コメディ・ライト小説(新)

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僕だけが、藍色に取り残されたみたいだ。
日時: 2018/09/03 07:27
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: C6aJsCIT)

*


 ――ねえ、リラカラ。君は家族に会えたかい。




 □初めまして、浅葱あさぎ ゆうといいます。
  うちの子たちを、どうぞよろしくお願いします。


 □複雑・ファジー板で執筆している失意シリーズとは別物になります。
  更新頻度はゆっくりとしています。


 □


 □目次

 Episode 0 落とし児 
 >>001

 Episode 1 アテルの荒野
 >>002 >>003
 


 □


 Since2018/03/29


Re: 僕だけが、藍色に取り残されたみたいだ。 ( No.1 )
日時: 2018/07/26 18:15
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: rtfmBKef)

Episode 0 落とし児



 天上にきらめくのは、数えきれないほどの星。どれが何の星であるのか分からないけれど、人々の心に美しいという気持ちや、感動を与える。僕らはその星の導きに沿って、運河の先を目指して進んでいく。星は美しかった。けれど、僕は星の輝きを純粋に楽しむことはできなかった。僕らは仕方なく、その星と共に進んでいるだけで、ここに意思はなかった。そして、成し遂げようという気持ちも。
 僕らは街を出た時からずっと手をつないでいた。最後に手を離したのは、そう、僕と一緒に行くこの子が手洗い場へと行ったとき。前髪は伸びたまま、その隙間から瑠璃色の瞳が覗く小さな女の子。この子たちの世代では珍しく五体満足の少女は、いつ、どこで、何に狙われるか分かったものではない。だから僕は彼女が個室に入る瞬間まで一緒に時間を過ごし、出てきてすぐから共に行動をして、現在に至る。

 自然のまま残された足場の悪い、ごつごつとした岩場を僕らは進んだ。何度か転びそうになる彼女を支えて、どこに手をついたら安全に進めるかを教えて、僕らは進む。

「ああ、リラカラ。ご覧よ、今日はここで休めるみたいだ」
「ええ、メダ。とてもきれいね」

 崖を越え、大きくひらけた台地。両手を広げても、先が見えないほどの夜空いっぱいの星空が、そこには広がっていた。白だけでなく、黄色や、オレンジ、中には赤色の星もある。リラカラの手が、僕の手をぎゅうっと握った。僕も感動して、リラカラの手をぎゅっと握る。見れば見るほど言葉を失ってしまうような美しさだった。

「リラカラ……」
「メダ、私、とてもきれいだと思うの」

 やわらかくはにかんだリラカラの目からは、涙が宝石のような粒になって落ちていく。星の光を受け、きらびやかに反射した宝石は、僕たち以外の旅人の目には眩しかった。そして、物珍しいものでもあった。

「リラカラ、こっちだよ」

 そうした旅人から、リラカラを守るのは僕の役目だった。番人として、導き手として、僕はリラカラと生涯を共に過ごさねばならないから。外套の中にリラカラを隠し、意思に反して流れ出る宝石を、僕の足元に集める。リラカラは嬉しそうに何度も「悲しくなんてないのよ」「こんなにきれいなものを見たのは初めてだったの」と、僕に抱かれながら笑った。
 寵愛された落とし児と、僕は夢の果てを進まなくてはいけない。何もない果ての空。見上げる星たちは僕らの道を照らしている。けれど、それだけなのだ。どんなに星が輝こうとも、どんなに僕らの進む道が明らかになっても、どうしようもないのだ。だってその先に、いとおしいリラカラが目指す先はないのだから。

「ねえリラカラ」
「なあに、メダ」

 次々とあふれ出る涙を拭って、リラカラは僕の目をじっと見る。リラカラは美しい。僕が今まで見た何よりも美しくて、今手を握っていることも夢を見ているんじゃないかと思えてしまう。いっそ夢なら、僕は――。悪い考えを捨て去るように、頭を振る。

