コメディ・ライト小説(新)
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.25 )
- 日時: 2023/12/05 07:46
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: F7nC67Td)
由比の本名は由比若菜です。実は名前ではなく苗字なんですよ。
紛らわしいので一応説明しておくと、
こいとに憑いている神様が「大国主命」、由比に憑いている神様が「猿田彦命」です。
このあとも神様はいっぱい出てくるので、推し神様を見つけよう(推し神!みたいに言うな)
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〈美祢side〉
「あー、どれがいいか分かんねえ」
俺は、デパートの文房具屋の前で首をひねった。
同居人である月森コマリと暮らして早一カ月。
新生活にも慣れつつあり(&宇月の腕輪の効果でトラブルも少なくなりつつあり)、ようやくフリーな時間が取れるようになってきた。
最近は近くをふらふら散歩したり、オンラインゲームでゾンビを撃ちまくったり、あとは趣味でファッションを研究したりと、あいている時間を自分の為に使うことが多い。
だがある日俺は、ふと気づいたのだ。もうすぐコマリの誕生日だと。
五月八日。ちょうどゴールデンウイーク明けの絶妙な日にちだ。
その二日後・五月十日は、恋愛の神様・こいとの誕生日。
迷惑をかけられてばかりだけど、あいつらが来なきゃ今頃俺は引きこもり一歩手前。
何らかの形で感謝の気持ちを伝えたい。
そう思い、俺は今市内のデパートで、コマリ(&こいと)へのプレゼントを選んでいるのだ。
「そもそもあいつ、何が好きなんだろ」
文房具屋のケースにしまわれた、桃色のシャーペンを手に取る。
こういうの、こいとは好きそうだけど……コマリはどうなんだろう。
文房具も無地のシンプルなものばかりだよな。こだわりとかないんだろうか。
「シャーペン、消しゴム、ノート。女子なら集めそうなもんだけどな」
ハートや星がプリントされた方眼ノートや香り付きの消しゴムの棚にも行ってみたけど、コマリがそれらを使う未来が想像できない。
「似合うとは、思うんだけどなあ」
淡い色合いの可愛らしい小物や洋服。どうせなら何か買ってやりたいけど……。
ああダメだ。人にプレゼントを買ったことなんてないから、何が正解か全然分かんねえ!
俺の中の少ない知識が活用するのは、ファッションくらいか? うーん。考えてみよう。
仮に洋服を買うとすれば、どんなコーデがいいのだろう。ガーリー系? 原宿系? 清楚系?
アイツ、めんどくさがってパーカーとかズボンばかり着るからな。しかもダサいし。
「俺がよく着る、こういうちょっと洒落たパーカーなら喜んでくれるかな」
前にコマリに『プロゲーマーみたい』と誉められたこのパーカーは、黒を基調とし、差し色として蛍光ピンクが使われている。
でもあいつ、こういう派手な色苦手そうだし……ああ、決まらん!
