コメディ・ライト小説(新)
- Re: SBB(Star Baseball Boys) ( No.3 )
- 日時: 2022/08/20 21:48
- 名前: ジュール (ID: SkZASf/Y)
第二話「実力」
新監督、狐塚マリの下、強烈な練習をすることになった光ヶ丘野球部部員達。強烈なノックを浴びるように受けた2・3年達は、ボロボロになって日曜の荒川高校との練習試合を迎え、荒川高校へとやってきた。
「監督、ホント容赦ないノックだったなあ……」
「ソフトボール全国経験者で、すごいノックを俺たちに浴びせてくるんだから……」
「でも、俺たちのレベルに合わせてノックしてくれていたよな……俺たち2・3年には、同じ強烈なノックでも、ほとんど近くに打ってくれてたよな……おかげで、守備がほんのり上手くなったような気がする」
「上手い1年達は、わざと厳しい所に打って鍛えていたよな……それこそ、1年が苦労するくらい」
「あの監督……存外やり手ですね!?」
2・3年と1年の柴助は、新監督のやり手っぷりを感心している。当の本人は、ふんふ~んと鼻歌を歌いながら一緒に歩いているだけ。
「あ、やっと着いたみたい!」
荒川高校のグラウンドにやってきた光ヶ丘ナイン。そこにいたのは、グラウンドでめまぐるしく練習している部員達。人数は、ざっと40人程か。
「に、人数が違う……」
「それに、部員達の声や目つきも違う……レギュラー狙って、必死になっている感じだ」
「先輩達が戦っていた時とは、全然違うな。いつの間にか、こんなにガチになっていたとは……」
気弱になる2・3年達だが、1年達は余裕顔だった。
「ま、強いとこならこれぐらいは当然だろうな」
「シニアにいた時は、こんなこと普通にやっていたしな~」
「さ、さすが強豪シニアでシノギを削っただけのことはあるなあ……」
すると、部室から中年の男が出てきた。
「どうもこんにちは、荒川高校野球部部長の前川と申します。光ヶ丘高校の監督、狐塚マリさんですね?」
「はい、今日は練習試合を受けてくれてありがとうございます」
「ええ、光ヶ丘高校さんとは前々から練習試合をよくやっていましたから。そちらが人数不足になってからは、やらなくなりましたけどね」
「ええ、こちらの人数不足はこちらの不手際。受けてくれただけでもありがたいです。それで、今日私達相手してくれる人たちは、レギュラーですか? それとも2・3年の準レギュラーですか?」
「いえ、あなた方と試合するのは、今年入った1年達です」
「い、1年!?」
驚く2・3年達。前川は続ける。
「いやいや……断っておきますが、5年もメンバーをそろえるのに難儀してるあなた方と、ここ5年で力をつけて今では都のベスト16の常連になったウチのレギュラーとでは、はっきり言って勝負になりませんから。とにかく、1年の練習相手になっていただければ、それで十分ですよ」
その言葉に、2・3年達は言葉を失う。自分たちは、1年の練習相手として選ばれたのだと。レギュラー達とは、勝負にならないと、はっきり言われてしまった。
小声で加藤達は話をする。
「お、俺たち……舐められてる?」
「だろうな~。1年の練習相手だなんて、それくらい荒川は強くなっていたんだな……」
小声で弱気な話をする先輩達に、蛇島が肘打ちをした。腹に肘鉄をお見舞いされた佐々木は、思わず大声になる。
「痛っ……な、何すんだよ!」
「やる前から弱気でどーすんですか。戦って、その判断が間違いだったって思わせてやりましょうよ」
「あ……そうだな。スマンスマン、自分達より強い相手に萎縮してたわ……」
「た、頼りになる後輩だなあ……」
グラウンドで、早速練習をする光ヶ丘メンバー達。マリ監督のノックは、相変わらず強烈で1年達も難儀した。
そうして、荒川の1年達がやってきた。そして、試合は始まる。
「整列! 試合は9回まで、5回までに10点差、もしくは7回までに7点差がついた時点でコールド負けとなります! それでは、礼!」
「よろしくお願いします!」
そして礼を終えた時、荒川の1年達は口々に語った。
「今回の相手、5年前まではよく練習試合してた弱小校だって?」
