コメディ・ライト小説(新)

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無関心な姉と依存症の弟が+/2してくれない話
日時: 2020/08/09 00:43
名前: 魔女 (ID: BuoUCzPG)

「おはよう」

 その姉、無関心極まれり。

 艶のある長い黒髪は腰で切り揃えられている。女性特有の柔らかい肉付きは少なく、痩せた身体は遠目から見るとか細い棒のようにも見える。細い目はおぼろげに遠くを見ている。表情は乏しく、とても愛想が良いとは思えない。事実、茶端勗(ちゃばたきょく)は感情の起伏がなく、何事にも無関心で生きている。唯一、彼女が積極的な態度を示すのは、家族の為に家事をこなしバイトで働く姿だろうが、それも関心があるからやっているわけではなく、生きる上で必要な作業をこなしているに過ぎない。
 勗はどこまでも無関心なのだ。


「姉さん、おはよう!」

 その弟、依存極まれり。

 赤みがかった茶色の髪は癖で跳ねている。整った顔つきは中性的だが、骨格は男のそれだ。大きな丸目を輝かせて笑う姿に見惚れない者はいない──ただ一人、姉の勗を除いては。勗に対する眼差しは恋慕の熱情に塗れているが、勗が気にかける様子はない。それでも、茶端香澄(ちゃばたかすみ)は諦めずに感情を訴える。彼は誰よりも勗を敬愛し、恋着し、盲愛しているのである。勗を危険から遠ざけ、自分の手元に近づけ、一生離れないと誓う──それは世間で依存していると言われるのだが、香澄にとってはどうでもいい呼称の一つだ。

 無関心な姉と依存症の弟。
 これは、足して2で割れば丁度良さそうな姉弟が、全く交わってくれない話である。 

Re: 無関心な姉と依存症の弟が+/2してくれない話 ( No.1 )
日時: 2020/08/12 00:06
名前: 魔女 (ID: Nw3d6NCO)

『一 姉弟は交わらない』

「おはよう」
「おはよう、姉さん!」

 無感情で静かな声と対称的に嬉々とした声で交わされた挨拶。互いに自室の扉から出てきて、開口一番の会話だった。
 香澄は両手を広げ、満面の笑みを浮かべて勗へと歩み寄る。

「姉さん、今日も綺麗だね。そうだ、僕は良い夢を見たんだ。姉さんが出てきて、僕を抱きしめてくれてね、それから──」

 昨晩の夢を思い出してか、はたまた愛する姉を前にしたからか、香澄は陶然として言葉を紡ぐ。一方、勗は微塵も気に掛けることなく、香澄の横を通り過ぎて、一階への階段を下りて行った。勗が最下段に着いたとき、ようやく我に返った香澄は「待ってよ、姉さん!!」急いで後を追って階段を下った。
 勗がリビングに入ったとき、壁に掛けられた時計は午前六時三十分を示していた。勗はそれを確認すると、部屋着の袖を捲り台所に向かう。親が朝早くから仕事に行く為、朝食の用意は勗の役目なのである。
 香澄はそんな勗の姿をニコニコと嬉しそうに眺めつつ、テーブルに着いた。

 ──ああ、姉さん。今日も美しいなぁ。

 香澄は頬杖を付き、黙々と調理を進める勗を観察する。細やかに動く手、動作に応じて揺れる髪、不意に動く瞳──一つ一つ、見逃さないように見つめ、脳裏に焼き付ける。そして何度も繰り返し思う──全てが美しく、全て愛らしい。自然と笑みがこぼれた。
 そんな香澄の熱情的な視線に露程も気付かないまま勗は朝食を作り上げた。その傍らには二人分の弁当も並んでいる。

「香澄、ご飯と弁当出来た」

 勗は台所のカウンターに朝食と青色の巾着に入れられた弁当を置く。

「ありがとう。今日はトーストなんだ、美味しそうだね」

 香澄が受け取ってテーブルまで運ぶと、勗は使った調理器具を水に浸けて、香澄と対面するようにテーブルに着いた。
 勗は用意した食事を見ながら、香澄は最愛の姉を見つめながら、両手を合わせ、