(そもそも、俺なんでこんな必死になってんだ? 同棲してるとは言え赤の他人だぞ)
妹でもない、幼馴染でも親戚でもない関係。親の知り合いの娘。
彼女の体質の件がなければ、多分絡むことはなかっただろう女子。
めんどくさがりでガサツで、不真面目で、やけにハイテンションでドジで。
実を言うと俺は女子が苦手だ。小学校・中学校・高校と、ろくに挨拶もしてこなかった。
でもコマリには、いつだって自然体で話せたんだよな。なぜだ。
「あー、もういい、仕方ない。気は乗らねえがアイツに聞くか……」
俺は肩にかけたショルダーバッグの中からスマホを取り出すと、電話帳のアプリを開く。
一番最後に記載されていた〈夜芽宇月〉の文字をタップし、携帯を耳に当てる。
宇月は大学生だ。年上だし、ムカつくが顔もいいし、女子とも付き合いがありそうだから。
十回のコールで、ようやく電話がつながった。
『もしもし夜芽ですが……』
「なに、お前寝てたの?」
彼にしては珍しく歯切れの悪い口調だ。任務終わりだろうか。
『いや、ちょっと調べ物しとって。今図書館に居るんやわ』
「へぇ。本読む姿が想像つかねえ。ウェブアプリとかで済ませるタイプかと」
『なあ、君らの中でボクはどんな位置づけなん』
「俺にとっては生意気ないとこだよ」
宇月は「はー……」とため息をついた。「確かにウェブ派やけどさ」
『それで、用件は? 美祢からかけるなんて滅多にないやん』
「あー、えっと、その……」
『なんや、話したいことがあって電話したんやろ。言わんなら切るけど』
「いや、その」
コマリの誕生日にプレゼントを贈りたいんだけど、何買えばいいか迷ってて。
文章に変換すれば、なんてことない一文だ。
だが、言葉となれば別。おまけに電話の相手はあの宇月なのだ。べらべら喋って、ネタにされたらたまったもんじゃない。
で、でも、相談したい気持ちは本物で……。
あー、もう、仕方ない! 恥ずかしいけれど、真面目に伝えよう。
「あの、その、コマリの誕生日プレゼントを買いに来てて……」
『ほお。なら切るわ』
「え、ちょ、ちょっと!」
話の途中だというのに、会話を中断した宇月に俺は焦る。
こいつ、人の話を聞くってことができないのか!?
『どーせ、どれがいいか迷ってて、ボクに決めてほしいとかやろ。知らん知らん、自分で決めぇや。そーゆーのは他人が口出したらあかんねん。分かる? ま、そういうことで。またな。せいぜい頑張りー』
「ちょ、宇月てめっ」
あっと思った時には、もう通話ボタンはオフに切り替わっていた。
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.26 )
- 日時: 2023/09/19 11:02
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)
Q.みんなの血液型は?
コマリ・由比「のんびりペースのO型だよ!」
美祢「Aと見せかけてのB型」
こいと「マイペースなB型……ではなく、実はA型です♪」
宇月「あんたら何なんマジで。(友達から『宇月さんは絶対AB型』と言われ続けたキャラです)」
むう「あれ、宇月AB型じゃないの?」
宇月「AB型やから複雑やねん!!」
美祢「お前もう腹グロキャラやめてネタキャラに路線変更しろよ……」
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〈再び美祢side〉
「あんのやろう……っ」
何かあったら相談しろと言っておいて、なんだあの態度!
怒りが収まらない俺―時常美祢の地団駄の音が、デパートの廊下に響いた。
確かに宇月の話は一理ある。っていうか、百パーセント向こうが正しい。
人に贈るものについて第三者がアレコレ口を出すのは失礼だ。俺がもしそれをされたら傷つく。
プレゼントは自分で選び、自分で相手に手渡すから特別なのだ。宇月は間違ったことを喋ってはいない。いないけど。
