コメディ・ライト小説(新)
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- SBB(Star Baseball Boys)
- 日時: 2022/09/10 21:29
- 名前: ジュール (ID: jtELVqQb)
「俺たちで、甲子園に行こうぜ!」
そんな約束をしたのも、今は昔。俺たちはそれぞれのチームで野球をして、別々の高校へ行くものだと思っていた。
だが、野球の神様は俺たちを再び巡り合わせてくれた。
諸事情で強豪校への入学ができなくなった俺たち。なら、昔の約束を果たそう。俺たちで甲子園へ行こう!
「甲子園の星に、俺たちはなる!」
登場キャラ
物語
プロローグ >>1
第一話「新1年と新監督」 >>2
第二話「実力」 >>3
第三話「期待のルーキー」 >>4
- Re: SBB(Star Baseball Boys) ( No.1 )
- 日時: 2022/08/09 22:12
- 名前: ジュール (ID: SkZASf/Y)
プロローグ
僕の名前は犬井柴助(いぬいしばすけ)。東京都立光ヶ丘(ひかりがおか)高校野球部の部員です。といっても、先日入部したばかりの一年生ですけどね。
実は僕はシニアで野球をしたことがあって、そこそこできる方だと思っていたけれど、やっぱり強い所はレベルが違っていて、強い所には入れませんでした。
かといって、入学した光ヶ丘高校は部員もろくにそろわない学校で、三年生は一人しかいなくて、二年生も三人しかいない。その上、今年は野球部の顧問が辞めて、代わりになる人も女の人だって言うから、弱小以前の高校だ。
まあ、愚痴たってしょうが無いけれど……せめて試合ができるようにはなりたいなあ。と、そんなことをつぶやいていた所だった。
「お、ここが野球部のグラウンドかな?」
「調べ通り、全然人いねえな!」
「言っただろ、この高校なら一年から出られるって」
「でも、少し少なすぎじゃね?」
「別に、年功序列が無い所ならかまわない」
急に、ぞろぞろと五人の男達がグラウンドに入ってきた。
「おーい、そこの人! 野球部の入部届って、誰に出せば良いんだ?」
「あ、はい。キャプテンの三年生に言えば良いと思いますよ」
「おう、サンキュ! というわけで、俺たちはここに宣言する! 俺たちは……」
「このチームで、甲子園に行くぜ!」
そう大声で宣言したこの男に対して、僕は「何言ってんだコイツ」って顔をしただろう。だって、人数も彼ら合わせて十人、まともな指導者もいないこのチームで、甲子園に行くなんて無理だと思ったから。
「あのー、甲子園は少し難しいんじゃないかと思うんですけれども……」
「もちろん、一年目から行けるなんて思ってないが、俺たちの力があれば、きっと勝てるぜ!」
「そうだね。いくら僕たちでも一年目からは行けないよ」
「俺がかっ飛ばす! それで良いだろ?」
「そういう頭の悪い点の取り方じゃあ、いつまで経っても勝てないよ」
「俺が塁に出ればモーマンタイだよな」
自信満々にそう語る五人を見て、僕はこの五人を見たことがあるのを思い出した。
「えっ、き、君たちは……!」
「シニア全国ベスト4投手! 投打にハイレベルな男尾上博之(おがみひろゆき)!」
「その眼は相手を蜘蛛の糸のように絡め取る! 頭脳派捕手雲井俊樹(くもいとしき)!」
「甘い球に気をつけて、シャークが大口開けて待っている! 驚異の4番打者鮫島鱶(さめじまふか)!」
「その粘り強さ、まさに蛇! その粘りが毒のように効いてくる、技巧派二塁手蛇島悠木(へびしまゆうき)!」
「50m5秒台! そのスピードは誰にも止められない! 俊足外野手佐宗理助(さそうりすけ)!」
「全員シニアで優秀な成績を残した選手達じゃないですか! な、なんでこんな学校に!?」
「ま、ちょっとワケありでな。こうして集まったからには、甲子園目指そうとか思ってよ」
「それに、小学生の頃みんなで甲子園行こうって約束したしな。約束を果たすために、俺たちは集まったって訳さ」
「は、はえー……こんな学校に、こんなすごい人たちが集まってくれるなんて……」
「ところでお前、俺と同じ一年? 名前は?」
「あ、はい。僕の名前は犬井柴助って言います。一応、ポジションは三塁手です」
「へー、柴助ねえ。お前のことシバッチョって呼んで良い?」
「はい。僕のことは、どうぞ自由に……」
「んじゃま、俺たちはキャプテンに挨拶してくるわ。これからよろしくな!」
「はい……」
この、優秀な五人。この五人との出会いが、僕の人生を大きく変えることになるなんて、この時の僕は思いもしなかった……。
- Re: SBB(Star Baseball Boys) ( No.2 )
- 日時: 2022/08/14 21:03
- 名前: ジュール (ID: SkZASf/Y)
第一話「新1年と新監督」
