コメディ・ライト小説(新)
- Re: 憑きもん! ~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.18 )
- 日時: 2023/03/31 11:43
- 名前: むう (ID: viErlMEE)
むうです。第2章は4月1日からと言っておいてアレなのですが
プロットを書いていたら、書きたい欲が抑えきれなくなってしまいまして。
少し早いですが連載始めちゃいます! よろしくお願いします。
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第5話「要らない力」
〈宇月side〉
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
天気は曇天。灰色の絵の具をぶちまけたかのような雲に覆われて、お天道様は姿を隠していた。
雨のせいで外出する人は少なく、家の灯だけが夕方の暗闇に映し出される。
しかし現在、閑静とした街の空気に、ボクの地面を蹴る音と荒い息づかいが混じっていた。
「くっそ、たれ……っ!」
「ケケケケ……ケケケケ……」
ボクは背後に迫る敵を睨みつける。蜘蛛のような風体をしている化物だ。黒くて丸い球のような体に、人間の腕が二本生えている。
その腕を使って、地面を這うように動く。
それはまるで有名な害虫・Gのようだ。
「なあ、おい篠木! いつまで待たせんのや、とっとと来らんか!」
ブーブーブーブー。
白衣のポケットにしまっていた通信機器に向かって呼びかけるも、応答はない。
今回の作戦内容は、襲って来た悪霊をボクの能力・操心術(マインドコントロール)でひきつけ、仲間が合流する時間を作り、他のハンターによって倒すというもの。
なのにさっきから連絡は来ないし、キモい悪霊は近寄ってくるし、力の使い過ぎで頭がクラクラしてきたし。
「こ、この土壇場でドタキャンとか頭いかれてるんか……? それとも都会の能力者は、地方からやってきた奴なんてどうでもいいのか……!?」
「ケケ、ケケ!」
もしこのまま来なかったら。悪い予感がする。
と、化物がいきなりこちらに突進してきた。大きな腕が眼前に伸びる。魚を捉える網のように、その掌は広く分厚かった。
「っっぶな!……う゛!」
ギリギリのところを飛んで回避したはいいものの、キーンと耳の奥が鳴った。
能力使用の代償で、一回使うごとに体のあちこちが痛みだすんよな。
今日はまだ頭痛だけで済んでいるけど、これ以上使い続ければ……。
「おい篠木! なあ、返事しろ! おい……、お?」
電話の通話画面に、かわいい猫のアイコンが表示された。
蚊の鳴くようなか細い、けれどもしっかりとした女性の声が響く。
『す、すみません夜芽様! こ、こちらも、大変戸惑っておりまして……』
「ケケ……ケケ!」
「……なかなかしぶといな。 ………この! 〈操心術:一式〉解放!!」
「グ………ァァァァ!」
『夜芽様、どうされました?』
「……はぁ、いや、大丈夫……なんでもない」
電話の応対と攻撃の防御とマインドコントロール。マルチタスクを頑張る自分エライ。
あかん、体力だけじゃなく思考まで馬鹿になっとるみたいや。
今は、あのG(いや化物)が戦意を消失するように操ってるけど、アイツ中々しぶとい。
ちょっとでも気を緩めたら終わりだ。
ボクの力はあくまでサポート専門。攻撃手段として用いるのも憚られるような、汚い能力や。
「戸惑ってるってなんや? どうかしたん」
『そ、それが、そちらに向かう道中で多数の悪霊の襲撃にあいまして。対処するのに精いっぱいで、そちらへ向かうのが難しくて……』
ふうん。多数の悪霊の襲撃ねぇ。
この路地の位置は、あのアパートから北西に二百メートルってとこやな。
あらためて、すっごい効果やなあ。
「あー、オッケー。そういうことなら、こっちもなんとかやってみるわ。忙しいとこ悪いな」
『いやいや、そんな。でもなんでこんなに数が多いんでしょう』
痛いところを突かれて、ボクは顔を見られているわけでもないのに視線を彷徨わせた。
「あー、あれとちゃう? 少子高齢化とか」
『そうなんですか? なんにせよ、前はそこまでじゃなかったのに変ですね。じゃ、じゃあ私戦闘に戻りますねっ。ご武運を!』
「了解。ボクもまあ、できるだけやってみます」
ボクは携帯の電源を切って再びポケットにしまうと、深呼吸をして気持ちを静める。
肩の力が抜けるのを実感してから、「ケケケケ」と不気味な音を立てている化物を見上げた。
あんな体質になってしまったあの子に同情したい気持ちもあるけれど、正直、目の前の化物も篠木さんが戦っている霊の集団も、全部コマリちゃんのせいやろな……。
美祢は「俺が守るから」とか「いい霊の力を」とか言ってるけど、ボクとしては、そんなことで治るような簡単な話ではない気がする。
人が逆憑きになる、根本的な原因がきっとどこかにあるはず。
それがどんなもんかは予想がつかないわ。何事もゆっくり取り組まないといけんな。
さて、まずは目の前の敵さんから始末するとしましょか。
「退魔具使うんは慣れんけど、まあいっか」
ボクは白衣の内ポケットから、黒色の護符を取り出す。夜芽家に伝わるこの護符は、念を籠めるだけで自由自在に形を変えるのだ。
「〈操心術:第二式〉黒呪符」
- Re: 憑きもん! ~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.19 )
- 日時: 2023/03/27 08:48
- 名前: むう (ID: viErlMEE)
★本編前のひとこと用語タイム★
『黒呪符』→宇月の奥義・護符に自分の邪気を籠めて戦う技。
『恋魂球』→こいとの能力。恋愛の運気を集めてエネルギーの球にして投げる
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〈コマリside〉
「うぅ……」
私はアパートの自室、トキ兄と共用の狭い部屋のちゃぶ台に突っ伏して、手をバタバタさせた。
広げたノートは真っ白。隅に置いたシャーペンと消しゴムは、全く使われていない。
季節は五月上旬。あれから時が過ぎ、みんな大好きゴールデンウイークに突入した。
よっしゃ、休みだ! 遊ぼう!
そんなワクワクする気持ちを冷めさせるのが、大量に出された課題の山である。
国数英理社のワーク、一冊ずつに加えて新出単語の意味調べに、一日一作文。
家庭科のレポート作成、連休明けテストに向けたプリントと、やることがいっぱい。
小学校時代は頑張っていた勉強も、今は(体質のせいだと言い訳した結果)赤点回避に全力。
「どんなに頑張っても44点なんだから、勉強する意味なくない……?」
「行ける高校無くなるぞ。俺みたいになりたくないなら頑張れよ」
私の対面に座って本を読んでいたトキ兄が、呆れて言う。
彼が中退した高校は、市内で有数の難関校だ。
塾に通ったことがないらしいので、この人の地頭がめちゃくちゃいいってことになる。校則さえ破らなければ、楽々進級できただろう。
「てかお前、どこがわかんないんだよ。言えよ、教えるから」
「問題の意味がわかりません……。英訳しろって言われても読めないんだもん」
ああ、こんなことになるならしっかり勉強しとけばよかった。
せっかくの休みだし、貴重な時間を浪費したくないよ。
「どこだよ」
「ここここ。問2の(2)」
私は英語のワークのページを開いて、トキ兄に差し出した。
「え? 簡単じゃん。Can I help you? Can+人+動詞で~することができますか、転じて~してもいいですかって意味になる。これは直訳すると、『私はあなたを助けてもいいですか』だ」
「な、なるほど」
「でもそれだと不自然だから、この英訳は『どうしたの?』『手伝いましょうか』みたいな感じだな」
ほぇぇぇぇ、なるほど。
英語って進むにつれて単語数は増えるし、覚えること多くて大変だけど、分かると割と楽しいかも……?
