コメディ・ライト小説(新)
- Re: ファイティン・ラブ!~彼氏は推しでした~ ( No.11 )
- 日時: 2023/08/26 17:03
- 名前: このか ◆XqDKo6W48k (ID: wtNNRlal)
《第11話》
【政宗side】
──どこで生まれた?
どこで育った?
育った場所の景色は、匂いは、人々の様子は?
俺は自問自答しながら、初夏の仙台駅、夕日が差し込む新幹線ホームに、1人で立っていた。
まるで何かを打ち消すように、自問自答を繰り返していた。
俺が物心ついた時からずっといた、宮城県仙台市を離れることになったのはつい2週間前のことだ。
人々が生き生きと暮らすその街を離れることに、なぜか抵抗はなかった。
中学生の頃から憧れ、必死に勉強をして入った高校を離れることも、故郷を離れることも、親と別れることも、何もかも。
見送りに来てくれた友達に別れを告げ、俺は『はやぶさ』の新幹線に乗り込んだ。
それから東京駅まで移動し、東海道本線で横浜まで380.6kmの大移動をした。
横浜駅を出た頃には、外は仙台駅を出た頃に比べて暗くなっていた。
親にLINEで横浜駅に着いたことを報告し、さらにもう1本電車に乗って、2駅先まで行った。
ここが、俺がこれから暮らす街だった。
歩いているうちに、これから同居人となる従兄弟が住んでいる、タワーマンションが見えてきた。
従兄弟が教えてくれた通り、『3』と書かれたエレベーターのボタンを押し、部屋に向かう。
本当は入り口で、チャイムを鳴らそうかと思ったけれど、もらった鍵が使えるかを試してみたくてそのまま上まで上がってきたのだ。
鍵を差し込み、ドアを開けると、中から従兄弟が出てくるのがわかった。
「よく来てくれた。さあ、上がって」
「これからよろしくお願いします」
これから、俺はここで暮らしていくのだ。
そう、改めて決意をし、また1歩を踏み出した。
- Re: ファイティン・ラブ!~彼氏は推しでした~ ( No.12 )
- 日時: 2023/09/10 17:14
- 名前: このか ◆XqDKo6W48k (ID: SgaRp269)
《第12話》
俺が新しく通うことになった学校は、横浜駅の近くにあり、電車通学となった。
以前とは違い、公立ではなく私立だったので、緊張が収まらない。
お嬢様とかいるのかなぁ…、などという想像をしながら電車に乗り込む。
そこで俺は今日1つ目の大発見を目にする。
車掌さんが、人を押し込むだと……!?
仙台でも満員電車は目にしたことはあるが、車掌さんが人を押し込んでいるというのはてっきりニュースの世界の話だと思っていた。
よく考えれば、あまり周りを見ていなかっただけかもしれないが、これは俺に取って、かなりの大発見だった。
驚きの光景を目にし、一気に肩身が狭くなったような気がした。
そこから逃げるように、俺はいとこに向けてLINEを打つ。
「車掌さんが満員電車で、人を押し込むという光景を初めて目撃しました。横浜ではしょっちゅうあるものなんでしょうか?」
返信を待つ時間がとても長く感じる。
1,2分ほどして返信が来た。
『しょっちゅうというか…。よくわからないな』
『政宗が考えるほどは珍しくないと思うけど』
珍しく、ない……。
満員電車をとても恐ろしく感じてしまう俺に、これから何が訪れるのだろう。
転入先の学校は、きれいな6階建てだった。
自己紹介を終え、言われた通りの席に着席する。
というか、すごく視線を感じる気が…。
それが、『伊達政宗』という名前によるものか、右目の眼帯によるものか、単なる転入生というものに対する興味か、分からなくてギブアップしそうだ。
朝のホームルームが終わり、次の授業へ準備を始めたところで、いきなり隣の女子に話しかけられた。
今までオーラを消しているかのように静かだったもので、全然意識が向いてなかったと、反省する。
「あ、あの…。隣の席の柴田美織と申します。一応学級委員長なので、何かあったら頼ってもらえると嬉しいです」
美織、と名乗った女子は髪はセミロングでそれほど目立つタイプではなさそうだった。
そして、ここで俺はまさかの失言をしてしまう。
- Re: ファイティン・ラブ!~彼氏は推しでした~ ( No.13 )
- 日時: 2023/09/10 17:39
- 名前: このか ◆XqDKo6W48k (ID: SgaRp269)
《第13話》
「あ、よろしくね!」
までは良かった。
「そうだ、初っ端から失礼な事言っちゃうけど…」
ここまで言って俺は後悔した。
いや、失礼な事を初対面の、しかも学級委員長に言うな!
