コメディ・ライト小説(新)

Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【第4章開始!】 ( No.61 )
日時: 2023/12/05 09:09
名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: F7nC67Td)

 〈宇月side >>56の続きから コマリsideと同時刻〉

 黒女くろめ市立体育館は、市街地のはずれにある県立体育館である。築50年。剥がれた塗装や、窓ガラスに貼られたガムテープが建物の劣化を物語っている。昔は多くの市民が訪れたようだが、現在館内に居る人間は二人のみ。体育館前の道路は歩行者はおろか、車も通っていない。

 体育館は二階建て。一階はバスケットボールのコート、二階は室内プールとなっている。
 少子高齢化による利用者激減を受けて、この体育館は数年前に使用禁止になった。建物自体が古いので、遊ぶとケガをするかもしれない。無くなるのは嫌だけど、安全が一番大事だ。当時の館長はそう考え、建物の撤去を求めたらしい。

 しかし、とある理由で工事は中断。よって建物はまだ、この閑静とした農村の中にある。
 現在一階はトラテープで封鎖。プールの水は全て抜かれ、代わりに何の品種かもわからない植物の葉が底に溜まった。取り壊しを事業者に相談した年以来、何と一度も掃除されていない。


「やから、住民さんは皆汚い言うて、近う寄れんのやって。小学校低学年の子は、興味方位でたまに来るけど、怖なって途中で帰りはるって」
「へえー。確かにジメジメしてますね。センパイの心みたいだ」
 
 さて、ボクこと夜芽宇月は先ほど、黒女体育館が使用禁止だと言った。それなのに、後輩を連れて堂々と体育館のベンチに座っている。
 なんなら数分前、倉庫から取ってきたバスケットボールをゴールの中に放り込んだ。そのあと後輩がダンクしようとして、思いっきり頭をぶつけてきた。

 ベンチの隣に座り、首にかけたタオルで汗を拭いている水色髪の少年が、ボクにぶつかってきた後輩だ。名前は番飛燕つがいひえん。ボクと同じ怪異討伐組織に所属する、新人の霊能力者。

 怪異討伐組織・ACEは、都内の霊能力者およそ1000人が所属している、霊能力の教育機関だ。
 霊能力者は単独での任務が基本だが、ひとりで怪異を討伐するには訓練が必要だ。小学生から高校生までの術師は一人前になるまで、この組織に入って技を磨く。組織を出た人間も、希望書を出せば再所属することができ、その場合は講師として後輩の指導につく。

 地元である京都にもACEの支部はあったけど、ボクは一度もACEに入ったことがない。
 というのもボクの扱う〈操心術〉は霊能力者の間で嫌悪されている能力だ。くわえてその術を使う少年は、意地が悪いことで有名だった。
 よって、面接どころか招待のチラシさえ回ってこなかったのだ。自業自得なんやけど。

 昔のボクは「集団行動なんか知らん。嫌いたいなら嫌ってください。ボクもお前らのこと嫌いなんで」と一匹狼を気取っていた。その名残か、今も多少、人付き合いの面で苦労している。
 前と違うことは、そんな自分を認められなくなったことだ。このまま進んでいったら、ろくな大人にならへんなと急に実感した。遅すぎやろ。
 ということで心機一転、自分にも他人にも優しい術使いとして更生するため、講師という形で再スタートを切ったのだ。

 それなのに、まさかこんなことになるとは。
 ボクはぷっくりと腫れあがった額のタンコブを手でさすり、大声で怒鳴る。

「~~ッ。お前が身長低いのにダンクシュートしようとするからやアホ! あんなん、勢い余って倒れるにきまっとるやん。見てコレ。こんなに赤なって! ゴツン言うたで。ゴツンて」

「いや、ゴツンじゃなくて、ゴッッッッでしょ」
「余計あかんやんけ! ほんまええ加減にせえよ。普通の18歳はな、模擬戦100本終わった後に質問攻めに合うたら瀕死になんのや。なのにお前は気にせんとウッキウキでバスケを勧めた。狂ってるでほんま。もう辞めたろか。教えるの、もう辞めたろか!!」
 