「そのあとも同じようなやつだな。Could you~? は、Can you~の丁寧な表現だ。この調子で問2の穴埋めは全部埋めれるはずだよ」
「うわ、すごい! やっぱトキ兄に頼んでよかったぁぁぁ」
あんなに動かなかった手が、今はするする動く。
人に何かを教えるのって、とっても難しいらしいけれど、トキ兄の説明は簡単で分かりやすくて、しかも本人が全然苦じゃなさそうなんだ。
「私、トキ兄と学校行きたかったなあ。絶対楽しそうじゃん。一緒に登下校してさ。授業中、宿題忘れたら見せてもらえるしね」
特に深い意味はなかった。
トキ兄に勉強を教えてもらう時間が好きだから、学校に彼がいたら学校生活がもっと華やかになる気がしたんだ。
「宿題見せてもらえるってお前、俺が隣の席って前提なの?」
「へ?」
「だってそうだろ。机くっつけるお決まりの展開だろ。そんなにピンチならもっと勉強時間増やせよ」
トキ兄は察してないみたいだけど……。
もしかして私、今凄く恥ずかしい考えをしちゃったんじゃ。
横に並んで通学して、しかも隣の席にいてほしいなんて、かんっぜんに私……。
(まるで私が、トキ兄のこと好きみたいじゃん)
とくん、と小さく胸が鳴った。でもそれはすぐに収まる。
スーパーの騒動のあと、なんだか身体がおかしい。急に息苦しくなって、脈が速くなる。
なんだろう、これ。
「おいコマリ。手がまた止まってんぞ。具合でも悪いのか? 休憩したら?」
「いやあ、な、なんでもない。大丈夫だよ」
あれ、なんで私、苦笑いをしちゃったんだろう。ここで苦笑いする必要、全くないのに。
でも、一人でいる時やお風呂に入っている時、思い出してしまうんだ。あの時握られた手の温度。
「そ、そう言えばさトキ兄。この腕輪の効果、すごいね」
「? 腕輪? ああ、宇月に送ってもらったやつか」
私の右腕には、編みこまれた赤い腕輪が巻き付いている。
小さな銀色の鈴がついていて、腕を動かすとシャランと鳴るんだ。
霊能力者がよく使っている魔除けのグッズで、先週これが入った封筒が、トキ兄宛てに宇月さんから送られてきたらしいの。
「私、この前国語の小テストがあったんだけど、56点取れたんだ。初40点以上だよ。ほんっとうに嬉しくて!」
「お、おう。お前だから喜べることだよ……」
トキ兄は、どういう顔をしたらいいか分からないようだ。泣きたいのか、笑いたいのか。片方の目をキュっと細めて、口角をあげた複雑な表情をつくる。
「雨も最近降らないし、あとさ。ポルターガイストもなくなったじゃん」
「それは俺も助かってる。ドアやふすまが揺れるたびに、抑えるのめんどくさかったし」
「宇月さん、嫌味言ってたのに、助けてくれるんだね」
魔よけの腕輪をいじりながら、私は首を傾けた。
宇月さんは今、K区のマンションに住んでいる。私たちのアパートから西方向に車で十分。
この近辺で活動しているハンターさんと情報共有して、悪霊退治を続けているみたい。
「あいつは成果主義だ。意味のないことはしないし、腕輪を送ったのも自分の仕事の負担が減るからとかそういう感じだと思うぜ」
「ふうん。ってあれ、こいとちゃんは?」
やたらと部屋が静かだったのは、ルームメンバーが一人足りなかったからか。
この面子の中で一番騒がしいムードメーカーだ。いないだけで、その場の雰囲気がガラリと変わる。
「ああ。用事があるって、さっき出て行った。行き先を聞いても教えてくれなかった。あれこれ問い詰めるのも失礼だし、そのうち帰ってくるだろ」
ふうん。この前話してた、幽霊友達のところだろうか。
今日は天気もいいし、遊ぶのに越したことはないよね。
(こいとちゃん、楽しんできてね)
私は、どこかの道をあるいであろう幽霊の女の子に心の中でにっこりと笑いかけ、再び課題をやり……いいや、殺りだしだのでした。
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.20 )
- 日時: 2023/03/31 23:23
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)
〈再び宇月side〉
「操心術:第二式、黒呪符!」
ボクは念を込めた呪符を、通称ゴキブリ妖怪に向かって投げつける。
シュッと紙切れが宙を切った。
お札は一本の有刺鉄線へと姿を変え、敵の身体を縛り上げる。
「ウ……ウウ……!」
「どうや、抜けへんやろ」
「ァァァァ……アアァァ」
「夜芽家の術は地味やけど、使い手によって威力が変わる。ハンターを怒らせたせたらどうなるか、次から覚えておかんとな!」
妖怪はジタバタと腕を動かすが、それは逆効果だ。
縄についている棘は敵の自由を奪い、体力を消耗させる。
人間の感情のうち、『呪い』は最も強力だ。古代からファンタジーで登場人物を苦しめる魔法として用いられる理由でもある。
「さあさあ、気分はどうや? まあ良くはないわな。なんたって呪いやもんなあ。そこらじゅう痛むやろ、苦しいやろ。楽に逝かせてあげたいけど、生憎ボクは肉弾戦が弱いもんで」
相手の呻き声に対して、ボクの口からは笑いが漏れた。
これは高笑いだろうか。いいや、そんなもんじゃない。
「汚い能力でごめんな。いい成績取って頭なでてもらえるような優等生が羨ましいわ」
……そうだ、これは自虐だ。
『感情を支配するなんて、なんて忌々しい』とか。
『だから、子供の性格が悪くなったんだ』とか。
母ちゃんも父ちゃんも、友達も親戚も仕事の人も。美祢でさえ。
いっつもいっつも、「なんでお前は」ばかり言うて。
自分でもうっすら感づいていることを面と向かって怒鳴られるのが一番きつかった。
空気を読む。周りと合わせる。みんなが簡単そうにやっていることが、ボクは苦手で。
かといって自分のことはちゃんとできるかって聞かれたら、全然そうでもなくて……。
「こんなチカラもう要らんって思っとるのに、このチカラでお金もらって生活しないと生きていけん。あーあ、もっと気楽ーに生きれたらええのになぁ」
両手を広げながら、怪物の周りをくるりと一周する。ボクが近づくたび、悪霊は「グ………ググ……」と苦しそうな声をあげた。
「……そんな顔せんでも、そのうち術がお前を地獄へ送るで。だからもう無駄な抵抗はやめや」
「ウ……ウウ……」
「うわ、めっちゃくちゃ頑張ってるやん。なんなん? 人様困らせたお前が命乞いなんて甚だめいわ」
そこでボクは言葉を切った。冷や汗が背筋を伝う。
なんやこの感覚。どこが根源か分からんけど、嫌ぁな殺気の気配がする。
「っ、まさかまた悪霊が増殖したんか?」
念のため、白衣のポケットから呪符をもう一枚抜き取り、右手にセット。
体制はそのままに、首だけ左右に動かす。
協力者である篠木さんはきっと今頃戦闘中や。助けは呼べん。あかん、今回来はった彼女はめちゃくちゃ強い霊能力者なのに。こっちに移ってきたばっかりで、仲いい人もそんなにおらんし。
「ああ、もうええ! く、来るなら来い!」
全身にグッと力を籠め、右足を一歩前に出して宙を睨んだ。
最悪の場合、受け身でしのげばいいか。な、なんとかなるんだろうか。
しかし予想に反して、殺気の持ち主はボクに襲い掛かってはこなかった。
道路の右側、植え込みの陰から姿を現し、その愛らしい顔を曇らせる。
セーラー服の襟が、風でひらひらと揺れた。
「なんか敵扱いされててマジ草なんですけど~」
相手は、茶色の髪を低い位置で二つ結びにした、幽霊の少女だった。
彼女は桃色のエネルギーの球のようなものを右手のひらに浮かべ、左手の人差し指をゆっくりとボクに突き付ける。
「わたしとちょっとお話しできませんか。夜芽宇月サン」
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.21 )
- 日時: 2023/04/08 13:01
- 名前: むう (ID: viErlMEE)
〈こいとside〉
「なんで、きみが?」
宇月サンは目を見開いた。
数秒前まで士気に燃えていた双眸も、わたしが茂みから顔を出したとたん輝きを失う。
武器を持ったままなのは、わたしが自分に危害を与えると思っているからだろうか。
「桃根ちゃん、なんでここに居るん? コマリちゃんと美祢は? なんで……」
次から次へと投げかけられる質問も、(きっと問い詰められるだろうなぁ)と頭の中で想定していた内容だった。
あらかじめシミュレーションしていて良かった。
アレコレ考えるのが好きなタイプじゃないから、回答をするのにも多少時間がいる。
わたしは結んだ髪の先っぽをいじりながら、薄く微笑んだ。
「遊びに行くって伝えてます。まあ、嘘なんですけどね。さっきも言った通り、わたしはあなたと話したいんです。だから来たんです」
なぜ宇月サンに近づこうと思ったのか。なぜ、コマリさんや美祢さんには相談できないのか。
色々理由はある。でも一番は、目的達成のために彼の存在が必要だったからなんだ。
この前散々悪口を言われたので、言い返してやろうかと燃えていたってのもあるけどね。
ただ、これを言っちゃうと、美祢さんが「俺も一言言ってやらないと気が済まない」と椅子から腰を浮かせるかもしれない。
なるべく一人で、宇月サンの元を訪れたかったのだ。
「はあ? なんで? 桃根ちゃんは、コマリちゃんのサポートをやっとったやん。あの子の側にいるのが筋やろ」
宇月サンは身振り手振りを駆使して話し出す。
わたしを責めていると言うよりも、自分に言い聞かせているような、そんな口ぶりだった。
術でやっと動きを封じたのにも関わらず、敵を仕留めることも忘れて彼は喋り続ける。
「なあ、詳しく説明し……うわっ」
「ガァァァァ!」
有刺鉄線で縛られていた悪霊が、最後の力を振り絞って抵抗してきた。
なんとか縄の間を抜けた腕が、宇月サンの首根っこを掴む。五十キロはあるだろう彼の身体が、猫のように軽々と持ち上げられた。
「……っ! 離っ……! 今、いいとこ、やね……! ぐ……!」
宇月サンがバタバタと両足を振っても、がたいのいい腕はびくともしない。
右手の指に挟んでいた護符が、ふわりとアスファルトの地面に落ちた。
「くっそ、お前どんだけ諦め悪いねん! ……っ、あかん、力が入ら、な……」
ゼエハァと肩で息をする霊能力者の男の子。
その呼吸のリズムも、だんだんゆっくりになっていく。
だ、ダメだ。このままだと、あの人が死んじゃう!
聞きたいこと、話したいこと、いっぱいあるのに。
ここであなたの命を奪わせるわけにはいかない。
……覚悟を決めろ、桃根こいと。今ここで、わたしがやらなきゃ。
もう他人の死を見るのはうんざりだ!
「宇月サン伏せて!」
「……な、に……」
「必殺!!」
技名を唱え、わたしは目をつぶる。右手を天に突き出し、深呼吸。
人間がまとっている運気のエネルギーは、集めると規格外の威力を持つ。
このチカラは、自分の恋愛運をエネルギーの球に変える!
「恋魂球―――――――――――――っ!!!」
集まった霊気の球がピンク色に光りだしたのと同時に、わたしは右腕を力いっぱい振り下ろす。
恋愛運で作られたボールはジリリリリ……と音を立てたのち、一気に爆発し、ゴキブリのような()怪物を数メートル先までぶっ飛ばしたのだった。
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.22 )
- 日時: 2023/09/19 10:57
- 名前: むう (ID: viErlMEE)
むうです。次回の更新は、4月5日(目安)です。
よろしくお願いします!