突然シニアで優秀な成績を残した5人が入ったことに、犬井柴助は驚きを隠せなかった。5人とも、なぜこんな人数もそろわないような学校に? いろいろと疑問は尽きなかった。
身長も大きく横幅もでかいパワーヒッター鮫島、身長は低いが目つきは鋭い蛇島、飄々としながら足も速い佐宗、メガネで知的な雰囲気を醸し出す雲井、そしてそれをまとめ上げるカリスマたっぷりの尾上。こんな5人がここにいる。
そうして、数少ない先輩達がやってきた。
「野球部に入部してくれてありがとう! 俺は野球部唯一の3年生、加藤正義(かとうまさよし)だ。ポジションは三塁手。一応キャプテンだから、なんかあったらなんでも聞いてくれ! で、隣にいる3人が、2年生だな」
「鈴木だ、ポジションは二塁手。守備には自信があるつもりだ」
「佐々木って言う。ポジションは……一応外野手? 実は中学までは陸上部だから足は速いぞ!」
「俺は井上、ポジションは一塁手。素振りだけは人一倍やってきたつもりだ……といっても、人数がいないからほとんどそれしかできなかったんだけどな」
「今年の1年生は6人か……いやー、久々に公式戦に出ることができそうで嬉しいよ。その上、シニアで優秀な成績を残したっていう5人が入ったって言うんだから、今年はいい年になりそうだな!」
朗らかな笑顔でそう語るキャプテン。2年生達もうんうんとそううなずく。
「いい年ですって? 先輩、そんなちっせえ所で満足してちゃダメですよ。俺たち、甲子園に行くつもりですから」
尾上のその言葉に、固まる先輩一同と犬井。それと同時に尾上が口を開こうとした、その時だった。
「甲子園? いーねーっ、その大きな目標、若いねーっ」
メンバー達の後ろから声が聞こえた。快活な、女性の声。髪の毛を一つ縛りにして右手でバットを持った、大人の女性だ。
「だ、誰ですか?」
「アタシ? ああ、まだ伝わってなかったんだ。アタシが今年から野球部の顧問兼監督になる、狐塚(こづか)マリよ。よろしく!」
「あ、はい。代わりの先生ですね。俺がキャプテンの加藤です、なんかあったら俺に言ってください。まあ、先生も他の先生から押しつけられたようなもんでしょう? 無理して出てこなくても……」
「何言ってるの? アタシは自分から監督になったの。もちろん、練習もバリバリ行くからね!」
「で、でも先生、野球の経験は……」
すると、マリ先生は懐から硬球を取り出し、それをフルスイングした! ボールはフェンスにぶつかり、2・3年生と犬井は驚いた。
「アタシね、昔ソフトボールで全国大会行ったことあるんだ。だから舐めないでね?」
「そ、ソフトボールの全国経験者……?」
「そんな人が、ウチの野球部の監督に……?」
驚く2・3年生と犬井。尾上はピューゥと口笛を吹き、他の1年はうんうんとうなずく。
「にしても、試合ができる人数がいて良かったわ。練習試合を来週の日曜に用意するつもりだったから」
「いきなりですかあ!?」
「練習試合の相手は、都立荒川高校! 聞いた話じゃ、前よく練習試合してたらしいじゃん?」
「い、いや、その高校は確かに俺たちが人数不足になる前は、よく練習試合していましたけれど、ここ5年で力をつけていまして、今じゃ東東京のベスト16に入るくらいにはなっているんですよ!?」
「……じゃあ、力が同じくらいのとことやるのが練習試合? せっかく試合ができるんだから、思い切って行こうとは思わないの? あの子たちみたいにさ」
マリ監督が指さしたのは、尾上達5人の1年。
「た、確かにあいつらは俺たちより遙かに上手い奴らですけど……」
「心配なんですか、先輩? まあ大丈夫ですよ。俺たちがなんとかしますから」
「だ、大丈夫なのかな~?」
「それじゃ、練習練習! 守備位置について、ノックをするわよ!」
「あ、あの……ちょっと良いですか?」
手を挙げたのは、一塁手の井上と二塁手の鈴木だった。
「俺、蛇島とポジションが被っているんですけど、どうすりゃいいですか?」
「俺も、鮫島とポジションが……」
「じゃあ、どっちかが足りないとこにコンバートして。聞いた話じゃ、遊撃手と外野手が1人足りないから……そうだ、これからノックして、下手な方がコンバートするってことで良いかな?」
「えっ!?」
「へぇ~……」
「早速始めましょ! さ、まずは蛇島クンと鈴木クンね。ささ、はけてはけて」
グラウンドに鈴木と蛇島を立たせる。後ろには、球拾いとして他のメンバーが立つ。
「これから、20球打つわよ。それを捕球できた数で勝負を決めるわ! まずは、鈴木クン!」
「は、はいっ!」
まずは鈴木がノックを受けることとなる。
(高校じゃ人数不足で試合には出られなかったけれど、中学じゃ守備には自信があったんだ。あの人の打球はすごかったけれど、ノックでなら……!)
「んじゃ、行くわよ~!」
マリのバットから、打球が放たれる。だが、その打球は、先輩達の予想を上回っていた。金属音を響かせ、鋭い打球が、鈴木の右を抜けて行った!
