コメディ・ライト小説(新)
- day23 ストロー ( No.23 )
- 日時: 2024/08/28 19:27
- 名前: 今際 夜喪 (ID: Eay7YDdj)
店員のお姉さんが、グラス一杯の氷を注ぎ込むところから、じっと観察した。冷蔵庫から炭酸水とメロンシロップが取り出される。軽量カップに注がれるポップなグリーンが眩しい。お姉さんは手慣れた動作で軽量カップをグラスの中へ傾けた。途端、氷が緑に染まる。そこへ今度は並々と炭酸水。次にバニラアイス。最後にチョンと添えられるさくらんぼは、宝石のように艶々していた。
「お待たせしました、お会計失礼します。ポイントカードありますか?」
「あ、無いです」
「失礼しました。レシートのお返しになります。良く混ぜてお召し上がり下さい」
小銭がレジに投下され、出てきたレシートが差し出されて、直ぐにおぼんに載せられたメロンクリームソーダも渡される。ベテラン店員さんなのか、動きが早くてしどろもどろしてしまう。軽く会釈しながら受け取ると、「ごゆっくりどうぞ」ときっとマニュアル通りの台詞を投げかけられる。
店内をウロウロしていると、海月(みつく)が腰掛けている二人がけの席を発見したので、彼女の向かい側に着いた。
深い茶色で統一された内装に、セピア色のランプやアンティーク調のシャンデリアが落ち着く。お客さんも少なく、静かでこじんまりしたカフェである。
海月が食べているプリンは、レトロプリンという名前のメニューだった。普通のものより少し固めに作られているらしい。それとブラックコーヒーを交互に口に運び、美味しそうに食べている。
「良かったね、糖子」
「ん?」
「クリームソーダ。一人で飲んだって美味しくないんでしょ? 私と一緒なら美味しい?」
「……まだ飲んでないからわかんない」
添えられていた銀の長いスプーンを手に取る。メロンソーダの染み込んだバニラアイスを掬い取ってぱくり。思わず目を見開く。普通のアイスよりずっと甘くて美味しかった。
緑に透けるグラスの中、ストローを差し込んで上下に動かした。カラカラ音が鳴ってしゅわしゅわ、炭酸が爆ぜる。よくかき混ぜて、ストローの先端を咥えた。
「……おお」
バニラアイスの溶けたメロンソーダ。僅かに白く濁った緑は、仄かに酸味を孕んでいるように感じる。甘いから、炭酸特有の酸味が強く感じるのだろうか。この塩梅が、なんとも言えず。
「美味しい、かも」
「ふふふ、良かったねえ」
海月が頬杖を突きながら笑いかけてくる。嗚呼、正面に人がいて、笑っていて、それがなんともくすぐったい。
「えっと、海月も一口飲む?」
「お、いいの? 頂きまーす」
席から身を乗り出した海月が、顔だけ近づけてストローに口をつける。ジュ、と勢い良く吸って、おいお前一口がデカくないか。まあいいか。
「うん、うまし。じゃあ糖子ちゃんにはお返しにプリンをあげましょーね。はいっ」
海月はスプーンで一口分──やはりちょいとデカくはないか……? を差し出してくる。「あーん」と言うやつだ。高校生にもなってこれを受け入れるのはなんか気恥ずかしかった。おずおずと躊躇いながら口を開けると、とろん、と甘味が舌に落とされる。
「ん! おいひい!」
「でしょ? 私、こういう喫茶店のレトロプリン好きなの」
確かに少し固めに作られていて、歯ごたえがしっかりしているのが面白い。口の中に広がるカスタード系の甘味とカラメルの焦げた甘味が絶妙に絡んで、超美味い。
「そしてそこにこの珈琲をね、クイッと行くの、今!」
言われるままに差し出されたカップを口に傾けた。暖かい。強い苦味が、甘味で満たされた口内を洗い流して、広がって、美味い! テーレッテレー!
「良すぎる!」
「でしょ? アイスコーヒーじゃ駄目なんよ、ホットの珈琲がいいの。わかる?」
「わかる。プリンが冷えてるから、暖かいもの飲むと落ち着く」
「でしょでしょー?」
自分のお気に入りの食べ方なのか、布教できて満足なようだ。
「糖子。友達と一緒に飲むクリームソーダに憧れてたんでしょ? どうだった」
「……うん。ありがと。良かったよ」
「ふふ、そっかあ」
海月は何か、思いつめるみたいに薄く微笑むと、珈琲を一口飲んだ。
「こういう時間がずっと続けば幸せだね」
「うん、そうだね」
「あ、ところでさあ」
「なに?」
「オールマイティって、全部俺のお茶って意味だよね!」
「え? あー、うん。その通りだね……?」
「でしょ? ウケる」
なんの話してんだこれ。