「あの、ちょっと小ばかにした言い草! 普通に話せばいいだろうに!」
「お客様、館内ではお静かにお願いします」
「あ、す、すみません」
叫び声が大きすぎて、文房具屋の女性店員にたしなめられてしまった。
同じブース内にいる他の客が、チラチラとこっちに視線を送ってくる。
出来たばっかりの心の傷が、更にえぐられるからマジで勘弁してほしい。
「とりあえず場所を変えるか……」
今いるここは二階の〈あおぞら館〉。小物を取り扱う店が多い。
本屋もあるが、アイツは漫画しか読まないし俺も本しか読まない。自力でコマリの好みの本を推理するのは難易度が高い。
「一階の服屋に行こう。アイツに似合う服があるかもしれない」
俺はくるりと踵を返し、エスカレーターがある西の方角へと歩き出した。
彼の意地悪な表情が脳裏に浮かび上がって、一向に消えてくれない。
電話するんじゃなかったと後悔するが、時すでに遅し。
宇月とはなにかとそりが合わず、昔から口喧嘩ばかりしている。
つい余計な一言を放ってしまう宇月と、ついつい反応してしまう俺。
親戚の喪中など大人数が集まる場では、睨んでは睨み返され、舌打ちをしてはし返され。
「は~……」
と肩を降ろしたその時。
「あれ、時常くん?」
すれ違ったブレザー姿の女の子が、くるりと振り返って俺の名前を呼んだ。
黒くて長い髪とブレザーの紺色が良く似合っている。肩にはスクールバッグを提げていて、クマのマスコットがワンポイントとしてつけられている。
名前を呼ばれたことと相手が女子だったことで、俺の声は上ずった。
「へっ?」
「やっぱ時常くんだ。久しぶり! あ、私のこと覚えてるかな?」
女の子は自分の着ている制服を指さす。
ブレザーの胸元の校章は、俺がたった一カ月で中退した葎院高等学校のものだった。
ゴールデンウイーク中とはいえJKだ。きっと、部活や生徒会活動などで登校したんだろう。
「えっ……と、確か、俺の前の席だった……。ほ、星野だっけ?」
「惜しい、星原ね」
時常=た行で、星原=は行。元々出席順で並んでも、俺と彼女の席は前後だった。
入学して最初のクラス替えと、最初で最後の高校での席替えは、星原が前になるという何とも地味な形で終わってしまった。
女子高生―星原は、俺の元クラスメート。さっぱりした性格で話しやすい。
クラスメートの中で、唯一関わりのあった女子。小テスト前は頻繁に俺に教えを乞うていたっけ。
「いやあびっくり! 一カ月で退学とか信じられない。クレイジーすぎでしょ」
「あ、ま、まあ」
やめてくれ。その話だけはやめてくれ!
心の傷が凄まじいスピードで開いていく。
「数週間はみんな話題にしてたよ。面白そうなやつだったのに残念だ―ってね」
「マジかよあいつら」
「でも、元気そうで良かった。今日は買い物? その恰好めっちゃイケてるね。オシャレ好きなの?」
星原の眼が俺のパーカーに映る。これ、そんなにカッコいいのか?
あー、普通よりちょっと高い通販のやつだから、物珍しいのかもしれないな。
「好きと言うか、趣味と言うか。まあ、人並みには」
「へえ! めっちゃ良き!」
褒められると思っていなかったので、すぐに顔がほてりだす。
どこを見たらいいか分からず、とりあえず靴の先を眺めることにする。
「星原は部活帰りとか? 何部だったっけ」
「合唱部。妹に買い物を頼まれたの。帰宅してるときに連絡来ちゃってさ。めんどくさいからそのまま直でここに来たんだ」
合唱部か。よく透る声や華やかな表情は、部活で鍛えられたんだろう。
葎院高校は文化部が強い。書道部・合唱部・吹奏楽部は全国大会の出場経験があったっけ。
「でも、ちょっと意外かも。時常くんって、どっちかというとインドア派な気がしたからさ。ショッピングも苦手そうだなーって思ってたんだ。ひとりで来るとか勇気あるね」
私もちょっと委縮しちゃうなぁ。周りおしゃれな子多いし、と彼女は嘆息する。
「別に。誕プレ買いに来ただけ。そんなに驚くことか?」
