コメディ・ライト小説(新)
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- ハローワーク
- 日時: 2022/02/06 11:35
- 名前: grandma (ID: gln177xE)
私の母は、幾度となくこちらで新しい未来を開拓してきた。
いいように言えば。である。歳を重ねるごとに、温厚で。人あたりが良く、優しい性格になっていく母は、誰からみても歳が若く、生き生きとしていた。3人も子供を産み、11年という母にしては、長かったであろう結婚生活は、私が小学校に上がる頃に、終わりになった。
まだ、学校にあがるまえの私には、あまり理解できないことだったが、きちんと3人の子供達に、別れてもいいかを聞いていたらしい。
1番上の兄、太一は、そんなことも忘れ、母の離婚後、1番の悲劇のヒーローになり、未だに母を恨んでいる。
それから、しばらく皆で暮らした後、大学に上がる少し手前で、兄が父の元へ行き、その数年後には、あれほど父が嫌いだと言っていた姉も携帯を買ってもらえない、団地が嫌だといった、悪い意味での中学生ぶりを発揮し、やはり、父の元に行ってしまった。置き手紙ひとつで、家を出て行かれた母は、仕事に向かう前に、唯一生きている埼玉の叔母に大泣きして、事情を話していた。
私はといえば、3番目特有かは、知らないが、マイペースに、上が2人も居なくなり、お下がりが来ることもなく、部屋をまるまる1つ手に入れ、上で懲りたことを、私にはしないせいか、携帯も、中学に上がる前に、なんなくゲットした。
逆に、去ってくれて、ありがとうな感じ。月一回は、面会交流があり、最初はしぶしぶだった母も、数年たてば、しっかり買い物しておいで。と送り出してくれた。私は、ちゃっかり者で、欲しい服や、ゲーム、写真集なども、毎月どっさりと買ってもらっていた。ラッキー。
長くなったが、そうするうちに私は、ハローワークに就職をすることになる。
ここからが本題。前置きの長さに、我ながら驚く。
ハローワークに就職して、7年目、3年前には結婚もして、子供は、まだだ。
32歳で、様々な人生の先輩方に毎日の様に、出会うことになる。もちろん、歳がうんと下もいるし、様々ではあるが、やはり、年長者の職探しは、言い方は良くないが、ドラマティックである。
昨日来た、ある女性は、私の5席隣の担当者が応対していた。私は、自分の担当していた方を見送ったあと、窓口ではなく、裏方をしていた。
髪はツヤのない茶色で、少し褪せた色をしていた。歳は、50代半ば過ぎに見える。よく見てそのくらいで、もしかしたら、それよりも上なのかもしれない。
その女性は、左側を少し浮かせて座っていて、カバンの中から、何か書類のようなものを取り出しながらも、話を続ける。
30年以上働いていたのに、何もなかった。と。
あまり聞き耳は立てていないが、静かな場所でのやや高ぶる話し。よく響く。。30年以上もそこに勤めていたのに、退職金ももらえず、裸で放り出された。。いざ、失業保険を申請しようとしたら、雇用保険に入っていない事がわかり、憤りを隠せない。 カバンを探りながらも話は止まらない。 会社に言っても納得いく話が返ってこないし、ここに来ても手続きは、頓挫している。どうしたらいいんだ?収入はなくなるし、蓄えだって、できるほどの賃金ではなかった。助けてくれるはずの、制度すら使えない。。 何とか、ルールを越えてどうにかならないかと、必死で求めている。
決して、冷ややかに観察しているわけではない。私の母や友人達は苦労人なのだ。 とても、人ごとには、思えないので困る。
私が担当したとて、イレギュラーなアイデアは通用しないし、その女性がなんとか生き延び、仕事が早く見つかりますように。大袈裟ではなく、 願いながら、左手奥の12番窓口にご案内をする。 いつまで経っても、この国の、ルールは当事者目線にはなく、最初の頃に湧き上がっていた、私の中の憤りも、今は諦めに変わっている。
かれこれ、1時間以上も救いを求め、人生を語り尽くした、その女性は、もう、話すことが尽きたように、ここを後にした。
担当者が、こちらに戻ってくるその顔には、仕事とはいえ、かなりのダメージをくらっているように見えた。
