コメディ・ライト小説(新)

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社畜サラリーマンの愚痴
日時: 2019/06/16 07:53
名前: 社畜サラリーマン (ID: A5wqWgTb)

「伊藤くん、昔はホントに酷かったんだよー? 」

まるで今は酷くないかのような口ぶりである。


時刻は23時。

『毎週水曜日はノー残業デー!~声を掛け合い、みんなで定時退社!~』

というカラフルなメールが総務課の棟田さんから送られて来たのはもう6時間も前ということになる。

残念ながら棟田さんの願いは届かなかったようで、フロア内にある4台のパソコンは全てフル稼働中。

三浦補佐はデスクに積まれた3本の書類タワーのせいで完全に姿が隠れてしまっているし、粟村係長のパソコンにびっしりと貼りつけられている付箋達はライオンのたてがみみたいになっている。

俺のデスクに積まれたタワーも三浦補佐の程ではないが、しゃがめば顔ぐらいは十分隠せそうだ。


「へーそうだったんですね、僕は今でもちょっと大変かもですけどね……。」

わざわざ俺のデスクまで近づいて話しかけて来た和田課長に対して、控えめに弱音を吐いてみる。

「いやいや今なんか比べ物にならないよ!当時は徹夜・朝帰りは当たり前、俺なんか丸々2週間家に帰らなかったことあるからね!」

……何故こんなエピソードを得意気に話すのだろう。

一体この話のどこに希望を見出せというのだろう。
要するに『今はブラック、昔はもっとブラック』というだけの話じゃないか。
色の濃さの問題ではなく、そもそも黒いということ自体が問題だという認識はないのだろうか。
ここで俺が「ああ、そうなんですね!じゃあ今はまだ恵まれてるんですね、よかったです!」と言うとでも思っているのだろうか。


「ああ、そうなんですね!じゃあ今はまだ恵まれてるんですね、よかったです!」

習慣とは恐ろしいものである。
入社して僅か2年足らずで考えるよりも先に口が勝手に相槌をしてしまうようになってしまった。
自動相槌システムの搭載。
現代を生きるサラリーマンにとっては必須スキルなのかもしれないが、なんだか人として大切な物を失ってしまっている気がする……。

まぁもう言ってしまったものはしょうがない。
自分の発言と整合性がとれるように相槌を続けよう。

「だろー? あの頃と比べたら今なんかホント楽勝だよー、だからさ、頑張ってよ、伊藤君!」

「はい!ありがとうございます!がんばります!」

課長は俺の反応を見ると満足そうに俺の背中をポンと叩き、そのままフロアから退出した。
トイレにでも行くのだろう。


「伊藤君、ホント頑張るねぇ、明日もあるんだしほどほどにしなよ」

今度は隣の粟村係長が声をかけてくれた。
課長と違ってきっと本心で俺のことを心配してくれているんだろうというのが声のトーンから伝わってくる。

粟村係長は好きだ。
彼のように『君が大変だということは理解しているよ』を示してくれる先輩がいるだけで世間の新入社員の離職率は半分ぐらい減ると思う。
なんでこんな簡単なことに気づかない大人が多いのだろう。

「はい、ありがとうございます。キリのいいところまでやってぼちぼち上がります。」


「そうだぞー、伊藤ー、大体水曜日はノー残業代デーなんだからどんなに頑張ったところで1円にもならないぞー!ハーッハッハー!」

2つの意味で笑えない冗談を言って来たのは三浦補佐だ。
書類タワーのせいで姿は見えないがきっといつものように大口開けて笑っているんだろう。

うちの会社は、水曜日はノー残業デー。
定時になったら全員タイムカードを切り、速やかに退社すること、となっている。

ただし、“退社した後”については、デスクに座ってキーボードを叩こうが、取引先に電話をしようが、会議室で議論をしようが、それらはあくまで社員自らが選択したアフターファイブの過ごし方という整理になっている。

彼の言う、“ノー残業代デー”というのは要するにそういう意味である。

敢えて気づかないようにしていた事実を改めて口にされると疲れが5万倍ぐらいになったような気がした。

『世の中金が全てではない』という意見はごもっともだと思う。
しかし、残業をしているサラリーマンにおいては金が全て、マネーイズオールなのだ。
心身をボロボロに削っている時の唯一の救いとなるのが“今自分のやっていることは金になっている”という事実なのだ。

それにもかかわらず、水曜日は問答無用で残業代ナシとするうちの会社は頭がおかしいと思うし、それを分かっていながら6時間も残業している俺やこの人達はもっとおかしいと思う。


たしか以前、俺が入社した時の歓迎会で三浦補佐がこんな話をしていた。

「やってらんねぇ!をやるのが仕事だ!笑えないことを笑い飛ばすのが仕事だ!」

その時の俺は(豪快な人だなぁ)ぐらいの印象しか持たなかった。
むしろその話のせいでデザートの抹茶アイスを食べられなかったことの方がよっぽど強く残っているぐらいだ。

ただ、今なら少しだけ彼の言っていた意味が分かる気がする。
仕事なんて確かにやってらんねぇことの連続だし、逆にこれこそが仕事なんだと割り切りでもしないとそれこそやってらんねぇと思う。
笑えないことを笑い飛ばすというのも、今まさに彼が言い放った冗談がそれのことなのだろう。


笑えないことを笑い飛ばす。

聞こえはいいが、正直、不都合なことから目を背け考えないようにしているだけにしか見えない。
“飛ばす”というよりも、“隠す”だとか“蓋をする”だとかの表現の方がしっくりくるような気さえしてくる。


「ハハハ、確かにそうですね。こんだけやっててタダ働きって考えたらちょっと虚しくなりますよね……。」

「だろー? 俺なんかこの会社で20年だぜ? もし新人の頃からまともに残業代全部もらえてたら今頃ランボルギーニ乗ってるっつーの!ハーッハッハー!」

本当なのか冗談なのか分からないが、冗談に聞こえない時点でもう駄目なんだと思う。
いずれにしてもこの会社の聞きたくなかったエピソードがまた1つ追加されてしまった。
なんでうちの上司達は揃いも揃って部下に不幸自慢をしたがるんだろう。


(モットーだかなんだか知らないけどよくそんな話を笑いながらできるもんだな……)

と思いながら、なんとなく首を傾け書類タワーの隙間を覗いてみる。

そこには憔悴しきった顔で頬杖を突く中年男性の姿があった。

驚いた。
頭の中で想像していた表情とあまりにもかけ離れていたからだ。

俺は傾けていた首を下に向け、そのままフーっと長い息を吐く。

彼は豪快な人でも楽天家でもない。
きっと俺と同じごくごく普通の人間なのだ。

普通の人間として、普通に感じている、怒りだとか虚しさだとか情けなさだとか後ろめたさだとか。
そういったマイナスの感情を彼なりに全て飛ばしてしまおうとしてるのだろう。
バラエティ番組のスタッフのようなあの嘘っぽい笑い声に乗せて。

なんだろう。
父親の弱い部分を見てしまった時のような切ない気持ちが半分。
そりゃそうだよなっていうどこかホッとしたような気持ちが半分。

なんとも言えない複雑な感情が押し寄せて来た。

あぁ、もう考えるのがめんどくさい。

今日は本当に疲れた。
帰ろう。

和田課長に捕まると長くなるので、彼がトイレから戻って見つかる前に……と、逃げるようにフロアを後にした。


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