コメディ・ライト小説(新)
- Re: SBB(Star Baseball Boys) ( No.4 )
- 日時: 2022/09/11 22:05
- 名前: ジュール (ID: jtELVqQb)
第三話「期待のルーキー」
「はぁ……はぁ……やっと終わった……」
もう1試合やったかのように疲弊する荒川高校1年メンバー。息も絶え絶えでベンチに戻る。
スコアボードには、光ヶ丘高校に15点が記されていた。あの後1年達が打ちまくり、更に点を入れたのだ。
思わぬ大量得点に、喜ぶ光ヶ丘の2・3年生達。声を震わせるキャプテン加藤が声を絞り出す。
「な、なあ……俺たちのチームって、今まで1回で15点も取ったことあったか?」
「ない……ですよね」
「だろーっ!? マトモに練習できなかった俺たちもヒットを打って、15点だぞ!?」
「それもこれも……あの1年達のおかげだな。あいつらのおかげで、俺たちにも勝ちの目が……」
と、キャプテン加藤が泣こうとした……時、尾上が声を張り上げる。
「こんなところで満足してもらっちゃあ困りますよ、先輩! 俺たちは甲子園目指しているんですからね、ここで勝つのは当たり前! 本戦で勝つんですよ!」
「お、おう……そうだな。練習試合ができることに感動してたからな……」
「なので、この試合は練習をしますよ!」
「え? 試合で練習……?」
「俺たち1年はまだしも、先輩達は2年もマトモに練習できてないですからね。先輩達は監督のノックを受けて1週間くらいなんだ。守備、鍛えてあげますよ~」
「き、鍛えるって……わざと打たせることとかできるのか?」
「そこらへんは、雲井がなんとかしてくれますから。心配しないでくださいよ」
「なんだよ尾上、僕任せかい? 君がちゃんとした球投げてくれないと、打たせたい所に飛ばせないよ?」
「わーってる。ちゃんと投げるから、お前もしっかりリードしてね? というわけで先輩! サードとショート、レフト、ライトに集中的に打たせますから、よろしくお願いします!」
「そ、そんなことが……! とにかく、まかせたぞ!」
その様子を見ていたマリ監督は、にっこり微笑んで言った。
「へ~、先輩達のことも考えているのね」
1回の表終了時 光ヶ丘15-0荒川
1回の裏 荒川高校の攻撃
ベンチでなんとかバッティングの用意をする荒川メンバー。しかし、相手が尾上ということで、若干萎縮していた。
「尾上……全国ベスト4で投打共に優秀な成績を残したっていう、強力な投手じゃねえか……」
「俺たちに、打てるのか……?」
といった感じに、弱気になっていたメンバー達に喝を入れた選手がいた。
「おうおうテメーら! 情けねえプレイしてんじゃねーぞ!」
「わ、鷲ノ森……! 1年の中で能力が1番図抜けているから、唯一2・3年と練習している1年……!」
「こっちの方が面白そうだったからな、2・3年の練習を抜けてこっちに来たのさ」
「真面目に練習しろよ……」
「うるせえ! 練習より実戦の方が身になるに決まっているだろうが! という訳で、俺は次の回から投げさせてもらう。せいぜい俺が肩を作る時間を作ってくれよ?」
「くっ……言いたい放題言いやがって……」
鷲ノ森に不満を抱く1年達。だが、実力は上なので逆らえない。黙って打席に向かう。
1番 宮本
(噂通りなら、1年なのにコイツは130後半の速球を投げるという……それに、キレの良いスライダーもあったはず……どっちにしろ、簡単に打てる気はしないが……やってやらあ!)
「来いや!」
大声で左打席に立つバッター。尾上はそれを見てにやける。
(打ち気満々……そうなったら、打たせやすいよな……さて雲井君、君のリードは?)
(このバッター……一見引っ張るように見えて流し打ちを得意とする。外角に、スローボール投げて)
(OK!)