あと少しで、退勤時間近く、夕方の買い物の事や、晩御飯のおかずに悩む。 そんな時、本日最後の申請者が来た。 148番が帰ったあと、番号札を見たり、148番を確認したりしながら、座り待っている。ここで待つ人の大半は、仕事を辞め、失業保険の申請に来るのがほとんど。 受給日は、決まっているのでおそらく受給に来たのではないが、どことなく、あかり明るい雰囲気。
私も、本日最後だということもあって、不謹慎ではあるが、ああ、今日は節分の日だったなあ。とか、豆まきはしなくちゃ。とか、じゃあ、恵方巻きは、家から1番近い、マックスバリュで、買うことにするし、母から、お蕎麦屋さんの美味しい出汁と、二八を届けてもらったことを思い出していて、じゃあ、そのお出汁で最初に軽く寄せ鍋てから、蕎麦で仕上げようと考えている。鍋に火を入れている間に、恵方巻きを齧ろう。そういえば、今年の方角はどっちだっけ。後でググろうとかを頭の中で言いながら、次のボタンを押していた。
チャイムが鳴り、また、丁寧に、札と電光を確認して、こちらに近づいてくる。
職探しにしては、生き生きとした感じで、見た目は、30代のよう。重めの前髪でベリーショートがとてもよく似合う。カジュアルだけど、スタスタと近づく様子がとても、母の若い頃に似ている。
椅子を引き、座った途端に彼女が、口を開く。
「その節は、どうも有難う御座いました。」
私は、一瞬で頭が真っ白になった。
今まで、日々様々な、申請者と顔を付き合わせてきたけれど、開口一番、こんなセリフを聞いたことがなかったから。。
その節は、有難う御座いました。 そういうと、彼女は、本題に入る。私はまだ、何を言われたのか、理解出来ずに、明らかに戸惑った上に、な、何かありましたっけ?などと、しどろもどろな返事しか出来ていない。
それで、御礼を言った彼女が、少しすまなそうに下を向き、照れ笑う。。
そのまま、流して、本題に入る。
「再就職手当の申請が可能であれば、したいです」
大抵、ウキウキした感じが、隠せなくて、少しテンション上がり気味で来るはずなのに、とても冷静で、優しく綺麗な声だ。
この申請の特徴は、申請者の高揚感を、一気に叩き潰すかもしれない、ルールのしばりが多くある。
せっかく、貰えるはずのものが、貰えないとなった時の、ガッカリ感は、見ていて申し訳ない。しかも、イレギュラーは存在せず、どれだけ、語らい尽くしてくれたとて、断るハメになる。相手が悪いとこちらが、批判を聞かなければならない。
最後の申請者だし、無事に終えたい。
申請は、原則1ヶ月以内。
書類は、採用証明書、雇用保険受給資格証と、失業保険を受給していた時の写真付きの用紙。
全て揃う。
それから、細かい規定があり、つらつらと説明を進めた。前職と、今職の職場に繋がりがない事。申請前から、再就職が決まっていなかった事。一年以上働くという、雇用条件である事。などが、主だ。それから、とても大切な決め事がある。知らないと損をする。この手続きの時効は、2年。あまり、大々的ではないので、知っていてほしい。
なんなくクリアして、私と彼女で、それぞれに書類を埋めていく。その時に、彼女は、また、優しくて、温かい声で、私に話しかけてきた、
「以前に、こちらに来た時に、仕事を辞めたばかりで精神的にも落ち込んでいて、窓口の担当の方に、色々と聞いて頂いてとても助かったんです」
私は、赤いボールペンを進めながらも、彼女の素敵な話し声と、優しい内容に、なぜか泣きそうになりながらも、久々に、笑顔が溢れて接客できたんではないだろうか。お客さんではないけれど。
こんな人だからこそ、スムーズに受理出来たし、また、再就職手当とは、本来お祝いの意味があり、辛かった時期を頑張って乗り越えた、そんな細やかな制度を受け取れたんではないだろうかと、心からそう思えた。
彼女は、また、ありがとうございました。と優しい声を私にかけながら、丁寧に椅子を戻して、颯爽と帰って行った。
気持ちの良い締めくくりに感謝。
素敵なことがたくさんあるように。優しい彼女も、あの、女性も。
素直にそう思いながら。
そうだ、寄せ鍋のメインは、鱈にしよう。
鱈の出汁も最高に美味しいし、蕎麦は硬めに上げて、喉越しを楽しもう。
豆は、歳の数だと多いから、適当で、福はうちは、食べる時に。
鬼は外は、なるべく、へいの外の植え込み目掛ける。。
腰が冷えたので、先に湯船に入ろうと。
さあて、家に帰ろう。
最初の曲は何だろう。