しかしここまで来てどうしたらいいのか分からない。
この世界は、分からないことだらけだ!!
「学級委員長にしてはかなりひっそりしてるね」
「あ、委員長は推薦でなったんで、私はそんなに目立つタイプではないです」
と淡々とした答えを返され、俺は安心する。
「そうなんだ。大変だね」
と相槌を打つ。
だが、学級委員長ってこんなにもひっそりしてたっけ…?
17年間の人生で、出会ったことのないタイプだと思った。
今まで会った学級委員長は大抵、みんなからよく話しかけられる人気なタイプだったから、意外に感じた。
それから柴田さんが先生に呼び出され、1人でいたら、今度はボブヘアの女子に話しかけられた。
「熊野陽花です。よろしくね」
と手渡された名刺サイズの紙には、SNSアカウントと、住所、電話番号が書かれていた。
なるほど、名刺のようなものか。
「どこから来たの?」
「えっと、宮城県の仙台市からです」
「へー、そうなんだ〜。身長高いよね。いくつ?」
「181cmです」
「え、めっちゃ高い!あ、もしかしてだけど几帳面そう」
と机の上に出していた手帳に熊野さんは目を向けた。
「血液型、A型?」
「あ、はい。すごい、人を観察するの好きなんですか?」
「うん。なんか面白いんだよね。こうやって話を聞くのもすきなんだ」
世の中、いろんな人がいるなぁ。
- Re: ファイティン・ラブ!~彼氏は推しでした~ ( No.14 )
- 日時: 2023/09/18 10:37
- 名前: このか ◆XqDKo6W48k (ID: 3p1tWxjm)
《第14話》
調理実習の授業で大好物の伊達巻を作っていると、隣のグループから話しかけられた。
先程話した熊野さんもいる。
「伊達巻、好きなの?」
爽やかタイプの好青年は言った。
「う、うん」
熊野さんが好青年の肘をつついた。
「自己紹介、しなくていいの?」
「あ、そうだね」
と好青年はまた爽やかな笑みを浮かべた。
その姿がまるで漫画のようで、驚きを隠せなかった。
「俺、三浦晴樹。男子バレー部です」
「三浦くんは学級副委員長なんだよ」
なんか三浦さんが委員長みたいだな…。
「ちなみに部活はどこ行くか、考えてる?」
「えっと…まだ決まってなくて」
「そうなんだ。前の高校では部活入ってたの?」
「一応、新聞部に」
「なるほどね~。伊達くんは背が高いからバレー部に来てほしいなぁ」
「うわ、さりげなく勧誘してる……」
と熊野さんが眉をひそめた。
なんだかんだでこのクラスの空気、嫌いじゃないかもしれない。
お昼休憩の時間になり、俺は部活パンフレットを見ながら1人、何にするか迷っていた。
とにかく部活の種類が多く、絞りきれない。
前の学校で入っていた新聞部はないし、余計迷ってしまう。
できれば活動日数が少ない部活がいいな───などと考えていると、柴田さんが三浦さんと話しているところが目に入った。
聞こえてくる限り、放課後の用事について話しているように思える。
柴田さんはしっかりと礼をして廊下に姿を消していく。
彼女、礼儀正しいんだな…。
あの脇の拳1つ分の間隔、ゆっくりとした礼の動作。
おそらく茶道部だろう。
パンフレットの写真を確認するとやはり、柴田さんが写っていた。
そんなことをしながらぼんやり過ごしていると、いきなり声がした。
振り向くと、三浦くんがいた。
「伊達くん、お昼一緒に食べないか?」
俺は笑顔で頷いた。
- Re: ファイティン・ラブ!~彼氏は推しでした~ ( No.15 )
- 日時: 2023/09/23 06:42
- 名前: このか ◆XqDKo6W48k (ID: v5g8uTVS)
《第15話》
「彼女、ほんと礼儀正しいよなぁ」
三浦くんにさっき気づいたことを話すと、共感してくれた。
「真面目で仕事もできるし、いろんな意味で頭が良い。今まで学級委員やってなかったみたいだけど、俺は学校のリーダーにふさわしいのは彼女───美織ちゃんだと思う。僕たち他の学級委員も委員長を見習って、頑張ろうと思わせてくれる存在だよ」
そう言って微笑んだ。
美織ちゃん、って下の名前呼び!?