「……あの果てへ行こう、僕と一緒に。ずっとずっと君を守り続けるからね」

 一瞬驚いたように瞳が丸くなって、すぐに、いつもの一番かわいい笑顔で「ええ」と、リラカラは笑う。異国の商人が伝え歩いたユビキリを交わす。嘘をついた僕をどれだけ惨く痛めつけようと、それがリラカラによるものなら僕は受け止めることもできる。僕らは岩陰に腰を下ろして、長い旅路で疲れた身と心を休めることにした。僕の腕の中で、リラカラは幸せそうに目を閉じる。
 醜い僕を愛してくれる、美しい人。誰にも真実の愛を教わらなかった可哀想な人。望まない寵愛を受けた、哀しい幼子。僕が守るこの小さな体に、どれだけの痛みと傷を抱えているのだろうか。それは癒えるものなのだろうか。星の輝きが、僕の足元に散らばるリラカラの愛を照らす。


 これは僕がリラカラと共に過ごした、一年間の物語。

Re: 僕だけが、藍色に取り残されたみたいだ。 ( No.2 )
日時: 2018/09/03 07:29
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: C6aJsCIT)

▼Episode 1 アテルの荒野



「やあ、此処は?」

 木の車輪が何かに乗り上げるたびに、大きく馬車が揺れる。恰幅が良く、白髪混じりのひげをたっぷり蓄えた商人は、のんきにキセルをふかしていた。太い二足を動かすルーピンは、商人によって握られた手綱の通り、従順に動いている。
 褐色の羽に包まれた、二足歩行の鳥獣。ルーピンは成長とともに、その羽の色を黒く変えていく。この馬車を引くルーピンは、どちらも荒野を走っているからか、力強さを感じる。2メドルはあるだろうその体躯。屈強な太いくちばしも、そのたくましさを支えている。屈強な見た目に反し瞳はつぶらであることから、家畜としても人気が高い。ルーピンの卵と、発酵はっこう肉は安価で美味い。

「ああ、旦那かい。ここぁアテルの荒野さ」
「アテルのこうや?」

 僕の外套の隙間から顔をにょきりと出し、リラカラが首をかしげる。その様子を商人は見ていたわけではなかったが、「やぁ嬢ちゃん。まだ眠たそうな顔じゃねぇか」と嬉しそうに言った。

「嬢ちゃんはアテルの荒野を知らないのかい」

 ルーピンの手綱を軽く引き、商人は馬車の進みを遅くする。前方には痩せた大地が広がり、野生動物たちが遠巻きに僕らの事を観察していた。リラカラは商人の言葉に頷くと、商人はタイミングよく相槌を打つ。つばの広い帽子を被り、背中には脂肪が段を成しているだけであるのに。

「いいかい、このアテルの荒野ってぇのはな別名永遠の果てっていうんだ」

 永遠の果て。そんな異名がついたのは、遠い昔、創世紀の頃だといわれている。まだヒトの形をしたモノと、ヒトならざるモノが対立していた時代、アテルの荒野は草木の茂る、恵みに満ちた土地だった。アテルと名乗るヒトならざるヒトは、自分たちを神がお創りになった存在だとして、率いる者たちを神民と呼んでいた。
 神民に反発を続けていたのは、サビラスが主導する創人。何よりも力を求める、野蛮な民であったといわれている。サビラスは誰よりも強く、アテルの荒野のほとんどの領地をもちながら、なお神民たちの住処を奪うべく戦っていた。創人にとって神民は悪魔であり、自分たちと形が違うものをひどく毛嫌いしていた。

 何よりサビラス含む創人が許せなかったのは、神民が住む土地にしか芽生えない作物があったことだといわれている。一口かじれば頬は落ち、二口目には理性を失う。すべて食べきってしまったならば、身を亡ぼす。そう謳われる果実があった。それは神民たちが神への供物として育てていた、血のように赤い果実だった。
 大地の恵みを創人だけで搾取しようとするサビラスと、神のために民を率いるアテルとは永遠に分かりあうことができなかった。選ばれたのは、力による衝突だった。数と力で圧倒するサビラス達創人だったが、争いに勝ったのはアテルが率いる神民。何日にも及ぶ戦いを制したアテルは武勲として、英雄となった。