「うわガチギレかよ。こわ」
「ちょっとは反省しろやこのクソガキッッ! マジで辞めたるからな! 辞表出すでほんまに!」
「うわ、ごめんって、ごめんなさい! 腕を振りあげないで怖いっ。175㎝に見下ろされんのマジで怖いから。悪かったからああああ」

 彼―飛燕は霊能力者全体を取り締まってきた御三家の人間だ。年齢差や経験値の違いはあれど、実力はボクと変わらない。ほぼ互角だ。小柄な体格の彼から繰り出される技の威力はすさまじく、また動体視力や危機察知能力の数値も極めて高い。


『うちの息子を宜しくお願いする』と番家の親父さん―当主さんに頭を下げられたときはめっちゃくちゃビビった。

 指導係を担当することになったボクは、先月飛燕の家に挨拶に行った。飛燕のお父さんは柿色の着物を身にまとった大柄な男性だった。眉がシュッとしてて、凛々しくて、厳格そうな性格の。
 軽口とか叩いてもいいんですかねとおずおずと尋ねたボクに、親父さんは言った。

『お前の執拗さを見込んで頼んでいるのだ。バシバシ鍛えてやってくれ』
 うわんボクの悪評、御三家にまで届いてますやん。喜んでいいのコレ。ダメだよね。
 が、頑張ろ。良い噂を立ててもらえるように頑張ろ。
 
「はぁー。それで、教えた情報はアレでええの?」
 ボクはタオルをリュックの中にしまうと、うーんと両手を伸ばす。
「ああ、あの禍の神の話ですか」と飛燕は顎に手を当てると、「OKっす。十分すぎます」とニカッと笑った。

「てかヒエ、どこから禍津日神の話を知ったん? 普通に調べても、そんなの出てこんやろ。禍の神の文献を読んでも、それが兄の死に関わってるなんて誰が知るん。それこそボクみたいに当事者から聞かんことには何もわからんで」

 桃根ちゃんの過去話から始まった、霊能力者失踪事件。なんだか、どんどん深い話になって来たな。桃根ちゃんとユイくんが死んで、 二人を狙って悪い神様が暴れて。それを止めようと、道開きの神様と契約してた番家の長男が命かけて。いい神様は人間の霊魂と合体して。そんで今、女の子の方はボクのすぐそばにいる……。うわ頭痛なってきた。

「あー。言ってませんでしたっけ。そうっすね、さっきの模擬戦も受け身の練習でしたもんね」
 ヒエは首の後ろを手で掻きながら、ぼそぼそと続けた。

「番家の子供はそれぞれ、皆使う能力の系統が違うんです。兄ちゃんは〈憑依系〉。妹はセンパイと同じ〈操術系〉。俺は〈使役系〉を使います」

 使役系術士は、あやかしや霊と契約を結び、友に戦闘する能力者だ。一度交わした契約は術士が死ぬまで消えない。使役する怪異とは常に従属関係を持つ。使役対象は犬や猫、狐などの低級霊から、高位の妖怪まで多岐にわたる。

「へえ。使役系か。どんな怪異と契約しとるん? そうやなあ、ボクがこれまで会うてきた人は、猫・猫・猫・猫……あかん猫ばっかりや」
「一番付き合いの長いのは雲外鏡のじいちゃんっすね」
「う、うんがいきょう!?」

 雲外鏡は、未来を予知できる鏡の妖怪だ。付喪神つくもがみと同じで、鏡に取りついた霊がそのまま雲外鏡になったとされている。
 ボクが驚いた理由。雲外鏡は妖怪カースト上位に君臨する高貴な妖怪だからだ。いくら御三家の次男といえど、そう簡単に契約できる相手ではない。

「はい、そうです。3歳の時―まだ術のコントロールもできなかった時期に、誤って契約してしまいまして。彼に頼んで、予知をしてもらいました。だいぶ老いぼれてるんで、1日1予知しかできないんすけどね。あはは」

 いやいや、「あはは」で終わらせんといてくれます? ツッコミが追い付かんから。
 誤って契約した……? 3歳で? ボクだって術の発現は小学校入ってからだったのに?
 正鷹さんといい飛燕といい、御三家ってやっぱエリートなんやな。

 じ、自分なんかが気軽に教えてええんかなあ……? 心配になってきたわ。
 あー、やば。頭がさらに痛くなってきた。あとでコンビニ行って頭痛薬を買おう。

 


 

 