「うっ……」
「は、速い!」
「さっきの打球もそうだったけれど、力強い打球だ!」
「どうしたの? まだまだこれからよ!」
マリは、間髪入れずに勢いのある打球を打ちまくる。守備には自身のある鈴木だったが、グラブに当てるのがやっとで、捕球できたのは2~3球程だった。
「まだ、ちょっと舐めてた? これ以上は舐めたらダメよ~」
「はあ……はあ……」
その鋭い打球に、鈴木は息を切らし、グラウンドに這いつくばっていた。
「し、新監督、すげえっ……」
「じゃあ、次は俺が行きますね」
体は小さいが、目つきは鋭い蛇島がグラウンドに立つ。
「行くわよ!」
先ほどと同じような、鋭い打球を飛ばすマリ。だが、それを蛇島は軽くキャッチした。
「おおっ! 捕ったぁ!」
「逆シングルで、軽く捕ったぞ!」
驚く先輩達を尻目に、尾上達は余裕顔。
「ま、あれくらいアイツなら捕るよね」
「蛇島悠木、かつて新城シニアで2番二塁手を打っていた小兵。体が小さくパワーは無いが、技術力は屈指で守備が上手く、打撃ではカット打ちや選球眼で相手を苦しめる理想の2番打者。中でも中学時代のバント成功率は100%という記録を持っている……まさしく、蛇の毒ような男だな」
一人でそんなデータを並べる雲井。それを聞いて、更に驚く先輩と犬井。
気づけばノックはもう終わっており、蛇島は全ての打球を捕っていた。
「へぇ~、やるじゃない。ちょっと打球が甘かったかしら?」
「甘過ぎましたね、あのくらいならまだ余裕ですよ。先輩も、守備に自身があるならあのくらい捕ってくださいよ。人数不足だからって、守備サボってたんじゃないですか?」
「ううっ……そこんとこも毒……毒舌~……わかった、俺が遊撃手に入る。蛇島、お前が二塁守れ」
「せめて、自慢の守備だけでも貢献できるようになってくださいよ」
蛇島の毒舌に、心がチクチク痛む鈴木だった。
「さーてと、これで二塁手と遊撃手は決まったわね。それじゃあ、一塁手を決めるノックは……」
「す、すいません! 俺、守備に自信無いんで、鮫島に一塁譲ります! 打撃しか、やってこなかったもんで……」
「あり? 決まっちまった?」
「んじゃ、俺ライトに回るから、一塁は任せた!」
(あんな打球、内野で捕れる訳ね~っ!)
「決まりね。それじゃあ、投手と捕手を除いて、ポジションについて! ノックを始めるからね!」
「は、はーい!」
マリ新監督の、ノックが始まる。一塁手鮫島、二塁手鮫島、三塁手加藤と犬井、遊撃手鈴木、左翼手佐々木、中堅手佐宗、右翼手井上。この守備位置で、マリ監督の新しい体制が始まるのだった。
そして、ブルペンに入った投手尾上と捕手雲井。
「んじゃ、次の試合に向けて、ボールの状態でも確認しておくか! 行くぜ、雲井!」
「オッケー、全国ベスト4、多摩川シニアのエースで4番、その右腕からはシニアでもトップクラスの……」
「ごちゃごちゃ言ってるんじゃねー! データ喋らなきゃ死んじゃうのかお前はー!」
その右腕から放たれた球は、とても速い球だった。少なくとも、先輩達は見たことも無いような。
(す、すげえ……あの尾上ってヤツ、良い速球を――)
「加藤クン! よそ見をしている余裕は無いわよ! 試合は近いんですからね!」
「は、はい~っ!」
(ソフトボール全国出場の新監督に、全国経験アリのやり手新メンバー……うひゃ~っ……こりゃあ、とんでもないことになりそうだ~っ)
加藤と犬井は、同じことを思いながらマリ監督の鋭いノックを受けるのだった。
第一話。終わり。
- Re: SBB(Star Baseball Boys) ( No.3 )
- 日時: 2022/08/20 21:48
- 名前: ジュール (ID: SkZASf/Y)
第二話「実力」
新監督、狐塚マリの下、強烈な練習をすることになった光ヶ丘野球部部員達。強烈なノックを浴びるように受けた2・3年達は、ボロボロになって日曜の荒川高校との練習試合を迎え、荒川高校へとやってきた。
「監督、ホント容赦ないノックだったなあ……」
「ソフトボール全国経験者で、すごいノックを俺たちに浴びせてくるんだから……」
「でも、俺たちのレベルに合わせてノックしてくれていたよな……俺たち2・3年には、同じ強烈なノックでも、ほとんど近くに打ってくれてたよな……おかげで、守備がほんのり上手くなったような気がする」
「上手い1年達は、わざと厳しい所に打って鍛えていたよな……それこそ、1年が苦労するくらい」
「あの監督……存外やり手ですね!?」
2・3年と1年の柴助は、新監督のやり手っぷりを感心している。当の本人は、ふんふ~んと鼻歌を歌いながら一緒に歩いているだけ。
