コメディ・ライト小説(新)
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.29 )
- 日時: 2023/07/08 16:57
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)
閲覧数400突破ありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!
第7話「側にいれたら」開始です。
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〈宇月side〉
「桃根ちゃん。頼まれとったやつ調べてみたで」
マンションの十六階、フロアの突き当りの部屋のドアを軽くノックする。
腕に抱えた数冊の分厚い本は、先日図書館で借りた重要な資料だ。
薄い紙を貼り合わせただけなのに、本は不思議や。悪霊退治で鍛えられたこの腕でも上手く持ち上げられない。
「あ、お疲れさまです。すみません~。無理言っちゃって」
「大丈夫やで。ボクも用事あったし。手間が省けて良かったわ」
「そ、そうですか? あ、でも、言ってくれたら荷物持ったのに……」
気持ちは嬉しいけれど、きみは幽霊やからな。
ボクは霊感があるから認識できるけど、一般人にとってはいないのと同じ。
きみが図書館で本を持ってみぃ。「本が空に浮いた!?」って、みんな騒ぐやろ。
「図書館では静かにってよく言うしな。気持ちだけ受け取っておく」
「んーでも、それけっこうお高かったんでしょ?」
「あのな桃根ちゃん。本屋じゃのうて図書館! 値段とかないんよ。あーまあ、貴重品だから色んな書類書かされたけど、お金は払ってへんって」
「……あ、そっか」
現在のパートナーである幽霊の女の子が、部屋の扉から顔だけをのぞかせる。
相変わらず服装は紺色のセーラー服に白のパーカー。
だたし今日はいつもと雰囲気が違う。低い位置でお下げにしていた髪が下がっているからか?
幼さが強調された髪型に慣れとったボクは、肩口で揺れる茶色の髪に不覚にもどぎまぎしてしまった。
「めっ、珍しいな、髪結んでへんのは」
ロボットみたいな変な声が出た。
ベッドに腰かけている桃根ちゃんが含み笑い。
ボクが柄にもなく挙動不審なのを察したのか、値踏みするような目でこちらを見る。
「えっ、もしかして宇月サン。かわいいとか思ってくれてるの!?」
「え、いやその違っ、いや違わんけど……、に、似合うと思うで! 大人っぽくてええね」
「うっそー、ほんとーっ? うわ意外なんですけどーっ!! あはは、なんか照れるー」
口ごもりそうになったボクだったけど、なんとかテンションを持ち直した。
あかんあかん。ボクは夜芽宇月・心を操る霊能力者!
この肩書がある限り絶対に言えない! 友だちが一人もいないこととか、恋愛経験が一度もないこととか!
「ほぉーん。うちのパートナーはツインよりロング派かぁ」
「も、もうその話はやめとこや。腕疲れて来たわ」
「ほぉーん」
ほぉーんて。なんでそんな勝ち誇った感出しとるんや、きみは。
ボクはそのままぎこちない足取りで部屋の中央に足を進める。木の床にドスンと荷物を降ろし、はあと一息。
(あー、重い。なんでこんな重いんや)
図書館で借りた本はたった二冊。『古事記』と『日本書紀』。今じゃ好んで読む人も少ないマイナーな書物だ。
古事記は日本で一番古い歴史の本で、全三巻。
歌謡、神話・伝説など多数のネタを含みながら、天皇さんを中心とする日本の出来事が細かく記されている。
日本書紀は全三十巻。奈良時代に完成した、同じく神話や伝説を漢文で記した史書だ。
流石に合計三十三巻を一気に借りることは難しかった(腕が壊れそうだった)ので、今日は両方の本の第一巻を借りてみたんよね。
司書さんに貸し出しを頼んだとき、不思議そうな顔をされたっけ。
「お好きなんですか?」とも尋ねられた。
ボクは歴史オタクでもなんでもない、ただの一般人。好きな科目は文系だけど、社会は苦手だ。学生時代は、その時間だけ寝とったし。
そんな奴が、なんで急に小難しい本を読もうと思ったのかというと。
「幽霊の身体を乗っ取る神様、ねえ。きみは友人であるユイくんを助けようとして、運悪く命を落としてしまった。がしかし、『大国主命』と名乗る神様に見初められて力を与えられた——」
ボクは桃根ちゃんの頭から爪先を改めて観察する。
霊が他の生物の身体に憑くことは珍しくない。霊能力者の中にも、〈憑依系〉といって、霊をとり憑かせて戦う人もおらはる。
だけど……。幽霊と神様がくっつくなんて事象は滅多にない。
そもそも神様って霊と同じくくりなんか? それすらも曖昧だ。
「にわかには信じられんけど、現にきみがその一例ってわけやしなぁ」
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.30 )
- 日時: 2023/04/11 17:42
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)
- 参照: https://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=2512.jpg
憑きもん!のイラストを掲示板にあげました!