高校生となれば、ひとりで買い物に行く人も増えるだろ。
インドア派は訂正しないけど、そんなふうに言うなよ。自分が超絶陰キャみたいじゃんか。
「自分では気づいてないかもしれないけど、時常くんって結構ギャップが激しいんだよ。最初私、『髪ピンクだ、こわ』って感じちゃった。でも話してみたら真面目だし、割とおとなしいし、じゃああの髪色は何故に? っびっくりしちゃって」
星原は、うつむき加減だった顔をゆっくりとこちらに向ける。
その口元はキリリと結ばれている。曇りないまなざしが何かを訴えかけているようだった。
「ねえ、時常くん。校則知らなかったって話、きっと嘘だよね。校則を理解したうえでわざと染めたんでしょ」
「……遊ぶなって言いたいわけ?」
「ううん、咎めたいわけじゃなの。遊びだとも思ってない。純粋に、聞きたかったの。なんで、またそんな大胆な行動をしたのかなって。絶対退学になるって分かってるのに、なんで敢えて先生を怒らせるようなことをしたのかなってさ」
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.27 )
- 日時: 2023/04/06 16:10
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)
「……ちょっと、新しいことをやってみたくなったんだ」
澄んだ目で見つめられ、俺はごわごわと口を開いた。
星原の言う通り、俺は自分から話を持ち掛けたり友達を遊びに誘ったり、面白いギャグを言って周りの気を引かせたりすることがあまり得意ではない。むしろその逆で、出来ることならば目立たず平温に過ごせればそれでよかった。
話しかけられたら返事をする。お礼を言われたら素直に受け取る。手伝いが必要ならば出来る範囲で助ける。だけど深く干渉しない。当たり障りのない行動をとることを重視してた。
自分で言うのもなんだが、勉強も運動もそれなりに出来たから、それに満足していたんだと思う。
普通でいることが大事だと思っていた。日常の変化が怖かったんだ。
「あるときふと、つまんねえなって考えちゃって。あなたは良い子ね、成績よくて偉いねって言われて苛立ってたのもあるかも。ある日、なんか吹っ切れちゃって。ちょっと馬鹿になってみたんだ」
そしてそれが案外楽しい。
みんなが不思議な目でこっちを見る。説教されたことがなかった当時の俺は、先生の説教をゲームのイベント感覚で楽しんで、変に満足していた。
「ほお。……それで?」
「でも怒られ続けるうち、そんな自分が恥ずかしくなって、いつの間にかやめてた。ちょっとふざけて、すぐ優等生に戻ってってな感じで。それすらも疲れたから、気分かえる為に。それがたまたま高校入学と重なって」
俺は、もうすっかり色の薄くなったピンクの髪の先っぽをいじる。
前髪がまぶたにかかって痛い。今度また美容院に行かないと。
俺の話を黙って聞いてくれていた星原は、「なるほどね」と頷く。
自分語りなんて対して面白くもないだろうに、彼女はこちらが話し終わるまで口を挟まなかった。こいつの飾らない優しさに、つい泣きそうになる。
「じゃあ、時常くんは逃げなかったってことだね」
言葉ってのは不思議だ。目に見えないはずなのに、重さなんてないはずなのに、その言葉はやけに胸に突き刺さった。自分にも分からなかった自身の心の陰の中に、それは無遠慮に入っていく。
「……逃げなかったって、どういう」
「入学してすぐ染めたんでしょ。先生が時常くんに懲戒処分するまで、黒髪に戻す機会はいくらでもあったはずだよ。先生もきみが優秀なのを知ってるから、あえて泳がせてたんだと思う」
「それは」
中間テスト開け、担任の先生に呼び出されたことがある。放課後、人気のない職員室の真ん中で、俺は先生にこう諭された。
『今回だけ見逃してあげるね』と。
思えば、引き返すチャンスは沢山あった。
それら全てに唾を吐いたのは他でもないこの俺だ。このままやめたらきっと、同じ日常を永遠と繰り返すことになるだろう。
