コメディ・ライト小説(新)

君はやっぱり変でした① ( No.3 )
日時: 2024/08/19 19:52
名前: ねこ助 (ID: gh05Z88y)






「花音ちゃん!」


 突然呼ばれた声に振り返ると、いつぞやの何とか君。


(えっと……。確か名前は……山崎くん、だったかな? 確か、お兄ちゃんが危ないって言ってた気がする……)


 それを思い出した私は、何が起こるのかと身構える。
 ポケットに手を入れた山崎くん。その行動を、ビクビクとしながら見守る。


「……これ。良かったら一緒に行かない?」


 突然差し出された何かに思わず目をつぶってしまった私は、ゆっくりと瞼を開くと恐る恐る目の前を見た。
 ニッコリと微笑む山崎くんの手元には、ヒラヒラと揺れる細長い紙切れが……。


「……あっ! これ、行きたかったスパ!」


 差し出された手をガシッと掴むと、その手に握られたチケットを覗き込む。

 ここは今話題の、最近出来たばかりの巨大スパ──。中には色んな施設が揃っていて、岩盤浴や温泉やプールがあって、施設内は全て水着で移動ができる。
 勿論、中には飲食店も色々とあって、一日中いても楽しめる。夢のような施設だ。


「あっ、あの。花音ちゃん……」


 頭上からの声に視線を上げてみると、山崎くんの顔が何だか少し赤い。


(熱でもあるのかな……?)


「二人きりじゃあれだから……お互い、友達でも誘って行かない?」

「うんっ! 行きたい!」


 笑顔でそう答えると、一度ホッとした様な顔を見せると笑顔になった山崎くん。
 その後、お互いの連絡先を交換した私達は、そのまま廊下で立ち話しを始めた。

 お兄ちゃんは危ないと言っていたけれど、今、目の前で話している山崎くんは全然危なそうな人には見えない。


「花音ちゃん。俺の事は斗真って呼んでくれると嬉しいな」

「うん、わかった。斗真くん」


 私がそう答えれば、嬉しそうに微笑む斗真くん。


(お兄ちゃん……。斗真くん、凄くいい人だよ)


 そんな事を考えていると──。
 突然後ろから肩を掴まれて、私の身体が反転させられた。



 ────!?



 何事かと驚いていると、目の前にはいつの間に来たのかひぃくんの姿が。


(あぁ……。なんだか、またデジャヴが……)


 不安が頭をよぎった、その時。目の前のひぃくんが口を開いた。


「花音……! 初めては……っ、花音の初めては、俺に捧げてくれたのに……っ!」


 大きな声でそう言い放ったひぃくんは、瞳を潤ませるとメソメソと泣き始める。


(泣きたいのは私だよ、ひぃくん……)


 ひぃくんの放った言葉で騒然とする廊下。


(あぁ……。今すぐ、この場から消えたい……)


 私の腰あたりに抱きついて、メソメソと涙を流し続けるひぃくん。
 そのつむじを見つめながら、私は呆然と立ち尽くしのだった。






◆◆◆






 私の隣で、ニコニコと嬉しそうにお弁当を食べているひぃくん。私はそんなひぃくんに向けて、ため息混じりの声を上げた。


「ひぃくん。さっきのあれ……、何?」


 メソメソと涙を流すひぃくんに連れられて、屋上へとやってきた私。

 すっかりとご機嫌になったひぃくんに反して、私は未だにさっきの出来事を引きずっていた。怨めしい気持ちでひぃくんを見つめる。


(あの時、私がどんなに恥ずかしかったか……)


「え? だって……。花音がスパに行こうとしてたから……」


 スパに行くのと、さっきの発言に何の関係があるのか……。私にはサッパリ意味がわからない。
 ひぃくんの思考を読み取るのは、一生無理なのかもしれない。


「……それと、あの発言に何の関係があるの?」


 小さく溜息を吐くと、呆れながらひぃくんを見る。


「忘れちゃったの!? 花音!! 俺に初めてを捧げてくれたのに……っ!」


 ひぃくんの言葉に、ピクリと眉を動かして反応を見せたお兄ちゃん。
 そのままゆっくりと視線を動かすと、その瞳に私を捉える。


(えっ……。お、お兄ちゃん……私を見ないで。私だって、意味がわからないんだから……)


