コメディ・ライト小説(新)
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- ヤンデレ短編集
- 日時: 2016/12/05 21:15
- 名前: ガッキー (ID: n1enhNEv)
初めまして、ガッキーと申します。旧いコメディ・ライト小説の方でいくつか書いてました。
ヤンデレに心惹かれたのはいつの日でしたか・・・きっかけは分かりませんが、気付いたら私の性癖に『ヤンデレ』が追加されてました。あまり言うと薄っぺらく聞こえてしまうかもなんでアレですけど、ヤンデレが大好きです。
でも、私気付いたんです。ヤンデレの女の子って、主人公が変な行動するから病んでしまうだけで、主人公が一途に女の子を愛してあげればヤンデレはヤンデレじゃなくなるんじゃないかって。
ですから、いくら私が「あ〜、ヤンデレの女の子に監禁されて愛を囁かれてぇ〜!」とかほざいた所で、例え目の前に現れてくれたとしても私はヤンデレの女の子に歓喜する訳でして・・・。ヤンデレが成立しなくなるんですよ。ヤンデレを愛する人は、ヤンデレには出逢えないんですよ。
そんな私が書くヤンデレ短編集。私みたいな性格の奴が主人公だとヤンデレが出てこなくなってしまうので、主人公の性格は少しクズめだったりします。
好みが分かれるとは思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。あと、こんなヤンデレ書いてほしいなぁ〜とか、リクエストがありましたら、お知らせ下さい。もしかしたら書かせていただくかも知れません。それと、感想や誤字脱字の報告もお待ちしております。反応があるだけでも凄い嬉しいので。
ではでは(^ω^)
- Re: ヤンデレ短編集 【病んでるパーティ】 ( No.2 )
- 日時: 2016/10/24 23:38
- 名前: ガッキー (ID: KDFj2HVO)
オレは、世界を救った。
三人の仲間と共に、魔王という名の世界の脅威を消す事に成功したのだ。
オレという犠牲を引き換えに。
・・・だったらこの文を書いてるオレはどういう状態だ、とか。そんなツッコミに弁解をさせてもらうと、正確には『オレを犠牲に魔王を倒した』というのは嘘だ。確かに魔王は倒したが、オレは死んではいない。身体の各所に切り傷やら擦り傷はあるものの、オレは五体満足の状態で魔王が棲む城から国まで帰る事が出来ている。これはちょっとした手違いーー勘違いだったのだ。
「・・・で?師匠はどのツラ下げてワタシの所に来たんですか?」
怒りの絶頂。目の前で仁王立ちするコイツの状態を一言で表現するならば、この言葉しかあるまい。
「確かに、戦いの途中で『あとはオレに任せろ。何としても魔王を倒してやる』みたいな事言ったり、『泣くな、オレの命と引き換えに世界が救われるなら安いモノだろ』とか言ったのは謝る。だが、結局助かって、こうして話せてるんだから許してくれよ。何でそんなにプリプリしてるんだ」
「ワタシを含めて三人ーー更に言えば国中のみんなが、師匠が魔王との戦いで死んだと勘違いしてたんですよ!?ワタシがどんな思いで魔王の城から帰ったのか分かりますか!?パーティ全員が一言も話さずに俯きながら国へ帰る重苦しい空気が理解出来ますか!?」
「・・・何でオレは助かったのに怒鳴られてんだ」
因(ちな)みに、今のオレの体勢は正座。コイツに挨拶をするなり正座を命令されたのだ。仮にも、オレはコイツの師匠なんだがなぁ。
〜三十分後〜
「・・・まぁ確かに、こうして無事だった訳ですし、今回の所は許してあげます。でも、次は無いですからね!」
「何回も死にかけてたまるかっつうの・・・」
可愛い可愛い弟子からのお説教も終わった訳だし、足を崩して正座から胡座(あぐら)に切り替える。止まっていた血液が足に渡るのを感じて、オレはあの戦いで生き残り、今も生きているんだなと改めて実感した。
「そういえば、ワタシ達を戦いから外した後にどんな事があったんですか?」
そうだ。その説明をしなきゃいけないんだったな。
魔王と剣を交えて、あの時のオレは確信した。人数が多いと逆に不利だと。魔王は力と速さを兼ね備えていて、こちらが一斉に掛かると自分の攻撃が味方に当たるーー所謂(いわゆる)同士討ちの可能性が考えられたのだ。自分一人で勝てるとは思わなかったが、死体が増えるよかマシだと思った。
だからオレはパーティの三人を戦闘から外して、帰る際ーーもしくは撤退の際に必要な城の外に出るルートを探すよう命じた。そちらも生死に関わる事なので、パーティの三人も渋々(しぶしぶ)了承してくれた。
という訳で、パーティの三人はその後どんな戦いがあったのか知らないのだ。
「いや本当、ギリギリだったんだぜ?床に倒れたのも魔王と同じタイミング。疲れと痛みで脚が動かなくて、オレと魔王で二人して死を覚悟したから『お前みたいな強い奴は初めてだ』『もし生まれ変わる事が出来たら、次は友として貴様と出会いたいモノだな』とか変な友情芽生えてたしな」
それで、なんだかんだオレだけ助かってるんだから、オレは相当のクズと言えるだろう。死んだら多分魔王に滅茶苦茶キレられるんだろうな。
死んだ魔王に思いを馳せつつ、弟子であるコイツの家の中を見渡す。キッチンの壁に掛けられたフライパンが目に入り、『そう言えば腹減ったな』とか考えていると、目敏(めざと)く反応する者がいた。
「師匠、お腹減ってますよね?」
「まぁ、戦いの後から何も食ってないしな」
「本当にギリギリじゃないですか・・・。取り敢えず、ごはんにしましょう」
ごはんという単語を聞いて、オレの腹が鳴る。弟子の作る飯はとても美味しいので、知らない内に胃袋が調教されていたのかもしれない。ほら、弟子が作る飯を考えただけで涎(よだれ)が垂れてくる。
〜それから更に三十分後〜
「お願いします!」
「いくら師匠の頼みでも、それは嫌ですよ!」
「頼む!」
オレは、弟子に土下座をブチかましていた。
「大体、何でワタシなんですか!師匠自身が行けば良いじゃないですか!」
「お、お前!オレが死んでも良いってのかよ!」
「何で!?」
「良いか?オレが下手にアイツ等の前に姿を現してみろ。最悪死ぬぞ・・・?」
「いや、全然意味分からないです。何で生存報告に行くのが駄目なんですか?」
「兎に角駄目なんだ!」
「えぇー?」
弟子から振る舞われた豪勢な食事に舌鼓を打ち、食後にぼーっとしていると、弟子が話題を振ってきたのだ。
「ワタシだけじゃなく、パーティの残りの二人にも挨拶しに行ったらどうですか?」
と。
オレはその言葉を聞いた瞬間に、額を床に擦り付けていた。
んで、今に至る・・・と。
「頼む。この通り!師匠からのお願い!」
「ここまで威厳の無い師匠も中々居ませんよね」
オレの情けない態度にドン引きしつつも、靴を履き始める弟子。
「・・・分かりました。師匠の口から出た物騒な単語と面会拒否の理由も気になりますし、取り敢えず、『師匠が生きているかも知れない』っていう噂だけでも流してみます」
「それで、アイツ等の反応を確かめるって事か」
「はい。ワタシの目から見て異常が無さそうでしたら、師匠を連れて生存報告に行くーーこれで良いですね?」
「ありがとう!食器洗いは任せとけ!」
「アンタ本当に師匠ですか・・・」
〜姫〜
「どうかしたの?わざわざ私(わたくし)の城まで来るなんて」
ってな訳で、師匠が何故かパーティメンバーに会う事を頑(かたく)なに嫌がっていたので、ワタシが代わりにパーティメンバーの元まで出向く事に。・・・これで何とも無かったら、どうしてやりましょうか。
「姫さま、あの噂は耳にしましたか?」
「噂?」
姫さまは、視線を数秒程宙に彷徨(さまよ)わせてから答えた。
「生憎、私の耳には何も入ってきていないわよ」
当たり前だ。その噂はワタシがこの瞬間に初めて流すのだから。
「風の噂故、どこから流れてきたのかは分かりませんがーー師匠が、生きているかも知れない。と」
この国で二番目に権力のある姫さまに嘘を吐く事は抵抗があるが、仕方無い。師匠が生きているのは本当なんだし、ギリギリセーフですよね。
ワタシの言葉を聞いてから、姫さまに劇的な変化があった。表情が柔らかな笑顔から一転無表情に変わり、ワタシに詰め寄ってきた。
「それは本当かしら・・・?」
ワタシの視界いっぱいに映る鋭い眼光。そこに、国民から慕われる温厚柔和な姫の姿は無かった。
「お、落ち着いて下さい。あくまで噂ですから」
それもそうね、と姫さまはあっさりとワタシから離れた。流石は姫さま。ちょっとやそっとの事では平静は揺るがないらしい。
なんだ、やっぱり師匠の勘違いじゃないですか。安心したワタシは、世間話程度の感覚で姫さまに問うた。
「もし師匠が生きてたら、姫さまはどうしますか?」
「そうね・・・」
オチとして姫さまの可愛い一言を頂戴から帰るとしましょう。それで、師匠を連れて来て死にものぐるいで土下座させましょう。
「二度と離さないわ」
あらあら、やっぱり姫さまは純情ですねーー・・・純情?純情・・・・・・純情ですね。
「二度と離さない?」
少々引っかかるが、ワタシは言葉を反芻して自分に納得させた。うん。姫さまはどこも可笑しくなかった。帰ろう。
姫さまに別れの挨拶をして立ち去ろうとしたワタシに、聞き捨てならない言葉が続いた。
「だって、私が目を離したから勇者様はこんなに危険な目に遭ったのでしょう?そしたら、もう二度とこんな事態にならない為にも私が一生側にいて支えないといけませんわ。いつでもどこでも、勇者様が危険に晒されないように・・・私のお城でずぅーっと」
因(ちな)みに勇者様とは、師匠の事です。師匠は勇者です。師匠が勇者になったのか、勇者だった師匠がワタシを弟子に取ってくれたのかは分かりませんが、兎に角師匠は師匠であり勇者だったのです。ーーって、そんな事より。
「け、結婚するって事ですか?」
生涯の伴侶として、側に居るという事だろうか。お城で二人、笑顔で過ごすという事だろうか。それだったら納得出来ます。一途な姫さまとして納得出来ます。
しかし、姫さまはワタシを更に混乱させる言葉を放ちました。
「あらもう///何言ってるのよ」
頬を染め、恥ずかしがる姫さま。
え?もしかして、結婚せずともずっと側に居るつもりだったんですか?