毎日が平穏なのは有難い。それすらも満足できないなら、いっそこのまま歴史を黒染めしてやろうと。
お前は……星原は、こんな俺を肯定してくれるのか。
逃げてるとしか思えない、この生き方を受け入れてくれるのか。
「すごいよ。かっこいいよ。なんでそんなに落ち込むの? 立派な理由じゃん。自分でそういうことをちゃんと口にできるのは、時常くんの感性が豊かだからだよ」
星原は遠慮気味に笑う。
「私は、きみが元気でいてくれたらそれでオッケーだから。ねっ」
ああ、世界には、こんな考え方の奴もちゃんといるんだ。
引きずられてばっかりの人間を、引っ張ってくれる存在がちゃんといるんだ。
俺は無意識に止めてしまっていた息を吐きだす。
すごいな、言葉の力って。くるりと辺りを見回す。どこもかしこも、キラキラと輝いて、まるで別世界に迷い込んだようだった。
「それで時常くん。誕プレ買うんでしょ? 誰? 妹とか彼女とか?」
「妹なんていないよ。でも、まあ、似たような相手かな」
ちなみに兄も弟もいない。ああでも妹みたいな奴だな、アイツは。
アイツもこいとも、星原と同じく俺の価値観を受け止め、そして支えてくれる。
べちゃくちゃうるさいから、毎晩部屋は祭りかよってくらい騒がしくなって。かといって出て行って欲しいとかでもなくて。
心地よくて温かい大事な居場所を、いつも自分にくれる。
「すげーいい奴なんだよ、そいつ。俺にとって、めっちゃ大事なやつなんだよ」
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.28 )
- 日時: 2023/04/23 16:02
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)
〈コマリside〉
五月八日、土曜日。朝の十一時過ぎ。
私は杏里と大福に誘われて、隣の市にある映画館に来ていた。私の誕生日を記念して、大福が見たい映画のチケットを取っていてくれたんだ。
作品タイトルは〈怪異探偵Z ―劇場版―〉。
数年前から追っている大人気のバトルファンタジー。週刊少年誌で連載されている漫画で、アニメ化もされている。そのアニメの続きがなんとこの度、大きなスクリーンで放送されることになったのだ。
(わあ、チケット買ってくれるなんて! ありがとう大福大好き!)
私は高鳴る期待に胸を躍らせながら、二人と映画館の中に入った。座席を確認して、ポップコーンとチュロスを買って、あとはシアターに向かうだけ。
しかしここでも逆憑きの効果が発動。
なんと大福が、肝心のそのチケットを家に忘れてきてしまったのだ。
「だ、大福~!!」「大吉!」
「ごめん。マジでごめん。お、終わった。詰んだ……。俺もう友達やめる……」
ああ、そうと分かればこんな服も来て来なかったのに。
私はアニメの物販で販売された、原作イラストがプリントされた〈特製★探偵シャツ〉の裾を軽く引っ張る。
痛い。凄く痛い。色んな所が痛い……。
これがあれか。満身創痍ってやつなんだね。
私と杏里からの非難の視線を受けて、大福は気まずそうに目を伏せた。
彼は十回ほど鞄を漁っていたけど、「あれ、鞄の中にこれが」なんて奇跡は起きず。
スタッフさんの案内に続く観客たち。
「楽しみだね」「ねーっ」とキャイキャイする彼らの後姿を、苦虫を噛み潰したような表情のまま眺める私たち。
大福に至っては、無言でチュロスの棒を食べ進めている。
「あ、あの、ねえコマちゃん、大吉。向こうにおいしい喫茶店があったよ。た、食べに行かない?」
場の空気がよどみ始めたのを察知した杏里が、話題を振ってくれた。
「飲食物持ち込みオッケーだって! ゴミはそこのお店で捨てればいいよ。ねっ、行こう? せっかくの誕生日なんだし」
あ、杏里ぃぃぃぃぃ。
幸先の悪い展開が不安で涙目になっていた私は、彼女の言葉に顔を上げる。
オーマイゴッド! 親友が神様に見える……!
