コメディ・ライト小説(新)

day1 夕涼み ( No.1 )
日時: 2024/07/04 22:31
名前: 今際 夜喪 (ID: Eay7YDdj)

 カナカナカナカナカナ。リーンリーン。
 辺りからそういう音が聞こえてくることに気付いた頃、同時に部屋の暗さを知った。
 顔を上げる。カーテンの隙間、菖蒲(あやめ)色の空が見えた。
 電気も付けずに窓を開けた。エアコンで冷やしきった部屋より、いくらかぬるい空気が肌をべったりと撫で付けてくる。湿気を多く含んだ夏の空気は重く、不快だった。
 しかし、真昼の灼熱は和らぎ、幾ばくかは心地よくなった風が吹き込んでくる。もうエアコンはいらないだろう。机の上のリモコンを掴んで、電源を切った。

 玄関で適当なサンダルに足を引っ掛ける。扉を開けた途端、気圧の影響で外の空気が吹き込んできた。髪が肩の辺りで軽く踊る。
 全身で外気を受けると、夕方を実感した。
 ヒグラシと遠くの風鈴が鳴る音が相まって、どうしてか寂しさを抱く。七月一日。夏が始まった。ばかりだというのに、夕暮れのヒグラシは寂しさの代名詞だ。なんだか今にも夏が終わってしまいそうで、それが寂しいと感じる。さて、こんな蒸し暑い夏が終わることの何が名残り惜しいのだろうか。

 少し散歩でもしようかと歩き始めて、道の遠くで黒猫に横切られる。紫がかった空の下だから、暗くて黒猫に見えただけかも知れないが。古くから不吉と言われる事象を見ると、何となく不安になった。
 ヒグラシと風鈴の歌に、砂利を踏む音が交じる。時折吹き付ける風に髪が踊らされると、首の辺りが涼しかった。

 街路地を曲がったとき、低木一本分くらいの距離に、セーラー服の君を見た。色素の薄いセミロング。湿布や包帯、絆創膏に保護された白い肌。今にも死にそうな、光を灯さない黒黒とした瞳。
 歌方(うたかた)海月(みつく)。
 君はいつも傷だらけの腕で、私に手を振るんだ。