「私と勇者様は、既に結婚してるじゃないの」
「は・・・・・・?」
〜帰宅〜
「〜〜〜〜〜師匠ぉ!!」
ガチャ、バンッ!と自宅のドアを力強く開き、怒りに任せて閉じる。師匠との稽古によって鍛えられたワタシの力でドアやら壁やらが軋んだが、そんな事は気にしてられません。
「おう、おかえり。どうだった?」
奥から師匠が顔を出しました。緊張感も何も無いその腑抜けた顔に、師匠直伝の翔び膝蹴りをお見舞いする。『跳』でも『飛』でもなく『翔』という漢字を使っている事から分かるように、この技は文字通り翔ぶ。コツは、跳躍と同時に両腕を後ろに振り抜く事。短距離走のフィニッシュのような格好で空を駆け、対象にそのまま膝蹴りを食らわせるーーそんな技だ。
ワタシの渾身の一撃は、師匠にいなされて呆気なく防がれてしまいましたが。
「あっぶねぇなお前・・・。いきなり何すんだよ」
「姫さまと結婚してるってどういう事ですか!見損ないましたよ!ワタシにも白さんにも散々フリーって言ってた癖に!!」
「え、ちょ、何の話だよ。理解が追い付かないんだが」
「この期に及んでシラを切るつもりですか!?最低ですよ!」
「落ち着け落ち着け!拳を下ろそう?な?幾ら師匠でも胸倉掴まれてたら流石に避けらんないって!待って!本当に待って!ぎゃああああああああああああああああああああ!!」
〜数分後〜
「・・・・・・ーーえ、本当に結婚はしてない?」
「本当だ。第一、魔王を倒しに行くのにうかうか結婚してられるかよ。あれは姫さんの妄言だ」
「確かに、方や一国のお姫様。方や国を存亡を背負った勇者様ですもんね。戦いを前にそんな現(うつつ)を抜かしてられませんもんね」
涙ながらという訳ではないけど、必死に語る師匠の説明に納得してきたので、師匠への攻撃を止めました。
「加えて、オレは国に帰って来てから姫さんには会っていない。理解してくれたか?」
「はははは、早とちりでしたね。すみませんでした。では気を取り直して、次は白さんの所に行って来ます!」
とても良い笑顔でさり気なく家から飛び出そうとしたが、師匠に肩を掴まれて止められる。
「おい、逃げるな。師匠の顔を見てみろ。誰かさんのせいでボコボコだぞ」
「血も滴るいい男って言うじゃないですか」
「聞いた事ねぇよそんな言葉。てかオレの場合、滴るんじゃなくて痣になってんだよ。腫れ上がってんだよ」
「大丈夫です。この物語のジャンルはギャグなので、ワタシと数分話していれば師匠の怪我は跡形も無くなってますよ」
「滅多(メタ)な事言うんじゃねぇよ・・・」
「それにしても、姫さまがまさかあんな風になっていたなんて」
ワタシが溜め息を吐くと、まるで追い打ちをかけるように師匠が続けました。
「実を言うとな、姫さんがあんな調子なのは今に始まった事じゃねぇんだよ」
「だから、会いたくなかったんですか?」
「まあな。野宿中、お前と白ちゃんが寝静まってる時に何度寝込みを襲われそうになった事か・・・。姫さんは魔法も使えないし、剣術に長けている訳でも無いのに、腕力だけだったらなぜか俺よりも強いからな。抵抗出来ねぇんだよ」
絶対姫さんはステ振り間違えてる、とぼやく師匠を他所に、ワタシは考えた。師匠が恐れている事が真実だとしたら、ワタシはとても危ない役を任されているのではないですか・・・?
白魔術師(白さん)は正常だと良いなぁ。
- Re: ヤンデレ短編集 【病んでるパーティ2】 ( No.3 )
- 日時: 2016/10/28 21:37
- 名前: ガッキー (ID: jX/c7tjl)
「・・・じゃあ、白さんの所に行ってきます」
見せ付けるように深ぁぁく溜め息を吐いてから言ってみる。師匠め。この貸しはいつか絶対返してもらいますからね。
「流石はオレの弟子。よっ、世界一!」
「師匠ってば本当に下衆(げす)の極みですね!?」
〜白魔術師〜
「こんにちは、白さん」
「あっ、こんにちは。久し振り!」
家の前の掃き掃除をしていた白さん。ワタシが声を掛けると、笑顔で近寄ってきた。
白さんの家は国内の最北端にある森の中にあって、小一時間程歩かないといけない。白さん曰(いわ)く、自分で考えた魔法を試したりするのは人気の無い場所じゃないと難しいから。だそうです。
森の中。加えて人里離れた場所だからか、動物が多い。白さんの肩にも、栗鼠(りす)が一匹くつろいでいた。どこからか鳥の鳴き声も聞こえてくるし、空気も美味しく感じる。
「珍しいね、ボクの家まで来るなんて。どうかしたの?」
小首を傾げる白さん。同性のワタシからみても、その仕草は可愛らしく見える。
「いや、ちょっと気になる噂を耳にしたので」
もう耳にしましたか?と、こんな森の中に住んでいる白さんーーそして、ワタシが流した噂など知る筈も無い白さんに向かって、師匠が生きているかも知れないという噂の話をした。
所々で相槌を打ちながらワタシの話を聞く白さん。話終わったあとでも、変わった様子は見られなかった。挙句(あげく)には、
「それがどうしたの?」
と、(少々冷たい気もするが)冷静に返してきた。
良かった、白さんは正常だったらしい。ワタシは安堵の溜め息を吐きました。
「いえ、もし師匠が生きていたら、白さんはどうするのかなって気になっただけです」
「ボクは、その噂が本当でも嘘でもどっちでも良いよ」
言い換えれば、
生きていても死んでいてもどっちでも良い。
という事だ。
「と言うと?」
「結末は変わらないから」
「?」
「ゆーくんが魔王を倒してからずっとボクが考えて考えて考えて考えて考え続けてやっと編み出した究極の魔法。これさえあれば、ゆーくんの生死なんて関係無くなるんだ」
因(ちな)みに、ゆーくんとは師匠の事です。何故か師匠は本名を明かさないので、白さんは勇者の勇から取ってゆーくんと呼んでいるのです。
いや、語るべきは他にあり。か。白さんが口にした『究極の魔法』。ワタシはとても嫌な予感(例えるなら、姫さまと話していた時と同じような感覚)がした。
「究極の、魔法・・・?」
「うん。折角だから実演してみるよ」
無邪気な笑顔でそう言ってみせた白さん。徐(おもむろ)に、肩に乗っている栗鼠を鷲掴みにして地面に叩き付ける。ワタシが驚いて硬直しているのを他所(よそ)に、持っていた箒を振り上げて、地面で弱っている栗鼠に目掛けて振り下ろした。目を背けても聞こえてくる栗鼠の悲痛な鳴き声。絶命には至らなかったのか、栗鼠の鳴き声は止まない。聞こえてくる、何度も地面を叩く箒の音。やがて聞こえなくなる栗鼠の鳴き声。
「・・・・・・な、何を」
ゆっくりと視線を白さんに戻して問う。今まで行動を共にしてきた白さんからは考えられない暴挙。白さんは笑顔のままです。
「あっ、勘違いしないでね?ボクはか弱い動物を殺す様を見せたかった訳じゃないから。本番はこれから。究極の魔法を見せてあげる」
箒を投げ捨て、懐から杖を取り出した白さん。そして、ワタシのような常人には聞き取れないどこかの言語を唱えだした。冒険の頃と違う点は、その圧倒的な詠唱時間の長さだろう。普段は二、三秒で終わる詠唱時間に対して、目の前のこれはとても長い。そろそろ三十秒が経ちそうな頃に、栗鼠の死骸の周りが青白く光りを放ち始めた。そして、白さんが杖を仕舞いながらこう言った。
「はい、これがボクの究極の魔法」
視線を下に移す。
驚愕。
死んだ筈の栗鼠が、この世の理(ことわり)を嘲笑うように、元気に動いているではないか。
「・・・・・・?」
「びっくりさせちゃったね。ごめんね?」
たはは、と笑いながらワタシを気遣う白さん。小動物のようなその笑顔はとても可愛いが。小動物を叩き殺した人と同一人物とはとても思えないが。
そんな事よりも。
