コメディ・ライト小説(新)

day19 トマト ( No.19 )
日時: 2024/08/21 18:59
名前: 今際 夜喪 (ID: Eay7YDdj)

 海月(みつく)はベランダが好きなのかもしれない。
 夏めいた強い日差しが差し込む昼間。昨日の夜に使ったキャンプ用の椅子に腰掛けて、私達は向かい合っていた。その手元には食べやすく切り分けたスイカがある。瑞々しい果肉から、既に果汁が滴っている。滴った液はベランダの床を汚した。
 超美味そう。そこに二人して齧り付いた。
 ジュワ、と口内を満たす甘味。スイカは野菜だから、甘いけれど瓜科の風味がある。けして濃くない水っぽい甘みが程よい。よく冷えていて、喉越しが最高だ。

「あっつい夏にキンキンのスイカ! これが夏ってやつだよね! サイコー!」

 海月がスイカ片手に拳を突き上げて騒ぐ。セーラー服の白に、スイカの果汁が染みを作っている。良いのだろうか。
 ベランダから雑草の茂った庭を眺める。太陽光に焼かれて、青臭さが漂う。私にはそれが、トマトの匂いに感じるのだ。

「夏ってトマトの匂いがするよね」

 私が言うと、海月はスイカを頬張って、首を傾げた。これが賛同を得られた試しは少ない。
 果肉を咀嚼して飲み込むと、海月は口を開いた。

「それ、野菜っぽい匂いがするってこと?」
「野菜っぽいというか、トマトの匂いなの。草の渋みとリコピンの酸味が混じった、美味しい香り。それが夏の匂いだって思うんだ」
「リコピン……? あー、酸っぱい香り? 確かにする、かなあ……」

 うーん、と唸りながらもスイカを齧る。咀嚼しているうちにトマトのことはどうでも良くなったのか、海月は寡黙にスイカに齧り付いた。私も同じように食らいつく。普通の人には夏の匂いってわからないのだろうか。

「スイカの種ってさ、食べるとおへそからスイカ生えてくるって言うよね」
「言わないよ」
「私はスイカ生やしたいから種は食べちゃう派なんだけど、糖子は?」
「果肉と種を分けるのが面倒だから食べちゃうけど、生やしたいわけじゃない」
「そっかー。立派なスイカが実るといいねー」
「あれ? 海月さん私の話聞いてる? 生やしたくないし生えないからね?」
「生えたら自分で銘柄つけてもいいのかな?」
「話聞けよ」