「えいさっ!」
「!?」
いきなり大きく足を上げて、記憶とは違うフォームを取り始める尾上。
「ほれっ」
放られた球は、外角のスローボール。予想外のボールに戸惑うバッター。
「な、なんだこりゃ……スローボール? この……舐めているのかコイツ……!?」
怒るバッターに対し、雲井はまたしても同じ外角のスローボールの指示。尾上はにこにこしながら投げる。
「よいさっ」
「この……舐めるな!」
流し打ちした打球は、レフトに高々と上がったフライ。
「レフトー!」
「うわっ、ホントにこっちに打たせてきやがった!」
焦る佐々木、だが佐宗がフォローを入れる。
「大丈夫です! そのまま後方にダッシュすれば、佐々木さんの足なら落下点に余裕で入れます!」
「わ、わかった!」
佐々木は言われた通り真後ろにダッシュする。
「そこです! そこが落下点です!」
「お、おう……! お、ホントにボールが落ちてきた……!」
落下点に入った佐々木。グラブを出すが……。
「あっ」
「あ」
なんと落球してしまう。佐宗がフォローに回ったものの、ランナーはそのまま二塁まで行ってしまった。
「す、スマン……」
「別に良いですよ。この試合は先輩達の練習のつもりでやっていますからね。15点ありますし、気楽に行きましょうよ」
「お、おう……」
これには、サードの加藤も苦い顔。
「佐々木~……といっても、俺も実戦なんて久々だから、不安だな……」
2番 土本
(舐めているのかコイツ……俺達相手にそんなことして、大火傷すんじゃねえぞ!)
「ほれ」
再び投げられたのは、内角低めのスローボール。これを2番土本はミートしサードへと転がす。
「わーっ、来たーっ! アイツホントに打たせてやがるなーっ!」
目の前に転がった緩いゴロに対し、加藤はグローブを出すが、はじいてしまった。
「あっ!」
「ちょっとキャプテーン! それダメなんですかー!?」
マウンドから尾上が驚く。二塁ランナーは進まなかったが、エラーでバッターは出塁してしまった。
「す、スマン……」
「ちょっとたのんますよ先輩~……」
だがこれで、シニア連中ではなく、先輩達がエラーしたのを見た荒川の連中は、これに光明を見いだす。
「おっ……シニアの連中はともかく、2・3年生は全然ダメだぞ? そこに集中的に打てば、点が取れるんじゃないか?」
「狙いは、ショート、サード、レフト、ライトだ! よーし、打ちまくれ~!」
3番 吉井
(穴があるんだ……そこを狙えば向こうが勝手にエラーしてくれる! それになぜか、相手投手はなぜか手加減してくれている! そこが狙い目だ!)
尾上がまたスローボールを投げたため、3番吉井はまたしても打つ。ライトにフライが上がり、井上が追いかけ、佐宗がアドバイスする。
「え、えっと、おっと……」
「井上先輩! 前です! そのまま前に……」
「おおうっ!」
前に落ちる打球に追いつけず、バウンドした打球が井上の頭を超えてしまう。
「あーっ! 全く、しっかりしてくださいよ!」
佐宗がカバーに回り、なんとかランナーが1人帰った程度で済む。しかし、ランナーは2・3塁と依然ピンチ。
「大丈夫ですか? 全く、練習サボってたんですね~」
「スマン……」
「大丈夫だって! 練習を積み重ねれば、きっと大丈夫になるって!」
マウンドから大声で叫ぶ尾上。井上は不安がるが、それに佐宗も順応する。
「ほら、尾上もこう行ってますし、練習を積み重ねていきまそしょうよ」
「た、頼もしいな……」
光ヶ丘15-1荒川
4番 堀内
「オラァ!」
尾上の気の抜けたスローボールを、打ち返す4番。ボールはショートにライナーで飛ぶ。それを見たランナーは、ノータイムで進塁しようとするが……。
「ほっ!」
「んなっ!?」
