コメディ・ライト小説(新)

day10 散った ( No.10 )
日時: 2024/07/14 13:51
名前: 今際 夜喪 (ID: Eay7YDdj)

 誰もいない教室に、少女が佇んでいる。カーテンは締め切っていて、電気が消えているから、太陽光があっても教室は僅かに暗い。私はそれを、入口の辺りに立って眺めている。
 少女はおもむろに、自らの腕に巻き付いている包帯を解いていく。するり、現れた白い腕にはいくつかの切り傷があった。
 彼女は暗い瞳で手首を見つめ、微笑んだ。懐から取り出したカッターナイフ。キリキリと音を立てて刃を出すと、その切っ先を手首に押し当てた。
 白い皮膚に刃が食い込む。じわり、紅く線が滲む。ぷくりと浮き出て、重力に従い手首を伝っていく。白い腕に赤い線のコントラストが印象的だった。

「何してるの、海月(みつく)」

 私の声に反応して、少女は。海月はゆっくりと振り返る。茫洋とした瞳だった。伽藍堂で、何も映さぬような、遠くを見るような。
 腕から滑り落ちた血液が床に散る。点々と鮮やかさを残す。グロテスクで鮮烈な赤。

「こうすると、楽になる。日頃の痛み、苦痛、全部が少しだけ和らぐの」
「そんな訳ない。腕を切ったら痛いだけだよ。傷も残っちゃうかもしれない。やめなよ」
「じゃあ、誰が私を助けてくれるの?」
「…………」

 静寂。私達は見つめ合ったまま黙り込んだ。そのうち、見切りをつけたように海月は、また腕にカッターナイフを押し当てた。皮膚が裂けて、そこから吹き出した血液が腕を伝っては床にぱたぱたと散っていく。海月は痛みなど感じていないように、むしろ安心したように傷口を眺めていた。
 誰も助けてくれない。痛みだけが確かな救い。神様に祈っても救われなかったのに、傷口だけが明確に苦痛を和らげる、穏やかな安らぎ。
 自分で自分を傷付けるほど追い詰められている。それなのに誰も助けてくれなかったこと。その証明の刻印。縋れる先が無かったから、やっと辿り着いた方法。だのに人は、その傷を嘲笑する。その傷よりも無能のくせに。

「海月、やめなよ」

 私の声に、彼女は顔を上げる。

「私があなたの助けになるから、そんなことはやめて」

 口にしてみて空虚だった。私に何ができるだろう。海月の痛みを知らない私なんかに、何ができる。
 何もできないのに、何かしようとした。目の前で傷つく少女を放っておけなかったから。
 海月は小さく微笑んだ。そうして、口を開く。

「ありがとう。でも、糖子は何もしなくていいんだよ」
「何も?」
「うん。糖子にできることはないから、何もしなくていいの」
「私、何もできないの?」
「何もできないよ」

 言葉を失った。手を伸ばした。けれど、その指先は空を掴むばかり。

「…………」

 無力さに音はない。色もない。透明な遣る瀬無さがそこに横たわっていて、私はただ、教室の入り口に立ち尽くしていた。
 切り傷から溢れた血が、床に散っていく。