コメディ・ライト小説(新)

Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第3章開始★】 ( No.56 )
日時: 2023/09/18 22:54
名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)

 長かった過去編はこれにて終了になります。
 10月は、小説の更新を休載します
(学業がとっっっても忙しい時期なのです。また失踪するかもしれません。ごめんなさい!)
 
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 〈由比side〉

 「――というわけで、俺はお前を助けたんだ。バンを犠牲にして」
 空中に浮きながら、袴姿の男の子は言った。
 幽霊の僕・由比若菜は歩道を歩きつつ、「ふうん」と相槌を打つ。

 幽霊の身体は疲れない。この体質をいかして、僕は町を散策しながら日々を過ごしている。
 会いたい友達がいるんだ。
 笑顔が可愛くて、明るくて、おしゃれな女の子。自分を最期まで信じ、愛してくれた大事な人。飽きっぽいくせに真面目で、正義感が強くて。寝癖をつけたまま登校してしまう、ちょっと抜けたところも魅力的で。

 今だから言えるけど、彼女のことが好きだった。友達としてもだけど、恋愛的な意味でも大好きだった。勇気がなくて、アプローチできなかったけど。
 だけど僕はその子に、たくさん迷惑をかけてしまった。だから謝りたい。謝ることで解決する問題ではないけれど、それでもちゃんと想いを伝えたい。

 しかし僕は方向音痴で、土地勘がない。なので頼れる助っ人である道開きの神様・猿ちゃんにナビをしてもらい、人探しを進めている。
 人が多いから、もしかしたら居るのではとデパートへ向かう道中、彼がふいに過去の話をし始め、今に至る。

「その、正鷹さんはどうなったの? 犠牲って……」
「アイツはあの後、爆発でまたぶっ飛ばされて……禍津日神の身体に吸収された。最初の贄として」

 禍津日神の放った負のエネルギーの球と、正鷹の放ったエネルギー砲がぶつかり、大きな爆発が起こった。俺様と大国主命は発生した爆風に吹っ飛ばされる過程で、一縷の望みをかけてお前らの魂と融合したんだ。魂が実体化してくれることを願ってな。
 正鷹は俺らが逃げられるよう、必死に時間を稼いでくれたけど――。

 猿ちゃんはやり切れないというように、首を振る。
「………そのあとは分からねえ。少なくとも、この世にいないのは確かだ。正鷹は自分の命と引き換えに、お前たちを守ってくれたんだよ。そして、託してくれた」
「託す?」
「お前を守ることをな」

 僕は去年の秋に、学校の屋上から身を投げ命を絶った。
 成績至上主義のお母さんとの二人暮らしが嫌で。世界に適合しない自分が嫌で。何をやっても怒られて、否定されて、頼んでもないのに価値観を押し付けられた。おまけに習い事に行ったら、「勉強しろ」「ちゃんと学べ」「なんでお前はこうなんだ」と言われる始末。
 
 
 自分に何の価値もないと思っていた。自分を助けてくれる人は、いないんだと思ってた。
 でも、そんなことはなかったんだ。
 みんな、僕の為に命を張ってくれた……。僕の幸せのために、自分の未来を預けてくれたんだ。


「――僕は人殺しだ。僕のせいで、いとちゃんも、正鷹さんも……全員……っ」
 足を止め、僕はうつむく。両目から、生暖かい水滴が零れ落ちた。
 ダメだ、もう後悔しないって決めたのに。後悔してばっかりだ。
 パーカーの裾で、乱暴に顔をぬぐう。
 
「全員、僕が殺したようなものじゃんか……。僕が、もっと、もっと強かったら二人はっ」
「由比、おい由比」

 猿ちゃんは、僕の両肩に手を置いた。
 背丈はこっちのほうが高いので、背伸びする形になっちゃった。

「お前は悪くない。お前はあの時辛かったし、苦しかったんだろ。けど、一生懸命耐えてた。誰でもできることじゃない」

 言葉ってすごい。彼のセリフは、冷え切っていた心をじんわりとほぐしていく。おかげで、せっかくぬぐった涙が再び目からあふれる。押し殺そうとしていたものが、嗚咽とともに外に流れていく。
 ああ、体が透明で良かった。路上でわんわん泣いたら、絶対目立っちゃうもん。