「あ、やっと着いたみたい!」
荒川高校のグラウンドにやってきた光ヶ丘ナイン。そこにいたのは、グラウンドでめまぐるしく練習している部員達。人数は、ざっと40人程か。
「に、人数が違う……」
「それに、部員達の声や目つきも違う……レギュラー狙って、必死になっている感じだ」
「先輩達が戦っていた時とは、全然違うな。いつの間にか、こんなにガチになっていたとは……」
気弱になる2・3年達だが、1年達は余裕顔だった。
「ま、強いとこならこれぐらいは当然だろうな」
「シニアにいた時は、こんなこと普通にやっていたしな~」
「さ、さすが強豪シニアでシノギを削っただけのことはあるなあ……」
すると、部室から中年の男が出てきた。
「どうもこんにちは、荒川高校野球部部長の前川と申します。光ヶ丘高校の監督、狐塚マリさんですね?」
「はい、今日は練習試合を受けてくれてありがとうございます」
「ええ、光ヶ丘高校さんとは前々から練習試合をよくやっていましたから。そちらが人数不足になってからは、やらなくなりましたけどね」
「ええ、こちらの人数不足はこちらの不手際。受けてくれただけでもありがたいです。それで、今日私達相手してくれる人たちは、レギュラーですか? それとも2・3年の準レギュラーですか?」
「いえ、あなた方と試合するのは、今年入った1年達です」
「い、1年!?」
驚く2・3年達。前川は続ける。
「いやいや……断っておきますが、5年もメンバーをそろえるのに難儀してるあなた方と、ここ5年で力をつけて今では都のベスト16の常連になったウチのレギュラーとでは、はっきり言って勝負になりませんから。とにかく、1年の練習相手になっていただければ、それで十分ですよ」
その言葉に、2・3年達は言葉を失う。自分たちは、1年の練習相手として選ばれたのだと。レギュラー達とは、勝負にならないと、はっきり言われてしまった。
小声で加藤達は話をする。
「お、俺たち……舐められてる?」
「だろうな~。1年の練習相手だなんて、それくらい荒川は強くなっていたんだな……」
小声で弱気な話をする先輩達に、蛇島が肘打ちをした。腹に肘鉄をお見舞いされた佐々木は、思わず大声になる。
「痛っ……な、何すんだよ!」
「やる前から弱気でどーすんですか。戦って、その判断が間違いだったって思わせてやりましょうよ」
「あ……そうだな。スマンスマン、自分達より強い相手に萎縮してたわ……」
「た、頼りになる後輩だなあ……」
グラウンドで、早速練習をする光ヶ丘メンバー達。マリ監督のノックは、相変わらず強烈で1年達も難儀した。
そうして、荒川の1年達がやってきた。そして、試合は始まる。
「整列! 試合は9回まで、5回までに10点差、もしくは7回までに7点差がついた時点でコールド負けとなります! それでは、礼!」
「よろしくお願いします!」
そして礼を終えた時、荒川の1年達は口々に語った。
「今回の相手、5年前まではよく練習試合してた弱小校だって?」
「ハハッ、楽勝だな。人数をそろえるのにすら難儀している高校だしな」
「俺たちとて、強豪校に入れなかったとはいえ野球には自信があるんだ。あんな奴らさっさと打ち負かして、アピールといこうじゃないか」
その言葉を、光ヶ丘の1年達は聞き逃さなかった。
「ボケが……今の言葉、絶対に後悔させてやらあ……」
「鮫島、顔がサメみたいになってるぞ~」
「さーてと。こっちが先攻だから、みんなの打順はこんな感じよ!」
光ヶ丘
1 佐宗「中」
2 蛇島「二」
3 雲井「捕」
4 鮫島「一」
5 尾上「投」
6 加藤「三」
7 井上「右」
8 鈴木「遊」
9 佐々木「左」
「や、やっぱり1年達が上位打線だよな……」
「僕、控えですか……」
「ゴメンね、やっぱり先輩達の方が経験は上だと思うから。それに、久々の試合をみんな楽しみたいじゃない?」
「よ、よーし……頑張るぞ!」
「それじゃあ、みんな頑張ってね~」
1回の表 光ヶ丘の攻撃
1番 佐宗
左打席に立った佐宗は、いかにも打ち気満々で左打席でバットを構える。それに対し、余裕顔の投手。ベンチで、先輩達がいろいろ心配する。
「あの1年の投手、どんなヤツなんだろうな? 少なくとも、普通の奴らより実力はありそうだけどな~」
それに心配をかき消してくれるのは、雲井だ。
「塚本恵(つかもとけい)、右投げ右打ち、都立都柳中学出身。シニア経験はありだけど、レギュラー取れないから軟式野球部に転向。野球部のエースで4番として、実力を遺憾なく発揮していた……」
「く、雲井……お前詳しいな」
「詳しいに決まっていますよ。なんせ雲井は都内じゃ有名なデータマンですからね!」
