コメディ・ライト小説(新)
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- Re.
- 日時: 2020/05/31 17:06
- 名前: haiji (ID: qTh1yy9a)
はじめまして。もしくはこんにちは。
ハイジといいます。
この話は以前書いていた話をリメイクしたものになります。(リメイク前の作品も一応残っています)
細々と更新していきます。
よろしくお願いします。
- Re: Re. ( No.1 )
- 日時: 2020/05/31 21:52
- 名前: haiji (ID: qTh1yy9a)
麗らかな春の日。教室の窓の外では桜の木々が満開に花を咲かせ、この日めでたく入学した新入生達を祝っているようだった。
十人十色の表情で生徒達はこの記念すべき日をそれぞれに受け止めている。その多くがこれからの未来の希望に溢れたものだ。少々不安が見え隠れしている者もいるけれど──それも未来への期待の裏返しだろう。
そんな中、何とも言えないような表情をした生徒が一人、まっすぐに前を見つめていた。
青年の向いている方向では、このクラスの担任となる先生が今後の説明をしていたが、恐らく彼の見ているものはソレではなかった。彼はきっとこの場所にはない別の何かを見つめていた。
青年の表情は複雑だった。怒っているような、泣きそうなような、絶妙なものだ。ただその顔がプラスの感情からきているものではないということだけがはっきりと読み取れる。
「……おい、お前どうしたんだよ。そんな酷い顔して」
彼の隣に座っていた軽薄そうな──所謂"チャラ男"という言葉がしっくりくる青年がこそこそと小声で心配そうに彼に話しかける。青年はその柄の悪そうな見た目に反して根が善良であった。初対面といえども記念すべき祝いの日にそんな表情を浮かべる彼をほっとくことは出来なかったのだろう。
「体調が悪いならオレから先生に言ってやるけど」
「……いや大丈夫だ。問題ない。ただ、ちょっと緊張しちゃってな……」
青年の言葉に彼は笑顔で応える。
その表情に青年はギョっとした。先程までの哀しみや怒りといった仄暗さは既に消えた。消えた、どころかそんなものは元々なかったのではないか。そんな風に思えてしまう程に彼の笑顔はいっそ不気味なくらいに清々しかった。
「そ、そっか……なら、いいけど……」
その爽やかな笑顔が恐ろしくて、青年はそこで彼との会話を止めた。その後、彼はずっと爽やかな笑顔のままだった。初めの表情は何だったのか。あれは自分だけが見た幻覚とでもいうのか。まるで狐にでも化かされたような感覚だ。青年の頬には冷たい汗が伝っていった。
先生の今後の説明は幾ばくかして終わり、その後は各自自己紹介の時間となった。和気藹々とした雰囲気のまま時間は進み、青年も自分の番を終えて、ついに彼の番になった。
「司馬珠兎しばじゅうとだ、皆よろしく」
彼は変わらず笑顔で、簡潔に名前を口にし、続けざまに言った。
「話は変わるが────君達は恋をしたことがあるか?」
「俺はあるよ。何回も、何千回も、何万回も」
「……なのになあ、恋人が出来たことは一度もないんだ。何百何千何万のアプローチを、何百何千何万人に試しても…………全然ッ駄目!!俺と心を通わしてくれる人は一度も現れなかった」
「だから、この高校三年間で俺は恋人を作りたいと思っている。男も女も人種も生態も関係ッない…………俺と心を通わしてくれれば!!俺を愛し、俺に愛されてくれれば!!!」
「……という訳で、皆改めてよろしく。あ、あと、学生の本分は勉学だからな!勿論勉学を怠るつもりもないから先生方は心配なさらないでくれ!」
────まるで舞台の上で口上でも読み上げるかのように、堂々と、情感たっぷりに彼はそう言って──そして言いたいことを全て言ってしまうと仰々しくお辞儀をして何事もなかったかのように席に着いた。
(マジかよ……)
呆気にとられる生徒達。
誰もが皆彼を好奇な目で見つめている。