「俺は由比が好きだ。優しいお前のことが大好きだ。お前と出会えてよかったって、心から思ってる!」

 彼は僕の身体を、強く強く抱きしめる。体温のない半透明の、この身体を。

「猿ちゃん……」
「生きている時に助けられなくてごめん。沢山我慢させてごめん。こうなるってわかってたのに、何もできなくて、ごめん。俺だって、沢山後悔してる。だけどバンが言ったんだ。空で待ってるって。人々の強さを信じているって」
 
 空で待ってる。
 自分の命が尽きることを、正鷹さんはそう訳したのか。

 人々の強さを信じている、か。
 僕は視線を空に向ける。群青色の空に悠々と浮かぶ白い雲。
 あの向こうに、正鷹さんはいる。今を生きる僕らのことを、遠い位置で見守ってくれている。

「お前が友達を探しているように、俺も友達を探している。もともと俺様はそいつに会うために旅をしてたんだ」、と猿ちゃんは言葉を続ける。「あの胸糞悪い出会いさえなければ」
 

「そいつと合流して、力をつけて、絶対にあの禍野郎を倒す。そんで大声で叫んでやる。『お前が思ってるよりずっと、人間は強いんだぜ』って。『まだ死んでねえ!』ってな!」

「……死んでるよ。幽霊だもん」と僕は言う。
「死んでるのに生きてるって、不思議だね」

 ――お前が思っているより、人間は強いんだぜ。

 僕はいとちゃんと会うまでに、さらに強くならなくてはいけない。ちょっとしたことで泣くようでは、再会した時100%からかわれるからね。
 それに、猿ちゃんと話して気づいた。いとちゃんは、まだこの世界に存在しているんだ。大国主さんの魂と融合したのなら、彼女も自分と同じ状態ってことだ。

 いとちゃんはもう、この世にいないんじゃないか。僕が特殊なだけで、全員が幽霊になるわけじゃない。 ひょっとしたら、彼女とはもう二度と会えないんじゃないか。
 何度そう思ったことか。なんどその思いを否定したことか。

 僕は会えるんだ。まだ、可能性があるんだ。
 
「――ありがとう猿ちゃん。僕、頑張る。正鷹さんの代わりに、猿ちゃんを守れるようになってみせる」
「おう、期待してるぜ。んじゃ、行くか」

 前を歩く友達の背中を、僕は必死に追う。右足を恐る恐る前に出して、拙い足取りで。
 それでも確実に、一歩一歩進んでいく。

 これは疲れた僕ときみの話。
 何もかも失った。だから今度は、すべてを手に入れて見せるよ。

 



 □◆□

 「ヒエ~、そっちの水筒取ってくれん?」

 八畳ほどの広い部屋の隅に設置された木製のベンチに、ボク・夜芽宇月は座っている。
 ここは町のはずれにある、閉店したスポーツセンターの体育館だ。本来は館内立ち入り禁止だが、霊能力者には特別に使用許可が出されていた。

 
 ジャージの裾で汗をぬぐう少年の横に座っているのは、水色の髪をした少年。左耳にはピアス、膝小僧には絆創膏。程よく日焼けした肌も相まって、THE・運動系男子といった出で立ちである。
 コイツはボクの後輩。霊能力者が所属できる『ACE』という討伐チームに、最近加入した新任・ヒヨッコの霊能力者だ。

「自分で取ってよ、宇月センパイ」
 後輩は分かりやすく片眉を下げ、貧乏ゆすりをする。苛立った時に彼が見せる癖だ。

「無理。筋肉痛がきつくて歩けへん。模擬戦100本は頭いかれてる。なんでお前平気なん。こんなんやってたら精神がやられてまう」
「すんません。今テスト期間でストレスたまってんの」
「なんや、本当に運動馬鹿か」
「センパイ、ほんと口悪いよね」


 強くなりたいから、練習に付き合ってほしい。
 そう頼まれ、ボクは仕事終わりに後輩とこの体育館で練習をしている。がしかし、コイツの謎の熱量に対応しきれず、教える側なのに毎回へとへとだ。

「………そいえばセンパイ。オレ、センパイに聞きたいことあるんすよ」
「は? なに? なぜ5歳差の年下に18歳がやられんのかって? 単純にお前が狂ってるからや」
「あー違いますね」





「センパイ、禍の神についてなにか心当たりありませんか?」




 ※過去編完結。→第4章へ続く。