 
 

Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【15話更新しました!】 ( No.62 )
日時: 2023/10/11 08:01
名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: viErlMEE)

 〈コマリの登校日の翌日、美祢side〉

 ヴ―ッヴ―ッというスマホのアラーム音で目が覚めた。
 携帯の画面を開く。ホーム画面には、〈6:30〉の文字。朝だ。
 俺はまぶたをこすりながら、もぞもぞと布団から這い上がった。

「ふわぁぁぁ」
とあくびをかます。
 
 高校を中退し、バイトも習い事もしていない俺。日中にやることといえば、家事や読書やゲーム。たまに外出もするが、モールに行って貯めていた小遣いを崩して服を買う程度。
 しかし今日は珍しく朝に用事があった。外出の用事だ。早めに朝食を作り置きしなければ。

 俺は自分の布団・シーツ・枕をまとめて腕に抱え、奥にある脱衣所にそれらを運ぼうとし。
 ふと足を止めた。

 左横の布団で、同居人であるコマリが寝ている。すうすうと穏やかな寝息を立てていた。本来ならばもう起きる時間だけど、残念ながら俺は優しい人間ではない。

 夢でも見ているのか、時々「うみゃぁ、おかーさん、お団子そんなに食べるとパンダになるよお」と訳の分からない呟きが耳に飛び込んでくる。なぜ団子を食べるとパンダになるのか全く分からない。生地の中に特殊な薬が混合されているんだろうか。怖いな。

「……幸せそうな顔しやがって。つーか寝相ヤバすぎだろ」

 コマリは両手をダラーッと上に持ち上げ、股を開くと言った誠におかしな体制をとっている。
 世間一般の女子の寝相がどうなのかは知らないが、流石にこれはダメだ。流石の俺でも擁護できん。こいつは、女子が本来持っている何かをお腹の中に落としてきたのかもしれない。

 脱衣所に向かった俺は、ドラム式洗濯機の中に洗濯物を放り込んだ。そして、外に誰もいないことを確認してから扉を閉め、そそくさと着替えを始める。

 うちのアパートは、ひとつの階に五つの部屋がある。部屋は全て1LⅮK。リビング・ダイニング・キッチンがキュッと、一つの部屋に詰め込まれている。子供部屋などない。当たり前だが脱衣所はワンルームに一つだ。

 すると何が起こるか。注意を怠ると、同居人に着替えを見られる可能性がある。

 しかもアイツの寝起きはひどい。脳が上手く働いていない状態で朝の準備を始める。「いただきます」すら満足に言えず、一昨日は「食うべからず頬張ります」と食べるのか食べないのかどっちなんだよ、という謎の言語を発していた。後にこの言語はコマリ語と名付けられる。

『トキ兄ー? トキ兄はお醤油、ご飯にふりかけたほうが好きだっけ』
『ふりかけは30回降ってから箸でまぜるとおいしいよ』
『今日の7時間目は放課後だよー』

 なので時常美祢は毎朝、同居人が起きるまでの約三十分の間に準備をすます。
 なんで忙しい朝にタイムアタックしないといけないんだよ。

 脱衣所の床に設置している籠の中からTシャツとズボンを出して大急ぎで着替え、寝間着は洗濯機へin。洗剤を入れて、洗濯機のスイッチオン。そのあとすぐに台所へ向かい、冷蔵庫の中から冷凍ご飯と味噌玉(みそ汁の具をラップで丸めたもの)を取り出す。ご飯は電子レンジであっためてから茶碗に盛る。味噌汁も同様。ふりかけをかけて納豆を添えてお盆にのせて。

 ここまでに使った時間はおよそ十五分。はぁ、はぁ。今日も何とかなった。
 後はメモ帳に出かける趣旨を書いて、机の上に置いとけばいかな。

「ふわああ、あ、おはようございまふ美祢さん」

 声のしたほうを見やると、同居人ナンバー2である浮遊霊の少女・桃根こいとが宙に浮いていた。 
 抱き枕として使っているのだろうか。大きなクマの人形をもっている。服装は桃色の可愛らしいルームウェア。頭にはナイトキャップ。トレードマークである二つ結びの髪は降ろされて、肩口に垂れている。