そんな視線に気付いているのか、いないのか、席についた彼は一仕事を終えたかのように今日一番の満ち足りた笑顔を浮かべていた。
- Re: Re. ( No.2 )
- 日時: 2020/06/05 00:47
- 名前: haiji (ID: qTh1yy9a)
昼休みの教室の喧騒が遠くに聞こえる空き教室。
普段は狭いように思える教室もそこに過ごす人さえいなければ、彼と彼女のような小柄な少年少女二人きりが弁当を食べるぶんには意味なくだだっ広い。
でも、そのだだっ広さがなんとなく好ましかった。彼と彼女がここで共に昼食を摂るようになったのも、そんな理由からだ。喧騒を避け、たまたま見つけたこの場所で偶然知り合った。話も合った。相性は悪くなかった。それからは惰性的に、このランチタイムを続けている。
「……ぼく、嫌われてるのかなあ」
窓側に座る度のきつそうな眼鏡をかけた少年───播磨あきらによって呟かれたその言葉は悲しさとか怒りとかというよりも、ただただ困惑が込められているように見えた。
そう言いながらも箸を動かす手は止まらず、一つ、また一つと弁当箱のおかずが彼の口の中に放り込まれていく。彼と向き合って弁当を食べていた彼女が、彼のそんな呟きを聞いて眉を寄せた。箸を置き、食べるのを中断し、ひどく深刻そうな表情で彼を見る。
「……誰かに悪口でも言われましたか!?先生に相談した方が良いですよ!自分で言うのが難しいようなら、私が言いにいきますけど……」
「あぁ、いや、そういうのじゃないんだ。誰かに酷いことを言われたとか、やられた、じゃなくて…………ただ、なんか避けられてるみたいで」
彼女のそんな反応を見て、播磨は後悔した。
別にそこまで気にしている訳ではなかった。悲しい訳でも辛い訳でもない。彼の心にあるのは困惑ただそれのみである。自分が相手に何かした覚えもされた覚えもない。仲良くも悪くもない。そんな相手に避けられているのでひたすら困惑しているのだ。
彼としては本当になんとなくそう呟いただけだった。その問題を解決してほしい、とか。悲しくて傷付いたから話を聞いて欲しい、とか。そういった意図は一切ない。「あぁ、今日も良い天気だな」そんな気軽さの呟きだった。
しかし、それは少し軽率な行動だったかもしれない。
彼女──柏波さなかの正義感の強い性格を考えれば、すぐに想像できたことだった。
「……本当ですか?」
「本当だって。嘘じゃないよ、それに……避けられてるのだってぼくの勘違いかもしれない。だって彼はそういうタイプじゃないし……」
彼女と知り合ってまだ三週間ほどだが、これだけは分かる。
柏波さなかは超がつくほどのお人好しだ。人が良すぎて馬鹿を見るタイプだ。現に既に教室に共に昼食を摂る友人がいるだろうに、こうして自分と朝食をとっているのが良い証拠だ。きっと気をつかって止めどきが見つからないんだろう。教室でもそうだ。何かを頼まれたら断れなくて。困っている人がいたらほっとけなくて。そのことに悪態をつくこともない。
ああ、まったく。その善意を拒否することのできないぼくもぼくなのだけれど。
「彼?って……あの。もし宜しければ誰なのかお名前を聞いてもいいですか?」
「ああやっぱり言った方がいい?気になるよね。ただまだぼくも信じられなくてさ……」
「教えて下さい。誰にも言いませんから、神に誓って!!」
彼女が机を身を乗り出して、彼の言葉を待っている。
真剣そうな、くりっとした大きな目がこちらをじっと見つめている。
このまま黙ってやり過ごすことはできそうになかった。ぼそり、と。聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でその人の名前を声に出す。
「…………司馬珠兎しばじゅうと」
「え」
信じられない、そんな表情だった。
当たり前だ。当人でさえ信じられてないのだから、第三者が信じられるわけがない。
「……え、ええ……?本当?です、か……いや播磨くんは嘘つきませんもんね……」
無理もなかった。
