コメディ・ライト小説(新)
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第4章開始!】 ( No.58 )
- 日時: 2023/10/28 19:29
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: F7nC67Td)
10月から本編更新予定でしたが、プロットを書いてたらまたまた書きたい欲が抑えきれなくなってしまいました(確か第2章開始時も同じこと言ったような気がする)。
ということで、ちょっと早いですが始めちゃいます。よろしく!
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〈コマリside〉
ゴールデンウイークが終わった。
溜まっていた宿題も(トキ兄の手助けのおかげで)無事終わった。
私は今、ともえ中学校2年3組の扉の前に立っている。廊下側の窓から流れ込んだそよ風が髪を揺らす。数日間通っていなかっただけなのに、なぜかとても懐かしい気持ちになる。
さてさて。それではさっそく。
「おっはよぉ!」
ガラガラッと、扉を開け、大きな声であいさつをする。
何事もあいさつが大事だからね。落ち込んでいる時も、返事だけは明るくしようって思っているんだ。
何人かの生徒が、「おはよう」と返してくれる。その中には、幼稚園からの幼馴染である杏里と大福(福野大吉だから大福ね)の姿もあった。
「おはよう月森さん。今日も元気だね~」
「委員長!」
扉のすぐそばに立って、黒板けしを掃除していた鈴野さんが、のんびり言う。
肩まで伸びた長い黒髪。鼻先にちょこんと乗せた黒ぶち眼鏡。スカートの丈も、キッチリひざ下。
彼女はこの教室で、実行委員を務めている。私と鈴野さんは同じ図書委員で、毎週水曜日に図書館で本の整理をしているんだ。
「あれ、委員長焼けた? 珍しい」
「そうなの。G県に住んでいる大学生の姉の家に行ったんだけど、そのあと海に連れ出されてね。そんながらじゃないんだけど……」
お姉ちゃんのことを『姉』と呼ぶところが、まさに優等生って感じでカッコいい。
「良かったね。いいなあ、海。私ずっとアパートにいたよ。宿題が終わんなくて」
「言ってくれたら教えてあげたのに。LINEも一応繋がってるでしょう? 家も比較的近いし、良かったらまた一緒に勉強会をやりましょう」
学年首位に教わる勉強かあ。実際彼女に教えてもらったクラスメートの子が、『短時間の勉強会だったけど、要点を抑えて解説してくれて、すっごくわかりやすかった。正直、塾の先生よりわかりやすかった』と絶賛してたっけ。これは期待できそう。
うーんでも、トキ兄の説明もちょっと……いや、かなりわかりやすいんだよなあ。逆憑きの効果で点数は下がるものの、この前の中間テストの数学テストは56点取れたし。
「ありがとう。また考えとくね」
「うん。いつでも待ってるから」
鈴野さんはフフッと上品に笑い、黒板のほうに向きなおった。
「まあ、とりあえず鞄をおろしてきたら? 星原さんと福野くん、ずっと待ってるよ」
あ、そうだね。話は荷物を片付けてからだよね。
教室に入り、自分の席に向かう。
3組は先月席替えをし、出席番号順の並びからランダムな並びに変わったんだけど、どうやら休みの期間に配置が直されたようだ。一番左の列の最後尾だった私の席の位置は、中央列の前から二番目(つまり教卓から一番見える場所)になっていた。
「うっわ。またあそこかぁ……。これじゃ授業サボれないじゃん」
仕方ない。次の席替えまで我慢しよう。
私は机の横のフックにリュックの紐をひっかけ、椅子に腰かける。直後、このタイミングを見計らったかのように、教室の後ろにいた大福が駆け寄ってきた。彼の隣にいた杏里も、嬉しそうに席の近くへ来る。
「おっす月森」「コマちゃんおはよー」
「おはよう二人とも。って、なんでそんなにウキウキしてるの?」
二人は頬を真っ赤に染め、どこかうずうずしている。大福の両手はさっきからブンブンブンブン揺れてるし、大人しい杏里も今日は声のトーンが高い。久しぶりに友達に会えた喜びで、というわけは無さそうだった。
「それがさ。どうやら今日、この組に転校生が来るって噂なんだよ。俺日直でさ。職員室に名簿持っていくとき、偶然聞いてしまって」