今回描いたのはこいとちゃんです!良ければ見てみてね!
参照のURLと、むうの雑談掲示板から見れます。
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.31 )
- 日時: 2023/04/21 18:25
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)
更新遅くなってごめんなさい。
最近調子が悪くて、思うように筆が進みませんでした。
大変お待たせして申し訳ありません。
続きです!
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〈こいとside〉
「協力してもらえるとは思っていませんでした」
わたしはポツリと言った。
ベッドの上で正座をしていたけど、足が疲れて来た。
体制を整えようと、腰を少し浮かして両足を伸ばす。
「ふーん。なあ、そっち行ってもええ?」
荷物を整理し終わった宇月サンから返ってきたのは、なんとも曖昧な返事。
自分の評価が低くて落ちこんでいるんじゃない。
ただ単に、そこまで気にしていないようで、ニッコリ笑っている。
彼の口調につられて、ついついわたしも、「うん?」とから返事をしてしまった。
普通こういうときは、怒るか、黙るかするものじゃないっけ。
「よっしゃ。おりゃっ」
呆然とするわたしは気にも留めず、宇月サンはベッドに駆け寄る。
「え、あの、ちょっと!?」
そして、そのままダイブ!
布団の海に体を預けて、「わははははっ」と子供みたく無邪気な声を出した。
「あ~、ベッドって最高やなー。桃根ちゃんもそう思わん?」
「い、いやぁ。う、うち、アパートに住んでたので、布団の方が慣れてるって言うか」
良い歳した大人が、子供の前で飛び込みますかね?
ちょっとばかりの苛立ちと、自分もやってみようかなと燻る思考を抑える為に、わたしはわざと突き放した言葉遣いをとる。
「そうなん? この包容力には抗えんわぁ。あー、もう仕事したくなーい。だるーい」
「数分と絶ってないのに、この人もう堕落を極めてっ」
「ふっふっふ。これこそが寝具の力。これこそが寝具の沼やでぇ。きみもハマろー」
「寝具の沼……??」
彼は、どこか周りとは違うような……どこかかけ離れているような、大人びたオーラをまとっている。良くも悪くも冷静で落ち着いてる。だから物事を俯瞰できる。
しかし時々、ほんの稀だけど、こうやって子供っぽい一面をのぞかせることもあった。
コマリさんにも、いとこの美祢さんにも隠しがちな素の表情を、わたしにだけ見せてくれる。
なんだか自分が特別扱いされているみたいで、正直かなり嬉しい。
ただ。
(口には出さないけどね)
だって、わたしにとっての一番は、由比だもん。
側にいてほしい人は、隣で笑ってほしい相手は、昔からずっと変わらない。
由比若菜――大切なクラスメート。
宇月サンは、わたしの—―桃根こいとの『特別』ではない。
これはコマリさんも、美祢さんも同様。
どうしたって彼らは由比を超えられない。わたしにとっては友達でしかない。
それでも彼らの元を離れられないのは、協力を頼んでしまうのは、きっとわたしが弱いからだ。
ひとりぼっちが嫌で、寂しくて、たとえ打算でも人と群れたかった。
自分の涙を自分で守るだけの強さがなかったんだ。
「――羨ましかったんや」
不意に、宇月さんが言った。
いつの間にか彼は、寝転がりながら、ベッドの横の棚から取ったタブレットを操作している。
小さい音だけどBGⅯが鳴っていることから予測するに、多分ゲームかLINEかインスタ? かな。
「何の話?」
「さっき言うてたやろ。なんで協力してくれたのかって」
目線は画面に落としたまま、宇月さんは淡々と話を続けた。
「ボクな。昔っから人と関わるんが下手くそやったんや。今もやけど、誰かを頼ったり、逆に頼られたり、そういう経験をせんまま大人になって」
「……頼らなかったのは、なにか理由があって?」
「立派な理由ではないんやけど、まあな」
――誰かを頼るのは、自分が弱いって証明してるようで嫌いだったんや。
宇月さんが膝を抱え、スンと洟をすすった。
「助けてください、しんどいんですって、ホントは叫びたかった。やけど、自分が何もできひんって相手に話したら、自分でそう認めたことになるやんか。それがずっと嫌で、だから、言えなかった」
「………」
「馬鹿やって、自分でも思ってる。ありもしないプライドで己の首絞めて、なにが得するんって。でも、気づけばいっつもその繰り返しで。いっつも、前後になにか付け足しては、それで人を傷つけとった」
その言葉にハッとする。
一年前の、あの、屋上での出来事を思い出したんだ。
フェンスに手をかける友人の後ろ姿。私は聞いた。「なんで」と。「なんで、どうして」と。
あの子は―由比は、問いかけるわたしに「ごめんね」と言って、柵に足をかけて……。
最期の最期まで、なにがあったのかを教えてくれなかった。これは言葉に置き換えると、『墓まで持って行った』ってことだ。
由比も、同じ気持ちだったの?