 その英雄は創人が悪さをしないようにと、戒めのためにサビラスの四肢を斬ったと伝わる。生き残った創人たちも、四肢の一部を斬られた。それから創人の子孫は、生まれてきたときには必ずどこかが欠けた状態で生まれてくる。アテルの呪いだった。
 英雄として崇められたアテルは、もう二度と無益な戦いを生まないようにと荒野の果てに王国を建てた。永久に平穏が訪れるようにと願いを込めて建てられた王国アテイア。そこに向かうには果てまで続く荒野を抜けなくてはいけない。

「永遠の果てに見える王国に行くための荒野、だから永遠の果てなんて呼ばれてやがる」

 苦い葉のにおいのするキセルをふかし、商人は面白くなさそうに言った。良く見れば、キセルを握る手の指が、一本足りない。

「けれどアテルは、王となったことで、サビラスと同じ道を辿ったんじゃ?」
「ああ、そうさ。ここぁサビラスとアテルの私利私欲で痩せこけた大地。アテルの呪いで荒野になっちまった。だから、アテルの荒野ってんだ」

 ルーピンがキュイッと鳴いた。リラカラは興味津々に商人の話を聴いていた。僕もそんなリラカラを見て、この荒野の由来を初めて知った感動を分かち合っている気持になる。商人が手綱を振るった。徐々にルーピンがスピードを増していく。僕たちは馬車の中に戻り、朝食の支度を始めた。
 リラカラは馬車の隅に置かれた、水の入った桶で顔と手を洗う。僕は布を継ぎ接ぎしたナップザックから、パンとラオリの干し肉を用意した。リラカラの弱い顎ではラオリの干し肉を噛み千切ることができないと知っているため、細かく千切る。一口大より少し小さくすることで、リラカラはやっとこの干し肉を食べられる。

「ねえ見てメダ! 私の目、こんなにキレイよ!」
「知ってるよ、リラカラ。君の瞳は、前に見た星空に負けないくらい綺麗なんだ」

 桶を見つめるリラカラの隣に僕は座る。リラカラの横から桶を覗けば、薄汚れたマスクを付けた僕と、星空の様な瞳のリラカラが映っていた。女の子なのに前髪は切らないままでいるから、普段はリラカラも瞳のきれいさを忘れてしまうのだろうか。

「メダは、あの鳥さんみたいなお顔だわ」
「リラカラのためなら、馬車くらいいてあげるさ」

 にっこりと笑ったリラカラは、着ていた服で手と顔を拭いた。また汚れてしまった頬を、僕の指で拭って、僕も手を洗った。リラカラと向かい合って座る。千切った干し肉を美味しそうに食べるリラカラを見ながら、僕は口当たりの悪いパンを頬張った。アテルの荒野が、まだ恵みを蓄えていたなら、リラカラにももっと栄養のある食事を与えることができるだろう。 硬い干し肉を何度も噛むリラカラを見て、強く感じた。

「旦那たち掴まってろ!」

 直後、馬車が大きく右に揺れる。桶が転がるより早く、僕はリラカラを胸に抱いた。遠心力に抗えない僕の身体は、強く馬車の壁にぶつかる。床が水浸しになってしまったことを気にするよりも早く、僕は声を荒げる。

「商人! どうした!」
「旦那、こりゃあ……ダメだ」

 リラカラを強く抱き締め、馬車から顔を出す。

「ラオリの群れか」

 馬車を取り囲む、ラオリの群れ。個々の強さはあまりないラオリだが、その弱さを補うために数百を超える群れで過ごす。眉間から伸びる長い角を持つ一体。そのラオリが群れの長であることは、明白だ。