「えっ? 転校生? この時期に?」
珍しい。そういうのって普通、始業式の日とか学期の初めと被せるんじゃないっけ。
ゴールデンウイークはある意味、休み明けだけど……。ってことはあの連休中に引っ越してきたのかな。
「それ、男の子なの? 女の子なの?」と聞くと、
「さあ。詳しいことはわかんねえけど、仲間が増えるのは素直に嬉しいよな」
「そうだね」
2年3組の生徒は、男子13人女子13人の計26人だ。他のクラスの人数は30人。隣のクラスの騒めきに比べると、こっちのクラスは静か。時間の進み具合も、周りと比べてゆっくりな気がする。
どんな子が来るんだろう。お友達になれるかな。
私はワクワクしながら、のんびり朝の会の開始時刻まで杏里たちと喋ったのでした。
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キーンコーンカーンコーン。
朝の会の開始を告げるチャイムが鳴り、担任の河合先生が教室に入ってきた。
河合先生は国語担当の若い女の先生で、学年でも人気が高い。
「皆さんおはようございます。朝の会始めるよー。鈴野さん、号令」
「はいっ」
朝の会の司会進行を担当する委員長が、席から立ち上がる。
「きりーつ、礼。着席。お願いします」
「「「お願いしまーす」」」
クラスのみんなは既に大福から転校生の話を聞いており、一様に浮かれている。着席したあとも、隣の席の子とコソコソ話をしたり、チラチラと廊下を確認したり。
私は先生の目の前なので、やりたくてもできない。
「それでは今朝の業務連絡です。1限目はショートホームルームで、課題の提出と係決め。2限の国語の時間は、連休明けの小テストを行います。範囲は中間試験でやった『少年の日の思い出』。長文読解と漢字中心に出題するから、しっかり解くことー」
その後もどんどん話が進み、ついにその時がやってきた。
「じゃ、皆にサプライズです。今日から3組の仲間になる、転校生の紹介です。入ってー」
来たっ。来た来た来た来たっ。
クラスメートの視線が、廊下側の扉へと集中する。
扉がスルスルと横にスライドし、待ちに待った転校生が廊下から教室に入ってきた。
生まれつきかな。ウルフカットに整えられた髪は淡い栗色をしている。学校指定のワイシャツの上に、黒いセーターを着ていて、黒いネクタイを締めている。下に履いているのはスカートではなく、スラックス。身長は150センチ前後で、かなり小柄。
くっきりとした二重まぶたに、ぱっちりとした目元。女の子のようだ。
「女子でズボンなんだ。めっずらしい」
横の席に座る遠山さんが呟く。
確かに。性の多様化を受けて、ズボン・スカートの選択権を導入したともえ中学校だけど、女の子でズボンを履いている子は今までいなかったよね。
「じゃあ、自己紹介宜しくね」
「はい」と女の子が答える。高くてかわいらしい声だった。
転校生ちゃんは先生から渡された白いチョークを右手に持ち、黒板に自分の名前を書き記す。書道の先生かと疑うような、丁寧で正確な筆運び。
番 飛 鳥
「何て読むんだろ」と再び独り言を呟く遠山さん。
「バン? とぶ……」
女の子は私たちのほうに向きなおると、ハキハキとした強い口調で名乗った。
「つがい、あすか、です。よろしくお願いします」
へえ。あの漢字、『つがい』って読むんだ。初見じゃ絶対に読めないや。
古風で素敵な名前、いいなあ。私の場合はお母さんが語感の良さだけで決めちゃったから。
「じゃあ、飛鳥さんの席はあそこね。月森さんの前」
「わかりました」
「月森さん、番さんに色々教えてあげてね」
「は、はい」
(へっ!?)
反射的にうなずいちゃったけど、頭は軽いパニックを起こしていた。
わ、私の前??
あ、そうか。出席番号順だもんね。『つがい』と『つきもり』は同じタ行だし、『つがい』が前だ。
飛鳥ちゃんはスタスタと私の前の席まで行くと、ストンと席に腰かけた。そして、首だけをくるりと後ろに回す。
「よ、よろしくね、飛鳥ちゃん」
慌てて返事をする。
何事もあいさつが大事だからね。落ち込んでいる時も、返事だけは明るく……。
「あなたが月森さん?」
飛鳥ちゃんは値踏みするような目で私を見ると、フフッと妖艶に笑った。
「これからは嫌なこと、起こらないといいね。よろしく」
………? 嫌なことって何だろう。
私、逆憑きのこと誰かに話したっけ………?
