コメディ・ライト小説(新)
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第3章開始★】 ( No.53 )
- 日時: 2023/09/07 23:24
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)
飛鳥は弟の飛燕の双子の妹だった。
友達を連れて外へ遊びに行くのが好きな飛燕に対し、内気で消極的で口数少なく、よく家にいた。クラスでうまくやれているのか、友達はいるのかと聞いても何も話してはくれず、ただただ俺の隣にいることを望んだ。
飛燕と違っていたところは、彼女が俺と同じように、現状に満足していないことだった。
だから飛鳥は親父と母さん、そして召使の人たちがいない時間を見計らい、俺の部屋へよく来た。その時間だけ、彼女は自分の本音を兄に言える。兄に甘えられる。敬語を取り、自然の女の子でいられる。
でも、兄の呼び方はずっと『兄様』だったけどな。
「お兄様! 見て!」
飛鳥はその日も兄のもとを訪れた。
先週母親に貰った桃色のノースリーブのワンピースの裾を両手で持って、照れくさそうに笑う。
「おお、似合ってる似合ってる。誕生日プレゼントのワンピース。すげえな、お姫様みたいだ」
「へへへ、へへへ。ねえ、今からクルッて回ってもいい? 写真撮ってほしいの!」
「あー、ちょっと待ってな。よいっしょ」
机に向かって宿題をしていた俺は、教科書をぱたんと閉じ、椅子から腰を浮かした。戸口の前に立っている妹のほうへと、足を動かす。
「にーさまー、早くうー」
「今行くから焦んなよ」
飛鳥は可愛いものが大好きだった。淡い色のリボンやシュシュ、スカート、フリルを多用したドレスなどを好んで身に着けた。学校で体育がある日も、遠足の日も、山登りの日だって平気でスカートを履いていた。どうやらズボンが嫌いらしい。
仕事に出る前、俺はコイツに何度も「髪を結って!」とせがまれたし、妹も兄に髪をいじってもらえる朝を楽しみにしていた。
時々、『ねえ、三つ編みがロープみたい。下手』と文句を言われたが。
ただ、早朝は俺も登校準備だったり、武器の手入れをしたりで忙しい。たまにめんどくさくなって『飛燕にやってもらえよ』と言うこともある。そういう時、飛鳥はとてもいやそうに口を曲げる。 『あいつ、お兄様より不器用だからムリ』らしい。
俺は飛鳥のそばへ行くと、スマホのカメラアプリを開き、動画のボタンを押す。
写真でもいいんだけど、こいつはカメラ向けるとすぐ動き回るからな。そういうとこは、飛燕とそっくりだ。
「ねえ、可愛い? 可愛い? 撮ってる?」
と飛鳥はカーペットの上でくるくる回る。
「撮ってる撮ってる。はは、やべえ。お前回りすぎ、全然顔認証されねえんだけどw」
画面内の黄色の枠が現れたかと思ったら、すぐ消える。その間、2秒。こらえきれなくなって吹き出すと、飛鳥は踊るのをやめてプウッと頬を膨らませた。
「兄様の馬鹿。ちゃんと撮ってよお。私、卒アルの白いとこにその写真貼る予定なの!」
「猶更ヤバいだろうが」
アルバムの白いとこ……寄せ書きページだろうか。
書いてくれる友達はいないのだろうかと思ったけれど、言葉には出さない。それはたぶん、こいつが一番気にしていることだから。
「アルバムに貼るならもっとマシなポーズとれよ。お前、残像化してんだよ。今流行りの小顔ポーズとか、ピースとかでいいじゃん」
お前は上下に引き伸ばされた自分の顔を印刷するつもりか?
せっかく綺麗な顔してるんだから、もうちょっと考えろよ。小学校の卒業式だぞ? プリントアウトした後、みじめな気持ちになってもお兄ちゃん何も言わねえからな!?
