コメディ・ライト小説(新)

day4 アクアリウム ( No.4 )
日時: 2024/07/04 22:42
名前: 今際 夜喪 (ID: Eay7YDdj)

 この世界が現実でないことの証に、空に巨大な鯨が泳いでいた。

「まじ?」

 ビックリしすぎて声が漏れた。でも、マジの大マジで、空にはシロナガスクジラ的な、とにかく巨大な鯨が悠々と泳いでいるのだ。
 見事なものだった。住宅路の家々に覆われた狭い空の隙間。電線や白い雲を避けるようにして、鯨は空を揺蕩っている。
 ヒレの動きを見ていると、空を飛んでいるみたいだった。それなのに私が泳いでいると表現してしまったのは、本来鯨が泳ぐ生き物だから……だろうか。なんとなく、飛んでいるというよりは空を海に見立てて泳いでいるようだと感じたのだ。
 見飽きた私がそろそろ家に帰ろうかと歩き出すと、いつの間にか側にセーラー服の少女がいた。白い腕を痛々しい包帯で覆っている、素朴な顔立ちの女の子。海月(みつく)だった。

「空がアクアリウムみたいだね」
 彼女は見上げながら歩いて、そう口にした。
「他の魚がいないのに? 随分寂しいアクアリウムだね」
「糖子(とうこ)は52ヘルツの鯨って知ってる? 世界一孤独な鯨のこと。彼はきっと52ヘルツなんだよ」

 高い声で鯨が鳴いた。その声が何ヘルツなのか、私達にはわからない。

「……泳ぐときまで独りでなくたって、いいのにな」

 私に返事をするみたいに、鯨はもう一度高く鳴いた。