「「いただきます」」

 茶端家の一日はこうして始まった。




「じゃあ、僕は先に行くね」

 いち早く身支度を終わらせた香澄は、玄関で靴を履いていた。
 勗は高校二年生、香澄は高校一年生。同じ高校に通っているので、向かう先も同じなのだが、香澄は所属する剣道部の朝練に参加するので、勗よりも早く出かける。
 勗はその姿を見送る気はないようで「ああ、うん」と軽く返事をすると二階へと上がって行った。それでも、香澄は笑みを絶やさずに見えなくなった勗の背中に手を振る。

「いってきます、姉さん!」

 そして閑静な住宅街へ飛び出した。
 香澄が徒歩で学校へと向かう道中、様々な人に会うのは日常である。ゴミ出しのおばさんに「行ってらっしゃい」と見送られ、小学生に「おはようございます!」と元気な挨拶をもらい、近所のお姉さんから「今日もかっこいいね」なんて褒めてもらう。香澄の見かけの良さからか、女性から声をかけてもらうことが多かった。
 そんな中「よっす香澄!」野太い声と共に背中を叩かれた。振り返ると、長身で筋肉質な男子がひらひらと手を振っていた。

「晴明、いきなり痛いんだけど」

 ギロリと香澄は睨むが、気にした様子はなさそうだ。
 東晴明あずませいめいは香澄と同じ剣道部に所属する一年生であり、香澄にとって最も親しい友人である。名前にある通り明るい性格をしており、周りからも親しまれやすい。

「はっはっはっ! 悪い悪い」

 晴明は口を開けて豪快に笑いながら、再度香澄の背中を叩く。香澄は眉間に皺を寄せ、肩にかけた細長い竹刀袋にそっと手をかけた。

「絶対に悪びれてないよね。その手を竹刀で叩こうか」
「それは痛いを通り越している次元だぞ。お前、姉ちゃんにもそんな態度するのか?」
「姉さんにそんなことするわけないだろ。あと軽々しく『姉』って言葉を使わないでくれる? お前の姉さんじゃないんだから」
「いや、そういう意味で使ってないから安心しろ」

 晴明は香澄の隣に並び、苦笑して呟く。「相変わらず重いなぁ」香澄が姉に抱く一途な想いを知ってはいるが、その重さと深さは晴明にとって理解が及ばない領域だった。

「でもさ、香澄の姉ちゃんだって高校生だろ。そろそろ彼氏ができたって可笑しくないんだぜ? そんなにシスコンで大丈夫か?」

 からかうように晴明は言った。途端、香澄の表情が険しくなる。勗に見せていた笑顔とは打って変わり、鬼の形相がそこにあった。

「姉さんに彼氏……そんな奴、この世で最も重い罪人だから殺しても問題ないよね。抹消していなかったことにしても問題ないよね」
「うん、問題だな。問題しかねえな」
「折角、姉さんと少しでも近くにいられるように同じ学校に入ったんだ。不埒な輩は全員抹消できるよ」
「友人としてちゃんと言っておくが、その進学理由は大分頭可笑しい」
「本当は部活だって嫌なんだ。姉さんは帰宅部だから、朝練もないし、すぐに帰っちゃうし……僕も剣道部なんて止めて一緒に登下校したいのにッ……賞を取る度に姉さんの小さい頃の写真を貰う取引を父さんとしたから仕方なく……ッ!!」
「おいおい、うちのエースが何言って……え、それ軽い犯罪じゃないのか……?」
「まあ、それはともかく」
「おい答えろよ」

 香澄は一息ついて険しい顔を緩めた。

「姉さんに彼氏はできないし、男に興味を持つこともないよ」

 だって──無関心だから。
 寂し気な声を洩らして、香澄は目を伏せた。
 「香澄……」晴明が心配したように呟く。途端、香澄は前を向いた。

「まあ、つまり一番近くにいれる弟ポジションの僕は一人勝ちってことなんだけどね」
「めっちゃくちゃ前向きで安心したわ。よし部活急ぐぞ、今日こそそのヤバい頭に二本お見舞いしてやる」
「じゃあ僕は胴二本取るよ」
「ハッ? 言ったな? できなかったらジュース奢れよ!!」