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〈――XXside〉
『いとちゃん!』
彼は、うちの全てだった。
お日様のような明るい笑顔と、毛布のようなふんわりとした優しさを持った数少ない友人だった。
『いとちゃん、初主演おめでとう! ホラほら見て、チケット買っちゃった! 文化祭、絶対見に行くねっ』
『いとちゃんが好きなアイドルって、歌い手グループだよね。僕ボカロとかあんま知らないけど、一緒にライブ行きたい!』
『わ、この人の高音、すごく綺麗だね。かっこいいねっ』
無邪気で純粋で、汚いもので溢れている世界を素直に美しいと感じられる性格だ。
嘘がつけないあまり騙されやすく、ヒョイヒョイ友達を作っては裏切られていたけど、それでも本人は笑顔を絶やすことはなかった。
『人間関係って難しいねー』
独り言のように呟いて、何事もなかったかのようにうちの前の席に座って。
教室の窓際。日の当たる席で毎日、猫のように伸びをして。
あまりにマイペースだから、時々彼が同学年なのを忘れてしまう。子供っぽい言動が目立つから、わたしも無意識に弟扱いをしてしまっていた。
―――彼も同じ人間だということをを、頭の引き出しに置いてしまっていた。
友人の表の顔だけを見て来たわたしの眼は、彼が屋上の柵に手をかける寸前まで、その事実を受け止めきれなかった。
『いとちゃん。ごめんね』
暖かい風が吹く秋空に零れた、彼の涙。
わたしは慌てて駆け寄り、自分の小さな右手を友人へと差し出した。
なにかが変わるわけではない。なにかを変えるわけでもない。少女の細い腕では、多分相手の苦しみは抱えきれない。
でも、それでも。
それでもわたしは。
「由比! 早くこっちに来て! ……ねえ、帰ろう! 5時間目始まっちゃうよ! ねえ!」
わたしは、あなたを。
あなたのことが、ずっと前から。
「ぶ、文化祭、見に来てくれるんじゃなかったの!? チケット、一番最初に買ってくれて……。ライブだって当選したのに! も、もうすぐ由比の誕生日だし、一緒に遊びに行こうって……」
ずっと。
「ねえ、由比! 戻ってきて! ねえ!」
ずっと、好きだったんだ。
のんびり生きていたはずのあなたが、最期の最期、『ごめんね』と宙に身を投げ出すその瞬間まで。私はあなたが大好きだったんだ……。
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〈こいとside〉
悪霊が消滅し、捕まっていた宇月サンはドスンと床に尻餅をついた。
「~~っっっ!」と打ち付けたお尻をさすりながら、痛みに暫し悶絶する。
「だ、大丈夫ですか? 怪我は?」
わたしは、宇月サンにそっと右手を差し出す。
彼は申し訳なさそうに笑って、よっこらせと立ち上がり、ズボンの埃を手で払った。
「あー、死ぬかと思ったわ。ありがとうな、桃根ちゃん」
「え? いやいや。あの状況で見殺しになんかできませんって」
あわあわと手を振るわたしを、彼は面白そうに見つめた。
な、なんだろう。顔になにかついているのかな?
そっとほっぺたを触ってみるけれど、別に汚れてはいない。あれ?
「なんで頬っぺたなんか触っとるん?」
「なにかついてたかなと思いまして。なにもついてないじゃん。ジロジロ見ないでくれますか」
「なんやその扱い。ボクはただ、きみが助けてくれたのが信じられなかっただけやで」
助けてくれたのが信じられなかった。それは一体どういう意味だろうか。
つまり、わたしが自分を見捨てると思っていたの?
それこそ、信じられないんですけど? 自分の命を大事にしないとかマジでないわ。
あなた流に言い換えるなら、『自分すら大事にできんのに、他人を見下すとか聞いてあきれるわ』ってことです。
「あー、そういうんやない。あの、なんて言えばいいかな。ええと」
宇月さんは、頬を頭でかき、うーんと首をひねる。
「てっきり、敵視されてるんかと」
そりゃあ、ボロクソ言う人がいたら誰だって警戒しますよ。
でもわたし、神様の血が混じってるから分かるんです。かすかな気持ちの揺らぎとか、息の使い方とか。そういう些細な部分。
「え、なにそれウケるんですけど。わたし、あなたのこと結構信頼してますよー」
「あっははは、マジで?」
「うわ」
「どしたん?」
「あなたもそんな砕けた発言するんですね」
「今時しない人の方が珍しいで?」
宇月さんはその場で「よいっしょ」と伸びをすると、戦闘で乱れた髪を手で整え始めた。
サラサラの髪。すらりとした体型。時折見せるリラックスした表情。
それら全てに、彼の面影を重ねてしまうわたしは、やっぱり馬鹿だ。
「それで、桃根ちゃん」
くるりと振り返った宇月さんは、スーパーで会った時と同じように目を細める。
何もかも見透かしたような、周りから離れて物事を俯瞰で見ているような。
強い眼差しがわたしを射抜く。
「ボクに話したいことがあるんやったな。いいで、聞くわ。遠慮なく言ってみ」
すうっと息を吐く。大事なことほど、しっかりした言葉で伝えたいものだ。
唇が上手く動くかどうかを確認して、声に出そうとした単語が適切かどうか吟味して。
長い長い時間をかけて、わたしは自分の想いを発する。
「宇月さんは、幽霊や妖怪を操れるんですよね。霊能力者は、幽霊の存在を、その目で認識できるん……ですよね」
――いとちゃん。いとちゃんは生きて。もうどっか行ってよ。
――五時間目、始まっちゃうよ。
――文化祭で、ヒロインやるんでしょ、いとちゃん。
「守れなかった人がいるんです。……伝えたかったことがある。言えなかった文句も、いっぱい、いっぱいあって。そいつに、あのバカに、どうしても謝りたいんです。コマリさん達に嘘をついてまで、会いたい人がいるんです。探してほしいんです、あなたに」
死んだらもうそれで終わりだとか。死者は蘇生できないとか。
そんなことはとっくに分かってる。
でも、わたしはこの目で見たんだ。
『死んだらハイサヨナラ』の常識が崩れる光景を、あの時あの瞬間。この目で。
「だからお願いします。わたしに、失った時間を取り戻すチャンスを下さい!!」
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第3章開始★】 ( No.23 )
- 日時: 2023/10/04 09:48
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)
★登場キャラクターLog★
キャラクターが多くなりそうなので、ログをつくりました。
また、本作品には『陣営(チーム)』設定があるのでそれもまとめておきます。
同じ記号がついてるキャラは、協力関係にあります!
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〈コマリチーム〉
〇月森コマリ
→『逆憑き』という体質の悪運強し14歳。なるべく楽しく元気よく!
〇時常美祢
→コマリと同室の霊感持ち高校生。コマリの相談役兼ボディーガード。
〇☆?桃根こいと
→浮遊霊。オオクニヌシの魂を持つ。恋愛相談が得意。友人と再会するために奮闘中。
〈霊能力者〉
☆〇夜芽宇月
→美祢のいとこで、心を操る霊能力者。京都府出身。別名:歩くトラブルメーカー。
番正鷹
→あだ名はバン。霊能力者の御三家の筆頭・番家の長男。
世にも珍しい〈憑依系〉の能力を使う。由比の前に猿田彦と絡んでいた人間。過去編に登場するぞ。
番飛燕
→正鷹の弟。中学1年生。活気の良い性格。怪異討伐チームACEに所属する宇月の後輩。
運動能力が非常に高く、「運動馬鹿」と呼ばれている。使う能力は〈使役系〉。
番飛鳥
→飛燕の双子の妹で、コマリのクラスに編入してきた転校生。
コマリに興味があるらしいが……?
〈幽霊&妖怪&神様〉
♪由比若菜
→こいとの元クラスメートの男の子。自ら命を絶ち幽霊となる。猿田彦と行動を共にする。
♪猿田彦命
→由比にとりついている、道開きの神様。身体の乗っ取りが可能。ツンデレ。
? 大国主命
→過去に色々あって、こいとの魂と合体した縁結びの神様。
猿田彦の知り合い。文献的には男だが、この物語では女性。
※ 禍津日神
→禍の神様。封印を自ら解き復活。何やら企んでいるようだが……?