「そ、そうなのか? アイツのこととかも、わかるのか? さっきのこと以外で」
「ええ、わかりますよ」
雲井はどこからかパソコンを取り出し、カチャカチャと入力する。
「えーと他には、打撃では外角の球を得意としていて、投手としては得意球はカーブ。球種はストレートとカーブ、スライダー。でもスライダーはあんまり投げない」
「他には?」
「シニアでレギュラーを取れなかった原因は、練習で手を抜いていたことが原因。その上中学の野球部でも、練習をサボることばかり考えていた。趣味はインターネットと昼寝、好きな食べ物はすき焼き、嫌いな食べ物はピーマン。交友関係は……」
「い、いい……それ以上個人的な話はいい」
(一体どこからそんなデータが……)
話が途切れた時、佐宗はセーフティバントでいつの間にか一塁へと進んでいた。
「おおっ、ランナーが出たぞ! ここはしっかり送りましょうか監督!」
「いいえ、サインは出さないわ。あたしはこの試合、サイン出す気ないもの」
「ええっ!? なんで!? こういう時采配振るうのが監督じゃないんですか!?」
「練習試合だし、気楽にやりましょう? その上、自分で考えて行動できるようにならないとね。まずは、練習試合でね」
「な、なんという……こういうところもかなりやり手……」
マリ監督の突然の思いつきで、不安がる2・3年。そこで雲井が一言。
「先輩、よければアイツの癖とか教えましょうか?」
「え……俺ら6番からで……そもそも今は蛇島の打順で次はお前だろ? すぐ行かなくていいのか?」
「大丈夫ですよ。どうせ蛇島の打席は長くなりますから、ほら」
2番 蛇島
「クソッ、忌々しい野郎だぜ……」
カウントは2-2。なんと10球目。
「いい加減、三振しやがれ!」
カーブを放る塚本。きわどいコースに決まりそうになるが、左打席の蛇島はカットしてファールにする。
「ぐっ……またしても……!」
蛇島は2ストライクになってから、きわどい球は全てカットして粘っていた。打球が全然前に飛ばないものだから、余計な球数を投げさせられ塚本は焦る。その上、ボール球には手を出さないのだから、忌々しいことこの上ない。
「くそっ!」
それだから、力んでボール球を投げてしまう。フルカウントになっても、蛇島はストライクをカットし、15球目になってしまう……。
「こ、こんな……」
そしてダメ押しと言わんばかりに、蛇島は一言。
「……目標25球」
これを間近で聞いていたキャッチャーは驚く。
(こ、コイツ……塚本に1打席で25球も投げさせるつもりか!?)
キャッチャーは敬遠を指示。だが、塚本はそんなことを許す男ではない。その言葉が余計に力みを生み、ボールに力が無く、余計にカット打ちを助長させる。
そして、25球投げさせた後、蛇島はフォアボールで出塁。
「こ、この野郎……!」
「アレ? 佐宗のヤツなんで盗塁しなかった?」
「まだ自分の真価は発揮しなくて良いだろ?」
「よし、僕の打順だな。先輩、覚えてくれました? 打順までお願いしますね」
「お、おうわかった……」
雲井が打席に向かったところで、先輩達は改めて雲井のデータを確認する。
「雲井のデータ……すごかったな」
「ああ。わかりやすくて、その上、ポイントがしっかりしている。でも、これで球種はわかるようになった。多分5番までノーアウトで来るだろう。そこからだ、あいつらだけじゃないって所を見せてやろう!」
3番 雲井
(さて、蛇島が散々粘ってくれたおかげで、アイツはこれ以上球数を投げたく無いだろう……そこで初球に来るのは……)
「くそっ! これ以上、良いようにやられてたまるか!」
「初球ストレートの確率、100%!」
右打席の雲井はストレートをジャストミートし、右中間のフェンスに直撃させる。ランナーの2人は確実に生還し、タイムリーツーベースとなった。
「す、すげえ! 初球確実に叩いてタイムリーツーベースだ!」
「ランナーも好走塁だー!」
大騒ぎする先輩に対し、尾上達は冷静だった。「これぐらい当然」といった表情を浮かべてにっこり。塁上の雲井は満足そうにしている。
(幸先良いなあ)
すると、右打席から怒号が飛ぶ。
「雲井テメー! せっかく佐宗と蛇島が盗塁しないでいたって言うのに、お前が俺のランナー取ってんじゃねーよ! これから満塁ホームラン打つ予定だったのに!」
「はいはい鮫島君。ツーランで我慢してちょうだいね」
「フー……ツーランで我慢しとくか」
4番 鮫島
まさかのホームラン予告に、内心腸が煮えくりかえる塚本。表情に出さないだけで、怒り心頭だ。
(この野郎テメエ……俺からホームランだとぉ!? 舐めてんじゃ、ねえぞ!)