「まさかこれを、師匠に使うつもりなんですか?」
「うん。魔王の城にもう一回行って、使うんだ」
「師匠の遺体が見付かりますかね」
「見付けるんだよ。何としても」
こちらを鋭い眼光で睨む。馬鹿な事を言うなという怒りと、強い決意が感じられた。
ほら、生きていても死んでいても同じでしょ?嬉々としてそう語る白さんは、どこか狂っているように見えて。
ワタシは只々(ただただ)笑って、適当に言葉を並べてその場から足早に立ち去る事しか出来なかった。
〜帰宅〜
「・・・という感じだったんですけど」
「やっぱりなぁ・・・。白も、旅の頃から可笑しかったんだよ。オレが怪我したら、傷口を舐めるし」
「何の為の白魔術師ですか」
「回復魔法はひとしきり舐めた後だったな。傷口を舐める理由を聞いても有耶無耶(うやむや)にされた」
あとは、オレの食事にだけ変な液体入れようとしたりな。気付いた時には止めていたが、あの液体の中身は何だったんだろうか。血のように真っ赤な色をしていたのは憶えているが・・・。
首を掻きながら、弟子に言う。
「な?だからオレはアイツ等に会いたくなかったんだよ」
「悔しいけど納得します。ワタシも話していて怖かったですし」
二人してげんなりとする。
「ヤバいな。これからどうしようか。ここに居たらいつか見つかりかねないし」
「白さんは、そういう魔法とか作っちゃいそうですよね」
確かに。白魔術師がどんな魔法を使えるのかは知らないが。
「姫さまは・・・勘で見つけ出しそうです」
「そういう所あるからな、アイツ」
魔王の城に入ってから迷わずに魔王がいるフロアまで行けたのは、実は姫さんのお陰だったりする。姫さんの直感で右へ左へ進んで上っていたら、魔王の所まで行けたのだ。
帰りのルートをパーティのメンバーに探させたのは、まさか本当に魔王のフロアまで行けるとは思っていなかったので、行きのルートを憶えていなかったからだ。
「あぁー・・・マジでどうすりゃ良いんだよ」
頭を抱える。アイツ等に捕まったら最後(最期)、一生陽の光を見れる機会は無くなる気がする。考えただけで震えが止まんねぇ。
「女の子に優しくするからそうなるんですよ」
「男だったら当たり前だろ」
「師匠は優しくし過ぎです。姫さまも白さんも狂わせる程の事を師匠はしてしまったんですよ」
後悔してからでは遅過ぎる。もう取り返しはつかない。収集もつかない。決着もつけられない。つけられるのは、ケジメだけか。
「頭下げたら許してもらえるかな」
「その頭を掴まれてどこかに連れて行かれるでしょうね」
「詰んでる、詰んでるよオレの人生・・・」
ヤバいヤバいヤバいヤバい。呟き続けるが、それに何の意味の無い事は分かっている。気休めというか、敢えて口にする事で事態が軽くなるような気がしたのだ。
「いっその事、今までの経歴やら土地やらを全部捨てて逃げ出してぇ・・・」
こういうのを蒸発と言うのだったか。下手をすればーーいや、しなくても実行するかもしれない独り言。弟子は、その言葉に対して。
「・・・・・・・・・逃げ出しちゃいます?」
「は?」
口を開けて驚く。まさか、弟子が止めないとは思わなかった。『逃げるなんて、それでもワタシの師匠ですか!?』とか言うと思っていたのだが。
「全く、師匠は本当にクズですね。女の子をその気にさせておいて、自分は逃げ出すだなんて」
腕を組んでそう言った弟子。何故かその口端は上がっていた。
「いや、もう仕様が無い気がするんだが。命は大事だよ。うん」
「・・・まぁ。クズですけど、なんだかんだワタシは嫌いじゃないですよ」
「そりゃどうも」
「行きましょう。一緒に、あの二人から逃げちゃいましょう」
思ってもみなかった、願ってもみなかった弟子からの甘い提案。一人より二人。隣に誰かが居てくれる心強さは、パーティを組んでいたオレが一番良く分かっている。
「いや、弟子が付いてきてくれるならこれ以上に心強い事は無いけどさ。良いのか?」
「ワタシもあの二人の本心を知ってしまった以上、何らかの形で身の危険に晒されるかも知れませんし」
溜め息をしながらも嬉しそうなのは、多分オレの気のせいだろう。
「炊事洗濯掃除、その他諸々何でも出来るワタシを、逃避行に連れて行ってみてはどうでしょう」
「・・・うん。お願いします」
頭を下げる。弟子も、こちらこそと頭を下げた。
「師匠がどんな目に遭おうと、世間からどんな風に思われようと、ワタシが付いていますから。安心して下さい」
「あー、駄目だそれ。ウルッとくる」
「泣かないで下さいよ、もうっ」
片方は屈託の無い笑顔で、もう片方は涙を瞳に滲ませて、笑い合う。
これからどんな困難が待っているのかは分からない。姫さん率いる軍隊に追われるかも知れないし、白の奇天烈(きてれつ)な魔法がオレと弟子の脅威になるかも知れない。だけど、弟子となら何とか乗り越えて行けそうな気がした。
「師匠、ワタシが付いていますから。いつもいつでもいつまでも、どんな奴等が表れようとも、ワタシが守ってあげます。ワタシが助けてあげます。だから師匠は、ワタシにもっと依存して下さいね♡心も身体も、ワタシ無しではイキラレナイヨウニ」
- Re: ヤンデレ短編集 【褒めて伸ばして思い付く】 ( No.4 )
- 日時: 2016/11/02 22:15
- 名前: ガッキー (ID: N7iL3p2q)
「兄さん、おはようございます」
「兄さん、御飯のお味はどうですか?今日の魚の焼き加減には自信があるのですが」
「兄さん、トイレですか?私がお手伝いしまーー・・・・・・分かりました。どうぞ。ですが、ドアの前で待ってますね」
「兄さん、兄さんは何もしなくて良いんです。私に何もかも任せて、何もかも委ねて下さい」
「兄さん、兄さん、兄さん、兄さん、兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さんーー」
毎日毎日、コレだ。気が滅入りそうになる程の、妹からの呼び掛け。おはようからおやすみまで妹尽くしだ。
『あの日』から、外の空気を感じる事は無くなってしまった。起床時の陽射しは、やはり窓越しだと眩しさはあれど暖かさは感じられない。代わりに感じるのは、身体に引っ付く妹の体温と身体の柔らかさだけ。
家の全ての窓に鉄格子が填められ(ご近所さんに見られたらどうするつもりなのだろうか)、玄関には最初から備え付けられていた鍵に加えて、外からしか施錠開錠の出来ない鍵が付けられている。妹が俺をどれだけ家に留めておきたいのかが分かる扱いだ。
勘違いしてもらいたくないのは、俺は自宅から出ないのではなく出られないという事だ。自宅に引き篭もっているのではなく、自宅に監禁されているだけなのだーーと。
妹曰く、『兄さんは私が一生養います』だそうだ。学校は中退させられ(学校側には、中退してでもやりたい事がある、と告げたらしい。これでは俺が進んで辞めたみたいだ)、俺が歩けるのは自宅内だけとなった。妹が朝早く起きて炊事洗濯をし、学校に行く。帰ってきたらすぐさま俺に抱き着き、一時間程俺の匂いを嗅いでから夕飯の準備に取り掛かる。風呂にまで同行され、現在俺が一人になれるのはトイレの中だけだ。まぁ、いずれはトイレも・・・・・・。
うんざりだ。妹は可愛いが、ここまで自由を剥奪されると疲れの方が上回ってくる。
と、いう事で。
俺、脱走を試みようと思いまーす。
トチ狂った訳ではない。吹っ切れたのだ。やりたい事を見付けたという理由で中退したのだから、本当にやりたい事をやってやろうじゃないか。可愛い可愛い妹から自立(妹離れ)をするのだから、兄離れをしてもらわなければ。
読者諸君。俺はやってやるぞ。妹離れをし、自由を手に入れてやる!
