コメディ・ライト小説(新)

Re: SBB(Star Baseball Boys) ( No.2 )
日時: 2022/08/14 21:03
名前: ジュール (ID: SkZASf/Y)

第一話「新1年と新監督」


 突然シニアで優秀な成績を残した5人が入ったことに、犬井柴助は驚きを隠せなかった。5人とも、なぜこんな人数もそろわないような学校に? いろいろと疑問は尽きなかった。
 身長も大きく横幅もでかいパワーヒッター鮫島、身長は低いが目つきは鋭い蛇島、飄々としながら足も速い佐宗、メガネで知的な雰囲気を醸し出す雲井、そしてそれをまとめ上げるカリスマたっぷりの尾上。こんな5人がここにいる。
 そうして、数少ない先輩達がやってきた。
「野球部に入部してくれてありがとう! 俺は野球部唯一の3年生、加藤正義(かとうまさよし)だ。ポジションは三塁手。一応キャプテンだから、なんかあったらなんでも聞いてくれ! で、隣にいる3人が、2年生だな」
「鈴木だ、ポジションは二塁手。守備には自信があるつもりだ」
「佐々木って言う。ポジションは……一応外野手? 実は中学までは陸上部だから足は速いぞ!」
「俺は井上、ポジションは一塁手。素振りだけは人一倍やってきたつもりだ……といっても、人数がいないからほとんどそれしかできなかったんだけどな」
「今年の1年生は6人か……いやー、久々に公式戦に出ることができそうで嬉しいよ。その上、シニアで優秀な成績を残したっていう5人が入ったって言うんだから、今年はいい年になりそうだな!」
 朗らかな笑顔でそう語るキャプテン。2年生達もうんうんとそううなずく。
「いい年ですって? 先輩、そんなちっせえ所で満足してちゃダメですよ。俺たち、甲子園に行くつもりですから」
 尾上のその言葉に、固まる先輩一同と犬井。それと同時に尾上が口を開こうとした、その時だった。
「甲子園? いーねーっ、その大きな目標、若いねーっ」
 メンバー達の後ろから声が聞こえた。快活な、女性の声。髪の毛を一つ縛りにして右手でバットを持った、大人の女性だ。
「だ、誰ですか?」
「アタシ? ああ、まだ伝わってなかったんだ。アタシが今年から野球部の顧問兼監督になる、狐塚(こづか)マリよ。よろしく!」
「あ、はい。代わりの先生ですね。俺がキャプテンの加藤です、なんかあったら俺に言ってください。まあ、先生も他の先生から押しつけられたようなもんでしょう? 無理して出てこなくても……」
「何言ってるの? アタシは自分から監督になったの。もちろん、練習もバリバリ行くからね!」
「で、でも先生、野球の経験は……」
 すると、マリ先生は懐から硬球を取り出し、それをフルスイングした! ボールはフェンスにぶつかり、2・3年生と犬井は驚いた。
「アタシね、昔ソフトボールで全国大会行ったことあるんだ。だから舐めないでね?」
「そ、ソフトボールの全国経験者……?」
「そんな人が、ウチの野球部の監督に……?」
 驚く2・3年生と犬井。尾上はピューゥと口笛を吹き、他の1年はうんうんとうなずく。
「にしても、試合ができる人数がいて良かったわ。練習試合を来週の日曜に用意するつもりだったから」
「いきなりですかあ!?」
「練習試合の相手は、都立荒川高校! 聞いた話じゃ、前よく練習試合してたらしいじゃん?」
「い、いや、その高校は確かに俺たちが人数不足になる前は、よく練習試合していましたけれど、ここ5年で力をつけていまして、今じゃ東東京のベスト16に入るくらいにはなっているんですよ!?」
「……じゃあ、力が同じくらいのとことやるのが練習試合? せっかく試合ができるんだから、思い切って行こうとは思わないの? あの子たちみたいにさ」
 マリ監督が指さしたのは、尾上達5人の1年。
「た、確かにあいつらは俺たちより遙かに上手い奴らですけど……」
「心配なんですか、先輩? まあ大丈夫ですよ。俺たちがなんとかしますから」
「だ、大丈夫なのかな~?」
「それじゃ、練習練習! 守備位置について、ノックをするわよ!」
「あ、あの……ちょっと良いですか?」
 手を挙げたのは、一塁手の井上と二塁手の鈴木だった。
「俺、蛇島とポジションが被っているんですけど、どうすりゃいいですか?」
「俺も、鮫島とポジションが……」
「じゃあ、どっちかが足りないとこにコンバートして。聞いた話じゃ、遊撃手と外野手が1人足りないから……そうだ、これからノックして、下手な方がコンバートするってことで良いかな?」
