コメディ・ライト小説(新)
- day22 雨女 ( No.22 )
- 日時: 2024/08/26 20:48
- 名前: 今際 夜喪 (ID: QeRJ9Rzx)
雨を防げればデザインなんてどうだっていい。否、雨の日だからこそデザインに拘りたい。ほら、この憂鬱な天気を晴れやかに変えてくれる、可愛くて心躍るデザインがいいでしょう? 意見は様々だ。
傘は高確率で誰かに持ち去られるじゃないか。学校で、コンビニで、職場で、電車で。短時間自分の元を離れれば最後、盗まれて失ってお別れ。その存在を忘れて置いてけぼりにしてしまうこともままある。
「私、自分の名前嫌いなの」
セーラー服の少女がぽつり言った。学校の帰路、鈍色の空が今にも落ちてきそうだった。住宅路の広くない道で、つまらなそうな顔をした彼女は、それでも手にした傘を大切そうに持っていた。
「なんで? 歌方(うたかた)海月(みつく)なんて可愛い名前じゃん。海月(くらげ)って書いてみつくなんて、きれいだし。海も月もきれいな字だし、泡沫(うたかた)だってきれい」
「糖子、今きれいって何回言った? そういうところが嫌いなの」
面倒くさそうに顔をしかめて、海月は言う。
「きれいすぎて、消えちゃいそうな名前だから、嫌い」
嫌い。口にする瞬間の海月の表情は穏やかで、そこに本心からの嫌悪感が込められているようには見えなかった。じゃあどうして嫌いなんて言うのだろう。海月のことはいつもわからない。
「私は好きだけどな」
「だろうね」
慰め程度に伝えた好意を、あたかも知っていたみたいに返されて驚く。私の何を知ってるというのだ、この女は。
怪訝な顔で海月を見ていたら、頬に冷たいものが当たる。ぽつり、ぽつり。段々とそれは勢いを増して行き、腕に、服に、点々と冷たさを残す。重たい雲が遂に落ちてきたのだ。
海月もそれに気付いたようで、手にしていた傘をばさりと開いた。雲の隙間の少ない陽光が、その青さを透かす。海月の傘は水海月(みずくらげ)を模したデザインをしている。青く透ける様は、海を揺蕩うくらげそのものだ。
それが住宅路のつまらない道に咲く。透けた向こう側に青味がかったセーラー服姿がある。
海月は、嫌いと言いながら自分の名前を表すくらげの傘を使っている。好きだけど嫌いとか、嫌いだけど好きとか、複雑な感情がそこにあるのだろう。私にはわからないけれど。
早足に近寄って、海月の傘の下に潜り込んだ。
「あ。糖子、傘忘れたからって」
「ケチくさいこと言わないで入れてよ、濡れちゃう」
「まー、私優しいからいいけど」
傘のデザインなんてどうでもいいのだ。何なら持っていなくたってどうでもいいのだ。海月がいれば、同じ傘に入って帰ればいいのだから。