コメディ・ライト小説(新)

day6 呼吸 ( No.6 )
日時: 2024/07/06 20:30
名前: 今際 夜喪 (ID: Eay7YDdj)

 自室にいた。物の少ない部屋にデスク、椅子、クローゼット、本棚。自分自身はベッドに腰掛けている。
 ふと隣に視線をやれば、海月(みつく)がいた。色素の薄いセミロング、包帯や湿布に覆われた白い肌、セーラー服。

「夢の中で人に殺されたら、どうなるんだろう」

 浮かんだ疑問を口にする。海月は私の顔を見て首を傾げた。さらり。彼女の挙動にあわせて髪が揺れる。

「楽に死ねるのかな」
「楽に死にたいの?」
「そりゃあ、誰だってそうじゃない? ある日突然、ベッドの中で眠るように死ねていたら、それが一番幸せ。なんの苦痛も無く、なんの苦労もなく、息を吸って吐いて、次の瞬間にはふわりと死んでいたい」

 そんなことを言ったせいだろう。海月が両手を伸ばしてきて、私の喉元に絡めた。温い温度と絆創膏のざらつきがキュ、と気道を押さえつけてくる。
 ちゃんと苦しかった。細い指が首の骨を潰してくるのが痛くて、息がしづらい。陸に打ち上げられた魚みたいに口を開閉して、酸素を求める。周りの音が遠のいて、段々頭がふわふわしてくる。
 海月の手を振り解こうと、彼女の手首を掴んだ。包帯のざらつきの下、海月の腕は驚くほど細い。細いのに込める力に手加減が無くて、放してという声すら上手く音にならない。

「かはっ……」

 生理的な涙で視界がぼやけてきた辺りで、ようやく開放される。
 必死に呼吸を繰り返していると、海月の手は私の頬を撫でた。労るように、割れ物を扱うように、さっきの暴力からは想像もつかぬほど優しい手つき。
 この女、何を考えているんだろう。そう思っていたら、不意に海月の顔が鼻と鼻が触れ合うほどの距離にある。睫毛に縁取られた黒い瞳がじっと、私を見ている。近い、と思ったときには私の唇に、海月の唇が重ねられていた。

 この女、何を考えているだろう!?

 キス、されていた。触れるように優しいキス、とか思っていたら口内に舌が侵入してきて、生温かいそれが私の舌に絡む。歯列をなぞる。唾液を吸われる。口が塞がるからまた苦しくなって、海月の肩を押した。離れてくれない。

「は、ぁ、みつ、く」

 呼吸の合間を塞ぐように、唇が押し付けられて、わけがわからなくなって、息が苦しくて。なりふり構ってられなかった。口内にある生暖かく湿ったそれに、思い切り歯を突き立てた。

「痛っ」

 反射的に、海月はその行為をやめてくれた。他人の唾液と血の味が口の中に残っている。物凄いキスされな。なんで?
 海月は薄く笑って私を見つめていた。それからチロリと舌を覗かせる。私が噛んだから、赤く滲んでいた。

「海月、なにしてんの。人の首締めるし、急にキスしてくるし」
「私は糖子のこと、チューしたいくらい好き。だから死にたいなんて言わないでって言いたくて」

 私が怪訝な顔をしているのをお構いなしに、海月は私に抱きついてきた。
 やばいな、この女。そうは思ったが人に好意を向けられて嫌な気がしないのも確かで。