〈クラスメート〉
星原杏里
→コマリのクラスメート。穏やかで優しい性格。
福野大吉
→コマリのクラスメート。サッカー部。愛称は大福。
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.24 )
- 日時: 2023/12/09 09:41
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: F7nC67Td)
有言実行をしない作者でスミマセン。
書きたい欲がまた抑えきれませんでした。
もうこれからは告知しないようにしよう……。
あ、今日は二話投稿です。よろしくお願いします(これは本当です)
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〈XXside〉
不審者の定義を聞かれたら、『危ない人』と答えるのが一般的だよね。
学校とかで先生に習うような、黒い服に黒いズボン・黒帽子の男性をイメージする人も多いだろう。あるいはストーカーとか、痴漢とか。どっちにしろ「変なことをしているヤバい奴」というのは共通だ。
じゃあいまこうして電柱の上に立っている僕も、変質者扱いされるんだろうか。
「ちょっと待って猿ちゃん。こっから僕どうすればいいわけ」
なんでそんなとこに登ってんだ! とか、いやお前まずお前頭大丈夫か? とか、色々あるだろうけどひとまずは心の中にしまっておいてほしい。
状況を整理する時間を、少しだけちょうだい。
場所は市街地のどっかの柱。
何とも曖昧な表現で申し訳ない。方向オンチすぎて、自分がいる方角が分かんないんだ。
ああいや、実際は方角どころか自分の状況すら把握できていないんだけどね。
電柱の上に立っている、というのは語弊がある。
ごめんなさい訂正します。僕は電線の上に立っています。
いや、人間がやることじゃねえだろと怒鳴りそうになった画面の前のきみ。その通り。
これは人間が出来る行動ではない。電気屋さんでも、電線の上を歩こうとはしないだろうし。
「猿ちゃん! ああもう、こっから降りるのめちゃくちゃ怖いよぉ! 登って満足するのやめてよぉ……。言ったでしょ、僕高いとこ無理なんだよぉっ」
両足がガタガタと震える。
それでもなおバランスを崩さないこの身体は、やっぱり人離れしてると言えるんだろうなあ。
さっきからまだるっこい受け答えでごめんね。
ハキハキ話せたらいいんだけど、どうも僕は他人より動作が遅いみたい。ひとつの出来事を処理するのに、三分は使っちゃうんだ。
ええっと。どこまで進んだっけ。
ああ、そうそう。〈つまるところお前ってなにもんなの問題〉の話だね! コホン。
うーんと、何と説明したらいいんだろう。複雑な事情がたくさんあって、どこから語ればいいか。
と、ボフッッと音がして、僕の胸の辺りから白い煙が噴き出た。
「わっ、ちょ」
もくもくと立ち昇る煙の中に、うっすらと人影が見える。
中から現れたのは、背の低い和装の男の子だった。
白い羽織に黒の袴。浅葱色の長い髪は、後ろでひとつまとめにして白いリボンで縛ってある。
口からのぞかせた八重歯と、いたずらっ子のような目を持っていた。
男の子は、オドオドビクビクしている僕に向かって、犬のように吠えた。
「おい由比! テメエいつまでボーッとしてんだよ! さっさと降りろ! 通報されるぞ!」
「さ、猿ちゃんが僕の身体コントロールするから悪いんでしょ? 景色いいとこ連れてってやるって言うからオッケーしたのに、こんなの聞いてないよっ」
流石にカチンと来て言い返すが、彼―猿ちゃんは「はぁぁ?」と肩眉をひそめる。
あ、この子の名前は猿田彦。
のんびりペースの僕を奮い立たせてくれるパートナーだ。
ちなみに、なんとこの子、道案内の神様……らしい。
口調や立ち振る舞いのせいで、いつもその設定を忘れそうになる。
それを猿ちゃんに言って、
『設定って言うな。あと俺は猿田彦命だ。省略すんなボケ』
と返されるのが日常茶飯事だ。
「ちゃんと許可を求めただろうが俺様は! 大体なあ、テメエ幽霊なんだから高いも何もねえだろ? ヒュンと降りれば済む話をダラダラ引きずるな戯が」
「? たわけってなに? たわしのこと?」
「阿呆!!」
そ、そんなに怒らなくたっていいじゃん。知らない言葉だったんだもん。
至近距離で叫ばれて、心臓がキュッとなる。
「はぁぁぁぁぁ。折角協力してやってんのに、モタモタしやがってよ。ったく。なんで俺様が、こんな人間なんかと。子守なんてしたことねえっつの」
猿ちゃんは荒ぶる気持ちを落ち着けようと、頭をポリポリかく。
折角綺麗に整えた髪が、一瞬でボサボサになった。
こういう、ちょっと乱暴なところがまさに男の子って感じがして、僕は好きだ。
「ふふふ。猿ちゃんが優しい神様で良かったよ、僕」
「ああん? 神に優しいも何もあるかよ」
「あるよ。僕を助けてくれた。チャンスを与えてくれたじゃん」
自分で終わらせたはずの命を、もう一度刻む機会をくれた。
こんなふうに言い合える勇気を持たせてくれた。
大事な人に会いたいという陳腐な願いを笑わず、なんと実現するために力までくれた。
これを優しいと言わずして、何と呼ぼう。
「勘違いするな。俺様の目的は別にある。テメエを助けたのも、その目的を達成するための任務にすぎねぇ。思い上がるなよ弱味曽」
「なんで急にお味噌汁の話? 猿ちゃん和食派なの?」
怒るのにも体力を使うから、それでお腹が減ったのかな。
いいよねえ、お味噌汁。
幽霊になってからご飯は全く食べてないけど、もし食べれるならお豆腐いっぱいのやつが食べたいなあ。
「~~~っっっ! 先ずは常識を知れぇぇぇぇぇ、この白痴!」
「ちょ、ちょっと、入るときは言ってって、ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
猿ちゃんの身体が再び気体となり、僕の胸に入り込む。
あ、やばい。意識が………遠のく………。
一度も染めたことのない髪が、猿ちゃんの髪色である青色に変わった。
高所に対しての恐怖心は薄れ、代わりに高揚感が高まっていく。全身に力がみなぎっていく。
僕――いや、俺様は電線から一気に飛び降りると、空中でくるりと一回転。
そのまま地面にスタッと足をついて着陸した。
「――さあて。頼まれてた人探しとやらを始めるとするか。今日中に見つかるといいけどよ」
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.25 )
- 日時: 2023/12/05 07:46
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: F7nC67Td)
由比の本名は由比若菜です。実は名前ではなく苗字なんですよ。
紛らわしいので一応説明しておくと、
こいとに憑いている神様が「大国主命」、由比に憑いている神様が「猿田彦命」です。
このあとも神様はいっぱい出てくるので、推し神様を見つけよう(推し神!みたいに言うな)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
〈美祢side〉
「あー、どれがいいか分かんねえ」
俺は、デパートの文房具屋の前で首をひねった。
同居人である月森コマリと暮らして早一カ月。
新生活にも慣れつつあり(&宇月の腕輪の効果でトラブルも少なくなりつつあり)、ようやくフリーな時間が取れるようになってきた。
最近は近くをふらふら散歩したり、オンラインゲームでゾンビを撃ちまくったり、あとは趣味でファッションを研究したりと、あいている時間を自分の為に使うことが多い。
だがある日俺は、ふと気づいたのだ。もうすぐコマリの誕生日だと。
五月八日。ちょうどゴールデンウイーク明けの絶妙な日にちだ。
その二日後・五月十日は、恋愛の神様・こいとの誕生日。
迷惑をかけられてばかりだけど、あいつらが来なきゃ今頃俺は引きこもり一歩手前。
何らかの形で感謝の気持ちを伝えたい。
そう思い、俺は今市内のデパートで、コマリ(&こいと)へのプレゼントを選んでいるのだ。
「そもそもあいつ、何が好きなんだろ」
文房具屋のケースにしまわれた、桃色のシャーペンを手に取る。
こういうの、こいとは好きそうだけど……コマリはどうなんだろう。
文房具も無地のシンプルなものばかりだよな。こだわりとかないんだろうか。
「シャーペン、消しゴム、ノート。女子なら集めそうなもんだけどな」
ハートや星がプリントされた方眼ノートや香り付きの消しゴムの棚にも行ってみたけど、コマリがそれらを使う未来が想像できない。
「似合うとは、思うんだけどなあ」
淡い色合いの可愛らしい小物や洋服。どうせなら何か買ってやりたいけど……。
ああダメだ。人にプレゼントを買ったことなんてないから、何が正解か全然分かんねえ!
俺の中の少ない知識が活用するのは、ファッションくらいか? うーん。考えてみよう。
仮に洋服を買うとすれば、どんなコーデがいいのだろう。ガーリー系? 原宿系? 清楚系?
アイツ、めんどくさがってパーカーとかズボンばかり着るからな。しかもダサいし。
「俺がよく着る、こういうちょっと洒落たパーカーなら喜んでくれるかな」
前にコマリに『プロゲーマーみたい』と誉められたこのパーカーは、黒を基調とし、差し色として蛍光ピンクが使われている。
でもあいつ、こういう派手な色苦手そうだし……ああ、決まらん!
(そもそも、俺なんでこんな必死になってんだ? 同棲してるとは言え赤の他人だぞ)
妹でもない、幼馴染でも親戚でもない関係。親の知り合いの娘。
彼女の体質の件がなければ、多分絡むことはなかっただろう女子。
めんどくさがりでガサツで、不真面目で、やけにハイテンションでドジで。
実を言うと俺は女子が苦手だ。小学校・中学校・高校と、ろくに挨拶もしてこなかった。
でもコマリには、いつだって自然体で話せたんだよな。なぜだ。
「あー、もういい、仕方ない。気は乗らねえがアイツに聞くか……」
俺は肩にかけたショルダーバッグの中からスマホを取り出すと、電話帳のアプリを開く。
一番最後に記載されていた〈夜芽宇月〉の文字をタップし、携帯を耳に当てる。
宇月は大学生だ。年上だし、ムカつくが顔もいいし、女子とも付き合いがありそうだから。
十回のコールで、ようやく電話がつながった。
『もしもし夜芽ですが……』
「なに、お前寝てたの?」
彼にしては珍しく歯切れの悪い口調だ。任務終わりだろうか。
『いや、ちょっと調べ物しとって。今図書館に居るんやわ』
「へぇ。本読む姿が想像つかねえ。ウェブアプリとかで済ませるタイプかと」
『なあ、君らの中でボクはどんな位置づけなん』
「俺にとっては生意気ないとこだよ」
宇月は「はー……」とため息をついた。「確かにウェブ派やけどさ」
『それで、用件は? 美祢からかけるなんて滅多にないやん』
「あー、えっと、その……」
『なんや、話したいことがあって電話したんやろ。言わんなら切るけど』
「いや、その」
コマリの誕生日にプレゼントを贈りたいんだけど、何買えばいいか迷ってて。
文章に変換すれば、なんてことない一文だ。
だが、言葉となれば別。おまけに電話の相手はあの宇月なのだ。べらべら喋って、ネタにされたらたまったもんじゃない。
で、でも、相談したい気持ちは本物で……。
あー、もう、仕方ない! 恥ずかしいけれど、真面目に伝えよう。
「あの、その、コマリの誕生日プレゼントを買いに来てて……」
『ほお。なら切るわ』
「え、ちょ、ちょっと!」
話の途中だというのに、会話を中断した宇月に俺は焦る。
こいつ、人の話を聞くってことができないのか!?
『どーせ、どれがいいか迷ってて、ボクに決めてほしいとかやろ。知らん知らん、自分で決めぇや。そーゆーのは他人が口出したらあかんねん。分かる? ま、そういうことで。またな。せいぜい頑張りー』
「ちょ、宇月てめっ」
あっと思った時には、もう通話ボタンはオフに切り替わっていた。
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.26 )
- 日時: 2023/09/19 11:02
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)
Q.みんなの血液型は?
