コメディ・ライト小説(新)

day5 琥珀糖 ( No.5 )
日時: 2024/07/06 20:31
名前: 今際 夜喪 (ID: Eay7YDdj)

 誰もいない教室の、一番窓際の席にいる。黒板の上の時計は何故か針が無く、何の時間も表していなかった。それでも外の青空が入道雲と太陽を浮かべているので、夜でないことだけは分かる。
 誰もいない教室。だと思っていたが、後ろの席の人物に肩を突かれて反射的に振り返る。セーラー服に、病的に白い肌の少女、海月(みつく)だ。

「食べる?」

 そう言って海月は白いハンカチを差し出す。なに、と視線を落とすと、白い布いっぱいに、カラフルな宝石の欠片が詰まっていた。違う、宝石に似た何かの欠片だ。赤、水色、緑、黄色、透きとおったそれらが布の中に収まっている。
 何故か私は、それが星の欠片だと思った。

「いらない」

 予想外の返事だったのか、海月がぽかんと口を開ける。

「星を食べる夢を見ると死ぬらしいから、いらない」

 何かの本で見た情報を伝えると、海月は目を丸くして首を傾げた。

「なんで星を食べる夢で死ぬことになるの?」
「私も知らないよ。でもほら、空の青さや雲の白さに疑問を持ったことは無いでしょ? それと同じように、星を食べる夢はとにかく死ぬんだよ。そういうもんなんでしょ」

 知らんけど、と頭の中で付け足す。信憑性のない言説を唱えても責任から逃れられる、便利な呪文だ。
 ふうん、と海月は興味なさげに相槌を打って、赤い星の欠片を摘み上げると、口に放った。

「あ。あんた死ぬよ」
「死にませーん。何故ならこれは、星の欠片なんかではなく琥珀糖っていうお菓子だからでーす」

 言いながら、海月は緑色の欠片を指先で摘んで、私の口元に近付けた。私は水色のほうが好きだったから一瞬迷いつつも、鳥の雛みたいに口を開ける。
 ころん、と確かな質量が舌の上を滑る。甘い。砂糖そのものの甘さだ。歯を突き立ててみると思った以上に柔らかく、シャリ、と崩れる。ゼラチン質の歯ごたえ。仄かにメロンソーダに似た風味がある。緑色だからか。咀嚼を繰り返すごとに崩れてバラバラになって、甘味が口内を覆い尽くしていく。

「あんまり美味しくないかも」
「だよね」

 私のマイナスな感想に、海月は笑って頷いた。じゃあなんで食べさせたし。

「見た目だけは好きなんだけどね、琥珀糖」
「宝石みたいできれいだもんね」
「私とおんなじ。見た目ばっかり。中身が伴わない」

 海月はそう言って、悪戯っぽく笑っている。海月が笑うとえくぼができる。それを湿布が覆い隠している。
 そういえば私は、海月の中身をよく知らない。手足の包帯や絆創膏の理由も知らない。名前と姿以外、私は彼女についての殆どのことを知らなかった。

「…………」

 だけど、まだ知らなくてもいいかもな。そう思ったから、水色の琥珀糖を摘むと、口に運んだ。シャリシャリと崩れていくゼラチン質の甘味は、やはりあまり美味しいとは言えなかった。