「おはよ。お前、いつもどこで寝てるの? てか、いつ入ってきた」
「ふふーん。美祢さん、幽霊に扉を開けるという概念はありませんよ。壁も窓も床も、するするーってすり抜けるんですから。……私こいとちゃん、今あなたの後ろにいるの……」

 怖い顔で凄んで来たところ悪いけど、早朝なので全く怖く感じないぞ。

「驚かすんだったら服装から整えるんだな」
「ちぇっ。少しは乗ってくださいよお」

 こいとは最近、アパートに来なくなった。来るとしても一週間に一、二回といったペースだ。話し相手がいなくなったコマリは毎日のように俺に彼女の居場所を尋ねてくるが、こちらも何も知らされていない。だから答えられない。

 こいとはブスッとむくれながらも、素直に質問に答えてくれた。
「どこで寝てるか? 知り合いのところです。仲いい人がいて、その人に身の回りのお世話をしてもらってるんですよ。ご飯作ってもらったり、寝る場所与えてもらったりね」

「そいつ、男?」

 なんとなく気になって聞くと、幽霊の女の子は「だったらなんだって言うんですか」と不服そうにくちびるを尖らせる。
 肯定した。へえ、コイツ男と一緒に寝てるんだ、と内心驚く。

 そうだ。この調子で更に情報を引き出してみるか。
 隠し事されるの嫌いだし。経験上こういうのを放っておくとろくな目に合わない。アパートに来れない理由を教えてもらえれば、コマリも安心するだろうし。
 幸い出かけるまでの時間も、たっぷりある。

 俺は寝癖でくしゃくしゃになった髪を手櫛でとかしながら、冷静に聞こえるように出来るだけ意識して口火を切った。
 
 
「つまり年上か。年の近い子―例えば前に言っていた幽霊友達なら、知り合いではなく『あの子』とか『友達』って言葉を使うのが普通だ。それなのにお前は敢えて『知り合い』といった」

「なっ」

 こいとは、痛いところを突かれたような顔になり、口元を手で覆った。
 なるほど図星か。俺の推理は的外れじゃなかったってことだな。よしよし。
 さて、年上の男で幽霊友達じゃないとすると、人物はかなり絞られてくる。

「ここで仮説その一。つまりお前と相手の心の距離はあまり近くない。だが、知り合いと呼ぶくらいなら何かしら接点がある人物だ」
「……」

「仮説その二。そいつは俺とコマリがよく知っている人物だ。なぜか。こいと、お前は俺らに行き先を公表していない。『知り合いの○○さん』と伝えることもできるのに、それをしなかった。つまり名前を明かす行為はお前にとってハードルが高いということ。俺らに『なぜアイツとつるむのか』と問い詰められるのが怖いから」

 俺が左手の指を一本ずつ立てる度、こいとの表情は暗く沈んでいく。

「仮説その三。相手は霊感がある人物。浮遊霊に飯をやったり家の場所を教えたりできる人間は、霊が視えなきゃいけない。そして、この三つの情報を照らし合わせると、条件の合うやつは一人しかいない」

 初対面で俺とコマリに術をかけ、疑似恋愛をさせて反応を楽しんでいた薄汚い人間。
 プライドが高くて気取ってて、飄々としていて、つかみどころがない猫みたいな人間。
 昔から顔を突き合わせるたびに喧嘩ばっかりしていた人間。
 才能があって傲慢で、俺がずっと憧れていた大っ嫌いな人間。

 なんでお前、あんなやつと協力してるんだ。
 なんで今まで黙ってたんだ。
 お前らは俺たちに隠れて、何をやろうとしてる?


「お前の協力者は宇月だ。お前は幽霊友達に会いに行くって嘘ついて、隠れて宇月と会っていた」
 こいとは反論しなかった。ただ忌々し気に俺を見上げ、軽くうなずいた。

「いずればれるだろうなとは思ってたけど、まさかあなたに暴かれるとはね」
 幽霊の少女は、悲しいような嬉しいような、複雑な顔で笑ったのだった。

(次回に続く!)
 
