コメディ・ライト小説(新)
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第3章開始★】 ( No.55 )
- 日時: 2023/09/20 23:58
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)
Q:激しい戦いをしているのに、なぜ学校の先生たちに見つからないのですか?
A:大国主が結界を貼っているからです
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〈再び正鷹side〉
「――勝利の天秤?」
俺は頬についた汚れを手の甲で拭いながら、掠れる声で言った。
「そんなの知らねえ。皿がどっちに傾こうが、俺は諦めない」
こちらが劣勢だということは、もちろん理解している。自分の身体がボロボロなことも、とても自分が適うような相手ではないってことも、ちゃんと把握している。
最強だと言われた自分の能力が、実は全然大したことなかったってことも。自分が勝手に己惚れていただけだということも。
「諦めない、ねえ。昔、同じことを云ったやつがいた」
禍の神は淡々と告げた。
「守りたいものがあるとか、やらなきゃいけないことがあるとか――。彼らは我を前にしてペラペラと希望を語った。そして、脆く儚い夢と一緒に散っていった」
あるものは、愛する人と再び会いたいと願い、あるものは、自分の力で世界を作り変えたいと願った。武器を持たず、装備もないまま立ち向かったものもいたし、その者たちを庇い自らを犠牲にして戦線に出た人間もいた、と彼は続ける。
「つくづく思った。人間は何も学んじゃいないと。力の差は分かりきっているだろう。未来を予知することはできずとも、予測することはできる。なのになぜ挑もうとするのだ。なのになぜ立ち向かおうとするのだ。なにが貴様らを奮い立たせる?」
ポツン。何かが鼻の先に当たった。生ぬるい感触。雨だ。
上を見上げる。分厚い雨雲が空を覆っていた。確か夕方にかけて冷え込むって、昨日ニュースでやってたっけ。降水確率は70%だったっけな。
「――お前、雨は嫌いか?」
突然違う話をし始めた俺に、禍津日神は呆気にとられた顔になった。からかおうと、右手の人差し指を俺の鼻先に突きつけようとしたが、その手はブランと垂れ下がる。長時間の戦闘は、精神疲労につながる。傷口は塞げても、心の疲れは癒せない。
「チッ」と小さく舌打ちをし、彼は苛立ちを隠すかのように声を荒げた。
「嫌いだ! 雨は血が流れるからな! それがどうした!」
「そうか、俺と一緒だな。俺も昔は雨が嫌いだった!」
つられて俺の声も大きくなる。
どんなに天気が悪かろうが、家業は休めない。曇天時、悪霊退治に出かける前、いつも俺は召使いに、雨合羽を着せられた。風邪をひかれては困るという理由で。
プラスチックの独特のにおいが嫌で、俺は毎回彼らの手をはねのけた。だけど召使の人は、「これが仕事ですから」と、一向に手を止めようとはしなかったんだ。
でも飛燕と飛鳥が、俺の誕生日に紺色の傘を買ってくれてさ。
合羽は嫌だったけど、傘をさすのは全然苦じゃなくて。むしろ楽しくて、嬉しくて。それ以降は、水たまりを蹴飛ばして任務地へ赴けたのだ。
「今は割と好きだ! むしろ降ってくれって思うよ。雨の良さに気づけたのは、それを教えてくれた人がいたからだ!」
「――貴様は何が言いたいんだ」と禍津日神。
「何が自分を奮い立たせるかわかんねえなら教えてやるよ! 人の愛と優しさと強さだ! テメーが脆く儚いものだと決めつけたものすべてだ!」
――兄様、これ、飛鳥と小遣い貯めて買ったんだ。良かったら貰って。
――これで、ウキウキルンルンでお外歩けるね!