塚本の球は怒りで威力が増していたが、鮫島はそれを軽くミートして……ネットを飛び越え校舎の壁に直撃させた。
「……へ?」
一瞬の出来事に、固まる塚本。荒川の1年達も、光ヶ丘の先輩達も同じだった。
「す、すご……」
「あの球、ホームラン……わああああっ!」
沈黙を解き、大はしゃぎする加藤達。それに対し、「騒ぐな騒ぐな」と制止をかける鮫島。
「こんなもんじゃねーですよ。俺たちの目標は……」
「甲子園、だもんな」
その言葉に、先輩達は……。
(甲子園……)
(でっかい目標……)
唖然となるだけ……。
5番 尾上
その瞬間、右打席から強烈な金属音が響き、大飛球が飛ぶ。フェンスの上、ネットにかかってホームランとなった。
「イエイ、アベックホームランだぜ」
「お、尾上……」
このとき、キャプテン加藤は考えた。この連中なら、ひょっとしたら……。今は無理でも、2年後は……と考えていた。
「キャプテン、あなたの打順ですよ」
「えっ、オレェ!? もう来ちまったのか。スマンスマン、今行ってくる」
慌ててヘルメットを被ってバット持ち、バッターボックスの右打席に向かおうとする加藤。それを雲井が止める。
「キャプテン、わかってますよね? 教えた通りにすれば、打てますから」
「ああ、わかった。そのようにする」
6番 加藤
マウンド上では塚本が憤慨していて、それをキャッチャーがなだめていた。
「こ、こんなことが……あんなチームに、俺が5失点も……!」
「そう気を落とすな塚本、今気づいたんだが……あの1年5人、タダ者じゃあねえ。どれも有名シニアの有力選手だ!」
「え?」
「戸郷シニアのリードオフマン佐宗理助、新城シニアの毒の男蛇島悠木、都内のデータマン雲井俊樹、ホームラン数78本の鮫島鱶、全国ベスト4投手の尾上博之……全員聞いたことある奴らだろ?」
「ああ……全員聞いたことある奴らばかりだ。シニアの全国クラスばかりだな……」
「どういう訳か、あの光ヶ丘にそいつらが集まっている。つまり今のは交通事故のようなもの……次の回から抑えれば良いさ。それに、6番からは2・3年生だ。人数不足でマトモにはやってない。楽に投げていーぞ!」
「わかった。しかし、なんであんな所にあんな奴らが……シニア時代、一度も抑えられなかったあいつらが……まあいい。どうせ下位だ、きっちり3人で抑えて、次の回からは抑える!」
一方加藤は、雲井に教わったことを反復していた。
(えっと……雲井曰くコイツのクセはわかりやすい。教えてもらったとおりのことを見極めれば、俺でも打てる……後は、打席で実際に見て確かめろ……か)
塚本の1球目、内角にストレートが来る。ストライクだ。
(うむ、けっこー鋭い。でも、今のがストレートか、言われた通り、軸足がまっすぐだった……)
2球目。今度はカーブが来た。曲がりが大きく、真ん中からボールゾーンへと逃げていったが、加藤はゆうゆうと見逃す。コレには塚本も苦々しい顔。
(余裕で見やがって……手が出ないくせに、見ているんじゃねーよ!)
加藤は、教えられたことをきっちり頭の中で理解していた。
(ふむ、今のがカーブ……軸足が折れている……にしても、わかれば意外とやりやすいもんだな……よーし、ストレートにヤマ張るぜ! 投げる前に球種がわかれば……多分打てる!)
(フン……打てるような面構えしやがって……お前らには、うてっこねえ!)
(軸足がまっすぐだ、ということは……ストレート! いっけー、思いっきりスイングだ~!)
狙っていったスイングは、ものの見事にバットに当たった。その打球はセンター前のクリーンヒットとなった。
「す、すげえ……ホントに打てちゃったよ……!」
加藤のバッティングを見て、先輩達も確信する。
「雲井のアドバイスは……本物だ! 多分、それで打てた! よーし、俺も打つぞ~! 元々打撃には自信があったんだ、多分行ける!」
7番 井上
(雲井のデータじゃ、軸足がポイントだったよな。曲がっていればカーブ、まっすぐならストレート。スライダーは確か……グローブが下を向くんだっけ? うん、大丈夫)
井上が雲井のデータを確認している間、加藤に打たれた塚本は怒りではなくショックを受けていた。
(ば、馬鹿な……1年の有力選手だけじゃなく、クソ雑魚の先輩にも打たれた……? 馬鹿な、まぐれ……だろ?)
「クソ……こうなったら……コレだ!」
(グローブが下を向いた、スライダーかよ! あんまり投げないくせに、キャプテンに打たれたから使い始めたかな? キレはあんまりない、これならわかってりゃ打てる! フルスイングだ!)
元々打撃には自信のあった井上、振りは2・3年の中では一番鋭い。それがフルスイングで打球を飛ばせば……。
「おっ!」
「なっ……!」
右打席からの大飛球。ホームランか……と思われた打球は、フェンスにぶつかった。だが、かなり上の方であり、あと少しでホームランになりそうな打球だった。
「おおっ、井上も打ちやがった! こりゃあ、ノーアウトで打順一巡もありえるか~!?」
加藤は打球を確認して二塁はおろか三塁も回り、ホームへ帰ってきた。6点目が入った。井上は、悠々二塁へ到着。
8番 鈴木
鈴木もまた、右打席で雲井から教わったクセを見抜いてシングルヒットを放ち、二塁ランナー井上が生還。確実に7点目が入った。
これにはもう、塚本は自信を失っていた。見下していた2・3年にも打たれたことによって、放心状態になりかけていた。
(ウソだろ……マトモにやっていないような奴らが……!)
9番 佐々木
「ほらほら、どんどん打っていきましょうよ。こんなに打てているんですから」
雲井がそう言うが、加藤は少し不安がる。
「そういうがな……アイツは野球を始めたのは高校からだからな……バッティングには少し不安があるんだよな」
「……心配はいらないみたいですよ?」
佐々木は、笑っていた。
(ここまでみんな、打って打って打ちまくった。当然次も打ってくるって思うよな……ありがたいぜ。良い仕事させてもらうぜ、このヤロー)
塚本の心は、半分折れかけていた。その気持ちから放たれた、威力の無いボールを、佐々木はバントし三塁線へ転がした!