「ほら見てコマちゃん。喫茶店のインスタ。凄く可愛いよ! ほら大吉も見て!」
「あっ、ホントだ。かわいい!」「おぉ。すっげぇ」
喫茶店のインスタでは、華やかなスイーツがお洒落な文章と共に掲載されていた。
生クリームたっぷり、苺の赤とのコントラストが美しい〈春苺パフェ〉。
とろとろぷるぷるの半熟卵が丁寧にチキンライスに重ねられた、〈ゴロゴロ野菜オムライス〉。
何より私の目を引いたのは、白い泡でラテに絵を描く〈ラテアート〉と呼ばれるアートの写真だ。
うさぎ、クマ、猫のシルエットを生クリームだけで再現する。実際にラテアートを作っている動画も、リール動画として何本か投稿されてある。
「なんと文字も描いてくれるんだっ? 誕生日限定★イニシャルお書きします、だってさ。めっちゃいいじゃん。書いてもらおうぜ」
「う、うん!」
月森コマリだから、イニシャルはT.Kかな? 楽しみだなあ。
トラブルは発生したけれど、多分この後は順調に物事が進むはずだよね。
私は機転を利かせてくれた杏里に感謝しながら、大福の腕を引っ張って映画館をあとにしたのだった。
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「なんでこうなるのぉぉおお」
こんにちは。
喫茶店・〈キャラメルガレッジ〉に到着したはいいものの、またもやトラブルに見舞われてしまったコマリ一行です。
まず一つ目。店の外に出来た行列に三十分並びました。
どうやら小中高生やカップルに人気の場所らしく、噂を聞きつけた学生さんが頻繁に来客するとのこと。
休日はもちろん平日もその客足は途絶えず、『行列のできる喫茶店』としてさらに世に名を広め、新たな客を呼ぶ。幸せの無限ループだ。
おかげでこっちは負の無限ループですけども。
二つ目。これは現在進行形。
頼んだラテアートのイニシャルが間違っていたんだ。
私の滑舌が悪かったのかもしれない。
しかし、「T・K」を「J・K」と間違える店員さんも店員さんだ。
せめて「M.K」にしてくれれば写真を撮ってこいとちゃんに送れたのに。
真顔で目の前に置かれたラテアートを凝視する私に、対面の大福がついに吹き出した。
お腹を抱えて、ドンドンとテーブルを手で叩きながら。
「じぇw ジェーケーww 月森コマリで、ジェーw ジェーケーwww ふっw」
「もう大吉、笑いすぎ。コマちゃん般若みたいな顔になってるじゃん」
「だって杏里、考えてみろよ! コイツの本名、ジュキモリ・コマリになってるんだぞ!?」
「……………。……っ」
数秒間沈黙していた杏里だったが、一分後、「ご、ごめんもう無理」と口元を震わす。
両手できちんと隠してるつもりだろうけど、私にはバレバレだよ杏里。
それにもういいんだ……。ポルターガイストや心霊写真に比べれば、イニシャルの間違いなんて些細なことだよ……(白い眼)。
「そうだよ。ジュキモリですよ私は。もういいよ、飲めば済む話だよ」
なんだろう。私が間違えたわけじゃないのに、私が悪いみたいになってて嫌だ。
口を尖らした私に、流石に言いすぎたのと感じたのか二人があわあわと両手を動かす。
「ちょ、ちょっとからかっただけだってば。そんな顔すんなよ!」
「ご、ごめんねコマちゃん。私、コマちゃんの気も知らずに。迷惑だったね。食べよっか」
「あはは、私もムキになっちゃったかも。ごめん。二人ともありがと」
真の友達とは、悩み事や不安をしっかり言い合える相手である。
小学生の時、好きだった国語の先生から教わったセリフだ。
こうやって怒りあい、時に励まし、時にからかう。そんな関係になれて良かったと心から思うよ。
いつか、逆憑きのことも杏里たちに話せたらいいなぁ。
ラテの入ったグラスに手を伸ばす。杏里と大福も、それぞれ選んだパフェやパンケーキを食べる為にスプーンを握った。
「「「いっただっきま—————………」」」
プルルルル プルルルル
と、不意にイスの背にかけていた私の小型リュックが震動した。
中にしまっていた携帯が鳴っているのだ。
「だ、誰だろう」
急いで鞄の中からスマホを取り出し、電源をつける。
通話画面に表示されたアイコン。相手は、もうすっかり聞きなれてしまった同居者の男の子だった。
「と、トキ兄!? もしもし、どうしたの?」
『――――え、っと。――に、――て』
「? 声が小っちゃくて聞こえないよ! も、もう一回。ワンモア!」
『――しちじに』
『夜の七時に、白雲公園前に来てほしい。大事な話がある』
「―――――――――――――――――え?」