「さて・・・」
唯一俺が自由になれる空間ーートイレの中。腕を組んで考える。脱走するのに必要なのは大きく分けて三つ。
・脱走経路。
・脱走した後に使うお金。
・信用出来る人間。
だ。この三つの中で俺が悩んでいるのは三つ目、『信用出来る人間』。妹によるワクワク監禁生活がスタートした初日ーーつまりは『あの日』の夜に、俺のスマホから妹以外の連絡先が抹消された。男友達も女友達も、果てにはクーポン等の目的で登録していた飲食店のアドレスも、学校の電話番号も全てだ。
参った。誰にも連絡が取れない。警察に連絡するという手もあるが、俺は妹を警察に突き出すような真似はしたくない。この件の原因の一端は俺にあるのだし、俺は妹に殺人と監禁の罪を償ってほしい訳ではないのだ。
ただ、兄離れしてほしくて、妹離れさせてほしいだけ。
我儘(わがまま)だろうか?我儘なのだろうな。妹を褒めるだけ褒めて、突然突き放す俺は最低のクズだ。
「・・・兄さん?随分と遅いのですね」
ドア越しに聞こえてくる、妹の凍えるような声。そろそろ限界か。
俺は脱走について考えていたが、それと同時に行っていた事がある。
鉄格子と窓枠の間を鑢(やすり)で音を立てずにゆっくりと削る作業だ。作業時間は多くて十分。それを一日に三回。毎日毎日地道に(バレないように)削り続け、そろそろ鉄格子が外れそうな所にまで漕ぎ着けた。このままバレなければ、妹が学校に行っている間に簡単に逃げられる!
「おまたせ。ごめんな」
「いえいえ、お腹の調子は大丈夫ですか?私の料理で当たったのでしたら・・・」
「妹の作る料理で腹を下す訳ないだろう?この寒さだ。多分腹が冷えていただけだと思う」
物憂げに俯く妹に、優しく諭す。見れば見る程良く出来た妹だ。脱走を企てているのが申し訳無く思えてくる。
・・・・・・いや、駄目だ駄目だ。俺はもう決めたんだ。見てろ、妹よ。兄の本気を見せてやる!
「・・・・・・」
カリ、カリ、
「・・・・・・」
カリ、カリ・・・・・・。
時間と己の精神力との戦い。気が狂いそうになる程の、長い(実際には五分も経っていない)時間。息が荒くなるのを抑えながら、作業を続ける。焦るな、焦るんじゃない!
鼓動がバクバクと喧しく存在を主張する。ドアの向こうには妹が立っている。バレたら一巻の終わりだ。
まだ妹からの呼び掛けは無い。チャンスだ。ヘマさえしなければ、今ここで脱出経路を完成させる事が出来る。
「兄さん?」
「もう少し待ってくれ」
・・・・・・どうやら、ここで時間らしい。鉄格子の鑢(やすり)で削った部分が見えないようにカモフラージュし、トイレの水を流してドアを開く。
「おまたせ。ごめんな」
「いえ」
「・・・・・・やったぞ」
小さく、掠れた声で呟く。喜びのあまり笑いそうになるのを必死にかみ殺す。
脱出経路が、遂に完成したのだ。妹との生活におさらば出来るのだ!いざ脱出する時に不作用が無いように、一度鉄格子を外してみる。少々縁に引っかかるが、外す事が出来た。しかし、今脱出は出来ない。脱出の際には音を抑える事が難しくなるので、妹にバレてしまう。俺と妹の今の距離なら、逃げ切れない。
決行は明日。妹を見送った瞬間だ。
決行当日。
窓を間に挟んで見えた空はとても晴れていて、俺の門出を祝福しているようだ。妹が家を出るのが七時五十分。着替えやら何やらの準備の事を考えたら、俺が家を出るのは八時半位になるな。
いつも隣で寝ている妹の姿は、この部屋には見当たらない。もう朝食の準備に取り掛かっているのだろう。
俺は大きな欠伸(あくび)を一つし、妹の居る一階へと向かった。
「おはようございます、兄さん」
「おう、おはよう」
妹に挨拶をし、洗面台へ。頭を働かせる為に冷たい水で顔を洗っている最中、作戦をもう一度頭の中に浮かべてみた。見落としは無いか。足りないモノは無いか。先程の妹との会話は不自然じゃなかったか。
・・・OK、大丈夫だ。普段通りに朝食を済ませ、妹を見送ってやろうじゃないか。
「兄さん、御飯はどれ位お召し上がりになりますか?」
「いつもと同じで良いよ」
「分かりました」
「「いただきます」」
目の前に並ぶ朝食のメニュー。どれもこれも美味しそうで、自分の腹が鳴るのが分かった。この朝食が最後の妹の手料理となる訳だし、しっかりと味わおう。美味しい。
チラリと、さり気なく妹の顔色を伺う。うん、いつも通り。作戦がバレているという事は無さそうだ。
「私の顔に何かついていますか?」
「い、いや。何も」
視線を感じた妹が俺に微笑みながら問い掛けてきたので、微笑み返しながら視線を下に戻した。
他愛も無い会話をちょくちょく挟みながら食べた朝食。
食器を(妹が)洗った後に突然抱き締められて匂いを嗅がれて。
時計を見れば、いつの間にか妹が家を出る時間。
「お昼は冷蔵庫に入れてありますので、電子レンジで温めて下さいね」
「おう、分かった。気を付けてな」
「はい、いってきます」
「いってらっしゃい」
バタン、玄関のドアが閉まる。それから、鍵を掛ける音が何回か聞こえる。遠ざかる足音はやがて聞こえなくなり・・・。
「よし、よし、よし!」
俺は小さくガッツポーズをした。
俺の勝ちだ、妹よ!
リュックに入る程度の荷物を詰め込んで、立ち上がる。部屋を見渡すと、物心付いた頃からずっと使ってきた自分の部屋が映る。もうこの部屋も今日でお別れだ。もう本棚に置いてある本を読む事も無いし、机に向かう事も無い。そう思うと、少し心にクるモノがあるな。
・・・・・・えぇい、何をウジウジしているのだ俺よ。リュックを背負い、ドアを開ける。
「・・・・・・は?」
ドアを開けて目に入るのは、白い壁でも茶色い廊下でもない。視界に映るのは、居る筈が無い、居てはいけない、先程自分自身が見送った筈のーー
不気味に微笑む妹の姿だった。
「そんなリュックを背負って、どこに行くおつもりですか?」
「・・・・・・」
言葉が出ない。
冷や汗が背中を伝う。
グルグルと視界が歪む。
「この家から出て行くつもり・・・・・・そうですよね?」
「ち、ーー」
「違う訳ありませんよね?私、知っていますから」
「何をだ」
「【トイレの鉄格子】と言えば、分かりますか?」
「っ!」
バレていたのか?いやしかし、カモフラージュは完璧だった筈。トイレに入って、目に入ったとしてもわざわざ確かめようとはしないような配置だったのに。
「不思議そうな顔をする兄さんもとても愛らしいです」
俺に一歩近付く妹。見えない力に押されるように一歩退く俺。妹がドアを閉めた。
「まず違和感に気付いたのは二十日前でした。その頃の兄さんに、自覚はありましたか?」
自覚?何か不自然な事をしたか?