「メダ、メダ。すごいわ! 私、こんなに素敵な犬さんを見たことないわ!」
「ああ……そうだね、リラカラ。危ないから顔を出してはいけないよ」

 犬ほど可愛くはないラオリを嬉しそうにリラカラは指さす。ラオリも腹が空いているのか、唸り声をあげ、僕らを威嚇していた。

Re: 僕だけが、藍色に取り残されたみたいだ。 ( No.3 )
日時: 2018/09/03 07:26
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: C6aJsCIT)


「リラカラ、馬車に戻って散らばってる干し肉を集めておいで。商人も中へ」
「ええ、メダ。おじさまと一緒に頑張るわね」
「だ、旦那、無理はしないでくれよ!」

 緩めた腕からリラカラは抜け出し、商人の太い腕を持って馬車の中へと入っていく。僕は馬車から降り、怯えるルーピンを一撫でした。ルーピンにとってラオリは捕食者だ。飼い慣らされているとはいえ、本能的な恐怖は拭えないのだろう。

「大丈夫だよ、ルーピン」

 地面に向け手を差し出した瞬間、咆哮ほうこうと共にラオリが地を蹴る。長い角を空に突き立てるボスは、動いていない様子だ。左を軸足にし、馬車を背にしたまま半円を描くように、体を捻る。
 真っ直ぐに突進してくるだけのラオリは、風で吹き飛ぶ。遅れて、砂埃が後を追う。前方から向かってきたラオリが吹き飛んでいったのを確認するより早く、馬車の後方を狙うラオリ達の存在を視認する。

 口に鉱石を放り、噛み砕く。刹那馬車をまるごと取り囲むように、灰褐色の土壁が生じた。

「リラカラが怖がってはいけないからね。君達を怒らせたい訳じゃないんだよ」

 突如進路を阻んだ壁に、ラオリ達は不満気で、唸ったまま体勢を低くする。後ろ脚を踏ん張り、前足の爪で地面を捉えるラオリ。僕は壁に囲んだ馬車から距離をとる。ラオリの、動くものに反応するという習性は、どうやら本当だったらしい。
 僕が走り出してすぐ、統率を無視して追いかけてくる個体が多くいた。僕が狙っているものに、相手はどうやら気付いた様子だ。偉そうに反った角が、殺意に満ち溢れる。

 ボスの道を開くラオリ達。僕とボスが一騎打ちする舞台は、ラオリ達が取り囲む。馬車からはそう遠くない位置だが、リラカラに危害が及ばない距離だ。僕が、リラカラを守ることができる。
 怒らせる訳ではなかったけれど、ラオリは憤りを隠そうとしていない。獲物に抵抗されているんだ、当たり前か。舌の裏に隠していた宝石を噛み砕く。手の中に藍色の柄が収まる。

 ルーピンほどの大きさの、藍色に塗られた鎌状器。刃と柄の境が分からず、立体でありながら平面を思わせる。

「リラカラが待っているんだ」

 所詮ラオリだ。どれほど他の個体より強靭な肉体を持っていようと、四足の獣であることに変わりない。
 咆哮あげ突進するラオリを避ける。大きくカーブしたラオリは遠心力を味方につけ、加速。長い角を軸にして、風を裂いた。僕を突き刺そうとする角を、逆手にした鎌の刃で流す。ギャリリと音が鳴った。

 鋭く尖った鎌の先端を、ラオリの肩甲骨に刺す。ラオリの止まらぬ勢いに、刃は背筋に沿って滑った。そして、悲鳴にも近い咆哮。徐々に深さを増した刃は、ラオリの右足を胴体から切り離した。
 立つこともままならないラオリの首を落とす。鮮血がはじける。僕と周りの荒野を彩った。周囲のラオリが怯える。ボスを失ったラオリほど、狩るのが楽な相手はいない。徐々に鮮やかさを失った血が流れ出るボスを放って、馬車の方へと僕は戻る。

 手に持った鎌を振りかぶり、壁に先端をぶつける。鎌の柄越しに手応えを感じたのとほぼ同時に、壁が役割を終え、地面に転がる。そして、地表に液として吸収された。ルーピンは変わらず愛くるしい顔をして、しきりに周囲を見渡していた。