「ハハッ、楽勝だな。人数をそろえるのにすら難儀している高校だしな」
「俺たちとて、強豪校に入れなかったとはいえ野球には自信があるんだ。あんな奴らさっさと打ち負かして、アピールといこうじゃないか」
その言葉を、光ヶ丘の1年達は聞き逃さなかった。
「ボケが……今の言葉、絶対に後悔させてやらあ……」
「鮫島、顔がサメみたいになってるぞ~」
「さーてと。こっちが先攻だから、みんなの打順はこんな感じよ!」
光ヶ丘
1 佐宗「中」
2 蛇島「二」
3 雲井「捕」
4 鮫島「一」
5 尾上「投」
6 加藤「三」
7 井上「右」
8 鈴木「遊」
9 佐々木「左」
「や、やっぱり1年達が上位打線だよな……」
「僕、控えですか……」
「ゴメンね、やっぱり先輩達の方が経験は上だと思うから。それに、久々の試合をみんな楽しみたいじゃない?」
「よ、よーし……頑張るぞ!」
「それじゃあ、みんな頑張ってね~」
1回の表 光ヶ丘の攻撃
1番 佐宗
左打席に立った佐宗は、いかにも打ち気満々で左打席でバットを構える。それに対し、余裕顔の投手。ベンチで、先輩達がいろいろ心配する。
「あの1年の投手、どんなヤツなんだろうな? 少なくとも、普通の奴らより実力はありそうだけどな~」
それに心配をかき消してくれるのは、雲井だ。
「塚本恵(つかもとけい)、右投げ右打ち、都立都柳中学出身。シニア経験はありだけど、レギュラー取れないから軟式野球部に転向。野球部のエースで4番として、実力を遺憾なく発揮していた……」
「く、雲井……お前詳しいな」
「詳しいに決まっていますよ。なんせ雲井は都内じゃ有名なデータマンですからね!」
「そ、そうなのか? アイツのこととかも、わかるのか? さっきのこと以外で」
「ええ、わかりますよ」
雲井はどこからかパソコンを取り出し、カチャカチャと入力する。
「えーと他には、打撃では外角の球を得意としていて、投手としては得意球はカーブ。球種はストレートとカーブ、スライダー。でもスライダーはあんまり投げない」
「他には?」
「シニアでレギュラーを取れなかった原因は、練習で手を抜いていたことが原因。その上中学の野球部でも、練習をサボることばかり考えていた。趣味はインターネットと昼寝、好きな食べ物はすき焼き、嫌いな食べ物はピーマン。交友関係は……」
「い、いい……それ以上個人的な話はいい」
(一体どこからそんなデータが……)
話が途切れた時、佐宗はセーフティバントでいつの間にか一塁へと進んでいた。
「おおっ、ランナーが出たぞ! ここはしっかり送りましょうか監督!」
「いいえ、サインは出さないわ。あたしはこの試合、サイン出す気ないもの」
「ええっ!? なんで!? こういう時采配振るうのが監督じゃないんですか!?」
「練習試合だし、気楽にやりましょう? その上、自分で考えて行動できるようにならないとね。まずは、練習試合でね」
「な、なんという……こういうところもかなりやり手……」
マリ監督の突然の思いつきで、不安がる2・3年。そこで雲井が一言。
「先輩、よければアイツの癖とか教えましょうか?」
「え……俺ら6番からで……そもそも今は蛇島の打順で次はお前だろ? すぐ行かなくていいのか?」
「大丈夫ですよ。どうせ蛇島の打席は長くなりますから、ほら」
2番 蛇島
「クソッ、忌々しい野郎だぜ……」
カウントは2-2。なんと10球目。
「いい加減、三振しやがれ!」
カーブを放る塚本。きわどいコースに決まりそうになるが、左打席の蛇島はカットしてファールにする。
「ぐっ……またしても……!」
蛇島は2ストライクになってから、きわどい球は全てカットして粘っていた。打球が全然前に飛ばないものだから、余計な球数を投げさせられ塚本は焦る。その上、ボール球には手を出さないのだから、忌々しいことこの上ない。
「くそっ!」
それだから、力んでボール球を投げてしまう。フルカウントになっても、蛇島はストライクをカットし、15球目になってしまう……。
「こ、こんな……」
そしてダメ押しと言わんばかりに、蛇島は一言。
「……目標25球」
これを間近で聞いていたキャッチャーは驚く。
(こ、コイツ……塚本に1打席で25球も投げさせるつもりか!?)