「いつも褒めて下さる兄さんが、私を褒める回数が減っていったのです」
「あ・・・・・・」
言われてみればそうだ。最近、妹を褒めた記憶が無い。俺は無自覚に妹を褒めるのではなく、良い所を探して褒めるのだから当たり前だ。脱走の事ばかり考えていたら、妹を褒めなくなるのは当然である。
「それから一週間程経ってから、トイレで僅かに鉄の臭いがするようになりました」
鉄格子を削った際の臭いが残ったか・・・!消臭スプレーを撒いたから平気だと高を括っていたが、妹にはバレていたらしい。自分の甘さに、どうしようもない感情を覚える。
「そして今日の朝。何気なく窓を見たら、光に照らされて見えたのです。縁の微妙なズレが」
燦々と光を放つ太陽をここまで恨めしく思った事が今まであっただろうか。いや、ある訳無い。
後退(あとずさ)る。マズいマズいマズいマズい!包丁を向けられた時何かの比じゃない。この状況はマズ過ぎる!
「ねぇ兄さん?兄さんは鉄格子を外して、ここから出て、どこに行こうとしていたんですか?」
「・・・・・・」
「黙っていたら・・・分からないじゃないですかッ!!」
強い力で突き飛ばされる。背中に柔らかい感触。ベッドがスプリングを軋ませながらも、俺を受け入れた。突然の出来事に目を白黒させている俺に、妹が近付く。
「く、来るな!」
近くにあった枕を投げるが、妹は難無くそれを躱(かわ)した。歩みは止めない。止まってくれない。
「私の兄さんはどこにも行きませんよね?私の兄さんはずっと私の隣に居てくれますよね?私の兄さんは脱走を企てたりしませんよね!?」
妹が制服のポケットから何かを取り出す。嫌な予感がして、咄嗟(とっさ)に布団を投げた。
「きゃっ!」
空中で広がった布団を妹は避ける事が出来ず、数秒動きが止まる。
妹が布団に四苦八苦している間に、俺は妹の横を通り抜けた。急げ!この部屋から出れば、何とか逃げられる!
一度家から出た妹がこうして帰ってきているのなら、玄関の鍵は開いている筈だ。仮に閉めていたとしても、内側から掛けられる鍵は一つだけ。ロスは一秒も無い。
部屋から出る瞬間に妹に捕まるという有りがちなオチも無く、俺は転げ落ちるように階段を降りた。玄関の鍵は閉まっていたので、靴も履かずに震える手で取っ手を捻る。カチャリと開錠を示す音が聞こえ、ドアを押す。
押す。
押す。
押す。押す。押す。押す。押す。押す。押す。押す、押す、押す押す押す押す押す押す押す押す!
「何でだ!開けよ!このッ・・・!」
押しても引いても殴っても蹴ってもドアは一寸たりとも動かない。
「ドアは開きませんよぉ・・・・・・?」
振り返ると、丁度階段を降りてきた妹と目が合った。ドアに背中を預ける。
「知らない内に鍵を増やしたな!?」
「いいえ、増やしてませんよ?」
「なら何でーー」
「私、玄関から入ってませんから」
「・・・・・・は?」
惚ける。妹の言っている意味が理解出来ない。ハイスペックな妹はいつの間にか壁を通り抜ける力でも手に入れたのだろうか。
考える俺に一瞬で詰め寄った妹は、吐息を俺の耳に吹きかけるように言った。
「トイレの窓、開いてましたよ」
「まさか、お前・・・!?」
「はい、兄さんが数十日もかけて作った脱出口から入って来ちゃいました♪」
可愛らしく、どこか恐ろしく感じる妹の口調に俺は笑う事しか出来ない。
「は、ははは・・・」
そうか、通りで、俺が準備をしている時にドアを開く音が聞こえなかった訳だ。
ガチャガチャガチャガチャ。後ろ手でドアを開こうとする。開かない。
「無理と分かっていても尚(なお)諦めないその姿勢はとても素晴らしいですが。兄さん、私から逃げようとするのは感心しませんね」
肩に手を置かれたので、反射的に払い除けた。払われた手を見てから、驚いたような目で俺を見る妹。枕ではなく、直接手を上げたのはどうやら失敗だったようで。妹の周りの空気が変わったのを肌で感じた。
「・・・兄さん?」
息が上がる。怖い。目の前の妹が、恐ろしい化け物に見えて。
「助けてくれ」
口から漏れた呟きは、やがて叫びに変わる。
「兄さん?」
「俺に近寄らないでくれ!怖い!」
手を振り回す。妹の髪に当たり、綺麗な髪が揺れる。
「・・・・・・」
無言で歩み寄ろうとする妹に、傘立てに立て掛けてあった傘で応戦。上段から振り下ろすが、いなされてバランスが崩れた。その隙に握っていた傘を取られ、へし折られる。反撃に身を竦めるが、返ってきたのは、顔を覆いながら弱々しく呟く妹の声。
「嗚呼、兄さんが可笑しくなってしまいました」
馬鹿を言うな。可笑しいのは妹だろう。人を殺して、兄貴を監禁する何てどうかしている。
「兄さん、お医者さんごっこをしましょう」
指の隙間からこちらを見詰める濁った双眸。
「は?」
「私がお医者さんで、兄さんが患者さんです」
「何を言っている」
「大丈夫です、すぐに治してあげますからーー」
反応も出来なかった。気付けば俺は、妹に投げられ廊下に背中を強かに打っていた。肺から強引に空気が吐き出される。
「カ、ハッ・・・」
仰向けになった俺の胴体に妹が跨る。デジャヴ。
制服姿で妖艶に微笑む妹は、こんな状況じゃなければ世間一般的な『萌え』に分類されていたのかも知れない。
喉を掴まれ、ゆっくりと力を入れられる。徐々に塞がる気道。
「ぐぅぅぅゥゥ・・・・!」
口の端から唾液が垂れる。妹はそれを指で掬い、舐めた。
「病気が治れば、兄さんは逃げ出したりしなくなる。病気が治れば、兄さんはいつも通り私を褒めてくれる。病気が治れば、兄さんは私と一緒にいてくれる。早く、早く治さなきゃ・・・!」
「や、め」
「安心して下さい。すぐに終わりますから」
ふふふふふふふふ、と笑いながらポケットから何かを取り出す妹。先程はそれを視認する前に逃げたが、今やっと分かった。バチバチと音を鳴らすその物体が何なのか。それは人に当てたらどうなるのか。止めろ!もう逃げ出したりしないから!