「さあリラカラ、集められたかい?」
「ええ、メダ。……そっちは、もう大丈夫?」

 馬車の中から聞こえるリラカラの声は、震えている。

「リラカラ、もう大丈夫だよ。さ、干し肉を僕にくれるかい?」

 馬車の中に空いた左手を入れ、リラカラを待つ。服越しに、ものが置かれたのが分かった。

「メダ、置いたわよ」
「ああリラカラ。ありがとう」

 馬車から腕を引き抜き、未だ僕らを囲むラオリを見る。敵意を向けながらも、もう戦意は失っている様子だ。長を失ったラオリは哀れだ。ここが狩猟者の狩場であるなら、片端から狙われ、直に今いる群れは全て殺されているだろう。ラオリの習性が、彼ら自身を苦しめるのだ。
 手袋越しに、ラオリの干し肉を強く握る。血抜きをし、乾燥させられた干し肉の臭いは、きっとラオリに届いているだろう。普通であれば逃げ出す野生動物であるが、ラオリは長に忠実だ。ヒトの手によって殺された事実が分からない限り、怯えながらもい続ける。

「……ごめんね」

 長い角を落とし、両腕いっぱいの大きさがあるラオリの頭を抱きしめる。生温い温度が、外套を越えて伝わる。周りからは唸り声が聞こえた。怒りでも憎しみでもない、ただ可哀想な声色。頭を置き、切り離された胴体に鎌の先を当てる。
 ゆっくりと、筋肉の走行に沿って鎌を動かし、隙間なく育った筋肉の隙間から、暗黒色の心臓を晒す。手を差し込めば、まだ深部が暖かいことが分かった。つい先程まで生きていたラオリ。その命を奪うことに、抵抗はなかった。拍動する心臓に、鎌の切っ先を突きつける。初めは勢いよく、けれどすぐに垂れ流れる血液に、外套を汚した。

 リラカラを怖がらせてしまいそうで、マスクの下で口元が歪む。皮だけが残った心臓を地面に放り、肉の隙間に手を差し込む。腕を汚さないために捲らなかった灰色の外套が、血で汚れていく。赤褐色が薄暗さを足した。腕の半分程をラオリに差し込んだ所で、外套から出した指先を前後左右に動かす。
 とてつもない密度の筋肉の中、指を動かすのだけで精一杯になり、汗が出る。コツリと硬い物に爪が触れたのを確認し、深く腕を差し入れ、それを掴む。筋繊維が引きちぎれる音と共に、暗黒色に輝く鉱石を取り出す。片腕分、外套は汚れてしまった。周囲のラオリの一部は、期待しているかのように耳をピンと立てている。

 手の中で鈍く光る暗黒色とリラカラに渡された干肉をできるだけ遠くへ投擲とうてきする。ラオリは暗黒色を追って、ボスの亡骸だけを残して走り去って行った。

「可哀想だね、お前」

 死んだラオリには届かない言葉。
 鉱石だけがボスの証、鉱石が体内で育つほど、角も大きく伸びていく。死んだラオリの亡骸を、生きているラオリは喰らわない。角を使い、器用に取り出した鉱石を、我先にと喰らう。この死んだラオリも、鉱石を目指して行ったラオリも、その習性からは逃れられない。追悼なんてものは、この種には遺されなかった。
 神人か創人であったなら、情緒的な哀しみをもって死を悼んだろうに。下等な種であればあるほど、力だけでの繋がりが強くなる。ラオリは特に。

「メダ!」

 後ろからの緩い衝撃。

「リラ――」
「悲しい色をしてるわ、メダ。大丈夫よ、大丈夫。メダには私がついてるもの、安心していいのよ、メダ」

 華奢な手が、腕が、めいっぱいに僕を抱きしめる。何度も、大丈夫と繰り返すリラカラに、情けなさが込み上げた。怖い思いをしたのは僕じゃない、リラカラだ。干肉を渡してくれた時、声が震えていたじゃないか。それでも僕を心配するリラカラを、僕は守らなくてはいけない。