 

Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【15話更新しました!】 ( No.63 )
日時: 2023/10/25 20:18
名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: F7nC67Td)

 
 〈翌日、美祢side〉

「どういうことだよお前!」
 郊外にあるビルの一階、受付の前で俺は声を荒げた。
「全部聞いたぞ! 隠そうとしても遅いからな!」

 視線の先には、「は?」と目を白黒させている宇月がいる。彼の今日の服装は無地のTシャツに長ズボン。いつも長い白衣を着ているので、ラフな格好は珍しい。
 
 何事かと目を見張るカウンターのお姉さんに頭を下げた宇月は、「あんなあ」と眉を寄せた。
「何に対して怒っとるんか知らんけど、まあ落ち着きぃや。ここロビーやぞ。あと、これから面接やぞ!?」

 ----------------------
 
 俺が今いる場所は、霊能力者の教育機関である〈ACE〉の事務所だ。
 こちらの建物、表向きは廃ビルとなっている。外にある看板に〈旧黒女市ダンススクール〉とあるが、これはカムフラージュ用だ。ビルの周りには強力な結界が張られている。
 能力を持たない民間人の立ち入りを防止しているらしい。

 何故俺がこんなところにいるのかというと。
 先日、いとこである宇月に言われたのだ。「好待遇のバイトがあるんやけど、やらん?」って。

 時給10000円~。半日勤務可能、シフト要相談。昼食つき。
 仕事はちょっとキツイが、優しい人が多く、働くには絶好の場所とのこと。

 16歳、高校中退。アパート生活。親の経営するアパートなので家賃はタダ、光熱費や水道代は親からの仕送り。同居人は中学生女子(+幽霊)。
 
 俺は部屋主として、同居人たちの食費と生活費を自力で稼がなければならない。
 バイトの文字が脳裏をチラつくことは、今までに何回かあった。
 頼れる大人はいない(一人いるがウザくて無理)。家族に幽霊が、逆憑きがなんて言ったら頭の病気を疑われる(一人だけ信じてくれる奴がいるがウザくて……以下略)。

 バイトしなきゃなあと思いながらも、なかなか実行に移せないでいたのだ。
 実は、俺はバイト未経験者ではない。高1の初め、一か月だけ本屋のバイトをしていた。しかし、先輩—バイトリーダーと気が合わず、直ぐに辞めてしまった。

 『好待遇のバイトには絶対裏がある。前バイトしてたとこも同じやり口だった。フラットな職場って書いてあったのに、陰で社員のいじめが起こってたから』
 『大丈夫やって。ボクが勤めてるとこやし。知人紹介で色んな特典もつくから』

  特典という特別感あふれる単語に軽く流されそうになる。
  って、お前が働いているところかよ!? やっぱり裏があるじゃねえか。

  俺はスマホを耳から離し、通話終了ボタンを押そうとして。
  画面の向こうから聞こえてきた声に、手を止めた。
 
 『宇月だから嫌いとか、宇月だからウザいとか。いい加減哀しくなるわ。……まあ、それだけボクが人様に迷惑かけたってことなんやけどさ』

 微かだが、すすり泣きのような音も混じっている。
 俺のいとこは演技が上手いが、演技にしては声量が小さいような気がした。何かを演じるとき、人は無意識に声を張り上げ、大げさな態度をとる。しかし彼の言葉は一貫して同じトーン。

 『なあ美祢。少しだけで良いから、手伝いに来らん? 報酬はずむで。 コマリちゃんのボディーガードすんの、大変やろ。受け身とか、簡単な護身術くらいなら、ボクも教えられるから――』
 宇月はスウッと息を吐き、さっきよりも強い口調で言う。

『償わせてほしいんや。今までやってきたこと謝る。お前に言うたこと全部撤回する。やから、ボクのこと苦手でええから、せめて嫌わんどってくれへん?』

 俺は、思わず口をぽっかり開けてしまった。あまりにも突飛な発言だったから。
 何だお前。苦手以上嫌い未満? なんだそりゃ。

 だってお前は昔から、事あるごとに誰かを見下してた。人の失態をネタにして、自分の失態は隠して。上手く立ち回って、巧みな言葉で人をだまして、味方につけて。
 夜芽宇月はそうやって生きてきたんだろ? 全部自分で決めたんだろ? なんでそんな、泣きそうな声を出すんだよ。なんで被害者気取りなんだよ。

 ……そこまで考えて、ハッとする。
 もしかしたら、俺が宇月の首を絞めていたんじゃないか? 
 宇月は変わろうとしていた。変わりたいと願っていた。なのに、俺が「嫌い」とか「無理」とか言ったから。突き離してしまったから、彼は勘違いしたのではないだろうか。
 