弱い自分が、赦せなかったの?
「誰かを助けたいと必死になれる桃根ちゃんを見て、なんか、すごく情けなくなって。同時に、ボクでええんやって………やから」
宇月さんは、そっと、こちらへと手を伸ばす。
そして、肩の上に垂れていたわたしの髪を、指ですくった。
目と目が合った。
「……っ」
(なに? なになになになになになになに?)
驚きすぎて、身体が上手く動かない。動かなきゃ、何か言わなきゃ。頭ではしっかり考えているのに、カチコチに固まっちゃって一ミリも動かない。
頬がほてって、頭がくらくらする。目元に涙が溜まる。
「やっぱりツインテールの方が好きやわ」
宇月さんは、ふふっと笑った。
いつもの、陰のある笑顔じゃなくて、心の底からの純粋な笑顔だった。
「ありがとう。ボクを頼ってくれて。……栄えある一番目のフォロワーに、なってくれて」
※次回へ続く!
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【4/25更新】 ( No.32 )
- 日時: 2023/04/26 18:29
- 名前: むう (ID: viErlMEE)
公式カップリングは、
・トキマリ(美祢×コマリ)
・月恋(宇月×こいと)
・ゆいこい(由比×こいと)です!
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〈コマリside〉
『夜の七時に、白雲公園前に来てほしい。大事な話がある』
トキ兄の言葉に、私は目を見開いた。
公園に行くことが不安なのではない。夕方、お菓子を買いにコンビニへ出かけたこともあるので、夜遅くに出歩くことには慣れている。
私が不安なのは、その後の『大事な話』 の部分だ。
大事な話とは、一体なんだろう。
トキ兄は数えきれない恩がある。彼がいなければ、平穏な日常を送ることはできなかっただろう。
12年間取り続けた赤点のテストも、心霊現象も、降水確率100%の誕生日も、全て『嫌なこと』として頭の引き出しにしまわれただろう。
自分のせいで皆が泣いちゃうんだ。なんでこうなるのって、自分を責め続けていたかも。
実際、やるせなくて寝付けない夜も、食事が喉を通らない夜も何十回も経験したよ。
でも、トキ兄と一緒に暮らすようになって。
いつだって横で彼が横で微笑んでくれたから、喜びや悲しみを共に感じてくれたから、私は明るく毎日を過ごせたんだよね。
逆憑きって体質も、自分の個性だって思うようになった。自分を愛せるようになったんだ。
でも、悪い想像もたまにする。時々見る悪夢がある。
トキ兄とこいとちゃんが、「つきあってられない」と私に言い出す夢。遠ざかる二人の背中に、泣きながら「待って」と叫ぶ夢。暗くてじめじめした路地の裏で泣きじゃくる私をあざ笑うかのように、皆が明るい陽だまりへと走って行く夢。
前に宇月さんが言っていたセリフを、頭の中で反芻する。
『自分のことも守れんような奴には、誰かを守る資格はない』
これの対義語があるならば、文章はきっとこうだ。
『相手に手を差しの述べられない人間は、いつまでたっても守られる側だ』
トキ兄は私に勉強を教えてくれる。ボディーガードとして、常に私のことを気にかけてくれる。それだけではなく、掃除・料理・洗濯まですべてやってくれる。
逆に私は何をしたんだろうか? 彼にありがとうと、しっかり言っただろうか。彼が喜ぶことを考え、実行に移していただろうか。
■□■
夜の七時。私は白雲公園のベンチに座って、トキ兄を待っていた。
白雲公園は、アパートから歩いて五分の距離にある市立公園で、ブランコとシーソー、あとは簡素なジャングルジムがある。