コマリ・由比「のんびりペースのO型だよ!」
美祢「Aと見せかけてのB型」
こいと「マイペースなB型……ではなく、実はA型です♪」
宇月「あんたら何なんマジで。(友達から『宇月さんは絶対AB型』と言われ続けたキャラです)」
むう「あれ、宇月AB型じゃないの?」
宇月「AB型やから複雑やねん!!」
美祢「お前もう腹グロキャラやめてネタキャラに路線変更しろよ……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
〈再び美祢side〉
「あんのやろう……っ」
何かあったら相談しろと言っておいて、なんだあの態度!
怒りが収まらない俺―時常美祢の地団駄の音が、デパートの廊下に響いた。
確かに宇月の話は一理ある。っていうか、百パーセント向こうが正しい。
人に贈るものについて第三者がアレコレ口を出すのは失礼だ。俺がもしそれをされたら傷つく。
プレゼントは自分で選び、自分で相手に手渡すから特別なのだ。宇月は間違ったことを喋ってはいない。いないけど。
「あの、ちょっと小ばかにした言い草! 普通に話せばいいだろうに!」
「お客様、館内ではお静かにお願いします」
「あ、す、すみません」
叫び声が大きすぎて、文房具屋の女性店員にたしなめられてしまった。
同じブース内にいる他の客が、チラチラとこっちに視線を送ってくる。
出来たばっかりの心の傷が、更にえぐられるからマジで勘弁してほしい。
「とりあえず場所を変えるか……」
今いるここは二階の〈あおぞら館〉。小物を取り扱う店が多い。
本屋もあるが、アイツは漫画しか読まないし俺も本しか読まない。自力でコマリの好みの本を推理するのは難易度が高い。
「一階の服屋に行こう。アイツに似合う服があるかもしれない」
俺はくるりと踵を返し、エスカレーターがある西の方角へと歩き出した。
彼の意地悪な表情が脳裏に浮かび上がって、一向に消えてくれない。
電話するんじゃなかったと後悔するが、時すでに遅し。
宇月とはなにかとそりが合わず、昔から口喧嘩ばかりしている。
つい余計な一言を放ってしまう宇月と、ついつい反応してしまう俺。
親戚の喪中など大人数が集まる場では、睨んでは睨み返され、舌打ちをしてはし返され。
「は~……」
と肩を降ろしたその時。
「あれ、時常くん?」
すれ違ったブレザー姿の女の子が、くるりと振り返って俺の名前を呼んだ。
黒くて長い髪とブレザーの紺色が良く似合っている。肩にはスクールバッグを提げていて、クマのマスコットがワンポイントとしてつけられている。
名前を呼ばれたことと相手が女子だったことで、俺の声は上ずった。
「へっ?」
「やっぱ時常くんだ。久しぶり! あ、私のこと覚えてるかな?」
女の子は自分の着ている制服を指さす。
ブレザーの胸元の校章は、俺がたった一カ月で中退した葎院高等学校のものだった。
ゴールデンウイーク中とはいえJKだ。きっと、部活や生徒会活動などで登校したんだろう。
「えっ……と、確か、俺の前の席だった……。ほ、星野だっけ?」
「惜しい、星原ね」
時常=た行で、星原=は行。元々出席順で並んでも、俺と彼女の席は前後だった。
入学して最初のクラス替えと、最初で最後の高校での席替えは、星原が前になるという何とも地味な形で終わってしまった。
女子高生―星原は、俺の元クラスメート。さっぱりした性格で話しやすい。
クラスメートの中で、唯一関わりのあった女子。小テスト前は頻繁に俺に教えを乞うていたっけ。
「いやあびっくり! 一カ月で退学とか信じられない。クレイジーすぎでしょ」
「あ、ま、まあ」
やめてくれ。その話だけはやめてくれ!
心の傷が凄まじいスピードで開いていく。
「数週間はみんな話題にしてたよ。面白そうなやつだったのに残念だ―ってね」
「マジかよあいつら」
「でも、元気そうで良かった。今日は買い物? その恰好めっちゃイケてるね。オシャレ好きなの?」
星原の眼が俺のパーカーに映る。これ、そんなにカッコいいのか?
あー、普通よりちょっと高い通販のやつだから、物珍しいのかもしれないな。
「好きと言うか、趣味と言うか。まあ、人並みには」
「へえ! めっちゃ良き!」
褒められると思っていなかったので、すぐに顔がほてりだす。
どこを見たらいいか分からず、とりあえず靴の先を眺めることにする。
「星原は部活帰りとか? 何部だったっけ」
「合唱部。妹に買い物を頼まれたの。帰宅してるときに連絡来ちゃってさ。めんどくさいからそのまま直でここに来たんだ」
合唱部か。よく透る声や華やかな表情は、部活で鍛えられたんだろう。
葎院高校は文化部が強い。書道部・合唱部・吹奏楽部は全国大会の出場経験があったっけ。
「でも、ちょっと意外かも。時常くんって、どっちかというとインドア派な気がしたからさ。ショッピングも苦手そうだなーって思ってたんだ。ひとりで来るとか勇気あるね」
私もちょっと委縮しちゃうなぁ。周りおしゃれな子多いし、と彼女は嘆息する。
「別に。誕プレ買いに来ただけ。そんなに驚くことか?」
高校生となれば、ひとりで買い物に行く人も増えるだろ。
インドア派は訂正しないけど、そんなふうに言うなよ。自分が超絶陰キャみたいじゃんか。
「自分では気づいてないかもしれないけど、時常くんって結構ギャップが激しいんだよ。最初私、『髪ピンクだ、こわ』って感じちゃった。でも話してみたら真面目だし、割とおとなしいし、じゃああの髪色は何故に? っびっくりしちゃって」
星原は、うつむき加減だった顔をゆっくりとこちらに向ける。
その口元はキリリと結ばれている。曇りないまなざしが何かを訴えかけているようだった。
「ねえ、時常くん。校則知らなかったって話、きっと嘘だよね。校則を理解したうえでわざと染めたんでしょ」
「……遊ぶなって言いたいわけ?」
「ううん、咎めたいわけじゃなの。遊びだとも思ってない。純粋に、聞きたかったの。なんで、またそんな大胆な行動をしたのかなって。絶対退学になるって分かってるのに、なんで敢えて先生を怒らせるようなことをしたのかなってさ」
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.27 )
- 日時: 2023/04/06 16:10
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)
「……ちょっと、新しいことをやってみたくなったんだ」
澄んだ目で見つめられ、俺はごわごわと口を開いた。
星原の言う通り、俺は自分から話を持ち掛けたり友達を遊びに誘ったり、面白いギャグを言って周りの気を引かせたりすることがあまり得意ではない。むしろその逆で、出来ることならば目立たず平温に過ごせればそれでよかった。
話しかけられたら返事をする。お礼を言われたら素直に受け取る。手伝いが必要ならば出来る範囲で助ける。だけど深く干渉しない。当たり障りのない行動をとることを重視してた。
自分で言うのもなんだが、勉強も運動もそれなりに出来たから、それに満足していたんだと思う。
普通でいることが大事だと思っていた。日常の変化が怖かったんだ。
「あるときふと、つまんねえなって考えちゃって。あなたは良い子ね、成績よくて偉いねって言われて苛立ってたのもあるかも。ある日、なんか吹っ切れちゃって。ちょっと馬鹿になってみたんだ」
そしてそれが案外楽しい。
みんなが不思議な目でこっちを見る。説教されたことがなかった当時の俺は、先生の説教をゲームのイベント感覚で楽しんで、変に満足していた。
「ほお。……それで?」
「でも怒られ続けるうち、そんな自分が恥ずかしくなって、いつの間にかやめてた。ちょっとふざけて、すぐ優等生に戻ってってな感じで。それすらも疲れたから、気分かえる為に。それがたまたま高校入学と重なって」
俺は、もうすっかり色の薄くなったピンクの髪の先っぽをいじる。
前髪がまぶたにかかって痛い。今度また美容院に行かないと。
俺の話を黙って聞いてくれていた星原は、「なるほどね」と頷く。
自分語りなんて対して面白くもないだろうに、彼女はこちらが話し終わるまで口を挟まなかった。こいつの飾らない優しさに、つい泣きそうになる。
「じゃあ、時常くんは逃げなかったってことだね」
言葉ってのは不思議だ。目に見えないはずなのに、重さなんてないはずなのに、その言葉はやけに胸に突き刺さった。自分にも分からなかった自身の心の陰の中に、それは無遠慮に入っていく。
「……逃げなかったって、どういう」
「入学してすぐ染めたんでしょ。先生が時常くんに懲戒処分するまで、黒髪に戻す機会はいくらでもあったはずだよ。先生もきみが優秀なのを知ってるから、あえて泳がせてたんだと思う」
「それは」
中間テスト開け、担任の先生に呼び出されたことがある。放課後、人気のない職員室の真ん中で、俺は先生にこう諭された。
『今回だけ見逃してあげるね』と。
思えば、引き返すチャンスは沢山あった。
それら全てに唾を吐いたのは他でもないこの俺だ。このままやめたらきっと、同じ日常を永遠と繰り返すことになるだろう。
毎日が平穏なのは有難い。それすらも満足できないなら、いっそこのまま歴史を黒染めしてやろうと。
お前は……星原は、こんな俺を肯定してくれるのか。
逃げてるとしか思えない、この生き方を受け入れてくれるのか。
「すごいよ。かっこいいよ。なんでそんなに落ち込むの? 立派な理由じゃん。自分でそういうことをちゃんと口にできるのは、時常くんの感性が豊かだからだよ」
星原は遠慮気味に笑う。
「私は、きみが元気でいてくれたらそれでオッケーだから。ねっ」
ああ、世界には、こんな考え方の奴もちゃんといるんだ。
引きずられてばっかりの人間を、引っ張ってくれる存在がちゃんといるんだ。
俺は無意識に止めてしまっていた息を吐きだす。
すごいな、言葉の力って。くるりと辺りを見回す。どこもかしこも、キラキラと輝いて、まるで別世界に迷い込んだようだった。
「それで時常くん。誕プレ買うんでしょ? 誰? 妹とか彼女とか?」
「妹なんていないよ。でも、まあ、似たような相手かな」
ちなみに兄も弟もいない。ああでも妹みたいな奴だな、アイツは。
アイツもこいとも、星原と同じく俺の価値観を受け止め、そして支えてくれる。
べちゃくちゃうるさいから、毎晩部屋は祭りかよってくらい騒がしくなって。かといって出て行って欲しいとかでもなくて。
心地よくて温かい大事な居場所を、いつも自分にくれる。
「すげーいい奴なんだよ、そいつ。俺にとって、めっちゃ大事なやつなんだよ」
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.28 )
- 日時: 2023/04/23 16:02
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)
〈コマリside〉
五月八日、土曜日。朝の十一時過ぎ。
私は杏里と大福に誘われて、隣の市にある映画館に来ていた。私の誕生日を記念して、大福が見たい映画のチケットを取っていてくれたんだ。
作品タイトルは〈怪異探偵Z ―劇場版―〉。
数年前から追っている大人気のバトルファンタジー。週刊少年誌で連載されている漫画で、アニメ化もされている。そのアニメの続きがなんとこの度、大きなスクリーンで放送されることになったのだ。
(わあ、チケット買ってくれるなんて! ありがとう大福大好き!)