喉を締められた俺は、呻き声の一つ上げられない。近付く閃光。笑う妹。
ーーーー意識は、ここで途切れた。
- Re: ヤンデレ短編集 【腕が使えない】 ( No.5 )
- 日時: 2016/11/11 18:59
- 名前: ガッキー (ID: VHEhwa99)
ある朝の出来事だ。これは僕にとっては人生で一二を争う大事件で、一歩でも間違えていたら僕の人生自体変わってしまうかも知れない出来事ーー
いつもよりも少しだけ家を出るのが遅かった。自転車で十分もかからないので、別に遅刻する時間帯ではないのだけれど、ペダルを漕ぐスピードと比例して僕は少し焦っていた。
だから失念していた。この横断歩道は、事故が多発している魔の横断歩道だという事を。前に車が衝突した為に信号が修理中で、信号が機能していない極めて危険な横断歩道だという事を。
僕はそこを、一時停止も左右確認もせずに通過しようとしたのだ。
だから、事故に遭う。横からの突然の衝撃。驚きのあまり手が硬直し、ハンドルを離せずに自転車と一緒にそのまま車体に巻き込まれる。横になる視界。不思議と痛みは感じず、もしかして僕は事故に遭ったのだろうか?と呑気に考えていた。
僕を轢いた車の後部座席から出てきた誰かは甲高い悲鳴を上げた。そんな朝の惨劇を他所に、道路には静かに僕の血が広がっていった。
時も場面も変わり、一ヶ月後。そして病院の最上階の個室。ハンドルを離さなかったのが悪かったのか、僕は両腕を骨折していた。勿論、身体の各所に縫ったり肌を移植しなければならなかった程の怪我はあるのだけれど、一ヶ月経っても一番深刻なのはこの両腕だ。
「はい、あーん」
一ヶ月も経てば痛みは落ち着いてーーというか多少慣れてくるが、両腕はそうはいかない。両腕が使えないというのは、とても不便なのだ。
「ねぇ?あーんっ」
食事や着替えが不自由なのは当たり前として、歩くのも辛いのだ。バランスが取れずに転びそうになる。床に手も付けないのでら更に辛い。しかも一人じゃ起き上がれない。
「・・・・・・ねぇ」
「ん?ーーもごっ」
思考に耽(ふけ)っていると、横合いから底冷えするような声がしている事に気が付いた。顔を向けた所で、口にスプーンが入り込むその後から、最近ようやく食べれるようになった病院食の味。
「さっきからあーんって言ってるんだけど?」
「も、もご・・・・・・」
謝ろうにも、口にスプーンと食べ物が入った状態では口が動かせない。ドンドン口の奥に進入してくるスプーン。ねぇこれは流石にヤバいって。
「んー!んー!」
スプーンを持つ手をタップして降参の意を伝える。スプーンの先が喉を掠めた所で、やっとスプーンは口内から退いた。
「ごほ、ごほ・・・・・・びっくりしたなぁ」
「あーんってしたら応えてくれないと」
むぅー、と頬を膨らます女の子。甲斐甲斐しく僕の口に食事を運んでくれるこの子を一言で表すなら、『僕を轢いた車に乗っていた女の子』だろう。
何とこの病院、この女の子のお父さんの病院らしく。僕はその病院のVIPルームで療養しているのだ。責任を感じたこの女の子にお世話をしてもらいながら。
何だろう、そもそもあの事故は僕が一時停止と左右確認を怠らなければ起きなかった事故なのに。罪悪感が凄いな。
まぁ、それを女の子に伝えるつもりは無いけど。ややこしくなりそうだし、もしも事態が良くない方向に傾いた場合の事を考えると恐ろしい。知らぬが仏、と言えば良いのか、女の子はこの事を知らない方が幸せだ。
「はい、あーん」
僕の心情など知らず、僕の口に食事を運んでくれる女の子。幸か不幸かこの病室にはこの女の子以外来ないので、僕はあまり恥ずかしがらずに、餌を待つ雛鳥の如く口を開けた。まぁ、慣れもあるけどね。
昼食も終わり、女の子が空になったトレーを運んでいる間に僕はふと考えた。果たして僕は、いつ頃退院出来るのだろうか、と。お医者さんからそれらしき話はまだ聞いていない。女の子に聞いてみた事もあったが、強い口調で『まだそんな事は考えなくて良いよ』と言われて以来、この話題を口にした事は無い。
だけど、気になる。両親も姉もお見舞いに来てくれないし。と言うか、スマホが事故の一件でどこかに行ってしまったので親と連絡が取れないと言うのが正しい。そもそも、親は僕がこの病院に入院しているのさえ知らないのかも知れない。場所を教えようにも、僕は手術をされてからこの病室を出た事が無いので教えられない。トイレはーー恥ずかしながらこの子に任されてしまっている状態だ。仮に一人でトイレが出来たとしても、この病室はホテルみたく豪華で、わざわざ廊下へ出なくてもこの病室の間取りの中にトイレが存在するのだ。
病室内に壁掛け時計はあるけどカレンダーは無くて、日にちが把握出来ない。前に事故から一ヶ月後みたいな事を言ったけど、それだって女の子から与えられた情報だ。真実かは分からない。
・・・・あれ?これって結構ヤバいんじゃ?
「何考えてるの?」
「いや、何でも」
女の子からの問いをはぐらかしながら、視線をさり気無く窓の外に移す。ここから見える景色に見覚えは無い。本当に何処なんだここは。
「心配事は何も無いわ。ウチがいるもの」
「・・・・・・そうだね」
ボーッとして、ごはんを食べて、女の子と会話をして過ごす毎日。一向に僕の容態に関する話は聞かされず、本格的に不安になっていた頃。僕に転機(チャンス)が訪れた。
「・・・・・・あのー」
「うぅーん、むにゃむにゃ」
眠りから目を覚ますと、やけに温かい。時間を確認すると、午後四時を過ぎた所。温かいのは陽射しの所為(せい)かなーーそんな訳無い。女の子が、怪我人である僕のベッドに潜り込んで寝ているのだ。顔が近い。何故僕の服を摘んで寝ているんだ。
「起きないなぁ」
声を掛けてみたが、応答は無し。両腕は器具で吊られているので、身体を揺する事も出来ない。
「・・・ーーあ、おはよ〜」
どうしようか悩んでいた所でタイミング良く女の子が目を覚まして、寝惚け眼を擦りながら起き上がった。
「おはよう。と言っても、そんな時間帯じゃないか」
僕が言ってから女の子も時間を確認して、
「そろそろ夕飯の準備の時間かな」
ベッドから降りた。
ベッドから降りる時に何故か口付けをされた時の僕の純情は露知らず、女の子は気持ち良さそうに身体を伸ばした。
「そう言えば、夕飯って毎日君が作ってるの?」
「・・・・・・ウチ以外が作った料理をあなたの口に入れるのが耐えられないから」
「ん?」
「何でもない。ウチが作ってるよ」
「へぇ〜、病院食が作れるって凄いね」
見た目からして女の子は十五、十六歳くらいだろうか。僕が今まで生きてきた中で、病院食が作れる女子というのは聞いた事が無い。と言っても僕の場合、身体の中に異常は無いのでガッチガチな病院食ではないのだが。
「ありがとう♪じゃあ、用意してくるから待っててね」
病室から出て行く女の子。さて、夕飯までどうやって時間を潰そうかな。
「・・・・・・ん?これって」
首をパキパキと鳴らした時に、キラリと視界で煌めくモノ。視線を向けるとそこには、事故の一件で紛失してしまった筈のスマホがあった。
「何故こんな所(僕のベッドなんか)に・・・?」
疑問はさておき、こうして見つかったのだ。素直に喜んで家族に連絡でも取ろうじゃないか。
って、
「僕のこの手じゃスマホ操作出来ないじゃん」
どうしようか。スマホを持つ事は出来ないし、足で操作するには足の所までスマホを移動させなきゃいけないし。
「あっ、そうだ」
吊られている両腕はそのままに、右肘を伸ばす。器具が以外にも融通が利かせてくれて、難なく肘でホームボタンを押す事が出来た。画面に明かりが灯る。時刻は壁掛け時計と同じ。しかし、日付は僕が思っていたよりも進んでいた。ほんの少し心の中で驚いてから、四桁のパスワードを肘で入力する。二回程間違えたが、何とかロックの解除に成功した。
懐かしさすら感じるスマホのホーム画面。声が誰にも聞こえない程度の大きさでスマホに呼び掛ける。いつから搭載された機能なのかは知らないが、最近のスマホは、話し掛けると応えてくれるのだ。
『お呼びでしょうか?』
人工音声がスマホから流れる。
「姉に、電話繋いで」
『畏まりました』
電話帳に登録されている、姉。親よりも姉を電話の相手に選んだのは、そちらの方が説明を省き易いと思ったからだ。今は時間が惜しい。女の子が戻ってくる前に要件を伝えて通話を終わらせ、スマホの存在には気付いていなかったフリをしなければ。
呼び出し画面。耳に当てられないので、スピーカーモードに肘で設定。通話終了ボタンを間違えて押してしまわないかヒヤヒヤしたがどうやら先程のロック解除の場面で、肘でスマホを操作する技術が上がっていたらしい。失敗はしなかった。
『・・・・・・・・・・・・もしもし?』
「あ、お姉ちゃん」
僕が声を掛けると、電話の向こうから『えっ?』と驚いた声が聞こえてきた。
『ちょ、えっ、アンタ、無事だったの!?』
「しぃー、静かに。説明は今の状況故に省かざるを得ないけど、帰ってきたらちゃんと説明するよ。約束する」
『うん・・・・・・。所で、アンタ今どこにいんの?』
「僕もよく分からないけど、病院の最上階の一室に居る」
『それってVIPルームじゃない!事故に遭ったとは聞いたけど、その後行方不明になってたから心配したんだからね!?加害者が証拠隠滅の為にアンタを山に埋めたりしたんじゃないかって!』
「うん、ごめんごめん。それより時間が惜しいから、本題に入りたいんだけど」
『あ、そうよ。何の用なの?』
久し振りの会話なのに酷い言い様だが、仕方無い。これが姉の普段通りの対応だという事は理解している。例え僕が身代金目的で誘拐されようと、テニスの世界大会(両腕が使えないのにテニスを選んだのはちょっとしたブラックジョーク)で優勝しようと、姉はこんな感じなのだ。
「僕が退院する日が決まったら、迎えに来てほしいんだ」
『まだ決まってないの?』
「うん。まだ両腕のギプスが固定されてて」
『うーん、分かったわ』
「両腕が自由になったらまた連絡する。ありがとう」
『早く治しなさいよ。・・・あと、警察沙汰になってるから帰ってきたら覚悟しときなさい』
ブツリ。
何か、通話が切れる直前に凄い不穏な事を言われた気がするんだけど・・・。
まぁ、何はともあれ、こうして家族と連絡が取れたのだ。あとは退院する日が分かればーー
「ねぇ、誰とお話ししてたのかな?」
声に即座に反応し、肘でスマホをベッドの端まで追いやる。が、遅い。
「ねぇ?ね〜ぇ?」
女の子が僕に問う。声色がいつもと変わらないのが寧ろ僕に恐怖を与えている。怖過ぎて女の子の顔が見れない。けど、絶対に怒っているというのは分かった。家族と電話くらい別に良いじゃん。そう反論したいけど、それが許されない状況だ。
「・・・答えてよ」
食器の割れる音。見ると、床には僕の夕飯が食器の欠片と仲良く抱き合っていた。ここから『僕の退院日っていつ頃?』とか無神経な事は聞けない。
「お義姉さんとお話ししてたの?」
いつの間に僕のスマホを拾ったのか、女の子の手中には、電源を消す間も無かった為に未だ画面の明るいスマホが。
「お義姉さん、いるんだよね?」
「話聞いてた?」
「いや、前から知ってたよ」
前から知っていた?