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第4章開始!】 ( No.59 )
- 日時: 2024/02/12 06:41
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: M2UOh4Zt)
休憩時間になると、飛鳥ちゃんはすぐに大勢のクラスメートに囲まれた。
「誕生日はいつ?」「兄弟いる?」「好きな教科と嫌いな教科は?」「好きなアーティストは?」。投げかけられる質問に、彼女は一つ一つ真面目に答えてる。
「誕生日は4月1日。エイプリルフール。誕生日に嘘言っても……例えば『1万円欲しい』って言ってもバレねえから結構便利」
「兄弟か。双子の兄がいるよ。うざくて僕は嫌いだけど」
「好きな教科は生物。嫌いな教科は社会。くそ眠くなるから嫌」
「洋楽のバラードが好き。え、知らない? マジか。めっちゃおすすめ」
飛鳥ちゃんは男の子っぽい喋り方をする。カラカラと明朗快活に笑い、今どきの若者言葉もスラスラ話す。かといって表立って目立つ性格ではないみたい。外見・服装・口調。全部を含めて見ても、今まで居なかったタイプの女子って感じ。
私は彼女の後ろの席に突っ伏して、会話を盗み聞きする。
あの輪に入るのは、陰キャの自分には無理そう。まずは会話のきっかけになるような共通項を、やり取りの中から見つけていこう。
こんなやり方で申し訳ない。許してくださいませ。
「えー、飛鳥ちゃんってカッコよ。あとでLINE交換しようよ」
と言ったのはツインテールのギャルっぽい女の子。
クラス女子カーストの上位にいる、高峰さんだ。
「あ、実際は校内に携帯持ってきちゃダメなんだけどさ。ルールとか知らんわって、皆こっそり持ってきてんの。これ、先生には内緒ねっ」
背が高くてスタイルが良くて、何より小顔で可愛い。読者モデルをしていて、週2日ほど学校を中退し、レッスンに行っている。現役バリバリの、芸能人中学生として校内でも人気だ。
くわえて、学級副委員長でもある。副委員長がそんなこと言っていいのかなあ。
「? えっと、あなたは……えっと、高峰、えっと、下の名前なんて読むの?」
高峰さんの名札に視線を移した飛鳥ちゃんが、きょとんと首をかしげる。
「うち、副委員長の高峰静杏。あっは、やっぱ初見じゃ読めんよね。キラキラネーム同士仲良くやろうぜっ」
「僕の漢字、キラキラネームじゃないと思うけど」
「でもさ、サイトで検索したら結構順位低かったんよ。『番』」
「そんなサイトあんの」
すごいなあ。転校初日なのに、もうクラスになじんでる。
ちなみに先生から聞いた話なんだけど。飛鳥ちゃん、実年齢は13歳だそうだ。
じゃあなんで中学2年生のクラスにいるのか。その理由が、めちゃくちゃオドロキなの。
彼女が前通っていた学校は、県内トップレベルの難関中学・律院高校附属中学校。
トキ兄も元・律院高校生。つまり飛鳥ちゃんは私の同居人と同じくらい、とても優秀な生徒なのだ。
しかし私立中学に進学したものの雰囲気が合わず、学校を休みがちになった。そしてこの度、家から近い公立のともえ中学に編入してきたのだ。
私立は公立に比べて授業の進みが早く、もう中1の学習は終わったらしい。そこで彼女は先生と相談して、一つ上の学年―中学2年生のクラスに、飛び級で所属することになったとのこと。
日本で飛び級ってあり得るんだ………。。
前後の席なのに、なぜこんなにも遠いんだろうか。
「ちょっと勉強教えてよ」さえも、言い出しにくい存在だよ。
「飛鳥さんはご自分のことを『僕』って言われるんですね」
と尋ねたのは、委員長の鈴野さん。からかっているわけではなく、純粋な疑問のようだ。
眼鏡のブリッジに右人差し指を添え、位置を直しながら委員長は飛鳥ちゃんと視線を合わした。
「なにアンタ。別にいいだろ、一人称がボクでも俺でもさ」
否定されたと思ったのか、飛鳥ちゃんは語尾を強めた。
机に頬杖を突き、足を組んで、ぞんざいな態度を取る。
「そうだよね。個人の自由だよね」と高峰さんも同調。「鈴野さん、もうちょっと言葉の使い方を気をつけたほうがいいよ。今のはあたしもどうかと思うよ」
飛鳥ちゃんは長いまつ毛の奥の目を光らせながら、棘のある口調で言った。
「それともなに。アンタも前の学校のクラスメートみたいに、痛いとかヤバいとか言って個性を否定するの?」
「す、すみません」
委員長はかぶりを振る。
「嫌な気分にさせてごめんなさい。そうですよね、個人の自由ですよね」
「そんなに謝らなくても大丈夫だよ。僕だって好きでズボン履いているわけじゃないし。色々あって、仕方なく履いているだけだから」
えっ??
