コメディ・ライト小説(新)
- Re: ヨイヤミ ( No.5 )
- 日時: 2022/03/05 18:27
- 名前: むう (ID: 0Es57R/Q)
ジニアと自己紹介した男の子は、絶えずニコニコしている。
ピョンピョン跳ねた黒髪のくせ毛。服装は白いワイシャツにズボンというシンプルな物で、脇に植物図鑑を挟んでいた。
「………えっと、うん」
「そうなんだ~。僕も一週間前にここに来たんだ。よろしくね」
と右手を差し出され、僕は握るかどうか迷った。
知らない人に躊躇うことなく話しかけるのはハードルが高かったし、相手の目をしっかり見て話す人がもともと苦手だったのもある。
ただ、せっかくの握手を断ったら相手を傷つけるかもしれない。
僕は彼の指に自分の指を絡めた。
ジニアの手はすべすべしていて気持ちいい。
一つ気になるのは、その名前である。
じにあ、という文字並びから推測するに、多分カタカナだろう。それかキラキラネーム。いや、キラキラネームにしては珍しい。
外国生まれということか? ならどうして会話が聴きとれる? 帰国子女で日本語ペラペラだから、普通にお喋りができているのか?
「きみは外国生まれなの?」
「ガイコク……?」
気になって尋ねる。
ジニアは、僕が発した言葉の意味が分からず首を傾げる。眼鏡の奥の瞳がゆらゆらと揺れた。
「いや、分かんない」
「分かんない!?」
今度はこっちが驚く番だった。自分の生まれた国を知らないのは、自分の首を自分で締めるようなものだ。
目を見開いて信じられない気持ちを表した僕に、眼鏡の男の子は「ははは」と乾いた笑みを返した。
「ここには色んな人が来るからね。僕みたいにカタカナの名前の子もいれば、漢字の子もいるよ。もう全部ごちゃまぜ状態」
元々名前がカタカナなのか、それとも違う国生まれなのか、表記でたまたまそうなのか。それは確認していないからと彼は続ける。
目の前に居る相手の髪色や瞳の色が自分と違おうが、知識が異なろうが、特に支障はない。仲良くなれば気にも留めない些細なこと。
「だから出身とか、言う必要ないかなぁって思ったり。気を悪くしたらごめんね」
「………こちらこそ、なんか、ごめん」
ふふふふ、とジニアは笑顔になる。屈託のない笑みは僕の心の悩みを軽くしてくれる。
一週間前にここに迷い込んだ。つまり僕たちは同じ立場。閉ざされた希望の光をようやくつかめた。
知らない場所で一人ぼっちが避けれた。これは素晴らしいことである。広い空間にぽつんと座っているだけでも居たたまれなかったから。
「僕、平。今日ここに来たんだ。分かんないことだらけで、ちょっと疲れてる」
「ははは。僕も初日はそんな感じだったよ。宿泊所でも全然眠れなかった」
その言葉だけ切り取れば、明日遠足でワクワクしている小学生みたいだけど、こちらの置かれている状況はもっとシビアだ。
「でも仲間がいるからね。その存在は大きいよ」
確かにヨイヤミには交流所という、人と関われる場所がちゃんとある。お客様と町の住民のコミュニティを広げるという面では、この施設はとてもいい役目を担っている。
「……ところで平くんは、ススさんに何を差し出したの?」
「え?」
突然ジニアの表情が真剣になったので、僕は口をあんぐり開ける。
さっきまでの雰囲気がガラリと変わり、重々しい空気が流れる。
「平くんは、なにを失ってここにいるの?」
ジニアの曇りのない純粋な視線が、真っ直ぐ僕に向けられた。