この時僕は、僕の家族と女の子が前から知り合いという線を期待していたのだが、そうではなかった。僕の予想は外れた。
女の子は僕のスマホの画面の明かりを消しーー即ちスリープモードにしてから、もう一度明かりを灯した。浮かび上がるはロック画面。迷いなく四桁の数字を入力する女の子。
「え、何で?」
女の子は、パスワードを知っていた。
「愛の力・・・って言ってもあなたは納得しないよね」
する訳無い。
「画面が暗い時の指紋を見たんだよ。画面上で指紋が多く付着している所はあなたが多くタップしている場所」
「まさか・・・指紋だけでパスワードを割り出したって言うのかな?」
「うん。やろうと思えば誰でも出来るよ」
やろうと思えば、だけどね。女の子は最後にそう付け足した。確かに、指紋からパスワードを割り出すなんて、僕ならやろうとは思わない。それよりも持ち主にバレたら怖いなぁという罪悪感が上回り、実行には移さないだろう。
実行してしまうような人は、余程その人のスマホの中身を確認したかったんだな。
「あなたってば、異性の友達が沢山いるから参っちゃったわ」
「まぁ、友達は多いに越した事はないけど・・・何かしたの?LIN◯とか覗いちゃった?」
「うん、見たよ。旦那がモテモテなのは、誇らしい限りね。・・・・・・少し嫉妬しちゃうけど」
「旦那って・・・はは、誰の事?もしかして僕?」
この子は冗談が上手いなぁ。こんな状況なのに思わず笑みが零れたよ。
「うん」
まぁその笑みも女の子による真顔の返しによって、すぐに引き攣った笑みに変わったんだけどね。
「え、いつの間に?そんな話とかしたっけ?」
「話なんかしなくても、もうウチ達は結婚しているようなモノだよね」
「は?」
「一緒の部屋で起きて、ウチが作ったごはんを食べて、一緒に過ごして、一緒に寝てーーこれを夫婦と言わずに何て言うの?」
何この子怖い。
「でも・・・」
嬉々として語っていた表情が一転、暗いモノに変わる。
「夫が何処かへ行ってしまうのは『違う』よね?」
僕のスマホが嫌な音を立て始めた。え、まさかそれを握り潰すおつもりで?男でも難しいのに。しかしそれも想像から現実になりそうで。
「お義姉さんやお義母さまが迎えに来られたら、夫婦円満に水を差す事になるよね?」
「い、いや、そんな事は無いんじゃないかな?」
夫婦の云々(うんぬん)について認めた訳ではないけど、僕は取り敢えず女の子の言葉を否定しておいた。何か嫌な予感がするのだ。僕の人生に致命的な傷を付けそうなーー状況的に一歩間違えたらアウトな所で、二、三歩くらい間違えそうなーーそんな予感。
「ドウシテ?」
怖い怖い。顔が近い。仰け反ろうとするけど、後ろはベッド。両腕は吊られている為あまり動けない。
「姑とかそんな話じゃないけど、昨今の世の中じゃ片方の親と同居している家庭も珍しくないと思うんだけど?あ、聞いてないっぽいね」
「ウチとあなたの部屋に入るモノは誰一人として許さない。この空間はウチとあなただけのモノ。例えお義姉さんだろうとお義母さまだろうとそれは許されない」
ブツブツと何かを呟く女の子。怖い。所々僕の耳に入ってくるのが更に怖い。耳も塞げないから否応無しに聞く羽目になっている。
「退院する日が決まったら迎えに来ちゃう」
ブツブツと聞き取り難い言葉が続く中、はっきりと聞こえたその言葉。まさか、退院する日を僕に教えないつもりか?しかし僕の予想は外れた。
「あなたが退院する日を延ばさないとーーいや、退院出来ないようにーーずっとこの部屋に入れるようにしないと!」
予想の斜め上を行く女の子の発想。宥めようと口を開く前に、腕を掴まれた。器具に吊らされギプスがはめられている、包帯が何重にも巻かれたその両腕を。およそ怪我人に加えてはいけない力で、女の子は掴んだのだ。
「痛い痛い!離してよ!」
子供みたく叫ぶ僕。どんなに大声を上げようが、助けは来ない。
「安心して?いつまでもウチが看病してあげる。妻が夫を支えてあげる。・・・例え両腕が一生使えなくなっちゃっても」
どこかの地方のどこかの病院。最上階の一室に、嫌な音と耳障りな声が響いた。
- Re: ヤンデレ短編集 【読心系コミュ障】 ( No.6 )
- 日時: 2016/11/18 23:52
- 名前: ガッキー (ID: u5wP1acT)
「兄貴、起きて」
微睡(まどろ)みの中。妹の声が聞こえたかと思えば、身体から温もりが消えた。そして脇腹に微痛。瞼(まぶた)を擦って上体を起こし、目を開ける。視界の端には妹が映っていた。コイツ、俺の布団を引っぺがして脇腹蹴りやがったよ。
「・・・・・・よぅ妹。起こしにきてくれたのか」
「はぁ?兄貴の目覚まし時計が五月蝿いから止めに来ただけだから。何寝惚けてんの?」
「・・・・・・すんません」
確かにな。どこぞの漫画や小説のように、妹が兄を慕うなんてのは有り得ない事だ。ましてや、兄も妹も思春期真っ只中。今こうして会話をするのも久しいくらいだ。話し掛けられないので、必然的にこちらも話し掛けなくなる。下がる好感度も無いような関係だ。
身体を伸ばしながら目覚まし時計を確認。デジタル時計の数字は、左から零、八、三、六。そう言えば、妹は俺の目覚まし時計を止めにきたとか何とか言っていたような・・・・・・。これヤバくね?
時間が無いので食パンを加えて学校への道を走るーー何て青春の一ページを飾れる行動を起こす気にはなれず、卵かけご飯をゆっくり食べてから着替えて家を出た。その時、既に時刻は八時四十分。陸上部がいくら頑張っても遅刻不可避な時間帯だ。
うんうん、たまには時間に追われず学校へ行くのも悪くない。
こういうのは早起きして時間に余裕がある時に言うモノだが、俺には関係無かった。一種の諦めのようなモノで、一時間目に間に合えば平気かな〜くらいにしか思っていないのだ。
「む」
歩いていると、丁度家から出てくる幼馴染に会った。目が合った。挨拶をしてみる。
「お、おお、おは」
「・・・・・・」
しかし、むしされてしまった!
まぁ良いけどね。幼馴染って言っても形だけだし。中学入ってから殆ど会話しなくなったし。小さい頃に交わした結婚の約束とか無いし。そもそも幼馴染は俺の顔すら忘れているかもしれない。
・・・・・・てか、この時間なら幼馴染も遅刻じゃねぇか?