鈴木はライナーを左手を伸ばしてキャッチする。確認もせず飛び出してしまったランナーを見て、鈴木はサードに投げる。フォースアウトとなり、加藤もセカンドに投げて、蛇島がキャッチ。よってトリプルプレーが成立した。
「やりますね、鈴木先輩。まあ、アレは飛んだ所が良かったのと、ランナーが確認もせず飛び出した結果ですがね」
「へ、蛇島……厳しー……俺、守備には結構自信があったし、マリ監督のノックにも、俺たちの中で一番ついて行けてたんだがなあ……」
「ま、他の先輩に比べれば良いってことですよ。この調子で頼みますよ」
「ああ、わかった……」
1回の裏終了時 光ヶ丘15-1荒川
2回の表 光ヶ丘の攻撃
9番 佐々木
「よし、今度はこっちの攻撃だ! クセは読めている。ここからまた打っていけば……」
「そうも行かないみたいですよ、先輩」
荒川のマウンドに、違う投手が上がっていた。それを見て、雲井は即座にデータを話す。
「おや、こんな所にアイツがいるとはね……鷲ノ森和希(わしのもりかずき)、シニアでも全国クラスの投手。弱小チームを一人で引っ張って全国ベスト8。だけどちょっとした問題があって、あの高校に来たらしいけどね」
「ちょっとした問題?」
「投手としての能力を評価されて、ベスト4常連の舞剣高校に入学する予定だったけど、先輩達と問題を起こして入学取り消し。結果荒川に来たみたいだね」
「へー、俺たちと同じって訳か」
それを聞いて、加藤は疑問を抱く。
「俺たちと、同じ……? お前ら一体何やったんだ?」
「まあ、ちょっとしたゴタゴタですよ。向こうの入学取り消しと俺たちとじゃ、全然違いますよ」
「違う……違うとは?」
「まあ、それはおいおい話すとして。今は僕たちの攻撃ですよ、集中して攻撃しましょう。佐々木先輩、バントしかできないなら、せめてバレないようにしてくださいよ?」
「み、味方にはバレてる……まあ、なんとかやるだけさ」
マウンドでは、捕手と投手の鷲ノ森が話をしていた。
「なあ、あの1年達ははっきり言ってヤバイ。お前も対戦経験あるんだろうけど、大丈夫か?」
「心配いらねえよ。確かにあいつらは強いが、俺だって全国ベスト8の投手だ。中学時代はやられたが、やってやるさ」
「そうか、じゃあ頼んだぞ!」
右打席で、いかにも打ち気という雰囲気を出し始める佐々木。だが、鷲ノ森はそれを見透かしていた。
(打つ気満々って感じだが……初回バントしたのは知っているんだよ。打てないからバントしたんだろ? これがバントできるか!)
内角高めに、右腕から放たれた鋭いストレートが決まる。そのスピードは、佐々木にとっては見たことのないスピード。思わずバットを引いてしまった。
(は、速い……た、多分、130は出ているんじゃないか? 尾上と同じくらいか……)
2球目。今度こそバントをしようとするが、その威力ある直球に思わずビビり、打ち上げてしまった。
「しまった……!」
「はい、一丁上がり」
マウンドから鷲ノ森がキャッチし1アウト。ベンチに戻った佐々木。マリ監督が声をかける。
「どうだった? 相手の投手」
「ストレートだけしか投げて来ませんでしたが……速いです。尾上と同じくらいかもしれません」
「へー、そうなの。それじゃあ、1年のみんなはどう?」
次バッターの佐宗達に向き直るマリ。
「大丈夫ですよ。前に戦った時より、実力は上がっているようですけどね」
「こんな所で立ち止まってなんてられないッス」
といった具合に、自信満々の一言。これにマリ監督もうん、とうなずきゴーサインを出す。
「さあ、いってらっしゃい!」
1番 佐宗
左打席に立ち、バントの構えをする。
(予告セーフティ? いや、そんなことは無い。いくら足が速くてもセーフティバントをするとわかっていたら、どうとでもなる。なら、コレか!)