キャッチャーは敬遠を指示。だが、塚本はそんなことを許す男ではない。その言葉が余計に力みを生み、ボールに力が無く、余計にカット打ちを助長させる。
そして、25球投げさせた後、蛇島はフォアボールで出塁。
「こ、この野郎……!」
「アレ? 佐宗のヤツなんで盗塁しなかった?」
「まだ自分の真価は発揮しなくて良いだろ?」
「よし、僕の打順だな。先輩、覚えてくれました? 打順までお願いしますね」
「お、おうわかった……」
雲井が打席に向かったところで、先輩達は改めて雲井のデータを確認する。
「雲井のデータ……すごかったな」
「ああ。わかりやすくて、その上、ポイントがしっかりしている。でも、これで球種はわかるようになった。多分5番までノーアウトで来るだろう。そこからだ、あいつらだけじゃないって所を見せてやろう!」
3番 雲井
(さて、蛇島が散々粘ってくれたおかげで、アイツはこれ以上球数を投げたく無いだろう……そこで初球に来るのは……)
「くそっ! これ以上、良いようにやられてたまるか!」
「初球ストレートの確率、100%!」
右打席の雲井はストレートをジャストミートし、右中間のフェンスに直撃させる。ランナーの2人は確実に生還し、タイムリーツーベースとなった。
「す、すげえ! 初球確実に叩いてタイムリーツーベースだ!」
「ランナーも好走塁だー!」
大騒ぎする先輩に対し、尾上達は冷静だった。「これぐらい当然」といった表情を浮かべてにっこり。塁上の雲井は満足そうにしている。
(幸先良いなあ)
すると、右打席から怒号が飛ぶ。
「雲井テメー! せっかく佐宗と蛇島が盗塁しないでいたって言うのに、お前が俺のランナー取ってんじゃねーよ! これから満塁ホームラン打つ予定だったのに!」
「はいはい鮫島君。ツーランで我慢してちょうだいね」
「フー……ツーランで我慢しとくか」
4番 鮫島
まさかのホームラン予告に、内心腸が煮えくりかえる塚本。表情に出さないだけで、怒り心頭だ。
(この野郎テメエ……俺からホームランだとぉ!? 舐めてんじゃ、ねえぞ!)
塚本の球は怒りで威力が増していたが、鮫島はそれを軽くミートして……ネットを飛び越え校舎の壁に直撃させた。
「……へ?」
一瞬の出来事に、固まる塚本。荒川の1年達も、光ヶ丘の先輩達も同じだった。
「す、すご……」
「あの球、ホームラン……わああああっ!」
沈黙を解き、大はしゃぎする加藤達。それに対し、「騒ぐな騒ぐな」と制止をかける鮫島。
「こんなもんじゃねーですよ。俺たちの目標は……」
「甲子園、だもんな」
その言葉に、先輩達は……。
(甲子園……)
(でっかい目標……)
唖然となるだけ……。
5番 尾上
その瞬間、右打席から強烈な金属音が響き、大飛球が飛ぶ。フェンスの上、ネットにかかってホームランとなった。
「イエイ、アベックホームランだぜ」
「お、尾上……」
このとき、キャプテン加藤は考えた。この連中なら、ひょっとしたら……。今は無理でも、2年後は……と考えていた。
「キャプテン、あなたの打順ですよ」
「えっ、オレェ!? もう来ちまったのか。スマンスマン、今行ってくる」
慌ててヘルメットを被ってバット持ち、バッターボックスの右打席に向かおうとする加藤。それを雲井が止める。
「キャプテン、わかってますよね? 教えた通りにすれば、打てますから」
「ああ、わかった。そのようにする」
6番 加藤
マウンド上では塚本が憤慨していて、それをキャッチャーがなだめていた。
「こ、こんなことが……あんなチームに、俺が5失点も……!」
「そう気を落とすな塚本、今気づいたんだが……あの1年5人、タダ者じゃあねえ。どれも有名シニアの有力選手だ!」
「え?」
「戸郷シニアのリードオフマン佐宗理助、新城シニアの毒の男蛇島悠木、都内のデータマン雲井俊樹、ホームラン数78本の鮫島鱶、全国ベスト4投手の尾上博之……全員聞いたことある奴らだろ?」
「ああ……全員聞いたことある奴らばかりだ。シニアの全国クラスばかりだな……」
「どういう訳か、あの光ヶ丘にそいつらが集まっている。つまり今のは交通事故のようなもの……次の回から抑えれば良いさ。それに、6番からは2・3年生だ。人数不足でマトモにはやってない。楽に投げていーぞ!」
「わかった。しかし、なんであんな所にあんな奴らが……シニア時代、一度も抑えられなかったあいつらが……まあいい。どうせ下位だ、きっちり3人で抑えて、次の回からは抑える!」
一方加藤は、雲井に教わったことを反復していた。
(えっと……雲井曰くコイツのクセはわかりやすい。教えてもらったとおりのことを見極めれば、俺でも打てる……後は、打席で実際に見て確かめろ……か)
塚本の1球目、内角にストレートが来る。ストライクだ。
(うむ、けっこー鋭い。でも、今のがストレートか、言われた通り、軸足がまっすぐだった……)
2球目。今度はカーブが来た。曲がりが大きく、真ん中からボールゾーンへと逃げていったが、加藤はゆうゆうと見逃す。コレには塚本も苦々しい顔。
(余裕で見やがって……手が出ないくせに、見ているんじゃねーよ!)
加藤は、教えられたことをきっちり頭の中で理解していた。
(ふむ、今のがカーブ……軸足が折れている……にしても、わかれば意外とやりやすいもんだな……よーし、ストレートにヤマ張るぜ! 投げる前に球種がわかれば……多分打てる!)