ならば、遅刻仲間同士仲良くやろう!と前方を歩く幼馴染の肩に手を回していたら、この関係性は変わっていたかもな。
教室へ到着。朝のホームルームは終わっていて、俺が着いた時には一時間目の前の休み時間だった。ガヤガヤと騒がしい生徒の間をすり抜け、真ん中の列の一番後ろの席に座る。
「うわ、コミュ障きてんじゃん」
教科書の準備をしていると、どこからかそんな声が聞こえた。コミュ障とは、俺の事だ。地の文だからこそこうして話せているが、現実で口を開けば、まともに会話出来ない。先程の幼馴染に挨拶が出来なかったのが良い例だ。まともに(と言っても、それは俺にとってのまとも)話せるのは身内だけ。
クラス内に止まらず学校全体に俺の渾名(あだな)は拡散していて、俺の本名よりも渾名の方が知名度が上がっている状態だ。
「ねぇ、ちょっと」
「は?」
大人しくスマホを弄っていると、横から咎めるような声が。何度もしつこく聞こえてくるので俺の事かと視線を向ければ、そこには目を吊り上げた委員長が立っていた。何の委員長かは知らない。皆が委員長委員長と呼ぶから俺も心の中でそう呼んでいるだけ。間違っても、口には出さないが。いや、出せないが。
「貴方、さっきのホームルームの時には居なかったよね?」
「・・・・・・お、おう」
「先生が困っていたわ」
「わ、わる、悪い」
「もごもごもごもごと、貴方それでも男な
の?」
お前に関係ねぇだろうが殺すぞ。こちとら好きでこんな喋り方してるんじゃねえんだよ。
次々と頭に浮かぶ反論の言葉も、口には出せない。心の中で叫ぶに留まっていた。
「遅刻指導になりたくなかったら早起きする事ね」
「・・・・・・・」
「返事は?」
「は、はい」
言うだけ言って満足したのか、委員長は自分の席に戻って言った。
「おいおい、委員長朝からご立腹じゃね」「そりゃそうだろ。最近の遅刻者はコミュ障だけだぜ?」「笑うわwww」
はぁ・・・・・・。言い返せる強い意志が欲しいとか、そんな格好良い事は言わないからさ。
せめてまともに話せるだけの勇気を下さいな、神様。人と話す度に緊張で死にそうですわ。
授業中。私語をする相手がいなければ話す事も無くなる。俺のコミュ障も鳴りを潜めていられるーーとは限らない。
「ねぇ、アンタコミュ障に話し掛けてみなよ」「えぇ〜?ウチはヤだよ」「友達になれるかもよ笑」「友達は絶対にイヤだ笑笑」
横に座る派手めの女と、その前の席に座る違うベクトルの派手めの女の会話。それが俺の精神をガリガリ削ってくる。会話の内容が普通に聞こえてくるのは、素で会話しているのか、それともそう努めて話しているからなのだろうか。クソッタレ。ぶっとばしてやろうか。
「ねぇねぇコミュ障君」
うわ、マジで話し掛けてきやがったよ。俺が嫌なら話し掛けなきゃ良いのに。馬鹿かよ。
しかし、落ち着け、俺。ここでまたコミュ障を発揮すれば笑い者になるのは必至だ。深呼吸をして、慎重に話すんだ。
「・・・・・・何?」
「うわ、コミュ障君こわっ!www」
「・・・・・・」
必死に絞り出したその言葉さえも、相手に笑われる。うーん。殺してやりてぇな。
誰とも話さない昼休み。最近は、誰とも話さなくて良い昼休みに変わってきているのがネックだ。俺は別に孤独が楽しい訳じゃないのだ。友達と馬鹿騒ぎをしてみたいとは思うし、女の子と会話したいとも思う。しかしその為には、この癖をどうにかしなければいけないのだ。相手に不快感を与える、どもり癖ーーコミュ障を。
今日は木曜日。嫌な一週間も明日で(一時的にだが)終わると考えれば、それなりの事は許せる気がした。
「コーミン」
放課後。鞄を持って教室を出ようとしたら、そんな声を掛けられた。声がしたのは真後ろ。振り返らずに猛ダッシュすれば逃げ切れるかも知れない。邪な考えが頭をよぎるが、俺は分かっている。今日は逃げられても、明日は逃げられないと。
実を言うと、こうやって放課後に声を掛けられるのは今日に限った事じゃないのだ。毎日毎日、放課後に生徒会室で生徒会の仕事を手伝うという遅刻が多い俺へのペナルティなのだ。
「付いて来い」
「・・・・・・はい」
生徒会室。俺と、俺に声を掛けてきた生徒会長以外は誰も居ない。胃に悪い静けさ。
「なぁコーミン。お前は何故そんなに遅刻をするんだ?」
作業の途中、生徒会長がそう問うてきた。落ち着いて返す。
「ね、ねむ、ねねね眠いから」
歯の根が震えて上手く話せない。うーん、残念。心の内をそのまま伝えられたら楽なのにな。俺は緊張せず、相手もイラつかない。win_winじゃないか。
「眠いから?おいおい、人間誰しも朝は眠いんだ。コーミンだけがそうやって遅刻をして良い訳じゃないんだぞ?」
そんなのは百も承知だ。分かり切っている。俺はそれが分からない程馬鹿じゃないし、愚かでもない。ただ、分かっちゃいるけどやめられないだけ。
因(ちな)みに、コーミンとは生徒会長が勝手に付けた俺の渾名だ。コミュ障を文字っているらしいがよく分からない。ムーミンみたいだ。いや待てよ?コーミンを漢字にすれば公民。つまり俺は、政治に参加する権利を持つ、国から認められた人間なのではないだろうか?俺は立派な人間だと、生徒会長はそれを暗に伝えていたのでは?そんな訳無い。
「兎に角・・・・・・。君が遅刻をしなくなるまで、このペナルティは終わらないからな?」
「・・・はい」
場に訪れる沈黙。紙の擦れる音。微かに聞こえる息遣い。
・・・、
・・・・・・、
・・・・・・・・・。
「ご苦労様。今日はここまでだ。帰って良いよ」
生徒会長の口から出た、待ち望んでいたその言葉。俺は聞いた瞬間立ち上がり、荷物を纏めて「お疲れ様でした」と一方的に別れの挨拶をして部屋を出た。廊下に身を出し、ドアが閉まる瞬間に「あ、ちょっと待ってくれーー」という声が聞こえたような気がしたが、恐らく気のせいだ。
「はぁ・・・・・・」
帰り道。今日一日を振り返って溜め息を吐いた。俺の事をコミュ障とか言って馬鹿にする彼等も彼等だが、何より俺は俺自身に腹が立っていた。一言でも反論してしっかりと自分の本名を伝えていたならば、こんな毎日は変わっていた筈なのだ。それを変えられないのは、怠惰で臆病な自分のせい。
「嗚呼神様・・・」
呟く。
「本当に、少しで良いんです。あなたの力を貰いたい」
誰に向けるでもなく呟く。
「俺は信心深い訳じゃないし、毎日経を唱えたり神に祈りを捧げたりしている訳でもない。ただの宗教に無関心なボッチだ」
言うならば独り言。誰も居ない独りきりの帰り道なのを良い事に、呟いているだけ。
「だけどーーそんな厚かましい俺だけど、神様の力を借りたい」
『良いとも』
「ありがとうございます」
『じゃあ、アレいっとくかの?相手が何を考えてるのか分かる力』
「おぉ、流石神様。サラっと訳分からん事を仰られる。・・・・・・あ?」
『何か?』
「今聞こえているこの声は俺の妄想か?」
『違うぞよ』
「・・・・・・日々のストレスで、俺はここまで疲れていたのか」
『幻聴ではない、儂は神様じゃ』
「嘘だ。神様がそんな如何にもな口調をしている筈がない!」
『神の姿なんてのはな、信者のイメージなんじゃよ。儂の本当の姿は儂にも分からん』
妄想にしては、俺の知らない事を教えてくる。姿は見えず、嗄(しゃが)れた爺さんの声が聞こえてくるだけだ。ドッキリの線を疑ったが、すぐに取り止め。俺なんかを騙した所で何の面白みも無いからだ。
唯一の救いは、姿が見えないので俺の言葉がどもらない事だろうか。俺は望んでいたように普通に会話が出来ている。もしかしたら、独り言の延長線だと思っているのかも知れない。
「・・・じゃあ、神様」
『何じゃい』
「俺の人生を変えて下さい」
『別に構わんが、どんな風に変えるのかは己次第じゃぞ?儂はあくまで切っ掛けを与えるだけじゃ』
「それで構いません」
声がどこから聞こえてくるのか分からないが、取り敢えず頭を下げる。巫山戯(ふざけ)た理由だが、こうしてチャンスを貰えたんだ。存分に活かして人生を変えてやろうじゃないか。
『よし、じゃあお主に力をやろう』
「あ、出来れば俺のどもり癖を治してほしーー」
『お望み通り、相手の考えている事が分かる力じゃ』
いやそれは、あの時のノリで返事しただけなんですけど。しかも、俺は別にその力が欲しいとは一言も言ってないんですけど。
俺がそう言葉にする前に、視界が白く染まった。