 二人は笑いながら、颯爽と駆け出した。



 香澄が出てから一時間遅れて勗も外に出た。通学路には勗と同じ制服の生徒が見受けられる。勗は誰とも関わることなくその波に流れ、学校に辿り着いた。校門前では教師と数人の生徒会が立ち、流れゆく生徒達に挨拶を繰り返していた。その中には、一際目立つ金髪の女子生徒もいた。制服は着崩され、中に着ている赤いTシャツが見えている。

「石暮!! またスカート折ってるだろ!!」
「だーかーらー、ゴリちゃん先生は頭かったいんだってー」

 ジャージ姿の男教師が怒鳴ると、石暮竜巻いしぐれたつまきは気怠そうな口調で言い返した。ゴリちゃん──その言葉で教師の顔が真っ赤に染まる。「今日という今日は」と教師が言い掛けたそのとき、竜巻の視界に勗が映った。竜巻は教師を無視して、素通りしようとしていた勗の腕を掴んだ。

「きょーく! おはよっす!!」
「……おはよう」
「なんだよ元気ねえなー。あ、そうだ、今日の英語の宿題見せてよ。わっけ分かんねえの」
「……いいけど」
「よっしゃ! じゃ、そういうことでー」

 竜巻は勗の腕を掴み、校門を走り抜けた。「石暮ー!!」背後から怒鳴り声が響いたが、一瞥すらしない。勗もまた、気に留めることはなかった。その後の校門は、嵐が過ぎ去ったかのように静まり返ったのだった。
 昇降口まで逃げ込んだ(勗は巻き込まれただけだが)二人は、靴を履き替えて廊下を歩いた。

「ったくさ、いつもうっせーんだよ、あのゴリラ教師。あんなんだから四十過ぎても嫁さんいねえんだよ。なあ、勗」
「そう」
「もっとモテる為に女子を理解しろっつーの。あ、ほら、あれみたいに」

 竜巻が指差す方向は、窓越しに見える武道場だった。部活が終わったのか、剣道着姿の男子たちが入口付近で給水をしていた。そこに女子に囲まれて一際目立っている男子がいる──香澄だ。

「ほーら、勗。弟が今日もモテてるぞー。ま、彼奴は顔がいいし、文武両道で愛想もいい。ゴリラじゃ勝てないわな」
「そう」

 勗は振り向くことなく廊下を進んだ。慌てて竜巻も追いかける。

「待ってって! 弟のモテモテロードだぜ? 興味ねえの?」
「興味ない」
「だよなー。流石勗だわ。少しだけあのシスコンに同情するぜ。なんなら、あいつが極度のシスコンだと知らない女子にも同情する」

 竜巻はケラケラと笑う。勗は相変わらず無表情のままだ。

「勗はさ、香澄のシスコンっぷりはうざくねーの?」
「どうでもいい」
「少しは愛に応えよ……とかは」

 竜巻は勗の顔を伺う。
 勗は眉一つ変えずに即答した。

「興味ない」

Re: 無関心な姉と依存症の弟が+/2してくれない話 ( No.2 )
日時: 2020/08/23 17:45
名前: 魔女 (ID: z52uP7fi)

 朝のHR(ホームルーム)が始まるチャイムが鳴り響く。
 朝練が終わり、胴着から制服に着替えた香澄は、急いで席に着いた。同時に教室の扉が開き、担任の番田桜子ばんださくらこが入って来た。長い髪を後ろで束ねた若い女教師だ。桜子は教壇に立つと教室を見回し「全員いるな。級長、号令!」その声で朝の挨拶が始まる。
 挨拶が終わると、桜子は慣れた様子でHRを進めた。

「連絡事項は特にないけど……まだ一年生だが、進路について真剣に考える機会としてこれを書いてくれ」

 桜子は規則的に並べられている生徒達の先頭列に紙の束を配る。先頭から後ろへ紙が回り、香澄にも届いた。表題には『進路希望調査』と書かれ、具体的な進路について記入する項目がある。

「提出は一週間後だ。忘れずに提出するように。相談があれば乗るし、進路指導室に過去の進路先もあるから利用するように」桜子は続けて「質問がある人はいるか?」と言ったが、誰も何も言わなかった。「じゃあ、HRは終わりだ」桜子は早々に切り上げると教室を出て行った。HRが終わった教室は即座に騒がしくなる。進路について話す生徒たちが大半だった。
 香澄は進路希望調査の紙を眺めながら頬を付いて黙り込む。前の席に座っていた清明は振り返り、香澄の様子に目を丸くする。