1球目、内に切れ込むスライダーが決まりストライク。佐宗はバットを引いた。
(ほらな、やっぱりバントなんかしねーだろ)
思惑通りといった鷲ノ森。佐宗は思う。
(思ったよりキレがあるな……バントしようと思っていたが、こりゃあ打ちに行かないとダメかな。雲井のデータじゃ、コイツはシュートやフォークもあるという。特にフォークは、切れ味抜群で三振を取れる……俺は蛇島みたいに、バントが超上手いって訳じゃねーからな。ま、緩いゴロなら、この内野陣なら……)
2球目。スライダーが来る。だが、佐宗はそれを軽く当てて三塁側に転がす。
(転がせば、俺ならヒットにできるよ)
「おっ! 上手い具合に転がった! 佐宗の足なら……!」
「いや、そうもいかないみたいですよキャプテン」
「え?」
三塁方向へ転がろうとするボール。しかしマウンドから鷲ノ森が素早く追いつき、右手で取る。そして逆スローで一塁へ投げた。投手だけあって肩は強く、佐宗はアウトになり2アウトとなる。
「あぁ~っ、ダメだ……」
「ね、言ったでしょ。そうもいかないって」
「アイツはやっぱり、他の選手とはレベルが違うってことか……」
「ま、この程度アイツならやるだろうね。蛇島!」
「なんだ、尾上」
「ゆくゆくは先輩達にもアイツを打ってもらわなきゃいけないんだ、粘ってアイツのボールを見せてくんな!」
「オッケー、その後は頼んだよ」
2番 蛇島
左打席に立って、バットを短く持って構える蛇島。
(へえ、さっきみたいに粘ろうって魂胆か。だがな、コイツがカットできるか!)
またしても内角高めにストレートが決まる。間髪入れずに今度は外角低めにストレートが決まり、あっという間に2ストライク。
(こっちが短く持っているのに対し、威力のある速球でカットをさせない……か、わかっているな。ここから……)
「おらよ」
真ん中付近にボールが来る。カットしようとする蛇島だが、それは……!
(ボールが……手元で、落ち……当てろ!)
キレのあるフォークに対し、なんとか当てる。しかし、カットできずボールは力ないピッチャーゴロに。
「くっ!」
「ほい、3アウトな」
簡単に3アウト取られ、チェンジとなってしまった。ベンチに戻る蛇島は、メンバーに告げる。
「アイツ、前よりレベルアップしてる。フォークが当てるだけで精一杯だった。球速も上がってるかも」
「へえ、アイツが……ねえ。データを修正しておこう」
「ふーん、これならこの試合も退屈しないで済みそうだな。というわけで先輩、まだまだ打たせて行きますんで、そこんとこよろしくお願いしまーす」
「お、尾上ぃ~……」
まだまだ守備が不安な加藤たち(鈴木を除く)。後輩の足を引っ張る訳にはいかないが、不安なものは不安なのである。その上……。
(あいつらが打ちあぐねるあの鷲ノ森ってヤツに、俺たちは太刀打ちできるのか?)
打撃の方も不安が生まれた。
2回の表 荒川高校の攻撃
5番 吉井
「ほいっと」
またスローボールを投げる尾上。1球目は見逃す。
ここまで全て、スローボールで抑えられている荒川1年。だがそれでも、得点はエラーによる1点のみ。打てない、スローボールだけなのに。それが、焦りを生み出す。
(この野郎……ここまで俺たち相手にスローボールだけで抑えやがって……いい加減にしろ!)
またしても初球打ち。ボールはショートに転がり、鈴木が大事にキャッチ。一塁へ送球して、簡単に1アウト。
「くぅ!」
あまりにも不甲斐ない味方に、鷲ノ森は苦言を呈する。
「あ~あ、あいつに良いようにやられやがって。そんな大振りしたって、あのスローボールは打てねーんだよ」
「たかがスローボールだろ!? 強振して打つのは当たり前じゃないか!」
「だから、強振して打つからマトモに打てねーんだよ。そもそもお前ら、スローボールってなんだか知っているのか?」
「100キロ未満の、山なりのボールだろ? それくらいは……」
「知っているのはそれだけか? 打つ方法とか知らねーのか?」
「スローボールなんて、打つ練習するわけないだろ」
「だよな。じゃあ教えてやる。おい、次のバッター! 教えてやるからちょっと来い」
「はあ……」
タイムをかけ、鷲ノ森がバッターとメンバーに教える。