私は思わず顔を上げた。
そうなの? ズボンのほうが落ち着くから履いているんじゃないんだ。
じゃあ、なんでわざわざそんな恰好しているんだろう。って、アレコレ検索するのは失礼か。
「本当に、失礼をおかけしました」
「もう気にしてないから。大丈夫だって」
なおもペコペコ頭を下げる委員長を、飛鳥ちゃんは慌ててたしなめる。
相手への気遣いとか所作とか、言葉の使い方がすごく上手い。頭のいい学校へ行くと、そういう礼儀も先生から教えてもらうのだろうか。
キーンコーンカーンコーン。
休憩時間終了を知らせるチャイムが、スピーカーから鳴り響く。
「あ、もう3限始まっちゃう。じゃあLINEはOKってことでいいよね? じゃああとでパスワード教えるよ。2年3組のグルラあるから、番さんもぜひ入って。あ、あとタメでもいいかな?」
「いいよ。好きに呼んで」
一体何を食べたら、高峰さんのようにハキハキした受け答えができるようになるんだろう。
短時間で、自己紹介からLINE交換の約束までの流れを作った副委員長のトーク力に、ただただ感心するよ。
「ねえ。そのLINEって、月森さんも入ってる?」
「「「えっ!?」」」
突然飛鳥ちゃんの口から自分の苗字が発されたので、私・委員長・高峰さんはそろって素っ頓狂な声を上げた。
学級委員の二人は、(なんでここで月森さんの名前が出てくるの?)の「えっ」。私は、(なんでそんなに私にかまうの?)の「えっ」だ。
「月森さんも、やってるよね? あんまり浮上してないけど……」
高峰さんは私に確認を求めようと、話を振った。私は反射的にうなずく。
「や、やってるよ、私。LINE」
放課後はパソコンでゲームをしているから、あんまりスマホは開かないけど、ちゃんとグループには入ってる。夕暮れの森の写真を丸くかたどった、シンプルなアイコンを使ってる。
「え、なに? 番さん、もしかして月森さんに興味あるの?」
「うん。席前後だし、仲良くしてーなって。あと、めっちゃ可愛くね?」
可愛い!? わ、私が?
わ、私と飛鳥ちゃんじゃ月とスッポンだと思うけど。メイクもしてないし、髪も寝癖直しただけのボサボサヘアだし。
あ、もしかしてアクセサリーのこと?トキ兄に貰ったお化け型のヘアピンのことを言ってる?
「か、可愛いってどういうことですか……」
精一杯の勇気を振り絞って聞くと、飛鳥ちゃんは「小動物みたいで」とカラカラ笑う。
うっ。しょ、小動物かあ。マスコット的な可愛さってことですか? なんか舐められてる?
「もしかして月森さん、年の近い兄貴とか姉貴とかいるんじゃない? 妹オーラが出てんぜ。僕も一番下だから、気が合いそうだなって思ったんだ」
「お、お兄ちゃんはいないけど、お兄ちゃん的存在はいる」
もしかして飛鳥ちゃん、エスパーだったりするのかな。それとも勘がものすごく鋭いだけ?
さっき初対面で『嫌なこと起こらないといいね』って言ってたし……。
「ま、似たようなもんだね。僕、マジカルパワーが使えんだ。そんで、その力が教えてくれたの。月森コマリって女の子が、どんな人物なのかってね」
ど、どういうことなんだろう。年相応の厨二病って考えでいいのかな??
転校初日のプレッシャーで、少し頭がおかしくなってるって認識でいいのかな??
(次回に続く!)
- Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第4章開始!】 ( No.60 )
- 日時: 2023/09/28 20:35
- 名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)
Q:さてはあなた、オカルトマニアですね?
A:はい。妖怪幽霊大好きです。
Q:好きな妖怪とかいるんですか?
A:覚。猿の妖怪です。逸話が面白くて好きです
Q:憑きもん!に登場させたい妖怪はいますか?
A:件と雲外鏡は今後出てきます。
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〈――1年前:飛鳥side〉
一年前、私は家族を亡くした。三歳上の兄だった。
正義感が強くて、お調子者で、優しくておしゃべりな自慢の兄だった。
死因はまだ解明していない。死体も見つかっていない。
確かなのは、市内の中学校の中庭に、兄の制服が落ちていたこと。そしてその制服が赤黒い血で染まっていたことだけだ。
番家は霊能力者の家系で、怪異の討伐を家業にしている。
だが霊能力者は、政府非公認の職業だ。『霊能力者の子供が行方不明になりました』と真実を伝えれば、視聴者は訳が分からず唖然とするだろう。
当主である父親は知り合いの記者さんと交渉して、一連の事件を非公表とすることを約束させた。「息子の失踪の原因究明は霊能力者側が行う」って条件を付けてね。
「飛燕、飛鳥。あとはこっちが上手くやっとくから、向こうで遊んで来なさい」
初めは皆、捜査に協力的だった。
そりゃそうだ。番家の長男―最強の術者がいなくなったんだから。
階級関係なく、多くの霊能力者が任務を遂行する傍ら兄を探した。遠見の術を使って地形を調べる人もいたし、あやかしに協力してもらい情報を収集した人もいた。
でも―。調査は、三か月後にぴたりと止んだ。情報がえれなかったからだと言う。
どれだけ時間をかけても、何の成果も得られなかった。なのでもう、正鷹のことは諦めよう。誠に残念だけど。
その言葉を父親から聞いた私は、頭から熱が引くのを感じた。
なにそれ。なんで、終わりにしようとするの。残念って何がなの。なんで今絶望してるの。なんで希望を持たないの。ねえ。
「……なんで、諦めるの」
「――仕方ないんだ」
やり切れないというように首を振る父親。
私は腹の虫がおさまらず、股の下に敷いていた座布団を彼に思いっきり投げつける。
「仕方ないってなによ! お兄ちゃんを勝手に死なせないで! お兄ちゃんはまだ死んでないっ。責任取るって言ったのはお父様でしょ!? 責任者が役目を放棄するなんて絶対ダメよ!」
「落ち着け飛鳥! 父さんの気持ちも少しは考えろ!」
横に座っている双子の兄・飛燕が、私の左腕を掴んだ。
「………皆つらいんだよ。わかんだろ。必死にあがいて、それでも無理だったんだ。感情論だけじゃどうにもならないこともあんだよ」と、三白眼でギロリとこちらを睨む。
「なら有理になるまで努力するしかないでしょう!」
私は飛燕の手をブンッと払いのけ、ドンッと彼を押し倒した。
なによ、あんたも逃げるの。あんたもお兄ちゃんの存在を無かったことにしたいの。
「約束された結末でも、私はハッピーエンドを信じたい。お兄ちゃんを信じたいの。お兄ちゃんは、無意味に命を絶つような人じゃない。絶対、絶対に何か理由があるのよ。……そうしなければならなかった理由が」
「どっちだよお前。生きてるって肯定してえのか、死んでるって否定してえのか。どっちかにしろよ! なあ!」と声を荒げる飛燕。
「正解は片方しかないんだからさあ!」と、自分に言い聞かせるように叫ぶ。
「正解がないから、迷ってるの。そんなことも分かんないの? 飛燕っていっつもそう。私が何が言ったら決まって反論して! 本当は私と同じ気持ちなのに、いっつも環境のせいにして自分の気持ちを押し殺す!」
私知ってる。
お兄ちゃんに『家のこと好きか?』って聞かれた時、愛想笑いしながら『好きです』と返したこと。使用人さんの下駄を、この前こっそり盗んだこと。図書館から借りる本が、家族の日常や絆を描いたものばっかりってこと。
「………私は自分の気持ちから逃げない。皆が無理だって言うなら自分一人でやるわ。自力で事件の真相を暴いて見せる」