 ――自分は、嫌われて当然の人間なんだって。
 ――変わる権利すらないんだって。

 会うたびに指をさされる。考えを否定される。本当のことを話したのに嘘つき扱いされる。
 俺はこれまで、宇月の話を真剣に聞いたことがあっただろうか。
 彼に笑い返したことがあっただろうか。

『しゃーない。嫌なもんを無理やり押し付けるのはあかんしな。んじゃ切るわ。おやす――』
『面接の時間と日程は?』

 いとこのセリフに被せて俺は言った。
 何をするにしても、まずは自分から動かないと。
 稼ぐ稼がないは置いといて、とりあえず、見学だけ行ってみよう。そこで職場の雰囲気や、作業環境を確認しよう。


 そう思ってたのに。


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「なんで言ってくれなかったんだよ!」

 人目を避けるべく。俺は宇月と一緒に一旦建物を出、裏へと回った。
 ビルの裏にある駐輪場のトタンの壁に、いとこの身体を思いっきり押し付ける。ガシャンッと大きな音が響いた。

「なんでこいとのこと、俺に教えてくれなかったんだよ! なんでもかんでも、一人で決めようとすんなよっ、馬鹿野郎!」

 俺は今朝、こいとに持っている情報を一つ残らず吐露してもらった。なぜ彼女がコマリに近づいたのか、なぜ神様の力を持っているのか、過去に何があったのか、なぜ宇月と協力しているのか。

 こいとは最初淡々とした口調で話していたけど、当時のことを思い出したのか急にしゃっくり上げ、話が終わる頃には赤い顔で洟をすすっていた。
 俺はその後、「助けたかっただけなんですぅぅぅぅぅ」「叱らないで……怒らないで……」と頭を下げる幽霊の少女の身体を、そっと抱きしめた。冷たかった。体温がないから、冷たかったよ。

「俺がお前を嫌いな理由、教えてやろうか。めんどくせーからだよ!」
 俺は、宇月の両腕を掴む手のひらにグッと力を籠める。宇月は「ぐえッ」と呻いた。

「本当は構ってもらいたいくせに、ひとりになろうとする! 痛いときに痛いって言えない! 寂しいときに寂しいって言えない! だから自分をひたすらに強く見せようとする。平気で噓をつく。平気で愛想笑いする。全然平気じゃないのに、平気なふりをする。孤独と不安が自分を強くさせると勘違いしてる。そういうところだよ! そういうところが嫌いだ!」

「うっさいわ!」
 突然、宇月が叫んだ。俺の拘束を振り払い、思いっきり右足を振り上げる。
 厚底ブーツのスパイクが、俺の腹にめりこんだ。

「ボクのこと見んかったくせに! ボクのこと嫌いだったくせに! お前に何がわかるん、お前が何を知るん。頭悪い性格悪い能力汚い。そんなん、自分をだまして生きるしかないやろ! 成績優秀・真面目・素直なお前に何がわかるん! なあ!」


 (次回に続く!)
 
 

 



Re: 憑きもん!~こんな日常疲れます~【最新話更新しました!】 ( No.64 )
日時: 2023/12/05 09:22
名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: F7nC67Td)

 Q.なんでそんなに更新が遅いのですか?
 A.別サイトの小説執筆と掛け持ちしているからです。スミマセン。

 Q.美祢と宇月はよく喧嘩しますが、喧嘩ップルなんですか?
 A.喧嘩ップルですね。お互いツンデレのツンが強く意固地ですが、リスペクトしあっています。
 ただ、『大好きだよ』と言うのが恥ずかしいだけなんです。デレる方法を知らないんです。

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 〈宇月side〉

 ボクは、自分のことが大嫌いだ。小学校の時からずっと嫌いだ。
 普通に会話をしているつもりでも、気づけば誰かを泣かせていて。謝ろうとしたら、また深く抉ってしまって。呆れられて、怖がられて、見放されて。ごめんなさい、を許してもらえなくて。