「うん、うん、リラカラ。リラカラも、よく頑張ったね。怖がらせてごめんね」

 小さな体を、僕の外套で包み込む。ボロ布越しに冷たさと、硬い感触が伝わる。胡座をかいて座り、足の間にリラカラの涙が集まる。

「おーい! 旦那達ぃ! 無事かー!」

 馬車に乗ってやって来る商人に、手を振り応える。止まらないリラカラの涙に、僕がどれだけ大切にされているのか、改めて実感した。

Re: 僕だけが、藍色に取り残されたみたいだ。 ( No.4 )
日時: 2019/04/06 21:03
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: /AtcWqBj)


「僕達は無事さ。君もルーピンも無事でよかった」
「そりゃ良かったぜ……。あんな風にラオリが襲ってくることなんて滅多にないからよ、俺だけじゃあ何も出来ずに餌になっちまうとこだった」

 そう話す商人は、ラオリの死骸を見て短く情けない悲鳴をあげた。

「それにしても旦那、よくラオリを殺せたな。こいつ、ここらじゃ敵無しの群れにいたはずだぜ」

 恐る恐る死んだラオリの顔や、割いた腹の断面を見る商人に、相槌を打つ。この程度であれば朝飯前と言えるが、リラカラの怖がり方から見て、それなりに威圧感のあるボスだったのか。可愛い犬に見えたのは、大方下っ端ばかりで構成された偵察組を見てのことだろう。涙が止まったリラカラは、まだ僕の外套の中で小さくなり、胸に頭を押し当てていた。

「僕は運が良かったのかもしれないね。リラカラのことも、君達のことも守れたんだから」
「嬢ちゃんなんて怖がっちまって……。助かったからって良いもんじゃあねぇんだぞ」

 ため息を吐いた商人が見たのは、僕の外套がいとうから白藍しらあい色の頭を出したリラカラだった。もう涙は止まっていたけれど、それでもリラカラは離れようとしない。

「あと、そうだな。……一日でアイリアには着くと思うが、もう行けるかい、旦那?」

 王国アイリアへ、あと一日。自由に風が抜けるアテルの荒野は、長居には向かない土地だ。今頃他の動物達にも、このラオリの臭いは届いているだろう。それならば、ぐずるリラカラに合わせて行動するのは、死を意味することになるだろう。

「ああ、大丈夫。ラオリの肉だけ、少し取っていく」

 袖から腕を抜き、外套の中からリラカラの涙を集める。アテルの荒野に入る前、初めて見たと泣いていた時よりも、涙は多く落ちていた。怖がらせてしまっていたんだと、ようやく実感することができた。内ポケットを開け、涙をしまう。そろそろ何処かで処理しなくてはいけないほどに、内ポケットは膨らんでいた。
 軽いリラカラを抱き上げ、刃先に凹凸のあるナイフを構える。表面が冷えたラオリの肉に、静かに切れ込みが入る。筋繊維を無理には裂かず、流水に身を任せるように、するりと刃はいく。赤褐色せきかっしょくに変わった血が、ナイフだけでなく、袖口を汚した。

 数十分経つか経たないかの時間で、簡単に分解されたラオリだったものが、渇いた地に並べられる。赤々とした部分は少なく、酸化が始まっていた。直ぐに王国へ持っていけば、正しい処理で干肉にされたかもしない。しかしここは荒野のど真ん中だ。
 果てまで続く雲のない広い空には、双翼のリレットが旋回している。先程のラオリ達も新たなボスを鍛えるために、きっと臨戦態勢を続けているはずだ。それに、建物も見当たらない。アテルの荒野では、食材を探すよりも、建造物を探すことの方が至難の業だ。七つの塊になったラオリの肉と、硬い毛皮をそのままに、馬車へ戻る。