と俺は少し驚愕したものの、三浦くんに頷く。
「そういえば茶道もうまいらしいよ」
「そうなんだ」
お抹茶というのは、きれいに泡立てたりするだけでも大変なのに、お点前もきれいにできてしまうなんて…。
それに、いろんな意味で頭が良くて、真面目で仕事もできるだと…?
彼女、一体何者なんだ───?
放課後、柴田さんに部活案内をしてもらった。
学校中広いので、歩くだけでも疲れてしまう。
グラウンドの外側のマラソンコースに目を向けると、三浦くんがかなり早いペースで走っていた。
「バレー部は外練もしてるみたいですね…。今日はいつもの15周からスタートかな?」
「15周もするの!?」
「運動部は練習が厳しいんですよ」
「な、なるほど…」
「すごいですよね。頭も良いし、運動もできるし、性格も良くて慕われている。三浦さんは星川生の鏡です。素直に尊敬します」
と柴田さんは頬を緩めた。
三浦くんも、すごい人なんだなぁと感心する。
家に帰ることになり、偶然にも同じ駅で降りることになった。
別の方向かな、と思ったらマンションまでの道のり同じだった。
本当はもっと驚くべきかもしれないが、帰ってから何しようかと考えていてぼーっとしていたのだ。
エレベーターのボタンを押して、3階のボタンを押す。
それから家の鍵を開ける。
隣を見ると、柴田さんの目線が鍵を開けながら僕の手元と顔を行ったり来たりしていた。
- Re: ファイティン・ラブ!~彼氏は推しでした~ ( No.16 )
- 日時: 2023/09/30 11:36
- 名前: このか ◆XqDKo6W48k (ID: Yry.8Fde)
《第16話》
え…!?
隣に住んでるの…?