「おいおい、何そんなに黙ってんだよ。進路で迷っていることでもあんのか?」
「ああ、うん……」香澄は歯切れ悪く返事をする。「実は……医者か弁護士かSEか、進路に悩んでいてさ」

 晴明は茫然と口を開け、数回瞬きした後に「はあ?」と間抜けな声を漏らした。

「な、なんだよそのエリートな選択肢は……いや、まあ香澄ならどれも大丈夫そうではあるけど、職業的に考えたらバラバラだろ。何でその三つなんだ?」
「だって、給料良さそうじゃん」
「給料……? 意外だな、香澄でも金重視で職業選ぶのか」
「当たり前だろ。将来、姉さんを養う為にも金は多いに越したことはないでしょ」
「……ああ、そうだな。お前はそういう奴だったわ。試験落ちればいいのに」

 晴明は冷たく言い放ち、呆れたような目を向ける。そんな視線に気付かず、香澄は未だにじっと進路希望調査の紙を見つめている。

「でも、給料も大切だけど仕事に縛られたくはないんだよ」
「あー、確かに医者って大変そうだよな。残業が多そうだし、急患があったらすぐに駆けつけるんだろ? 身体がきついよなぁ」
「そうそう。姉さんと一緒にいられる時間が何よりも大切だからね」
「……そうだな」晴明はわざとらしく笑みを浮かべ「お前の行動原理に『姉さん』以外は無いのか!?」と机を叩いて身を乗り出した。香澄は顔を上げると「ないよ」真顔で答える。そして、晴明の頭に手を伸ばし、力一杯握り締める。

「あと、『姉さん』って気安く呼ばないでくれる?」
「痛い痛い痛いッ!! 理不尽だ!! これで『勗さん』とか呼んでも切れるくせにッ!!」
「僕でさえ名前呼びはしていないのに、他の誰かが呼ぶなんて正気の沙汰じゃないよ」
「嫉妬心強すぎじゃねッ!?」

 そんな攻防をする二人に、小柄な影が歩み寄る。「何してるのー?」可愛らしい猫撫で声に振り返ると、小柄な女子が笑顔を浮かべて立っていた。肩まで伸びた茶髪を頭の両側面で結んだ髪型に整った童顔。愛らしい笑顔は男子からの人気が高い。香澄と同じクラスの春崎萌はるさきもえだ。
 晴明は香澄の手を振り払い「こいつがシスコンって話」と苦笑するが、萌はニコニコと人当たりの良い笑顔を崩さないまま続けた。

「えー、でもそれって家族を大切にしているってことでしょ? 萌はそういうの良いと思うよー」

 チラッと萌の視線が香澄に向けられる。香澄と視線が交差すると、萌は一層嬉しそうに笑みを深めた。

「香澄君は家族想いなんだねー」
「まあね」
「家族想いつーか、姉重いつーか──いてッ!!」

 香澄は机の下から晴明の足を蹴った。晴明は痛そうに足を抑える。それなりに痛かったようで、目にはじわりと涙が滲んでいた。

「くっそー……何でこんなのがモテるんだぁ……」
「日頃の行いか……顔?」
「お前、マジで殴っていいか?」
「また試合でもする? そういえば、朝練で胴二本決めたから、ちゃんとジュース奢ってよ」
「げ、覚えてたか……まさか本当に決められるとは思わなかったぜ……」
「面で二本取るとか宣言する馬鹿が相手じゃなければ、簡単には取れないよ」
「え、香澄君凄いことしたのー?」

 萌は香澄の机に両手を置き、更に話し込もうとしたが、その背中を別の女子が叩いた。「春崎さん、隣のクラスの子が呼んでるよ」指差す方向では、背の高い男子が手を振っている。

「あ、そうだった。またお話聞かせてねー!」萌は小走りで去って行った。その背中を見送った晴明は香澄に向き直る。香澄の興味は進路に戻っており、再び進路希望調査の紙と睨めっこしていた。
 その様子に晴明は溜息をついた。

 ――あんな可愛い子に話しかけられても、『姉さん』の方が重要なんだよなぁ。

 晴明の脳裏に浮かんだ愛想のない無表情は、弟の愛を気にも掛けていなかった。


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