コメディ・ライト小説(新)
- day18 蚊取り線香 ( No.18 )
- 日時: 2024/08/18 15:55
- 名前: 今際 夜喪 (ID: dP/RlTyN)
夜。家のベランダから外を眺めていた。
家の裏にある草刈りのされていない物凄い茂み。そこから虫達の合唱が聞こえてくる。虫の蔓延る草むらが近所にあるということは、当然あいつの出没率も高くなるわけで。
クソモスキート。奴だけは許しちゃおけない。住民の就寝中、被害者の手足を滅多刺しにして逃走。これだけ聞いたらやっていることは通り魔だ。そう、クソモスキートは通り魔なのだ。確実に仕留めねばならない。
「焚いたよ」
怜悧な声が響く。夜でも変わらずセーラー服の少女は、いつにも増して落ち着き払った表情で私を見ていた。
しゃがみこむ彼女の手元には百円ライター。足元、ベランダの床にはくるくると渦巻いた緑色のそれ。先端から特有の匂いを孕んだ煙を燻らせている。クソモスキートぶっ殺しガス撒き散らしマシーン。通称蚊取り線香である。
「ふふっ、死の宴の始まりだ」
セーラー服の少女こと海月(みつく)がなんか言ってる。
今夜は風が心地よい。昼に雨が降って、夜には雲が晴れた。夜闇の中、散りばめられた星と月が私達を照らしている。そんな気候だから、月見酒をしよう、と海月が言い出したのだ。と言っても私達は未成年。安心してほしい、ちゃんとソフトドリンクだから。
キャンプで使うような椅子を二つベランダに並べ、クソモスキートぶっ殺しガスを浴びる。線香臭さを纏うとクソモスキートバリアが発動した気になる。実際には煙自体に効果は無いらしいが、こういうのは気分が大切なのである。
「KP(乾杯)〜!」
海月と私はそれぞれ、ドリンクの注がれたグラスをコツンとぶつけ合う。そうしてひと思いに煽った。グビグビ、喉を通り抜ける炭酸が心地良い。飲んで一言。
「これ不味いねえ!」
思ったより美味しくなかったのだ、ビールのアルコール抜き。つまり炭酸麦茶は。大人たちは真夏の暑い日に飲むビールは最高だって言ってたのに。
海月もうーんと首を捻っている。
「なんだろうね? 単純に合わないというか、変というか……」
「全部言ってるよ。合わないし変な組み合わせなんだよ」
「期待はずれだったねえ」
そうは言いながらも、海月は良い飲みっぷりだ。私に意見を合わせただけで、彼女はそんなに嫌いじゃないのかもしれない。
飲み干したグラスをベランダの手すりに置くと、海月は蚊取り線香の方を見た。
「こんなの焚いただけで死ぬんだから楽なもんだよね。私達は生きることより死ぬことのほうがずっと難しいって言うのに」
出た。海月は暗器でも忍ばせるかの如く、何でもない日常の中に不穏な非日常を隠し持つ。そうして油断しているところを後ろからぶすりと刺してくる。蚊より質の悪い女だ。自分だけ悲劇のヒロインみたいな目をする。悲しみの海に溺れ、誰も助けてくれずに溺れ死んだみたいな顔をする。そのくせ、私には何もできないのだと言って突き放してくる。
酷い女なのだ。
どんな言葉をかけるべきか迷って、口を開いた。けれど、結局言葉が出てこないから閉ざす。
視線を落とすと、蚊取り線香に当てられた羽虫が、その辺にひっくり返っていた。