コメディ・ライト小説(新)

day15 岬 ( No.15 )
日時: 2024/08/15 22:55
名前: 今際 夜喪 (ID: 6mW1p4Tl)

 海風特有のベタつきが肌を撫でる。夏の日差しの暑さが和らぐなら、どんな風でもありがたかった。
 ここは千葉にある犬吠埼。青空に青い海、白く伸びた灯台がきれいな場所だ。景色は良いが、観光地と同時に自殺の名所でもあるという。
 海月と二人、崖上から見下ろす海は見事なものだった。フェンスに手をかけて、二人してぽかんと口を開けたまま、下を見る。岩肌に打ち付ける白波の激しいこと。確かに、ここに飛び降りたらぴろっと死ねるだろう。

「自殺の名所と呼ばれる場所は、何処も美しい場所だって言うね。それがなんでか、糖子はわかる?」

 海月は私の方を見ないままに問う。陽光で輝く海の煌めきを、そのまま瞳に閉じ込めたまま。海月はただ景色に見惚れているらしかった。

「死ににいくのに、どうして景色のきれいな場所を選ぶの? 自殺を決めてるなら、誰も寄り付かない樹海の中でも渋谷の交差点でも同じことじゃないの?」
「糖子は情緒がないなあ」

 呆れるような目で、海月は私の方を見た。海風が彼女の髪を弄ぶ。セーラー服のカラーとスカーフ、スカートも踊った。

「何。海月には理解できるというの?」
「うん。自殺する人はね、最悪の人生を歩んできたの。何もかも上手く行かなくて、生きているのが辛くて、死にたくて苦しくて、そうして行き着いた場所が、最期に見る景色が美しかったら、少しだけ報われるような気がするんだよ。こんな自分でも、生まれてきてよかったって、世界はこんなに美しかったんだって、気付けるんだよ」

 海月は私の方を見たまま、微かに微笑んだ。儚くて、今にも壊れそうな笑みだった。
 それが理解できてしまう海月は、やはり。
 彼女のリストカット。星を飲み込もうとしたこと。
 だとしても、海月は私には何もできないのだと言った。私には海月を助けることができない。そもそも、海月が助かりたいのかどうかすら知らないのに助けたいなんて、傲慢すぎるだろうか。
 私は海月と過ごす時間が好きになっていた。独りよりずっと良かったから。孤独は寒いから。海月は明確に、私にとっての救いになっていた。なのに、私は海月の救いにはなれないらしい。

「糖子、そんなに暗い顔してどうしたの?」
「…………」
「せっかくこんなきれいなところに来たんだからもっと笑ってよ。ほら、海をバックに二人で写真でも撮ろ?」

 私が何か返事をする前に、海月はインカメラにしたスマホを構える。上手く笑えていないのに、勝手にシャッターを切られた。

「ふふ! 何これ、ブサイクだねえ」
「海月が下手なんだよ」

 撮れた写真を確認して海月が笑う。人の顔を笑うなんて失礼な奴。そう思って画面を覗き混んだが、半目の私の顔は確かに最高にブサイクだった。その代わりに海月はキメキメの笑顔で写っている。

「いい写真だね。保存しよ」
「え、嘘でしょ、消してよ」
「ヤダ。プリントアウトして壁に貼っとく」
「なんて悪趣味な」

 せめてもの抵抗に、海月の頬を摘んで引っ張った。イヒャイ、イヒャイと楽しげな彼女を見ていると、なんか全部どうでも良くなってくる。