「えっ!?」
「へぇ~……」
「早速始めましょ! さ、まずは蛇島クンと鈴木クンね。ささ、はけてはけて」
 グラウンドに鈴木と蛇島を立たせる。後ろには、球拾いとして他のメンバーが立つ。
「これから、20球打つわよ。それを捕球できた数で勝負を決めるわ! まずは、鈴木クン!」
「は、はいっ!」
 まずは鈴木がノックを受けることとなる。
(高校じゃ人数不足で試合には出られなかったけれど、中学じゃ守備には自信があったんだ。あの人の打球はすごかったけれど、ノックでなら……!)
「んじゃ、行くわよ~!」
 マリのバットから、打球が放たれる。だが、その打球は、先輩達の予想を上回っていた。金属音を響かせ、鋭い打球が、鈴木の右を抜けて行った! 
「うっ……」
「は、速い!」
「さっきの打球もそうだったけれど、力強い打球だ!」
「どうしたの? まだまだこれからよ!」
 マリは、間髪入れずに勢いのある打球を打ちまくる。守備には自身のある鈴木だったが、グラブに当てるのがやっとで、捕球できたのは2~3球程だった。
「まだ、ちょっと舐めてた? これ以上は舐めたらダメよ~」
「はあ……はあ……」
 その鋭い打球に、鈴木は息を切らし、グラウンドに這いつくばっていた。
「し、新監督、すげえっ……」
「じゃあ、次は俺が行きますね」
 体は小さいが、目つきは鋭い蛇島がグラウンドに立つ。
「行くわよ!」
 先ほどと同じような、鋭い打球を飛ばすマリ。だが、それを蛇島は軽くキャッチした。
「おおっ! 捕ったぁ!」
「逆シングルで、軽く捕ったぞ!」
 驚く先輩達を尻目に、尾上達は余裕顔。
「ま、あれくらいアイツなら捕るよね」
「蛇島悠木、かつて新城シニアで2番二塁手を打っていた小兵。体が小さくパワーは無いが、技術力は屈指で守備が上手く、打撃ではカット打ちや選球眼で相手を苦しめる理想の2番打者。中でも中学時代のバント成功率は100%という記録を持っている……まさしく、蛇の毒ような男だな」
 一人でそんなデータを並べる雲井。それを聞いて、更に驚く先輩と犬井。
 気づけばノックはもう終わっており、蛇島は全ての打球を捕っていた。
「へぇ~、やるじゃない。ちょっと打球が甘かったかしら?」
「甘過ぎましたね、あのくらいならまだ余裕ですよ。先輩も、守備に自身があるならあのくらい捕ってくださいよ。人数不足だからって、守備サボってたんじゃないですか?」
「ううっ……そこんとこも毒……毒舌~……わかった、俺が遊撃手に入る。蛇島、お前が二塁守れ」
「せめて、自慢の守備だけでも貢献できるようになってくださいよ」
 蛇島の毒舌に、心がチクチク痛む鈴木だった。
「さーてと、これで二塁手と遊撃手は決まったわね。それじゃあ、一塁手を決めるノックは……」
「す、すいません! 俺、守備に自信無いんで、鮫島に一塁譲ります! 打撃しか、やってこなかったもんで……」
「あり? 決まっちまった?」
「んじゃ、俺ライトに回るから、一塁は任せた!」
(あんな打球、内野で捕れる訳ね~っ!)
「決まりね。それじゃあ、投手と捕手を除いて、ポジションについて! ノックを始めるからね!」
「は、はーい!」
 マリ新監督の、ノックが始まる。一塁手鮫島、二塁手鮫島、三塁手加藤と犬井、遊撃手鈴木、左翼手佐々木、中堅手佐宗、右翼手井上。この守備位置で、マリ監督の新しい体制が始まるのだった。
 そして、ブルペンに入った投手尾上と捕手雲井。
「んじゃ、次の試合に向けて、ボールの状態でも確認しておくか! 行くぜ、雲井!」
「オッケー、全国ベスト4、多摩川シニアのエースで4番、その右腕からはシニアでもトップクラスの……」
「ごちゃごちゃ言ってるんじゃねー! データ喋らなきゃ死んじゃうのかお前はー!」
 その右腕から放たれた球は、とても速い球だった。少なくとも、先輩達は見たことも無いような。
(す、すげえ……あの尾上ってヤツ、良い速球を――)
「加藤クン! よそ見をしている余裕は無いわよ! 試合は近いんですからね!」
「は、はい~っ!」
(ソフトボール全国出場の新監督に、全国経験アリのやり手新メンバー……うひゃ~っ……こりゃあ、とんでもないことになりそうだ~っ)
 加藤と犬井は、同じことを思いながらマリ監督の鋭いノックを受けるのだった。


第一話。終わり。