私は高鳴る期待に胸を躍らせながら、二人と映画館の中に入った。座席を確認して、ポップコーンとチュロスを買って、あとはシアターに向かうだけ。
しかしここでも逆憑きの効果が発動。
なんと大福が、肝心のそのチケットを家に忘れてきてしまったのだ。
「だ、大福~!!」「大吉!」
「ごめん。マジでごめん。お、終わった。詰んだ……。俺もう友達やめる……」
ああ、そうと分かればこんな服も来て来なかったのに。
私はアニメの物販で販売された、原作イラストがプリントされた〈特製★探偵シャツ〉の裾を軽く引っ張る。
痛い。凄く痛い。色んな所が痛い……。
これがあれか。満身創痍ってやつなんだね。
私と杏里からの非難の視線を受けて、大福は気まずそうに目を伏せた。
彼は十回ほど鞄を漁っていたけど、「あれ、鞄の中にこれが」なんて奇跡は起きず。
スタッフさんの案内に続く観客たち。
「楽しみだね」「ねーっ」とキャイキャイする彼らの後姿を、苦虫を噛み潰したような表情のまま眺める私たち。
大福に至っては、無言でチュロスの棒を食べ進めている。
「あ、あの、ねえコマちゃん、大吉。向こうにおいしい喫茶店があったよ。た、食べに行かない?」
場の空気がよどみ始めたのを察知した杏里が、話題を振ってくれた。
「飲食物持ち込みオッケーだって! ゴミはそこのお店で捨てればいいよ。ねっ、行こう? せっかくの誕生日なんだし」
あ、杏里ぃぃぃぃぃ。
幸先の悪い展開が不安で涙目になっていた私は、彼女の言葉に顔を上げる。
オーマイゴッド! 親友が神様に見える……!
「ほら見てコマちゃん。喫茶店のインスタ。凄く可愛いよ! ほら大吉も見て!」
「あっ、ホントだ。かわいい!」「おぉ。すっげぇ」
喫茶店のインスタでは、華やかなスイーツがお洒落な文章と共に掲載されていた。
生クリームたっぷり、苺の赤とのコントラストが美しい〈春苺パフェ〉。
とろとろぷるぷるの半熟卵が丁寧にチキンライスに重ねられた、〈ゴロゴロ野菜オムライス〉。
何より私の目を引いたのは、白い泡でラテに絵を描く〈ラテアート〉と呼ばれるアートの写真だ。
うさぎ、クマ、猫のシルエットを生クリームだけで再現する。実際にラテアートを作っている動画も、リール動画として何本か投稿されてある。
「なんと文字も描いてくれるんだっ? 誕生日限定★イニシャルお書きします、だってさ。めっちゃいいじゃん。書いてもらおうぜ」
「う、うん!」
月森コマリだから、イニシャルはT.Kかな? 楽しみだなあ。
トラブルは発生したけれど、多分この後は順調に物事が進むはずだよね。
私は機転を利かせてくれた杏里に感謝しながら、大福の腕を引っ張って映画館をあとにしたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「なんでこうなるのぉぉおお」
こんにちは。
喫茶店・〈キャラメルガレッジ〉に到着したはいいものの、またもやトラブルに見舞われてしまったコマリ一行です。
まず一つ目。店の外に出来た行列に三十分並びました。
どうやら小中高生やカップルに人気の場所らしく、噂を聞きつけた学生さんが頻繁に来客するとのこと。
休日はもちろん平日もその客足は途絶えず、『行列のできる喫茶店』としてさらに世に名を広め、新たな客を呼ぶ。幸せの無限ループだ。
おかげでこっちは負の無限ループですけども。
二つ目。これは現在進行形。
頼んだラテアートのイニシャルが間違っていたんだ。
私の滑舌が悪かったのかもしれない。
しかし、「T・K」を「J・K」と間違える店員さんも店員さんだ。
せめて「M.K」にしてくれれば写真を撮ってこいとちゃんに送れたのに。
真顔で目の前に置かれたラテアートを凝視する私に、対面の大福がついに吹き出した。
お腹を抱えて、ドンドンとテーブルを手で叩きながら。
「じぇw ジェーケーww 月森コマリで、ジェーw ジェーケーwww ふっw」
「もう大吉、笑いすぎ。コマちゃん般若みたいな顔になってるじゃん」
「だって杏里、考えてみろよ! コイツの本名、ジュキモリ・コマリになってるんだぞ!?」
「……………。……っ」
数秒間沈黙していた杏里だったが、一分後、「ご、ごめんもう無理」と口元を震わす。
両手できちんと隠してるつもりだろうけど、私にはバレバレだよ杏里。
それにもういいんだ……。ポルターガイストや心霊写真に比べれば、イニシャルの間違いなんて些細なことだよ……(白い眼)。
「そうだよ。ジュキモリですよ私は。もういいよ、飲めば済む話だよ」
なんだろう。私が間違えたわけじゃないのに、私が悪いみたいになってて嫌だ。
口を尖らした私に、流石に言いすぎたのと感じたのか二人があわあわと両手を動かす。
「ちょ、ちょっとからかっただけだってば。そんな顔すんなよ!」
「ご、ごめんねコマちゃん。私、コマちゃんの気も知らずに。迷惑だったね。食べよっか」
「あはは、私もムキになっちゃったかも。ごめん。二人ともありがと」
真の友達とは、悩み事や不安をしっかり言い合える相手である。
小学生の時、好きだった国語の先生から教わったセリフだ。
こうやって怒りあい、時に励まし、時にからかう。そんな関係になれて良かったと心から思うよ。
いつか、逆憑きのことも杏里たちに話せたらいいなぁ。
ラテの入ったグラスに手を伸ばす。杏里と大福も、それぞれ選んだパフェやパンケーキを食べる為にスプーンを握った。
「「「いっただっきま—————………」」」
プルルルル プルルルル
と、不意にイスの背にかけていた私の小型リュックが震動した。
中にしまっていた携帯が鳴っているのだ。
「だ、誰だろう」
急いで鞄の中からスマホを取り出し、電源をつける。
通話画面に表示されたアイコン。相手は、もうすっかり聞きなれてしまった同居者の男の子だった。
「と、トキ兄!? もしもし、どうしたの?」
『――――え、っと。――に、――て』
「? 声が小っちゃくて聞こえないよ! も、もう一回。ワンモア!」
『――しちじに』
『夜の七時に、白雲公園前に来てほしい。大事な話がある』
「―――――――――――――――――え?」
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.29 )
- 日時: 2023/07/08 16:57
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)
閲覧数400突破ありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!
第7話「側にいれたら」開始です。
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〈宇月side〉
「桃根ちゃん。頼まれとったやつ調べてみたで」
マンションの十六階、フロアの突き当りの部屋のドアを軽くノックする。
腕に抱えた数冊の分厚い本は、先日図書館で借りた重要な資料だ。
薄い紙を貼り合わせただけなのに、本は不思議や。悪霊退治で鍛えられたこの腕でも上手く持ち上げられない。
「あ、お疲れさまです。すみません~。無理言っちゃって」
「大丈夫やで。ボクも用事あったし。手間が省けて良かったわ」
「そ、そうですか? あ、でも、言ってくれたら荷物持ったのに……」
気持ちは嬉しいけれど、きみは幽霊やからな。
ボクは霊感があるから認識できるけど、一般人にとってはいないのと同じ。
きみが図書館で本を持ってみぃ。「本が空に浮いた!?」って、みんな騒ぐやろ。
「図書館では静かにってよく言うしな。気持ちだけ受け取っておく」
「んーでも、それけっこうお高かったんでしょ?」
「あのな桃根ちゃん。本屋じゃのうて図書館! 値段とかないんよ。あーまあ、貴重品だから色んな書類書かされたけど、お金は払ってへんって」
「……あ、そっか」
現在のパートナーである幽霊の女の子が、部屋の扉から顔だけをのぞかせる。
相変わらず服装は紺色のセーラー服に白のパーカー。
だたし今日はいつもと雰囲気が違う。低い位置でお下げにしていた髪が下がっているからか?