昼間は小さい子がお母さんと遊びに来ているけど、夜中なのもあって、私以外に人の姿はない。
「はぁ……。別にいいって伝えたのに」
私は丁寧にセットされた髪を、指でそっと触る。
呼び出されたことを親友に話したのが間違いだった。親友の杏里は、たちまち「告白だよ!」と目をキラキラさせて……なんと、私のボブカットの両サイドの髪を編みこみ、桃色のリボンまでつけちゃったのだ。
『コマちゃん、頑張って!』とグッドサインをする友達に、「ヤメテ」とは言い出せず。結局そのまま公園に来てしまった。
似合ってないなあと苦笑いしたその時。
「コマリ!」
至近距離から馴染みのある低い声が聞こえて、私はバッと顔を上げた。いつの間にか、目の前にトキ兄の顔がある。
足音も立てず忍び寄るなんてさては忍者!? と一瞬馬鹿な考えがよぎる。
実際は、私がボーッとしていただけなんだけどね。
トキ兄は両手をすり合わせる。
「寒いな。お前そんな薄着で大丈夫なのか? 最近寒暖差激しいから風邪引く……」
そのあとは聞き取れない。
視線を地面から私へと移した直後のことだった。一瞬で、彼の顔がリンゴのように赤く染まる。滅多にないトキ兄の動揺を見て、私も口からも「はぇ?」と変な声が出た。
「そ、……っ。それ、じ、自分でやった、のか」
「ああこれ? 友だちが勝手にやっちゃったんだ。あはは、似合ってない、よね」
フリフリのレース付きのワンピースを含め、ガーリーな色合いの洋服が私は苦手。
『今流行ってるんですよ~』とおススメされても、着ようとは思わない。自分には似合わない気がして、手を出せない。自分のイメージが崩れちゃいそうで怖かったんだ。
「わ、わたし、そ、素材って言うのかな? ブスだし平凡な顔立ちだし、今更着飾ったところでマイナスがプラスになるわけないって、伝えたんだけどさ」
あああああ、沈黙に耐えかねた口が勝手に……!
トキ兄は一瞬ピタッとフリーズ。そのあとの数分間、口元を金魚のようにパクパクさせては閉じを繰り返す。言いたいことがあるけど言葉が見つからない……でも伝えたい。意を決し、彼は私に向き直り……。
「………かわいい」
蚊の鳴くようなか細い声を、必死に喉から絞り出した。
「………え?」
え、ええぇぇぇぇぇぇぇ? あ、あの時常美祢が、「かわいい」って言った⁉ 嘘⁉
ひっひひ、人違いだったり……?
失礼と思いつつも横目でチラリと相手の風貌を確認する。
黒いコートの下に、毎度おなじみゲーマー風パーカー。耳には銀色のピアス、極めつけはピンク色の髪。
私の同居人兼ボディーガードの男の子は、私の右腕をグイッと掴む。そして、曇りのない双眸を真っ直ぐこちらに向ける。
「充分、かわいいけど、今もすっげえ、かわいい」
※次回に続く!
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第2章開始★】 ( No.33 )
- 日時: 2023/06/16 16:01
- 名前: むう (ID: viErlMEE)
学校、趣味、習い事、将来
悩み事が多すぎる!
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〈美祢side〉
『大事な話がある』。コマリに連絡した後、俺は思った。
ひょっとすると、言葉の選択を間違えたのではないか、と。
誕生日プレゼントを渡したい。
そう説明するのが恥ずかしくて、わざと回りくどい表現をしてしまったけど……。
『渡すものがある』でも充分伝わったはずだ。
(ぬおぉぉぉぉぉぉぉお、違う、違うんだ! 待ってくれ、違う!)