司馬珠兎。彼と彼女のクラスメイト。入学式の自己紹介で「男女問わず恋人募集中」と宣言し、その宣言通りに毎日毎時毎秒愛を垂れ流して生きている男。博愛主義が足を生やして歩いているような人間。
間違っても人を嫌ったり避けたりなどはしない。ましてや関わりのない人間に対してそんなことをする人間では決してない。
そんな人間に避けられている自分。信じられない。だが事実だった。
「最初は勘違いだって思ったよ。だって、あの司馬だよ?ぼくみたいな地味なヤツ、嫌うどころか認識すらしてないって」
「……」
「ふと、目が合うと逸らされるんだ。その時の目がね、凄く冷たいんだ。信じられないでしょ。あのいつも笑ってる司馬がだよ?」
「……」
「ぼく、ちょっと怖くなって。……でも怖いもの見たさっていうのかな。ある時、自分から、彼に気付かれないように、ちらっと見てみたんだよ」
話している内に、自分の手が拳を作り、虚空を握りしめている。無意識の行動だった。
彼自身にさえ理解できないその行動が表している意味。握った拳のその中身。
何も分からないままに、彼は言葉を続けた。
「じっとこっちを見てたんだ。物凄く怖い目で。こっちを、睨んでた」
確かにあの時司馬は自分を睨んでいた。
殺してやる。
そんな風に言ってるみたいに。
「……ねぇ、信じる?信じてくれる?ぼくの言ってること」
彼女の瞳が微かに揺れ、戸惑いの色を見せる。
一瞬の逡巡のあと、黙って彼女の首がゆっくりと縦に振られた。
「……そっか」
彼女の怯えているような顔を見て、ようやく播磨は自分の手が震えていたことに気付いた。
口に出して、こうして人に伝えたことで、自分が思っていた以上に参っていたことが分かった。
全部自分の勘違いなのだと、あの冷たい目は、殺意ともとれるような視線は、自分が作り出した妄想なのだと、そう考えようとしていた。
「信じて、いいんだね」
あれは自分の妄想なんかじゃなかった。
名状できない困惑。それは彼の恐怖が作り上げた防衛規制だった。そのことを認めることで、ようやく播磨は安心できたような、そんな気がした。
握り締めた拳の中身の正体には見ない振りをして。
- Re: Re. ( No.3 )
- 日時: 2020/06/06 21:56
- 名前: haiji (ID: qTh1yy9a)
「改めて聞きますけど、播磨くん。……司馬くんとの関係、どうしたいですか?」
暫く困惑していたようだった彼女が、こほん、と咳払いをして改めて彼を真剣な目で見つめる。
彼女のそんな視線は彼を硬直させた。
色んな感情でふわふわしていた身体がぎゅっと引き締められたような、そんな感覚になった。
「播磨くんが、もう司馬くんとは関わりたくない……そう思うのなら、私は今聞いたことを聞かなかったことにします」
「…………」
「……そうじゃなくて、もし、播磨くんが、司馬くんとの関係をどうにかしたいと思っているのなら、誤解であれば解きたいと思っているのなら……私は、柏波さなかは、それに協力したい。仲を取り持つ場をどうにか用意できたら、と思ってます」
急に投げられた問いに、言葉が詰まる。
答えは決まっていた。あとはそれを口に出せば良いだけだ。
それなのに何故だろう。上手く声が出なかった。出そうとしているのに、何かが、それを引き留めようとしているみたいに、喉につまって声が出ない。
「…………ぼ、くは、彼と、司馬と一回話が、したい」
どうにか出た声は、首を絞められながら出しているみたいだった。
陸に打ち上げられた魚の如く呼吸が急にできなくなった。自分の身体なのに言うことを聞かない。目の前がだんだんと薄暗くなっていく。海に沈んでいくみたいに光が自分から遠ざかっていく。頭が痛い。心臓は痛いくらいにバクバクと叫んでいるのに、周りはやけに静かだ。痛い。暗い。痛い、痛い痛い痛い。
(ごめんなさい)
よく分からないまま誰かに対して謝った。
さっきから痛かった胸がいっそう痛くなった。
(ごめんなさい、ごめんなさい)
それでも謝った。
謝ったって何も解決しないけれど。
それでも、それでも彼ぼくは。
僕は。
