コメディ・ライト小説(新)
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第3章開始★】 ( No.52 )
- 日時: 2023/09/05 18:58
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)
創作キャラクターは全員友達みたいなものです。
私の大切な友達。全員大好き。
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三歳下の弟と妹は、いつも俺のことを「お兄ちゃん」と呼ばなかった。
幼児期の初めに覚えた言葉が「おかあさま」と「おとうさま」。周りの人間が常時、両親を様づけで呼んでいたので、無意識に頭に入ったのだろう。小さいときに植え付けられた世界観というものは、時が経ち体と心が大きくなっても中々変わってはくれない。
ある朝のことだった。俺が朝食を作ろうと台所へ向かうと、もうテーブルの上には食事が置かれていた。
高級な陶磁器の皿に盛られた、卵の黄色が鮮やかな目玉焼きと焼き鮭。その隣には茶碗と汁椀。
ただし、出来栄えは散々だ。メインディッシュは二つとも焦げて黒い塊になっているし、お豆腐の味噌汁はなぜか紫色をしている。
「なんだこれ」
何事だと目を見張る俺の声を聴き、流し台で食器を洗っていた弟が振り向いた。喜色満面の笑み。
「兄様! おはようございます!」
と、近くに駆け寄ってくる。
「おう、おはよう飛燕。これはいったいどういうことなんだ」
「? 食事のことですか? 今日は仕事がたくさん入っていると父上に聞いたので、兄様の代わりにオレが朝食を作ろうかと」
弟はえっへんと胸を張った。彼の背丈は去年から一気に伸びて、現在小学6年生にして既に兄と同じ目線だ。
「お前が?」
「はい。小学六年生でも、目玉焼きくらいひっくり返せますよ」
いやいや、結果が伴ってないから。目玉焼きが炭焼きみたいになってるから。
「誰か手伝ったか?」
「飛鳥がちょこっとだけやってくれましたよ」
「ああ、飛鳥が一緒だったのか。にしては完成が偉い雑だな。あいつキッチリしてるのに」
「宿題を片付けたいとか言って、ボウルだけ用意してくれました」
妹の役割それだけかよ!
すごいな、よくやったな、と褒めてほしいのだろうか。弟は目をキラキラ輝かせ、俺の返事を待っている。気遣いは嬉しいんだけど、アレを食べるのはちょっと勇気がいるぞ。
ため息をついた俺に、弟はキョトンと首を傾げた。
「どうされました? 体調がすぐれないのでしたら薬を持ってきます」
「……違う。違うんだよ、そういうことじゃなくて」
「なんですか?」
俺はもう一度深く息を吐くと、両手を広げ、彼の小さい体をそっと抱きしめた。
背丈はあんまり変わんないけど、まだ筋力はないな。手も足も細くて、輪郭も丸い。外見だけなら、ごくごく普通の小学生の男の子だ。明るくて活発で、人当たりがよさそうな。
「………ごめん」
お前は、何も知らなくていいのに。周りの真似なんか必要ないのに。敬語の使い方とか、正しいお辞儀の仕方とか、目上の人に対する所作とか。見ない振りしとけよ、そういうのは俺が全部やるから。
「なんで謝るんですか? 兄様、顔を上げてください。貴方は頭を下げなくていいんですよ。下げるのはオレらの役目なんで」
「……そっんなこ……」
唇を閉ざす。
「どうしました?」
そんなに他人行儀に振舞わなくてもいいんだぞ。
お前はお前らしく喋れよ。「やべー」とか「すげー」とか、年相応の荒い言葉使えよ。
なんか、兄弟なのに距離が遠くて嫌だよ。
なんて、答えられるわけがない。
俺が疑問に感じていることは、こいつにとっては当たり前のことで、彼は何の不満も抱いていない。そうするように教えられてきたから。そうすることが優しさだと信じているから。
これは違う、これはおかしい。口にしてしまえばそれは、弟の価値観を壊すことになるのだ。
「お前はこの家のこと好きか?」
「? え、ええはい。大好きです!」
「そっか」
……お前、この家が好きなのか。すげえな。
なんで俺は好きになれないのかなあ。なんで現状に満足できないんだろう。
仕方ない。この気持ちは胸の中にしまっておこう。
どうあがいても俺は『兄様』で『最強』なんだから。普通の生活なんて、できないのだ。
これは過去の自分への戒めだ。勇気が出ず、弟と妹に「お兄ちゃんと呼んでもいいんだよ」と言えなかった自分への戒めだ。
「ううん。何でもない。ありがとな」
俺は無理やり笑顔を貼りつけて、弟の髪をわしゃわしゃ撫でた。
そのあと、「けど、おまえは相変わらず不器用だな。この番正鷹を食中毒にでもするつもりか。仕事に支障が出たらどうすんだよ」とわざと毒を吐いてみる。
「すすす、すみません。い、要らないですよねこんなもの。焦げたものを兄様に出すなんて、常識がなさすぎますよね。す、すぐに片しますね。も、申し訳ないです」
弟はペコペコ頭を下げ、食器を手に取った。
と、俺は彼の指に巻かれている絆創膏の存在に気づく。
右手の親指と人差し指、左手の中指。両手の甲にも貼られている。
そのまま視線をずらす。着ているエプロンの胸元は零した調味料や液体でドロドロになっていた。
(料理とか一回もしたことないのに、わざわざ俺のために――)
「おい飛燕、それこっちに持ってこい」
俺は弟の背中に向かって言った。
「食べないなんて一言も言ってないだろ。作ってくれてサンキュな。お兄ちゃん嬉しいぞ」
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なんで昔のこと、思い出してんだ。
最初から分かりきっていたことだろう。何をいまさら。
震える身体を必死に動かす。
あっれ、俺の視界ってこんなに暗かったっけ。俺の手ってこんなに汚かったっけ。
なんで頭が痛いんだ? なんで意識がぼやけるんだ? なんで息が続かないんだ?
――ああそうか。これ、もしかして走馬灯か。