 家に帰ったら怪異払いの仕事。
 人と怪異の心を操り、主導権を奪い、一匹また一匹と倒していく。無心で祓う。ちょっと笑う。
 無理やり、笑顔を張り付ける。アンタは街の平和を守るカッコいいヒーローなのだと、自分に言い聞かせる。だから笑え、泣くな。
 
 『お前はもう、何もしゃべるな』と、父ちゃんに言われたことがあった。
 『そんな子に産んだつもりはない』と母ちゃんに言われたことがあった。

 中学生くらいから、家族内でも評判が下がっていった。
 明るかった母親は、一緒に食事を取らなくなった。父親は、あからさまにボクを拒絶した。
 両親とは元からあまり話さなかったが、流石にこれは堪えた。

 そして、思ったのだ。遠いところに行きたい。この場所から逃げ出したい。
 ボクなんか、いないほうがいいやろって。
 その一心で、家を抜け出した。高校も大学も、寮つきの学校を選んだ。やけくそだった。大学在学中に、家族からメールが送られてきたが全部未読無視した。内容を見るのが怖かった。

 『ばぁちゃぁぁぁぁぁぁん!!!』
 小学校の時、クラスの女の子が転校した。夜芽宇月の揶揄いに耐え切れんくなって。
 彼女が転校することを知った日の夜、ボクは逃げるように家に帰って、キッチンで洗い物をしていた祖母の腰にしがみついた。

 『ばあちゃん、そのハサミ、ボクに貸してぇや! なあ!』
 ばあちゃんは、キッチンバサミで昆布を切っていた。味噌汁の出汁の準備中で。
 『どしたん宇月。えらい慌てて』
 目を丸くする祖母に、ボクは何の説明もなしに、こう叫んでしまった。
 『それ使ったら楽になるんやろ!?』って。

 ばあちゃんは更に目を丸くした。
 ボクは彼女に全てを話した。人をいじめてしまったこと。人を悲しませてしまったこと。今回だけではなく、毎日誰かを泣かせていること。改善しようとしているけど、なかなか上手くできないこと。周りと違う自分が大嫌いだということ。

 『もう無理や。ボクもう無理や。悪人になってもうたぁぁぁ! もう全部真っ黒や』
 ばあちゃんは、暫く何も言わなかった。喚く孫の頭を、ゆっくり撫でるだけだった。何かを発しようとして、すぐに口を閉じてしまう。どう返答していいか、困っているようだった。

 何分、経っただろうか。
『アンタは、私の光や』
 しわがれた、聞きなれた声が頭上から降って来た。
 そっと顔を上げる。ばあちゃんはキュッと目を細め、静かに笑う。

『……ちゃう。だってボクはっ、全然っ』
『せやなあ。アンタは小っちゃい頃から問題児やったからなあ』

 家のコンセントは勝手に抜くし。野良猫は手で追い払うし。母親と父親にアッカンべして、良く怒られとったな。いとこの美祢にも、ちょっかいかけとったやろ。今もか。先生にもしょっちゅう呼び出されとったし、成績表のコメントも毎回悪い文章ばっかやったな。

『――気にしてもらいたかったんやろ』
 不意に、ばあちゃんが言った。丸眼鏡の奥の瞳を光らせながら、ゆっくりと告げる。
『注意を引いたら、みんな寄ってくるからな。寂しさが紛れてええよなあ』

 寂しいと思うことは、ダサいと思っていた。悲しいと泣くことは、ダメだと思っていた。
 これまで沢山人に迷惑をかけてきた。自分より、相手が泣いた数の方が圧倒的に多い。
 だから、ボクが弱音を吐くのは違う気がした。言う権利なんて、ない気がしたんや。

『………せきにん、とらんといけん、気がして』
 つっかえながら、ボクは説明する。ばあちゃんの前でだけ、素直になれた。
『人を泣かせたやつが、シクシク泣いとったら、感じ悪いやろ? 「悪かった、友達になろう」って言っても怖がられるやろ。……笑ったら、裏があるってなるやろ。泣いたら、演技やってなるやろ。やから、ずーっと、悪い奴でおった方がええんじゃないかって、その。でも、寂しくて、その』

 
 誰にも言えなかった。演技って思わんどいてって、言えんかった。
 コロコロ表情を変えてしまうのは、迷っているからだって、言えなかった。
 
『宇月。大丈夫。周りの子は、アンタのことなんてこれっぽちも考えてない』
 言いたいことは分かるけど、それはそれで悲しいな。
 ボクはススンと洟をすすって、「ぼっちやな」と少し強い口調で返した。
 
