」
慌てて手を差し伸ばすも、足の速い碧芽はすぐにガラス扉の奥に消えてしまう。
彼女の青色のフードが陰に隠れ、僕の右腕は空をなでた。
視線が碧芽から自分の指さきへと移った瞬間、サッと背中から冷たい汗が湧きだす。
(どうしよう)
せめて地図くらい渡してくれればよかったのに!
知らない場所、知らない土地、知らない世界。そんなところで何をしろと。
お金も持ってない。何も持っていない。ああ、つんだ。どうすればいいんだ。
周りを見渡す。ロビーには沢山の人がいて、そのほとんどが中学生から高校生くらいの子供だった。
色んな服装の子がいる。学校か何かの制服を着ている子もいるし、私服の子もいる。巫女装束を着た珍しい子もいた。
それぞれが3,4人くらいのグループを作って楽しそうに話し込んでいる。
と、僕のいる場所のすぐ隣に座っていた丸メガネの男の子が、チラッと一瞬こっちを振り返った。
パチッと目が合う。合わせてしまった、という表現が正しいかもしれない。
人の顔をジッと見ることになれていない僕はすぐに顔をそらしたが、男の子は何故かパアァァと笑顔になって、なんと席を立って側へやってきた。
「こんにちは!僕はジニア! 君ももしかしてヨイヤミに来たの?」