幼さが強調された髪型に慣れとったボクは、肩口で揺れる茶色の髪に不覚にもどぎまぎしてしまった。
「めっ、珍しいな、髪結んでへんのは」
ロボットみたいな変な声が出た。
ベッドに腰かけている桃根ちゃんが含み笑い。
ボクが柄にもなく挙動不審なのを察したのか、値踏みするような目でこちらを見る。
「えっ、もしかして宇月サン。かわいいとか思ってくれてるの!?」
「え、いやその違っ、いや違わんけど……、に、似合うと思うで! 大人っぽくてええね」
「うっそー、ほんとーっ? うわ意外なんですけどーっ!! あはは、なんか照れるー」
口ごもりそうになったボクだったけど、なんとかテンションを持ち直した。
あかんあかん。ボクは夜芽宇月・心を操る霊能力者!
この肩書がある限り絶対に言えない! 友だちが一人もいないこととか、恋愛経験が一度もないこととか!
「ほぉーん。うちのパートナーはツインよりロング派かぁ」
「も、もうその話はやめとこや。腕疲れて来たわ」
「ほぉーん」
ほぉーんて。なんでそんな勝ち誇った感出しとるんや、きみは。
ボクはそのままぎこちない足取りで部屋の中央に足を進める。木の床にドスンと荷物を降ろし、はあと一息。
(あー、重い。なんでこんな重いんや)
図書館で借りた本はたった二冊。『古事記』と『日本書紀』。今じゃ好んで読む人も少ないマイナーな書物だ。
古事記は日本で一番古い歴史の本で、全三巻。
歌謡、神話・伝説など多数のネタを含みながら、天皇さんを中心とする日本の出来事が細かく記されている。
日本書紀は全三十巻。奈良時代に完成した、同じく神話や伝説を漢文で記した史書だ。
流石に合計三十三巻を一気に借りることは難しかった(腕が壊れそうだった)ので、今日は両方の本の第一巻を借りてみたんよね。
司書さんに貸し出しを頼んだとき、不思議そうな顔をされたっけ。
「お好きなんですか?」とも尋ねられた。
ボクは歴史オタクでもなんでもない、ただの一般人。好きな科目は文系だけど、社会は苦手だ。学生時代は、その時間だけ寝とったし。
そんな奴が、なんで急に小難しい本を読もうと思ったのかというと。
「幽霊の身体を乗っ取る神様、ねえ。きみは友人であるユイくんを助けようとして、運悪く命を落としてしまった。がしかし、『大国主命』と名乗る神様に見初められて力を与えられた——」
ボクは桃根ちゃんの頭から爪先を改めて観察する。
霊が他の生物の身体に憑くことは珍しくない。霊能力者の中にも、〈憑依系〉といって、霊をとり憑かせて戦う人もおらはる。
だけど……。幽霊と神様がくっつくなんて事象は滅多にない。
そもそも神様って霊と同じくくりなんか? それすらも曖昧だ。
「にわかには信じられんけど、現にきみがその一例ってわけやしなぁ」
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.30 )
- 日時: 2023/04/11 17:42
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)
- 参照: https://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=2512.jpg
憑きもん!のイラストを掲示板にあげました!
今回描いたのはこいとちゃんです!良ければ見てみてね!
参照のURLと、むうの雑談掲示板から見れます。
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.31 )
- 日時: 2023/04/21 18:25
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)
更新遅くなってごめんなさい。
最近調子が悪くて、思うように筆が進みませんでした。
大変お待たせして申し訳ありません。
続きです!
――――――――――――――――――――――――
〈こいとside〉
「協力してもらえるとは思っていませんでした」
わたしはポツリと言った。
ベッドの上で正座をしていたけど、足が疲れて来た。
体制を整えようと、腰を少し浮かして両足を伸ばす。
「ふーん。なあ、そっち行ってもええ?」
荷物を整理し終わった宇月サンから返ってきたのは、なんとも曖昧な返事。
自分の評価が低くて落ちこんでいるんじゃない。
ただ単に、そこまで気にしていないようで、ニッコリ笑っている。
彼の口調につられて、ついついわたしも、「うん?」とから返事をしてしまった。
普通こういうときは、怒るか、黙るかするものじゃないっけ。
「よっしゃ。おりゃっ」
呆然とするわたしは気にも留めず、宇月サンはベッドに駆け寄る。
「え、あの、ちょっと!?」
そして、そのままダイブ!
布団の海に体を預けて、「わははははっ」と子供みたく無邪気な声を出した。
「あ~、ベッドって最高やなー。桃根ちゃんもそう思わん?」
「い、いやぁ。う、うち、アパートに住んでたので、布団の方が慣れてるって言うか」
良い歳した大人が、子供の前で飛び込みますかね?
ちょっとばかりの苛立ちと、自分もやってみようかなと燻る思考を抑える為に、わたしはわざと突き放した言葉遣いをとる。
「そうなん? この包容力には抗えんわぁ。あー、もう仕事したくなーい。だるーい」
「数分と絶ってないのに、この人もう堕落を極めてっ」
「ふっふっふ。これこそが寝具の力。これこそが寝具の沼やでぇ。きみもハマろー」
「寝具の沼……??」
彼は、どこか周りとは違うような……どこかかけ離れているような、大人びたオーラをまとっている。良くも悪くも冷静で落ち着いてる。だから物事を俯瞰できる。
しかし時々、ほんの稀だけど、こうやって子供っぽい一面をのぞかせることもあった。
コマリさんにも、いとこの美祢さんにも隠しがちな素の表情を、わたしにだけ見せてくれる。
なんだか自分が特別扱いされているみたいで、正直かなり嬉しい。
ただ。
(口には出さないけどね)
だって、わたしにとっての一番は、由比だもん。
側にいてほしい人は、隣で笑ってほしい相手は、昔からずっと変わらない。
由比若菜――大切なクラスメート。
宇月サンは、わたしの—―桃根こいとの『特別』ではない。
これはコマリさんも、美祢さんも同様。
どうしたって彼らは由比を超えられない。わたしにとっては友達でしかない。
それでも彼らの元を離れられないのは、協力を頼んでしまうのは、きっとわたしが弱いからだ。
ひとりぼっちが嫌で、寂しくて、たとえ打算でも人と群れたかった。
自分の涙を自分で守るだけの強さがなかったんだ。
「――羨ましかったんや」
不意に、宇月さんが言った。
いつの間にか彼は、寝転がりながら、ベッドの横の棚から取ったタブレットを操作している。
小さい音だけどBGⅯが鳴っていることから予測するに、多分ゲームかLINEかインスタ? かな。
「何の話?」
「さっき言うてたやろ。なんで協力してくれたのかって」
目線は画面に落としたまま、宇月さんは淡々と話を続けた。
「ボクな。昔っから人と関わるんが下手くそやったんや。今もやけど、誰かを頼ったり、逆に頼られたり、そういう経験をせんまま大人になって」
「……頼らなかったのは、なにか理由があって?」
「立派な理由ではないんやけど、まあな」
――誰かを頼るのは、自分が弱いって証明してるようで嫌いだったんや。
宇月さんが膝を抱え、スンと洟をすすった。
「助けてください、しんどいんですって、ホントは叫びたかった。やけど、自分が何もできひんって相手に話したら、自分でそう認めたことになるやんか。それがずっと嫌で、だから、言えなかった」
「………」
「馬鹿やって、自分でも思ってる。ありもしないプライドで己の首絞めて、なにが得するんって。でも、気づけばいっつもその繰り返しで。いっつも、前後になにか付け足しては、それで人を傷つけとった」
その言葉にハッとする。
一年前の、あの、屋上での出来事を思い出したんだ。
フェンスに手をかける友人の後ろ姿。私は聞いた。「なんで」と。「なんで、どうして」と。
あの子は―由比は、問いかけるわたしに「ごめんね」と言って、柵に足をかけて……。
最期の最期まで、なにがあったのかを教えてくれなかった。これは言葉に置き換えると、『墓まで持って行った』ってことだ。
由比も、同じ気持ちだったの?
弱い自分が、赦せなかったの?
「誰かを助けたいと必死になれる桃根ちゃんを見て、なんか、すごく情けなくなって。同時に、ボクでええんやって………やから」
宇月さんは、そっと、こちらへと手を伸ばす。
そして、肩の上に垂れていたわたしの髪を、指ですくった。
目と目が合った。
「……っ」
(なに? なになになになになになになに?)
驚きすぎて、身体が上手く動かない。動かなきゃ、何か言わなきゃ。頭ではしっかり考えているのに、カチコチに固まっちゃって一ミリも動かない。
頬がほてって、頭がくらくらする。目元に涙が溜まる。
「やっぱりツインテールの方が好きやわ」
宇月さんは、ふふっと笑った。
いつもの、陰のある笑顔じゃなくて、心の底からの純粋な笑顔だった。
「ありがとう。ボクを頼ってくれて。……栄えある一番目のフォロワーに、なってくれて」
※次回へ続く!
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【4/25更新】 ( No.32 )
- 日時: 2023/04/26 18:29
- 名前: むう (ID: viErlMEE)
公式カップリングは、
・トキマリ(美祢×コマリ)
・月恋(宇月×こいと)
・ゆいこい(由比×こいと)です!