 ばあちゃんは「せやな。みーんな、ひとりぼっちや」とカラカラ笑う。
『やから、もしアンタのことを知りたいって人が現れたら。それは自分が愛されてる証拠なんや』

 宇月は、悪い子やと私も思うで。愛してくれた人の気持ちを、踏みにじっとんのやからな。
 素直になったらあかんとか、泣いたらあかんとか、思わんでええから。人様泣かした分以上の幸せを、見つけなさい。

 これは、二人だけの約束。つらいときは思い出してな。
 
  ----------------------
 
 「――痛ってえなぁ!」
  蹴られた腹をさすりながら、美祢が起き上がった。Tシャツの胸元は、泥で茶色くなっている。
  いとこの少年は口に入った砂をぺッと吐き出し、その視線をこちらに向けた。

  そして。
  こちらに近寄り、ボクの体を思いっきり抱きしめた。
  身長はこちらの方が十センチほど高い。必然的に美祢は背伸びをせざるを得なかった。細い足
 が、プルプルと震えている。

 「はっ? なにキモイことやっとるんや! 離れろっ、おいっ」
  必死で腰をよじるけど。あかん、力強い! 
  小・中・高と帰宅部だったくせに! ヒョロヒョロのモヤシ体系のくせに!

 「……俺、お前のことめっちゃ好きだよ」と美祢はボクを見上げる。
 「え? な、なんっ……な、なんっ」
 「尊敬してるよ。昔からずっと。ずっと好きで、嫌いなんだよ」
  顔が赤く染まる。心臓がうるさい。

 「なんやねん! 嫌い嫌い言うてたやろ! ツンデレか?」
 「ツンデレだよ! 好きな奴に意地悪したくなるあれだよ! これで分かったか! 俺はお前のことずー―――っと見てんだよ! お前は俺の光だからな」

  美祢は一呼吸ついて、話を続けた。
  嫌いって言ってたのは、置いておかれそうで怖かったからだよ。お前が憧れだったんだよ。
  いつも自信たっぷりで。頭の回転が速くて。自分の力で何かを救うことが出来て。
  中途半端で、人の機嫌を取ってばかりの俺とは違う。お前の自慢話が嫌いだったよ。
 
  年を重ねるごとに、相手の考えていることが薄っすら分かるようになってきてさ。
  お前の行動から、打算的に生きていることが読み取れて。自分を嫌っていることが分かって。
  すっごくムカついたんだ。俺の期待を返せよって。期待させたくせに何なんだよ。

  腹に一物抱えたまま笑うお前が嫌いだった。
  自分が信用されていないことが嫌だった。
 
 「今までごめん。嫌いって言ってごめん。相談相手になれなくてごめん。でも、見てるよ、ちゃんと。だからお前もちゃんと見ろよ。こっちを見ろよ! 昔みたいに、肩並べて話そう! 俺も素直になるから、だから信じてくれ!」

 
  ――気にしてもらいたかったんやろ。 
  ばあちゃんの言葉を思い出す。

  そうやけど、そうやったけど!
  ボクはもう成人済みなわけで。いとこ同士とはいえ、ボディタッチは恥ずかしいわけで。しかも
 ここ、職場の裏やしっ。

  あぁぁぁ、もう。なんやねんお前。毎回毎回。
  そういうところ、ほんまに。ほんまに。


  大っ嫌いや。


 「……好きって言えなくて、ごめん」
 「許す」美祢はフフッと笑った。


 「……寂しいときに、寂しいって言えなくて、ごめん。泣きたいときに、泣きたいって言えなくてごめん。しんどいって言えなくて、ごめん。助けてって言えなくてごめん。笑ってごめん。嘘ついて、ごめん。今までずっと、相談でできなくて、ごめん」

  両目から、熱い水滴が零れ落ちた。それは顎を伝い、床にしみ込んでいく。
  言ってしまったら、もう止めることはできなくて。

  ボクは美祢の背中に両手を回す。子供体温やなあ。あったか。
 「ごめんって言えなくてごめんな。ありがとうって言えなくて、ごめんな」
  



 (次回に続く!)