といった驚きと緊張が柴田さんの表情から読み取れる。
素直な性格のようで、可愛らしく見えた。
何とかこの気まずいような空気を振り払おうと、話しだす。
「あれ、隣に住んでるの?」
「あ、はい。伊達さんは最近引っ越してきたんですね」
「いとこみんなで集まって生活してるよ。でも人数が多いから思ったより狭いんだよね」
いとこ同士で集まって住むというのは、いとこの中で最年長である織田信長、という人が提案してきたものである。
大学生や社会人になったら、どうせ上京して1人暮らしをする。
いとこ同士で集まった方が、家賃が安くなる。
だから、高校生のうちから、みんなで集まって仲良くしておこうという考えらしい。
「そうなんですか、知らなかったです。そこの部屋の織田さんも教えてくれなかったです」
「そういえば最近、俺のいとこが茶道を極めてるらしくてさ、試しにその人のお抹茶飲んでみない?確か茶道部だったよね」
茶道を極めているのは豊臣秀吉、という名の茶髪の人だ。
柴田さんは目を見開いた。
数秒の間の後、
「はい」
という返事が聞こえて俺は安堵した。
また変な人と思われたら…と思っていたのでよかった。
「うん、じゃあ、上がっていいよ」
「え…!?あ、お邪魔します」
家に女子を招くのは恐らく初めての経験だが、いいだろう。
なぜか俺はそう思っていたのだ。
- Re: ファイティン・ラブ!~彼氏は推しでした~ ( No.17 )
- 日時: 2023/09/30 11:39
- 名前: このか ◆XqDKo6W48k (ID: Yry.8Fde)
《第17話》
「なんか可愛い子来たね。初日から彼女できたの?」
廊下の壁にぴたーと背中をくっつけて体育座りをしながらリビングの方を見ていた俺に冗談混じりでそう話し掛けてきたのは、上杉謙信。
彼は夏だというのにいつもの白いパーカーのフードをかぶって、爽やかな笑みを浮かべている。
でも、三浦くんとは少し違うイメージだ。
「彼女なわけないだろ」
俺が少し怒り気味にそう答えると、
「ごめん。冗談だよ」
とあっさり謝ってきた。
彼もまた俺の隣に同じ姿勢で座る。
「彼女はキーマンだからでしょ?」
いきなり謎の質問をしてくる。
「は?」
「柴田美織。17歳。星川高校特進クラス所属。茶道部に在籍し、その実力はまさに鶏群の一鶴」
「なんでお前が知ってんだよ」
「だから…さっきから言ってるだろ、彼女はキーマンって。俺たちの成り立ちに関わることを何か知っているかもしれない」
彼は得意げに笑った。
「……」
俺は首を傾げた。
彼女がキーマンだとしても、なぜその情報を握っているのかわからない。
「…その情報、どっから知ったんだ」
「え―――!教えなきゃダメ?」
「教えろよ、情報は公平に扱うべきだろ?」
「しょうがないなぁ」
とため息をつきながら彼は機械が大量に並べられた自室へと向かう。
「これだよ」
俺がモニターを覗き込むと、熊野さんのSNSの画面が出てきた。
「なんで熊野さんのSNSが…?」
「お前がぼーっとしてるからだろ」
よく見ると、モニターの下には、今日、熊野さんからもらったばかりの名刺が置いてある。
「お前が台所でぼーっと水飲んでる間に拝借したんだよ。名門校ってのはなぁ、変わり者がいたりするんだよ。何か情報頂けるかもしれないと思って手帳のポケットとか見てみたら案外入ってた」
そんな言葉で、己の不甲斐なさに嫌気がさした。
- Re: ファイティン・ラブ!~彼氏は推しでした~ ( No.18 )
- 日時: 2023/10/09 13:37
- 名前: このか ◆XqDKo6W48k (ID: niONRc09)
《第18話》
「いやー、今回はハッキングしなくても情報が頂けて良かったよ。ハッキングは目が疲れるからね」
そう、彼──上杉謙信はハッカーだ。
ハッカー、といってもブラックではなくホワイトがメインで、たまに仕事を請け負ったりしている。
「まさかSNSからこんなに情報が頂けるとは」
と無邪気な笑顔を浮かべながら、1つ1つ解説してくれる。
まずは、学校の参考書だけが写る画像だ。
『友達と図書館で勉強。図書館なんて何年ぶりに行ったかなぁ』
というつぶやきが残されている。
「この参考書、特進クラスだけだよね」
「…そうなの?」
まだ、特進と一般の違いがなかなか分からないので、首を傾げる。
「柴田美織が星川っていうのは信長に聞いてたから分かったんだけどクラスまでは分からなくて…まさか、ここから分かるなんて驚いた。さっき信長に聞いたら、これは特進だけだって言ってたよ」
信長さんも、実は星川高校の卒業生なのだ。
次に、畳の上に可愛い女子のイラストと、その近くに抹茶が描かれているもの。
「この女子はたぶん柴田美織だろうね。それと抹茶が描かれてるから茶道関係かな?って。このパンフレット見たらそうだったよ」
と俺がもらったものをヒラヒラさせる。
そんなものまで持っていたなんて…。
「あとはお抹茶の泡の具合。綺麗に細かく描かれてたからもしかしたら上手いのかなって」
そんな簡単に情報を知っていたなんて…、と目が飛び出そうなほど驚いた。
「俺、星川の一般に転入してもっと探ってみるよ」
「は!?」
そんなハッカーさんの一言で、目が思いっきり覚めた。
- Re: ファイティン・ラブ!~彼氏は推しでした~ ( No.19 )
- 日時: 2023/10/14 12:45
- 名前: このか ◆XqDKo6W48k (ID: 4VUepeYc)
《第19話》
「は!?お前、何を言ってるんだ…?」
まさか転勤してくるとは思わなかったから目が飛び出るほど驚いた。
いくらホワイトがメインとはいえ、ハッカーが大企業のお嬢様もいるらしい私立名門校に転入してしまったら…
日本の経済や政治が大ピンチに陥るのでは!