 リラカラの頭を撫で、馬車で待つように伝えれば、すっかり拗ねてしまったのか、不機嫌そうに頷いた。荷台に置いてあった、革袋を取る。リラカラの身長ほどの大きさの袋は空で、その中に肉塊をしまう。毛皮と肉塊を二つ商人に渡し、リラカラが待つ荷台へと戻った。

「怒ってるの、リラカラ」

 雨風を凌ぐためにつけられた白く厚い布が、外からの風を受け音を立てる。いつもならば隣にいるリラカラが、今は遠くにいる。馬車の隅、腐食しそうなほど黒ずんだ木の床の上に、リラカラは座っていた。それも、僕に背を向けて。ぼんやりと黒色の魔素が滲んでいる。
 その中心にいるのはリラカラだった。僕に背を向けて、静かに怒りを昇華させようとしている。いつもは美しい藍色の魔素を纏っているリラカラが、黒色の魔素を滲ませるのは初めてのことだ。荷台の空気が少しずつ重くなっている。

「メダ、私ね、私、本当に怒っているのよ」
「リラカラは、僕を心配してくれたんだね」
「当たり前よ……。ベンタで見た犬さんとは、全然違ったの」

 キコリの町ベンタ。その名前を聞き、合点がいく。リラカラは、初めて見たラオリを、遺伝子改良され獰猛性が低下した犬と同じだと思っていたらしい。

「ラオリはペンタの犬と違って、人と触れ合っていないからね。……ねえ、リラカラ、こっちを向いてよ」
「いやよ! 私が許したら、また危ないことをするじゃない」
「そんなことないさ、ね、リラカラ」
「そんなことあるもの! これまでだって、そうだったじゃない」

 これまで、という言葉に省みた自分の行動は、リラカラを守るためにとったものばかりだった、僕に守られるのが嫌なのか。けれどそうでもしないと、リラカラは野生で暮らす動物にすぐに狙われてしまう。何よりもこの旅を始めた時に、何かあれば僕が彼女を守ると伝えている。

「メダはお外で反省してきて!」
「えっ」
「行ってきて!」

 黒い魔素がひときわ強く、リラカラの周りから溢れた。それだけリラカラが怒っている証でもあったが、僕の心には十分な反応でもある。風よけの役割を果たす、固い薄汚れた布を開け、言われたように外へ出る。日は少し傾き始め、遠くの地平線には厚い雲がかかっていた。重たい灰色の雲は、季節雨を運んでいるのだろう。雲の上端は白い陽の光を浴び、神々しく光っている。
 季節雨は遠い昔、この永遠の果てに強大な力を見せつけていた。創人も神人も、その雨を喜び、その雨に傷つき、その雨を脅威だとした。

「旦那、女には優しくしねぇと」
「気を付けてはいるんだけれど、上手くいかなくてね」

 愉快そうに笑う商人の隣に座り、規則的に首を振りながら歩くルーピンの背をぼうっと見つめる。リラカラの黒い魔素が、ルーピンの羽のようで、ため息が零れた。

「そういや、旦那はアイリアになんの用事があるんだい? 永遠の果てにも季節雨が来るかもしれない、危ない時期だぞ」
「ちょっと親戚の顔を見に。せっかくの祭りだから、リラカラも楽しいだろうと思ってね」

 へえ、と商人は笑いながらあごを弄る。肉のついたあごは想像できないほど気持ちよさそうに、ぷるぷると揺れていた。

「それなら旦那、ツヴァーリ通りにある瑠璃がらす屋はどうだい? あそこぁな、嬢ちゃんくらいの子から大人の女まで、人気のある店だぜ」

 ツヴァーリ通りは他の通りと比べ若い女性が多く、そのために化粧品やアクセサリー、洋服店がいくつも建ち並んでいる。また女性受けを狙った甘味やご飯屋も数多くあるという。
 祭りの時期は他所から来た商人達が限定品を置いていくことも、年に一度の機会として有名らしい。商人が見事な手綱さばきを披露しながら、祭りの成り立ちやどのような出店があるかまで細かく説明をしてくれている。それを聞いていたのか、リラカラの魔素は淡くオレンジに色付いていた。


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