「だって、だって、さっきピースの練習してたら、飛燕のやつが『かわいこぶってて気色悪ぃ…』って言ったんだもん! あいつが揶揄うんだもん!」
飛鳥はビャーッと喚く。
両足で地団駄を踏んだが、幸い下はカーペットだったので、他の部屋に音は響かなかった。あぶねえ。
「あいつ、兄様の前では優等生ぶるくせに、私を前にすると途端に悪ガキみたいになるの。兄様は知らないだろうけど、学校でもすっっっごく悪名高いんだから! この前なんか、学年一頭いい鈴木さんの髪を引っ張って……」
彼女のおかげで、飛燕が兄に隠そうとしていることは、いずれ全て暴かれるようになっている。何も知らない彼には申し訳ないが、これは今夜しっかり叱らねば。
まあ、だけど。
「飛鳥は本当の飛燕のこと、ちゃんと見てるんだな」
「むかつくけど、双子だから。それに、むかつくけど、あいつがあいつのままで居られないのは、妹として辛いから」
飛鳥はフンと鼻を鳴らし、横目でチラリとこちらを流し見る。
「ねえ。このこと、あいつには言わないでよね。あの馬鹿兄、絶対からかうもん」と腕を組んで見せる。
「ふっは。あははははは、あははははははは」
「笑わないでよ」
「いや、あっはっは。わかった、わかった。秘密はちゃんと守るってば」
お前が飛燕と違っていて良かった。飛鳥が素を見せてくれなかったら、多分俺は今よりもっと自分の境遇を憎んでいたからさ。それか、自分に己惚れて、大事なものを見落としていたかも。
飛鳥、お前が「私、この家のこと好きじゃないんだよね」と打ち明けてくれて、俺がどんなに助かったか。お前が飛燕のことを誰よりも心配してくれていて、どんなに嬉しかったか。
「ということで今日の秘密会議は解散だ。もうすぐ親父が帰ってくる。さあ、行った行った」
「はぁーい。明日はちゃんと動画撮ってよ! 今度は回らないから」
飛鳥は部屋のドアノブに手をかけ、拗ねたように言う。
「はいはい、見つかると怒られるぞ。俺もそろそろ巡回行く。夜は怪異が出やすいからな」
「わかった。……ねえ、じゃあ最後に、一つだけ質問してもいいかな」
「? まあ、いいけど」
なんだ、急に改まって。
俺は目を丸くする。
飛鳥は左手を扉の縁に添えたまま、先ほどとは違う冷淡な口調で尋ねた。
「いやだいやだって思ってるのに、どうして兄様は仕事をやめないの?」
それはシンプルで、かつ深い質問だった。彼女は俺にこう告げているのだ。そんなに嫌ならやめればいいじゃないか、って。
至極もっともな答えだ。心が悲鳴を上げているなら、無理して頑張る必要はない。
「愛想笑いをずっと続けるの、つらいんでしょ。お父さんとお母さんから過度に期待されるのも、本当はすっごく怖いんでしょ。飛燕の優しさだって痛みになるって、昨日私に言ったじゃん。私、兄様がなんでそこまで頑張るのか、全然わかんないの」
なんでそこまで頑張るのか、か。
そういやそんなこと、今まで考えたこともなかったな――――。
「うーん。難しいな……。俺もそこんとこ、よくわかってないんだ。なんで逃げねえんのかって、よく自分で思う。……ただ」
だけど、質問に対しての明確な答えは持っていないけど、一つだけ確かなことがあるんだ。
だからそれをお前の問いの答えに変えても、いいかな。
「―――この家のことは嫌いだけど、この世界のことは割と好きなんだよ、俺」
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俺は、名前も年齢も知らない奴のために拳を振れるほど強くない。
最強なんて驕ってはいるが、実際は内心ビクビクしている。失敗が許されない世界で、弱さを見つけてもらえない世界で、持って生まれた才能だけが自分の救いであり足枷だった。
それでも自分が武器をとれたのは、その世界の中にわずかな光があったからだ。完全な真っ暗闇ではなかった。双子の弟と妹、学校の友人、そして身体を共有してくれた優しい神様がいたから、俺は俺らしく人生を歩むことができた。
って、なーにシケたこと、考えてんだよ……。
まだ、「ありがとう」を言うタイミングじゃ、ねえだろうが。
「………は、ははは。ごめん、さっき言ったこと取り消すわ。お前、強すぎんだろ」
右腕に受けた傷を左手で庇いながら、よろよろと起き上がる。腕が痛い。足が痛い。割れた頭から流れる血が、制服のシャツを濡らしていく。
敵の顔もまともに見られない状態の中、俺はなんとか唇から空気を吸う。
「おーい猿……あと、どんくらい持ちそう? もうほとんどの術も霊力も、使っちゃったけど……」
あーあ。番家最強の術式、行ったと思ったんだけどなあ。調子に乗ってバンバン使って、余裕ぶるんじゃなかったわ。
奴の姿が消えたと思ったら、直後真上からでっけえ黒い球が降って来たもんな。そのまま数メートルぶっ飛ばされて……あのあと消えたはずの神サマが現れて、俺の胸を一突き……。
どーんな戦い方だよ、クッソ。うっぜーな。
「バン――――――――――ッ! もういい、もういいんだ、! あとはオレがやるから、お前の代わりにオレがやるからっ……」
後方で、砂利の地面に座り込んでいた猿田彦が叫ぶ。その声は怒鳴りというより、悲鳴に近い。
宿主に力を吸わせすぎて、すっかり身体が透明化している。あの状態で戦っても、更に傷を負うだけだ。
「いや、いいよ。……勝手に、終わったって決めつけないで、もらえますかね……?」
「はあ!? だってお前、そんなっ、死ぬぞ!」
猿田彦のセリフにかぶせて、アイツの声が響く。
おかっぱの髪。血の気がない、青い白い肌。ワイシャツを身にまといサスペンダーつきの黒いズボンを履き、今は朱色になっている黒い羽織を重ね着した、小さな少年の声が。
「ふはははははは! そんなボロボロの状態で、我にとどめを刺せるわけがないだろう!」
「………っ」
「学習が足りないようだな番正鷹。我は確かに貴様に情報を提示したぞ。『禍津日神の術の威力は、負のエネルギーに比例する。恨み、怒り、悲しみ、叫び……あるいは人の死、人の血、人の魂。エネルギーを集めれば集めるほど、我は強い力を編み出すことができる』と」
―――勝利の天秤は、初めから我のほうに向いていたのだ。
(次回に続く!)