(フン……打てるような面構えしやがって……お前らには、うてっこねえ!)
(軸足がまっすぐだ、ということは……ストレート! いっけー、思いっきりスイングだ~!)
狙っていったスイングは、ものの見事にバットに当たった。その打球はセンター前のクリーンヒットとなった。
「す、すげえ……ホントに打てちゃったよ……!」
加藤のバッティングを見て、先輩達も確信する。
「雲井のアドバイスは……本物だ! 多分、それで打てた! よーし、俺も打つぞ~! 元々打撃には自信があったんだ、多分行ける!」
7番 井上
(雲井のデータじゃ、軸足がポイントだったよな。曲がっていればカーブ、まっすぐならストレート。スライダーは確か……グローブが下を向くんだっけ? うん、大丈夫)
井上が雲井のデータを確認している間、加藤に打たれた塚本は怒りではなくショックを受けていた。
(ば、馬鹿な……1年の有力選手だけじゃなく、クソ雑魚の先輩にも打たれた……? 馬鹿な、まぐれ……だろ?)
「クソ……こうなったら……コレだ!」
(グローブが下を向いた、スライダーかよ! あんまり投げないくせに、キャプテンに打たれたから使い始めたかな? キレはあんまりない、これならわかってりゃ打てる! フルスイングだ!)
元々打撃には自信のあった井上、振りは2・3年の中では一番鋭い。それがフルスイングで打球を飛ばせば……。
「おっ!」
「なっ……!」
右打席からの大飛球。ホームランか……と思われた打球は、フェンスにぶつかった。だが、かなり上の方であり、あと少しでホームランになりそうな打球だった。
「おおっ、井上も打ちやがった! こりゃあ、ノーアウトで打順一巡もありえるか~!?」
加藤は打球を確認して二塁はおろか三塁も回り、ホームへ帰ってきた。6点目が入った。井上は、悠々二塁へ到着。
8番 鈴木
鈴木もまた、右打席で雲井から教わったクセを見抜いてシングルヒットを放ち、二塁ランナー井上が生還。確実に7点目が入った。
これにはもう、塚本は自信を失っていた。見下していた2・3年にも打たれたことによって、放心状態になりかけていた。
(ウソだろ……マトモにやっていないような奴らが……!)
9番 佐々木
「ほらほら、どんどん打っていきましょうよ。こんなに打てているんですから」
雲井がそう言うが、加藤は少し不安がる。
「そういうがな……アイツは野球を始めたのは高校からだからな……バッティングには少し不安があるんだよな」
「……心配はいらないみたいですよ?」
佐々木は、笑っていた。
(ここまでみんな、打って打って打ちまくった。当然次も打ってくるって思うよな……ありがたいぜ。良い仕事させてもらうぜ、このヤロー)
塚本の心は、半分折れかけていた。その気持ちから放たれた、威力の無いボールを、佐々木はバントし三塁線へ転がした!
「わっ、打って来ないのかよ!」
ここまで打ちまくり、警戒していた内野手は後ろへ下がっていた。そこを丁寧について佐々木は右打席でセーフティバントを決行。結果、対応が遅れる。そして、佐々木は元陸上部で足が佐宗の次に速い。綺麗な内野安打となって佐々木も出塁した。
「おおっ、上手いセーフティバント!」
「ね? 心配いらなかったでしょう? 陸上部の足を生かして良いバントを決めましたねえ」
「ホントに打者一巡しちゃったよ……しかも、1番は佐宗から……行けるぞ!」
盛り上がるベンチ。だが、塁上の佐々木はホッとしていた。
(……なんとか上手く決まったぜ。バントしかできないって、バレる訳にはいかないからな……)
バントまで決められ、もはや心がポッキリ折れてしまった塚本。そこにダメ押しと言わんばかりに、打順一巡。
これに、荒川高校の部長は恐慌状態となっていた。1年達の試し切りと思っていた相手が、まさかのノーアウトで打順一巡なうえ、もう抑える保証が無い。
(なんということだ……ここまで打たれるとは……! 塚本はアイツを除けば1年で最も良い投手だ。塚本がダメとなると、もう……!)
すると、ベンチに誰かが現れた。
「苦戦しているようですね、部長」
「わ、鷲ノ森! お前、レギュラーと一緒に練習してたんじゃないのか!?」
「いや、こっちの方が面白そうなことになっていましてね……どうします? この状況を打開するには俺の力が必要だと思いますが……」
「投げてくれるのか?」
「はい。ですけど、肩がまだちょっとできてませんから……次の回から行かせてもらいますね」
「わかった、頼む……これ以上は……」
「はいはい」
大盛り上がりの光ヶ丘ベンチ、しかし、強力な選手が出ようとしていた……。
第二話。終わり。