ホワイトだからって信用ならない!
「大丈夫だよ。よほどのことがない限りハッキングはしないから」
と余裕をかましている。
「お前の大丈夫は信用ないんだよ」
「まぁまぁ、落ち着いて」
そう言いながら、彼は両手を上げる仕草をしてみせる。
「柴田美織やその友人は今特進にいるけれど、一般に落ちる可能性も0ではない。その場合を考えてだよ」
俺が特進クラス、謙信が一般クラスを観察するということか。
うん…やってみてもいいだろう。
「それに、俺の学力じゃ多分一般が限界だし」
「2人で協力して観察するということか?」
「ご名答!」
そう言って無邪気な笑顔を浮かべる。
作戦の内容はだいたいわかった。
「でも、本当に…柴田美織を追うだけで俺たちの成り立ちがわかるのか?」
「さっきも言ったけど、柴田美織は本当にキーマンだ」
「……」
謙信はより1層声を潜めて言う。
「彼女、あの柴田佳奈実の娘だ」
「え…」
「佳奈実さんは美織が中1の時…。宮城から横浜に引っ越してきてすぐ事故死してる」
「そう…なんだ」
誰よりも真面目そうで、芯を持っている彼女の母親は既に───亡くなってしまっていたのだ。
彼女はそれからどのような人生を歩んだのだろう。
数秒の重苦しい沈黙が流れる間、彼女の人生に思いを馳せた。
- Re: ファイティン・ラブ!~彼氏は推しでした~ ( No.20 )
- 日時: 2023/10/14 17:21
- 名前: このか ◆XqDKo6W48k (ID: 4VUepeYc)
《第20話》
驚きで固まる俺に、謙信は続ける。
「その事故の犯人はまだ捕まっていない」
「…警察は動いたのか?」
やっとのことで声を絞り出す。
「もちろん。全国ニュースでも報道されたみたいだ。だけど、捕まらなかった。犯人は今もきっと生きてるんじゃないかと思う」
「どうしてそう思う?事の重大さに気づいて自ら命を絶った可能性もないのか…?」
考えたくはなかった、そんな可能性。
犯人には生きて罪を償ってもらうことが最善だと思う。
「でも、俺的になんか臭うんだよ、この事件」
数秒の間、謙信は考え込んだ。
「この事件は、何か関係があるかもしれない。柴田佳奈実は俺達の成り立ちにきっと関係している。俺はどうしても、俺の成り立ちが知りたい」
「それは同感だ」
「だったら…協力してください、お願いします…」
今まで聞いたことのない、消え入りそうな声だった。
俺は、俺の成り立ちを知らない。
彼も同じで、彼の成り立ちを知らないのだ。
謙信の、弱々しい手を握り返す。
「もちろんだ、協力する」
こうして、やけに暑くなってきた6月、俺と謙信は共同戦線を組んだ。
全ては俺たちの成り立ちを知るために。