長方形の白い箱に、綺麗にしまわれたプレゼント。
生地に縫い付けられた【HAPPY Birthday】の刺繍糸の色は、俺が好きな赤色だった。
正義のヒーローの色。悪いやつをやっつけ、弱い人を助ける、カッコいいヒーローの色。
――わあ、すっげえ。すげえすげえすげえ! わあああ! ありがとう、飛燕、飛鳥! 俺、すっげえヒーローになって、すっげえやつになるっ。
……ああそうだよ。俺はずっと、赤いマントに憧れていたっけ。
随分回り道をした。随分と沼に足を取られた。
やっとだ。こういう形で実現するとは思わなかったが、それも人生っつーわけで。
「結局人生っていうのは、自分が生きる道なんだ。何を好きと感じるか、何を嫌いと感じるかは、その人次第だ。だから」
俺は、すぅーはぁーと息を吸う。肋骨が折れているせいだろうか。あまり多くは吸えないが、精神を落ち着かせるのは基本中の基本。
……多分この術を使えば、俺はもう……。
ううん、迷うな。信じろ。お前は最強の霊能力者、番正鷹だろ。
お前のモットーは何だ。お前が本当にやりたかったことはなんだ。
自分に嘘はつかない。俺は俺が守りたいものを、俺が信じたいものを愛する。
「だから道は、自分で切り開く! 後ろを歩く奴らが迷わないように、俺が先に拓いてやる!」
「ふん、バカバカしい! 禍火・竜玉!」
禍津日神の両手から、二つの黒い球が発生する。数分前に防いだ球に比べて、直径が長い。
ざっと1メートル以上ある。防げるか?
…………いや、できる。俺ならやれる!
この一撃にすべてをかける。何を失ってでも、あの二人の未来は絶対に渡さない。
「番家流憑依術:奥義!!」
両手を再び銃の形に組む。集中しろ、集中しろ、集中しろ。
万が一の為にと取っておいた最後の霊力を一点に集める。指先が徐々に熱くなっていく。凄まじい威力のエネルギーが、全身を駆け巡る。
この奥義は、術者の死期が早まった時にしか発動できない。奥義と名がつくものは大体そうだ。
そうだろ猿田彦。口に出さずとも伝わるぜ。
お前が乗っ取りを解除した本当の意味は、俺にすべてを預けた訳は。
ああそうだよ、道開きの神様の最大の能力は、未来予知だった。
神様が人の死に介入することはご法度だった。
つまり、そういうことだろ。
お前は本当に優しいな。俺が悲しむと思って、黙ってたんだから。
(気づいてほしくなかった)
頭の中に響く友人の声。彼は俺の背後にいる。
その表情を直接見ることはできないが、声色でなんとなく伝わるよ。さては泣いてるな。
〈よく言うぜ。猿は俺が気づくとこまで読んでるのに〉
(お前に教えてもらったんだぜ。ネ〇フリもジャ〇プもYoutubeも)
俺は両手を組みながら、フフッと笑った。
〈お前、何でもハマったよな!〉
(バンのトークが上手いのが悪い。あんなの好きになるしかないだろ)
〈うっわ逆ギレ? 言っとくけど俺は全部見させてもらえなかったからな。猿は贅沢もんだぜ〉
(お前はほんと変わんねえな。普通、こういうシチュエーションは、綺麗な言葉を交わすもんだろ)
〈俺は、つまらない言葉が一番きれいだと思ってるから。あ、やべえ。そろそろ術が発動するわ。最後に言いたいことなんかあったっけ。ちょい待って〉
(もっと緊張感出せよ、ったく……なんで……お前はいっつも)
〈おっけおっけ。まとめる。簡潔にまとめる。よし、決めた。めっちゃ簡単に言う。お前はその意図をくみ取ってくれると信じてる〉
(は?)
〈空で待ってる〉
「番家流憑依術・奥義! 滅式! BANG!!」
「吹き飛ばせ、禍火!」
―――小さな霊能力者の右手から放たれた霊力の塊と、禍の神の両手から放たれた負のエネルギーは、この日一つに混ざり合い、大きな音を立てて爆発した。
(次回へ続く!)