「……播磨、くん?」
陽だまりのような優しい声が、ぼくを明るい世界に引き戻す。
呼吸はもう落ち着いていた。
世界は、音を、光を取り戻して、ぼくは海の底ではなく、さっきまでと何も変わらずに空き教室の椅子に彼女と対面して座っていた。
「……何かスゴくぼぉっとしてましたけど、大丈夫ですか?」
大丈夫、眠かっただけ。
そう何とか笑って誤魔化したけれど、そんな言葉では自分を騙すことは無理そうだった。
まだ、心臓が唸っている。さっきのは何だっていうのだろう。まるで身体も、思考も、自分のものじゃないみたいに急に制御がきかなくなって。こんなのは初めてだ。アレは一体何だったのだろう。"ぼく"は一体どうしてしまったっていうんだろう。
その答えを知るのが、どうしても怖かった。司馬珠兎のあの冷えきった瞳以上に、どうしようもなく怖かった。
それを考えるだけで、ぼくは。
瞬間、喋ることすら躊躇われるような吐き気がこみ上げ────すんでのところで、ぼくは彼女に言った。
「ッ……ごめん。ぼく、ちょっとトイレ行ってくるね。長引きそうだから、先教室戻ってていいよ」
「え!?あの、ちょっ────」
彼女の返事も聞かずに空き教室から出ていく。
気を抜けば、この場で全部口から出てしまいそうだった。
気分が悪い。内蔵をかき回されているような感覚だ。喉の奥の方を酸味の強い液体が伝わっているのが分かった。一番近いトイレの一番手前の個室に駆け込んで、そこで、耐えきれず吐いた。
さっきまで食べていた弁当が無惨な姿で便器の中を占領している。
喉が、痛くて。口内が妙に酸っぱくて。最悪だ。
(何なんだよ、今日は)
ぼくは、いつも通り柏波とランチしてただけなのに。
それなのに、急に気分が悪くなって。柏波とろくに会話も出来ずに挙げ句の果てにこんな場所で吐いている。
そんなに悪いことをぼくはしただろうか。
(……司馬も、どうしてぼくなんかを嫌うんだ。ぼくなんか、嫌ったって仕方ないじゃないか。ぼくは何もししてないのに、なんで、なんで)
涙が落ちる。
一度瞳から零れた滴は際限を知らず、まるで噴水のように溢れてくる。
もう高校生だ。こんな風に子供っぽく泣き喚くなんてだらしない。そう分かってはいても一度溢れた涙はそう簡単には止まりそうになかった。
「…………」
それから数分程経って、予鈴がなった。
トイレの個室から出て、入り口近くの鏡の前で顔を確認する。散々泣いたおかげで、いくらか気は晴れたけれど、鏡の前で見る顔は、目は赤く腫れて全体的にぐしゃぐしゃの雑巾みたいで酷いものだった。
「……顔、洗ったら……ちょっとはマシになるかな……」
まだ入学したばかりだ。授業はあまり休みたくなかった。もしも、この場に柏波がいたら授業は休んだ方が良い。とかきっとそう言っただろう。実際に、もしもこのまま自分がこの場所にい続けたとしたのなら、彼女は教室で自分の状態を察して、担当教科の先生に連絡をしといてくれるだろう。もしかしたらぼくの休んだ授業の分のノートを取っておいてくれたり、授業が終わったあとに、ぼくの様子を見に来てくれたりするかもしれない。彼女は優しい人だ。ありえないことじゃなかった。
だからこそ、ぼくは今からの授業を休んではいけないと思った。
彼女の優しさに甘え、彼女に頼りきる。そんなの格好悪すぎる。これ以上自分のことをどうしようもない奴だとは思いたくなかった。
「…………」
大きく息を吸って、吐く。一回。二回。三回目に、吸って、吸って、吸い込んだ空気を吐ききった後、教室に戻ろう。心の中でそう決めた。
「……スゥ────ハァ────」
出した。出しきった。
覚悟は出来た。
トイレから出て、左。
そこの階段を上がっていけば教室まですぐだ。
ぼくは早足で階段を登っ
「…………しば、じゅう、と」
階段の上から冷たい目が彼を見下している。
司馬の姿を捉えてまもなく、ぼくの内蔵はまたもや回転を始めて、やがて意識を失った。
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