 思わず顔が引きつる。


「花音! ……っ花音の公園デビューは、俺に捧げてくれたでしょ!? 忘れちゃったの!?」


 私の肩をガッチリと掴んで、ユサユサと揺らし始めたひぃくん。


(あぁ……もう、嫌だ……。何て紛らわしい言い方をするんだろう、この人は。初めからそう言ってくれればいいのに……)


 私の身体を揺らしているひぃくんを見てみると、泣きそうな顔をして私を見つめている。


(だから、泣きたいのは私だよ……ひぃくん)


 ひぃくんの言葉で、あらぬ誤解を受けたであろう私。
 何で普通に話せないんだろう。やっぱりひぃくんは、ちょっと変。

 ガクガクと揺れる頭で、そんな事を考える。


「──スパって、何?」


 私達の会話を黙って聞いていたお兄ちゃんは、ひぃくんの腕を引っ張るとそう尋ねた。


「さっき廊下で話してたんだよ……男の子と。……ねぇ、花音の初めては俺に捧げてくれるでしょ?」


 お兄ちゃんの方をチラリと見たひぃくんは、再び私に視線を向けるとそう告げる。
 さっきの発言からすると、初めてスパに行くのはひぃくんと一緒に。って意味なんだろうけど……。


(何でそんな変な言い回しをするの? ……わざとなの?)


 目の前で瞳を潤ませているひぃくんを見て、思わず溜息が出る。


「それは無理だよ、ひぃくん。もう約束しちゃったもん」


 そう答えれば、瞳を大きく見開いて固まってしまったひぃくん。


「花音。男と一緒に行くのか?」

「えっ? あ……、うん。何人かで行くんだよ」


 お兄ちゃんからの質問に、チラリと横目でひぃくんを確認しながらもそう答える。


(ひぃくん、大丈夫かな……?)


 ピクリとも動かなくなってしまったひぃくん。
 そんなひぃくんのことを少し心配しながらも、お兄ちゃんの方へと顔を向ける。


「ダメ」

「へっ……?」

「危ないから、行ったらダメ」


 素っ頓狂な声を出した私に、再度ダメだと告げたお兄ちゃん。驚いた私は、一瞬固まってお兄ちゃんを見つめる。
 すると突然、固まったまま動かなかったひぃくんが大声を出した。


「花音っ!!」



 ────!?



 ひぃくんに抱きつかれて、ゆっくりと後ろへ向かって倒れてゆく私の身体──。
 気が付くと、私はひぃくんに押し倒されていた。


「花音……っ。花音……っ」


 私を抱きしめたまま、胸元でスリスリと顔を動かしながら涙を流すひぃくん。
 突然の出来事に、そのまま呆然とする私。

 ゆっくりと視線を下げてみると、そこに見えてきたのはひぃくんのつむじ。その更に下の方へと視線を向けると、私の胸元で泣いているひぃくんがいる。


(私の胸元で……。胸……、元……)


「っ……いやぁーーっっ!!!」


 突然の叫び声で、呆然と固まっていたお兄ちゃんが慌てて動き始める。
 お兄ちゃんが離そうとしても、中々離れてくれないひぃくん。

 胸元でシクシクと涙を流し続けるひぃくんを見つめながら──私は思った。


(そんな事で泣かないでよ……。ひぃくん、鼻水が垂れてるよ。あぁ……っ、私の制服にひぃくんの鼻水が……)


 何だか急に阿呆らしく思えてきた私は、その場をお兄ちゃんに任せて身体から力を抜くと、ただジッと、目の前の光景を眺め続けたのだった。