お兄ちゃんは逃げなかった。どんなに辛い任務があっても、決して仕事をサボらなかった。弱音を吐くことは何回かあった。でも決して泣かなかった。いつも「大丈夫だよ」って、歯を見せて笑ってくれた。
『お前らがいるから頑張れてるよ』って。
『いつもありがとうな』って、目を見て言ってくれた。
自分が一番しんどいはずなのに、お腹を空かせる妹と弟の為に毎日欠かさず料理を作ってくれた。誕生日プレゼントは、全部自分のお小遣いから出してくれていた。私たちのことを常に想ってくれていた。
だから次は、私の番だ。今度は私が、お兄ちゃんを助けるんだ。
周りが味方をしてくれなくても別にいい。無理だ、綺麗ごとだと笑われても構わない。私は自分が正しいと思ったことをするまでだ。自分には何もできないとは、思いたくないのだ。
私は大広間のふすまをピシャッと開け放つと、そそくさと自室に向かった。
言いたいことは全て言った。これが私のすべてだ。このまま進み続けてやる。
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「お、お前どうしたその髪。あとその服装」
夕食を取ろうと一階に戻ってきた私を見て、飛燕は目を丸くした。
冷蔵庫の扉を開けたまま、数秒身体を硬直させる。右手に握られているのは先日買い替えた醤油さしだ。
長く伸ばしていた私の髪は、今ではバッサリ、ショートカット。服装は黒いシャツにカーキ色のズボン。愛着していたドレスなどの服は全てクローゼットに閉まった。もう着ることはないだろう。
飛燕は食卓の上に醤油を置くと、再びコチラをまじまじと見つめる。その後、自分の手をそっと私の頭へと伸ばしてきた。指先に妹の髪を巻き付け、物珍しそうにいじる。
「……自分でやったの? あのロリータファッションも、もういいの? こんなに短くしたら、もうヘアアレンジできないよ。お前、可愛いの好きだろ」
「いい。強くなりたいから。しばらくは要らない」
私はキッパリと言い切る。
守ってくれる人がいない以上、自力で強くなるしかないのだ。もう、誰かに守ってもらう年齢ではない。自分のことは自分が一番よく知ってる。
飛燕はハアとため息をつき、頭をわしゃわしゃと手で掻いた。ぶすっとした表情で。
「………わかった。そこまで言うなら俺も協力する」
「――え?」
「わかったら返事してよ。独り言みたいじゃん」
い、いいの? 乗り気じゃなかったのに。
疑惑の念を込めて兄の表情を伺う。何かを我慢するように、彼の唇はきつく結ばれていた。
「決志の為に髪切るとか、どんだけだよ。お前はジブリのヒロインか」
「なんだよそのたとえw」
「渾身のギャグを笑うな馬鹿」
飛燕は呆れながら、フライパンで焼いた目玉焼きをお皿に盛りつけたのだった。
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〈現在:飛鳥side〉
中学校の二階・女子トイレの個室で、僕はズボンのポケットに隠しておいた携帯を取り出し、耳に当てた。
「ご協力ありがとうございます。宇月先輩。おかげで無事、月森さんに接触できましたよ」
『……悪者みたく扱うんは別にええけど。ボクかて人伝で聞いただけやから、そない期待はせんでな。あと人が仕事してる時に電話かけんといてくれます? こっちも忙しいねん』
「コマリさんは逆憑きということですが、先輩は兄の死に彼女がかかわってると思ってるんですか?」
『いいや。それは何とも言えん。ただあの子の周りでは何かと奇妙なことが起こる。妖怪や幽霊もわんさか寄ってくる。君の立ち回りを考えての判断や。どうするかは任せるわ』
「それは失礼しました。でもびっくりですよ。まさか先輩から、兄に対する情報が聞けるなんて。こんなことありえますか。情報を集めてくれた飛燕には感謝しかありません」
『あいつ、やり方が汚すぎる。クタクタに疲れさせてから問い詰めるなんて性格が悪い。まあ、せやな。ボクも人から頼まれとんねや、その事件について調査してーってな。だから力になれることがあるなら何でもするで。ま、お互いの目的はちゃうけどな』
「僕は兄の仇を打つために、禍の神の居場所を知りたい」
「ボクは知り合いの友達を探すために、事件の詳細が知りたい」
「『月森コマリの存在は、双方とって重要な鍵になる』」
(次回に続く!)