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〈コマリside〉
『夜の七時に、白雲公園前に来てほしい。大事な話がある』
トキ兄の言葉に、私は目を見開いた。
公園に行くことが不安なのではない。夕方、お菓子を買いにコンビニへ出かけたこともあるので、夜遅くに出歩くことには慣れている。
私が不安なのは、その後の『大事な話』 の部分だ。
大事な話とは、一体なんだろう。
トキ兄は数えきれない恩がある。彼がいなければ、平穏な日常を送ることはできなかっただろう。
12年間取り続けた赤点のテストも、心霊現象も、降水確率100%の誕生日も、全て『嫌なこと』として頭の引き出しにしまわれただろう。
自分のせいで皆が泣いちゃうんだ。なんでこうなるのって、自分を責め続けていたかも。
実際、やるせなくて寝付けない夜も、食事が喉を通らない夜も何十回も経験したよ。
でも、トキ兄と一緒に暮らすようになって。
いつだって横で彼が横で微笑んでくれたから、喜びや悲しみを共に感じてくれたから、私は明るく毎日を過ごせたんだよね。
逆憑きって体質も、自分の個性だって思うようになった。自分を愛せるようになったんだ。
でも、悪い想像もたまにする。時々見る悪夢がある。
トキ兄とこいとちゃんが、「つきあってられない」と私に言い出す夢。遠ざかる二人の背中に、泣きながら「待って」と叫ぶ夢。暗くてじめじめした路地の裏で泣きじゃくる私をあざ笑うかのように、皆が明るい陽だまりへと走って行く夢。
前に宇月さんが言っていたセリフを、頭の中で反芻する。
『自分のことも守れんような奴には、誰かを守る資格はない』
これの対義語があるならば、文章はきっとこうだ。
『相手に手を差しの述べられない人間は、いつまでたっても守られる側だ』
トキ兄は私に勉強を教えてくれる。ボディーガードとして、常に私のことを気にかけてくれる。それだけではなく、掃除・料理・洗濯まですべてやってくれる。
逆に私は何をしたんだろうか? 彼にありがとうと、しっかり言っただろうか。彼が喜ぶことを考え、実行に移していただろうか。
■□■
夜の七時。私は白雲公園のベンチに座って、トキ兄を待っていた。
白雲公園は、アパートから歩いて五分の距離にある市立公園で、ブランコとシーソー、あとは簡素なジャングルジムがある。
昼間は小さい子がお母さんと遊びに来ているけど、夜中なのもあって、私以外に人の姿はない。
「はぁ……。別にいいって伝えたのに」
私は丁寧にセットされた髪を、指でそっと触る。
呼び出されたことを親友に話したのが間違いだった。親友の杏里は、たちまち「告白だよ!」と目をキラキラさせて……なんと、私のボブカットの両サイドの髪を編みこみ、桃色のリボンまでつけちゃったのだ。
『コマちゃん、頑張って!』とグッドサインをする友達に、「ヤメテ」とは言い出せず。結局そのまま公園に来てしまった。
似合ってないなあと苦笑いしたその時。
「コマリ!」
至近距離から馴染みのある低い声が聞こえて、私はバッと顔を上げた。いつの間にか、目の前にトキ兄の顔がある。
足音も立てず忍び寄るなんてさては忍者!? と一瞬馬鹿な考えがよぎる。
実際は、私がボーッとしていただけなんだけどね。
トキ兄は両手をすり合わせる。
「寒いな。お前そんな薄着で大丈夫なのか? 最近寒暖差激しいから風邪引く……」
そのあとは聞き取れない。
視線を地面から私へと移した直後のことだった。一瞬で、彼の顔がリンゴのように赤く染まる。滅多にないトキ兄の動揺を見て、私も口からも「はぇ?」と変な声が出た。
「そ、……っ。それ、じ、自分でやった、のか」
「ああこれ? 友だちが勝手にやっちゃったんだ。あはは、似合ってない、よね」
フリフリのレース付きのワンピースを含め、ガーリーな色合いの洋服が私は苦手。
『今流行ってるんですよ~』とおススメされても、着ようとは思わない。自分には似合わない気がして、手を出せない。自分のイメージが崩れちゃいそうで怖かったんだ。
「わ、わたし、そ、素材って言うのかな? ブスだし平凡な顔立ちだし、今更着飾ったところでマイナスがプラスになるわけないって、伝えたんだけどさ」
あああああ、沈黙に耐えかねた口が勝手に……!
トキ兄は一瞬ピタッとフリーズ。そのあとの数分間、口元を金魚のようにパクパクさせては閉じを繰り返す。言いたいことがあるけど言葉が見つからない……でも伝えたい。意を決し、彼は私に向き直り……。
「………かわいい」
蚊の鳴くようなか細い声を、必死に喉から絞り出した。
「………え?」
え、ええぇぇぇぇぇぇぇ? あ、あの時常美祢が、「かわいい」って言った⁉ 嘘⁉
ひっひひ、人違いだったり……?
失礼と思いつつも横目でチラリと相手の風貌を確認する。
黒いコートの下に、毎度おなじみゲーマー風パーカー。耳には銀色のピアス、極めつけはピンク色の髪。
私の同居人兼ボディーガードの男の子は、私の右腕をグイッと掴む。そして、曇りのない双眸を真っ直ぐこちらに向ける。
「充分、かわいいけど、今もすっげえ、かわいい」
※次回に続く!
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.33 )
- 日時: 2023/06/16 16:01
- 名前: むう (ID: viErlMEE)
学校、趣味、習い事、将来
悩み事が多すぎる!
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〈美祢side〉
『大事な話がある』。コマリに連絡した後、俺は思った。
ひょっとすると、言葉の選択を間違えたのではないか、と。
誕生日プレゼントを渡したい。
そう説明するのが恥ずかしくて、わざと回りくどい表現をしてしまったけど……。
『渡すものがある』でも充分伝わったはずだ。
(ぬおぉぉぉぉぉぉぉお、違う、違うんだ! 待ってくれ、違う!)
残念ながら、発した言葉は取り消せないもので。
補足しようと「あ、あの」と口を開いたときには、もう通話は終了してしまっていた。
「あぁぁぁぁ…」
俺は部屋のクッションにボフンと顔をうずめる。
ふつうに誕生日を祝いたいだけなのに、自分でハードルを上げてどうするんだ。
ただでさえ少ない俺の対女子ライフが、どんどん減っていく……。
ちゃぶ台の上に置いている白い紙袋を確認する。この前、デパートで買った商品だ。
箱の中には、手のひらサイズの正方形の黒い箱が入っており、ピンクのリボンでラッピングされている。
「渡すだけ。渡すだけ。落ち着け俺。落ち着け」
人生初、誕プレ。人生初、女子への贈り物。
あれを見たら、コマリはどういう反応をするかな。「似合わないよ」って怒るかもな。
笑ってくれるといいなあ。
月森コマリはすごいやつだ。
相手のことなんか興味がなかった少年を、ここまで変えることができるんだから。
■□■
そして現在、俺は白雲公園で、ベンチに座っているコマリの手を取っている。
ボブカットの両サイドはゆるく編み込んであり、結ばれたリボンが風に揺れる。ヘアアイロンを使ったのか、いつもボサボサの髪が今日はストレートになっている。服装は相変わらず無地のパーカーだが、それすらも新鮮味がある。
きれい。かわいい。似合ってる。
頭の中に浮かんだのは、自分にとってなじみのない単語。でも、そう思わずにはいられない。
胸が苦しい。まるで、心臓を手でグーッとつかまれているみたいだ。なのになぜか、嫌じゃない。むしろそれが心地いい。
「ぎゃああああああああ!!」
我慢できず、コマリが悲鳴を上げ、両手で俺のからだをドンッと突き飛ばした。
「おわっ」
体勢を崩され、俺はふらつく。
もう少し姿勢が傾いたら、ベンチ横の蛍光灯の柱に頭からぶつかるところだった。あぶねえ!
「おいコマリ、なにすんだよ」
「わ、わかんない、わかんない……」
コマリはふるふると首を振る。
「なにがわかんねえんだよ」
「だ、だって今日のトキ兄、変なんだもん。めっちゃ素直なんだもん! わかんないよ! か、かわいいとか、滅多に言わないじゃん。そんなん反則……」
コマリは涙目になりながら、こちらをにらんだ。鼻の頭も、頬も耳も赤く染まっている。
「ずるいよ。トキ兄」
滅多に言わない、か。確かにそうだな。言ってないもん。
心の中では、ずっと思っているんだけどな。意外とかわいいじゃん、って。
おまえと同じだよコマリ。おまえが女の子っぽい服を着ることを躊躇するように、俺も「かわいい」と相手に伝えることに躊躇してしまうんだ。
引かれることが怖い。笑われることが怖い。今のように、疑われることが怖い。
だから、自分には似合わないのだと結論をつけてしまって。
これが『ずるい』ということになるのなら、それで構わない。
実際俺は十六年間、ずるく生きてきた人間だ。程よくバカやって、程よく真面目ぶって、その場その場で部分点を取ってきた人間だ。
でもさっきのあのセリフは、自分に点数をつけてほしくて言ったのではない。
単純に、俺はコマリに言いたかったんだ。
自分をそんなふうに卑下するなよ。俺はおまえのいいところ、ちゃんと知ってるぞって。
今日は、素直に想いを伝えるって決めたんだ。
「コマリ。追い打ちかけるようで悪い。これ、受け取ってくれ」
俺はパーカーのポケットに忍ばせていた小箱を取り出し、コマリへ差し出した。
「誕生日おめでとう。似合うと思って」
「えっ……。え、え!? 嘘!」
コマリが箱を受け取る。
「あ、ありがと。開けていい?」
「うん」
結局、文房具の案も服の案も没になってしまった。
というのも、俺はあのデパートでの再会のあと、星原にこうアドバイスされたのだ。
――最近はペアルックが流行っているみたいだよ。一緒につけれるものとか、どう?
黒い箱には、プラスチック製へアピンが二つ入っていた。
一個は、お化けモチーフのヘアピン。もう一つは、時計モチーフのヘアピンだ。
「わぁぁ! かわいいっ」
「お化けの方をお前にやるよ。時計の方は俺がつける。コンビ感出ていいだろ」
「うん! つけてみるね。トキ兄も、はい」
コマリは箱に敷いてあるスポンジからピンを抜き取り、前髪につける。蛍光灯の明かりで、表面がキラリと輝いた。
俺も時計型のヘアピンで髪をはさんでみる。前髪が邪魔だったし、これはこれでいいかも。
「ありがとうトキ兄。大切にするね」
コマリが照れ臭そうに微笑む。その控えめな笑顔に、トクンと胸が高鳴る。
ああ、良かった。ちゃんと、受け止めてくれた。
俺も、ふふっと口の端を上げる。
そして今日の締めくくりである大切なセリフを、彼女に伝える。
「お誕生日おめでとう。これからもずっと一緒にいてください」
※第8話完→第9話に続く!