「わっ、打って来ないのかよ!」
ここまで打ちまくり、警戒していた内野手は後ろへ下がっていた。そこを丁寧について佐々木は右打席でセーフティバントを決行。結果、対応が遅れる。そして、佐々木は元陸上部で足が佐宗の次に速い。綺麗な内野安打となって佐々木も出塁した。
「おおっ、上手いセーフティバント!」
「ね? 心配いらなかったでしょう? 陸上部の足を生かして良いバントを決めましたねえ」
「ホントに打者一巡しちゃったよ……しかも、1番は佐宗から……行けるぞ!」
盛り上がるベンチ。だが、塁上の佐々木はホッとしていた。
(……なんとか上手く決まったぜ。バントしかできないって、バレる訳にはいかないからな……)
バントまで決められ、もはや心がポッキリ折れてしまった塚本。そこにダメ押しと言わんばかりに、打順一巡。
これに、荒川高校の部長は恐慌状態となっていた。1年達の試し切りと思っていた相手が、まさかのノーアウトで打順一巡なうえ、もう抑える保証が無い。
(なんということだ……ここまで打たれるとは……! 塚本はアイツを除けば1年で最も良い投手だ。塚本がダメとなると、もう……!)
すると、ベンチに誰かが現れた。
「苦戦しているようですね、部長」
「わ、鷲ノ森! お前、レギュラーと一緒に練習してたんじゃないのか!?」
「いや、こっちの方が面白そうなことになっていましてね……どうします? この状況を打開するには俺の力が必要だと思いますが……」
「投げてくれるのか?」
「はい。ですけど、肩がまだちょっとできてませんから……次の回から行かせてもらいますね」
「わかった、頼む……これ以上は……」
「はいはい」
大盛り上がりの光ヶ丘ベンチ、しかし、強力な選手が出ようとしていた……。
第二話。終わり。
- Re: SBB(Star Baseball Boys) ( No.4 )
- 日時: 2022/09/11 22:05
- 名前: ジュール (ID: jtELVqQb)
第三話「期待のルーキー」
「はぁ……はぁ……やっと終わった……」
もう1試合やったかのように疲弊する荒川高校1年メンバー。息も絶え絶えでベンチに戻る。
スコアボードには、光ヶ丘高校に15点が記されていた。あの後1年達が打ちまくり、更に点を入れたのだ。
思わぬ大量得点に、喜ぶ光ヶ丘の2・3年生達。声を震わせるキャプテン加藤が声を絞り出す。
「な、なあ……俺たちのチームって、今まで1回で15点も取ったことあったか?」
「ない……ですよね」
「だろーっ!? マトモに練習できなかった俺たちもヒットを打って、15点だぞ!?」
「それもこれも……あの1年達のおかげだな。あいつらのおかげで、俺たちにも勝ちの目が……」
と、キャプテン加藤が泣こうとした……時、尾上が声を張り上げる。
「こんなところで満足してもらっちゃあ困りますよ、先輩! 俺たちは甲子園目指しているんですからね、ここで勝つのは当たり前! 本戦で勝つんですよ!」
「お、おう……そうだな。練習試合ができることに感動してたからな……」
「なので、この試合は練習をしますよ!」
「え? 試合で練習……?」
「俺たち1年はまだしも、先輩達は2年もマトモに練習できてないですからね。先輩達は監督のノックを受けて1週間くらいなんだ。守備、鍛えてあげますよ~」
「き、鍛えるって……わざと打たせることとかできるのか?」
「そこらへんは、雲井がなんとかしてくれますから。心配しないでくださいよ」
「なんだよ尾上、僕任せかい? 君がちゃんとした球投げてくれないと、打たせたい所に飛ばせないよ?」
「わーってる。ちゃんと投げるから、お前もしっかりリードしてね? というわけで先輩! サードとショート、レフト、ライトに集中的に打たせますから、よろしくお願いします!」
「そ、そんなことが……! とにかく、まかせたぞ!」
その様子を見ていたマリ監督は、にっこり微笑んで言った。
「へ~、先輩達のことも考えているのね」
1回の表終了時 光ヶ丘15-0荒川
1回の裏 荒川高校の攻撃
ベンチでなんとかバッティングの用意をする荒川メンバー。しかし、相手が尾上ということで、若干萎縮していた。
「尾上……全国ベスト4で投打共に優秀な成績を残したっていう、強力な投手じゃねえか……」
「俺たちに、打てるのか……?」
といった感じに、弱気になっていたメンバー達に喝を入れた選手がいた。
「おうおうテメーら! 情けねえプレイしてんじゃねーぞ!」
「わ、鷲ノ森……! 1年の中で能力が1番図抜けているから、唯一2・3年と練習している1年……!」
「こっちの方が面白そうだったからな、2・3年の練習を抜けてこっちに来たのさ」
「真面目に練習しろよ……」
「うるせえ! 練習より実戦の方が身になるに決まっているだろうが! という訳で、俺は次の回から投げさせてもらう。せいぜい俺が肩を作る時間を作ってくれよ?」
「くっ……言いたい放題言いやがって……」
鷲ノ森に不満を抱く1年達。だが、実力は上なので逆らえない。黙って打席に向かう。
1番 宮本
(噂通りなら、1年なのにコイツは130後半の速球を投げるという……それに、キレの良いスライダーもあったはず……どっちにしろ、簡単に打てる気はしないが……やってやらあ!)