「良いか? スローボールっていうのは、ストレートみたいにまっすぐは来ないんだ。こんな風に、放物線を描いて飛んでくる。ストレートは、まっすぐ来るからまっすぐ打ち返せばいい。だが、スローボールは軌道が山なりだから……落下していくボールにバットをまっすぐ振ると、当たる部分が上になったり下になったりする。だから、中途半端な打球になりやすい」
「そうだったのか……」
「これに対する対抗策は、バットを平行に振れば良いというわけじゃねえ。斜めにくるボールに対し、斜めに振れば打球は上がりやすく、中途半端なフライになりやすい。ならば、一点を振り抜けば良い」
「一点を振り抜く……?」
「バットを短く持ち、こぢんまりと構えてスイングの軌道を小さくする。強振すればスイングが大きくなり、その分遅くなってボールに当たる部分がズレる。バットを短く、それこそグリップを目一杯短く持ってスイングを最低限にする。それで打てるはずだぜ」
自信を持ってそう言った鷲ノ森。少々疑いを持っていたメンバーもいたが、今この状況を覆すには、このアドバイスを聞くしかない。
「わかった。そうすればいいんだな」
「よし、行ってこい!」
6番 宮田
マウンドの尾上。退屈そうにボールをいじりながら、戻ってきたバッターに言う。
「随分遅かったじゃねえか、さてはアイツに何かアドバイスもらったか?」
「ああ、今のお前を打つ方法だ!」
早速、宮田はアドバイスを実戦する。バットを目一杯短く持ち、こぢんまりと構える。雲井はそれを間近で見て、警戒する。
(当てに行くスイングをする気だ……スローボールに対し、照準を合わせて来たか……でも、尾上はまだスローボールを続けるっぽいな。何、これは先輩達の守備練習だ。打たせれば、自然と練習になるな)
雲井の思った通り、尾上はスローボールを続ける。だが、バッターは1球見る。
(なるほど……この構えなら、ボールを長く待てる。スイングが最低限で良いから、始動を遅らせて一点を見極められるんだ! さて、行くか!)
自信満々な表情を浮かべるバッターに対し、雲井はやはり警戒を強める。
(スローボール、やめた方が良いんじゃないかな……? 打たれそうだ。それも、ヒットになりそう……でも、尾上はアイツに回るまでスローボールしか投げなさそう……)
雲井が思った通り、尾上はスローボールを投じる。だが、バッターは。
(なるほど、斜めに来るボールに対し、その点を捉えられる小さいスイングなら!)
「芯は食えるんだな!」
「!」
バッターに捉えられたボールは、高い打球となる。
「な、なにっ!」
「ここまでちゃんとすれば捕れる打球を打たせてきた尾上が、こんな打球を!?」
高い打球に加藤と鈴木は追いつけず、レフトの佐々木の前に落ちる。
「う、打たれた……しかも、完璧なヒットで……」
慌てる加藤。外野の先輩達も気が気でない。でも、尾上にはまだ余裕がある。雲井や他の1年達も、特に慌てた様子はない。
(お、おい尾上……コイツら何かを始めようとしている。このままスローボールで良いのか? 本気で投げなきゃダメなんじゃないか?)
7番 田上
「おおっ! 鷲ノ森のアドバイスは的確だ!」
「これなら、打てるかもしれない!」
「おっしゃー! 舐め腐った尾上相手に、これ以上あんなスローボールを投げられてたまるか!」
鷲ノ森のアドバイスが、ピタリとはまったことに驚く荒川1年。これを見て、全員がこぢんまり打法を実践する。
「よし、この打法だな!」
「これなら打てるぞ!」
続くバッターも、尾上のスローボールにこぢんまり打法で対抗し、鋭いゴロを放つ。またしても三遊間を抜け、レフトに転がる。
「よーし、またヒットだ!」
「どうだ! これでもまだスローボール投げられるかこのヤロー!」
またしてもヒットを打たれ、動揺する加藤。
(や、やっぱり打たれている……それも、ちゃんとしたヒットで……)
「お、おい尾上――」
「大丈夫ですよ先輩、細かい単打がなんだって言うんですか」
「で、でも……」
「いいから」
「……」
雲井の言葉に、黙る加藤。ショートの鈴木や外野の井上、佐々木も、何か言おうとしたが言えなかった。
8番 中井
尾上はまたしてもスローボールを投げた。またしてもこぢんまり打法によって、センター前へのヒットを許した。