残念ながら、発した言葉は取り消せないもので。
補足しようと「あ、あの」と口を開いたときには、もう通話は終了してしまっていた。
「あぁぁぁぁ…」
俺は部屋のクッションにボフンと顔をうずめる。
ふつうに誕生日を祝いたいだけなのに、自分でハードルを上げてどうするんだ。
ただでさえ少ない俺の対女子ライフが、どんどん減っていく……。
ちゃぶ台の上に置いている白い紙袋を確認する。この前、デパートで買った商品だ。
箱の中には、手のひらサイズの正方形の黒い箱が入っており、ピンクのリボンでラッピングされている。
「渡すだけ。渡すだけ。落ち着け俺。落ち着け」
人生初、誕プレ。人生初、女子への贈り物。
あれを見たら、コマリはどういう反応をするかな。「似合わないよ」って怒るかもな。
笑ってくれるといいなあ。
月森コマリはすごいやつだ。
相手のことなんか興味がなかった少年を、ここまで変えることができるんだから。
■□■
そして現在、俺は白雲公園で、ベンチに座っているコマリの手を取っている。
ボブカットの両サイドはゆるく編み込んであり、結ばれたリボンが風に揺れる。ヘアアイロンを使ったのか、いつもボサボサの髪が今日はストレートになっている。服装は相変わらず無地のパーカーだが、それすらも新鮮味がある。
きれい。かわいい。似合ってる。
頭の中に浮かんだのは、自分にとってなじみのない単語。でも、そう思わずにはいられない。
胸が苦しい。まるで、心臓を手でグーッとつかまれているみたいだ。なのになぜか、嫌じゃない。むしろそれが心地いい。
「ぎゃああああああああ!!」
我慢できず、コマリが悲鳴を上げ、両手で俺のからだをドンッと突き飛ばした。
「おわっ」
体勢を崩され、俺はふらつく。
もう少し姿勢が傾いたら、ベンチ横の蛍光灯の柱に頭からぶつかるところだった。あぶねえ!
「おいコマリ、なにすんだよ」
「わ、わかんない、わかんない……」
コマリはふるふると首を振る。
「なにがわかんねえんだよ」
「だ、だって今日のトキ兄、変なんだもん。めっちゃ素直なんだもん! わかんないよ! か、かわいいとか、滅多に言わないじゃん。そんなん反則……」
コマリは涙目になりながら、こちらをにらんだ。鼻の頭も、頬も耳も赤く染まっている。
「ずるいよ。トキ兄」
滅多に言わない、か。確かにそうだな。言ってないもん。
心の中では、ずっと思っているんだけどな。意外とかわいいじゃん、って。
おまえと同じだよコマリ。おまえが女の子っぽい服を着ることを躊躇するように、俺も「かわいい」と相手に伝えることに躊躇してしまうんだ。
引かれることが怖い。笑われることが怖い。今のように、疑われることが怖い。
だから、自分には似合わないのだと結論をつけてしまって。
これが『ずるい』ということになるのなら、それで構わない。
実際俺は十六年間、ずるく生きてきた人間だ。程よくバカやって、程よく真面目ぶって、その場その場で部分点を取ってきた人間だ。
でもさっきのあのセリフは、自分に点数をつけてほしくて言ったのではない。
単純に、俺はコマリに言いたかったんだ。
自分をそんなふうに卑下するなよ。俺はおまえのいいところ、ちゃんと知ってるぞって。
今日は、素直に想いを伝えるって決めたんだ。
「コマリ。追い打ちかけるようで悪い。これ、受け取ってくれ」
俺はパーカーのポケットに忍ばせていた小箱を取り出し、コマリへ差し出した。
「誕生日おめでとう。似合うと思って」
「えっ……。え、え!? 嘘!」
コマリが箱を受け取る。
「あ、ありがと。開けていい?」
「うん」
結局、文房具の案も服の案も没になってしまった。
というのも、俺はあのデパートでの再会のあと、星原にこうアドバイスされたのだ。
――最近はペアルックが流行っているみたいだよ。一緒につけれるものとか、どう?
黒い箱には、プラスチック製へアピンが二つ入っていた。
一個は、お化けモチーフのヘアピン。もう一つは、時計モチーフのヘアピンだ。
「わぁぁ! かわいいっ」
「お化けの方をお前にやるよ。時計の方は俺がつける。コンビ感出ていいだろ」
「うん! つけてみるね。トキ兄も、はい」
コマリは箱に敷いてあるスポンジからピンを抜き取り、前髪につける。蛍光灯の明かりで、表面がキラリと輝いた。
俺も時計型のヘアピンで髪をはさんでみる。前髪が邪魔だったし、これはこれでいいかも。
「ありがとうトキ兄。大切にするね」
コマリが照れ臭そうに微笑む。その控えめな笑顔に、トクンと胸が高鳴る。
ああ、良かった。ちゃんと、受け止めてくれた。
俺も、ふふっと口の端を上げる。
そして今日の締めくくりである大切なセリフを、彼女に伝える。
「お誕生日おめでとう。これからもずっと一緒にいてください」
※第8話完→第9話に続く!