「よっしゃ! 満塁だ!」
「しかも、次のバッターは……」
「どれどれ、仕事してやるか」
ベンチの奥から、出てきたのは荒川1年の中で最も高い実力を持つ鷲ノ森。他の選手より体は一回り大きく、何かが違うことを予感させた。
「よーやっと、大物の登場かい」
他の選手とは違う選手の登場に、尾上は笑みがこぼれた。
9番 鷲ノ森
素振りをする。そのスイングは、風を切る音が他の選手とは違う。鋭いスイングだ。明らかに、ベスト16程度のスイングじゃない。ベンチからでもわかるほどだ。
「さすが、全国ベスト8ね。明らかに振りの質が違うわ」
「はい、雲井君曰く、彼はエースで4番だったそうですから……打率5割越えで、ホームランも何本か打っているそうです」
「本来なら、クリーンアップを打つ打者ってことね。さすがに1アウト満塁じゃあ、1年はともかく2・3年達は不安でしょうね」
ベンチで犬井とマリ監督が会話する。さすがに何かを感じたのか、マリ監督はタイムをかけた。マウンドに内野が集まり、外野も集めさせる。
集まったメンバー達。加藤が、震えた声で話す。
「な、なあ……ここまであいつら打法を変えて、連打してきたぞ……さすがにもうスローボールじゃ通用しないんじゃ……」
「そ、そうだぜ……しかも、次のバッターは全国クラスなんだろ? そんな相手にスローボールじゃ……」
「大丈夫ですよ、先輩。アイツにはスローボール投げませんから」
「へ?」
明らかに不安を感じている先輩達に対し、尾上が自信満々の表情と声で返す。その尾上に、他の1年達がいろいろ言い始める。
「ひょっとしてお前……アイツをこの状況で打ち取るために、他の奴らにスローボール投げたんじゃねーだろーな?」
鮫島が、尾上の上からファーストミットで頭を叩く。そして今度は、
「全く、あんな打法じゃ単打しか打てないってこと知っててわざと打たせただろ? 性格悪いな。つーか、長打打たれることを考えていなかったのか? 打たれたら……それこそアホだぞ」
下から蛇島が毒を吐き、佐宗がハハハと笑う。それにつられて、グラウンドの1年達は笑う。これに2・3年達は、ついて行けない。
「お、おい……わざと打たせたって……良いのか?」
「良いじゃないですか、練習試合なんですし。先輩達の練習ですって」
「はあ……」
あっけにとられる先輩達。そしてまたひとしきり笑うと、加藤にグローブを差し出す。
「大丈夫ですよ先輩、ここからは本気で行きます。どうやら、もうスローボールじゃ無理っぽいですね。意外と、即興の打法をモノにできるくらいのレベルはあるってってことか」
「そうだよ。ここでアイツに打たせたら、流れを持って行かれるかもしれない。ここできっちり本気見せて、断ち切ろう!」
「だな! んじゃ、そろそろ守りに戻ってくださいよ」
「あ、うん……任せたぞ!」
光ヶ丘ナインが散る。その間、ずっとスイングをしていた鷲ノ森。右打席に入った。雲井に話しかける。
「おいお前ら、まさか俺相手にもスローボール投げるんじゃねーだろーな? それやったら……俺はスタンドへ飛ばすぜ?」
「大丈夫だよ、ここからもう手抜きはしないみたい。そっちこそ、舐めてかかったら三振させるよ」
「ほー、そいつは面白い。全国ベスト4の投手がどんなものか、見せてもらおうじゃねーか」
「はいはい、いくらでも見せてあげますよ」
一通り会話を終えたら、ピッチャー尾上に向き直る。尾上はロジンバッグを投げ捨て、投球フォームに入る。そのフォームは……!
「わ、ワインドアップ!?」
「確かに、ランナーは動かないだろうけど、ここで!?」
「だりゃああっ!」
ど真ん中、尾上のストレートが決まる。その球威は、鷲ノ森よりも上だった。
(肩はできているみたいだね、スピンが良くかかってる。スピードガンで測ったら、130後半は軽く出ているんじゃないかな?)
(へへっ、相手が驚いてる驚いてる。ベンチの連中、唖然としてるよ……目の前のコイツ以外はな!)
鷲ノ森は、落ち着いた表情でバットを長く持っている。これくらいは当然といった表情だ。
(さあて、コイツをどう料理してやろうか)
尾上は雲井のリードを見ながら、相手をどのように切ってやろうか考えてニヤついていた。
第三話。終わり。