「来いや!」
大声で左打席に立つバッター。尾上はそれを見てにやける。
(打ち気満々……そうなったら、打たせやすいよな……さて雲井君、君のリードは?)
(このバッター……一見引っ張るように見えて流し打ちを得意とする。外角に、スローボール投げて)
(OK!)
「えいさっ!」
「!?」
いきなり大きく足を上げて、記憶とは違うフォームを取り始める尾上。
「ほれっ」
放られた球は、外角のスローボール。予想外のボールに戸惑うバッター。
「な、なんだこりゃ……スローボール? この……舐めているのかコイツ……!?」
怒るバッターに対し、雲井はまたしても同じ外角のスローボールの指示。尾上はにこにこしながら投げる。
「よいさっ」
「この……舐めるな!」
流し打ちした打球は、レフトに高々と上がったフライ。
「レフトー!」
「うわっ、ホントにこっちに打たせてきやがった!」
焦る佐々木、だが佐宗がフォローを入れる。
「大丈夫です! そのまま後方にダッシュすれば、佐々木さんの足なら落下点に余裕で入れます!」
「わ、わかった!」
佐々木は言われた通り真後ろにダッシュする。
「そこです! そこが落下点です!」
「お、おう……! お、ホントにボールが落ちてきた……!」
落下点に入った佐々木。グラブを出すが……。
「あっ」
「あ」
なんと落球してしまう。佐宗がフォローに回ったものの、ランナーはそのまま二塁まで行ってしまった。
「す、スマン……」
「別に良いですよ。この試合は先輩達の練習のつもりでやっていますからね。15点ありますし、気楽に行きましょうよ」
「お、おう……」
これには、サードの加藤も苦い顔。
「佐々木~……といっても、俺も実戦なんて久々だから、不安だな……」
2番 土本
(舐めているのかコイツ……俺達相手にそんなことして、大火傷すんじゃねえぞ!)
「ほれ」
再び投げられたのは、内角低めのスローボール。これを2番土本はミートしサードへと転がす。
「わーっ、来たーっ! アイツホントに打たせてやがるなーっ!」
目の前に転がった緩いゴロに対し、加藤はグローブを出すが、はじいてしまった。
「あっ!」
「ちょっとキャプテーン! それダメなんですかー!?」
マウンドから尾上が驚く。二塁ランナーは進まなかったが、エラーでバッターは出塁してしまった。
「す、スマン……」
「ちょっとたのんますよ先輩~……」
だがこれで、シニア連中ではなく、先輩達がエラーしたのを見た荒川の連中は、これに光明を見いだす。
「おっ……シニアの連中はともかく、2・3年生は全然ダメだぞ? そこに集中的に打てば、点が取れるんじゃないか?」
「狙いは、ショート、サード、レフト、ライトだ! よーし、打ちまくれ~!」
3番 吉井
(穴があるんだ……そこを狙えば向こうが勝手にエラーしてくれる! それになぜか、相手投手はなぜか手加減してくれている! そこが狙い目だ!)
尾上がまたスローボールを投げたため、3番吉井はまたしても打つ。ライトにフライが上がり、井上が追いかけ、佐宗がアドバイスする。
「え、えっと、おっと……」
「井上先輩! 前です! そのまま前に……」
「おおうっ!」
前に落ちる打球に追いつけず、バウンドした打球が井上の頭を超えてしまう。
「あーっ! 全く、しっかりしてくださいよ!」
佐宗がカバーに回り、なんとかランナーが1人帰った程度で済む。しかし、ランナーは2・3塁と依然ピンチ。
「大丈夫ですか? 全く、練習サボってたんですね~」
「スマン……」
「大丈夫だって! 練習を積み重ねれば、きっと大丈夫になるって!」
マウンドから大声で叫ぶ尾上。井上は不安がるが、それに佐宗も順応する。
「ほら、尾上もこう行ってますし、練習を積み重ねていきまそしょうよ」
「た、頼もしいな……」
光ヶ丘15-1荒川
4番 堀内
「オラァ!」
尾上の気の抜けたスローボールを、打ち返す4番。ボールはショートにライナーで飛ぶ。それを見たランナーは、ノータイムで進塁しようとするが……。
「ほっ!」
「んなっ!?」
鈴木はライナーを左手を伸ばしてキャッチする。確認もせず飛び出してしまったランナーを見て、鈴木はサードに投げる。フォースアウトとなり、加藤もセカンドに投げて、蛇島がキャッチ。よってトリプルプレーが成立した。
「やりますね、鈴木先輩。まあ、アレは飛んだ所が良かったのと、ランナーが確認もせず飛び出した結果ですがね」
「へ、蛇島……厳しー……俺、守備には結構自信があったし、マリ監督のノックにも、俺たちの中で一番ついて行けてたんだがなあ……」
「ま、他の先輩に比べれば良いってことですよ。この調子で頼みますよ」
「ああ、わかった……」
1回の裏終了時 光ヶ丘15-1荒川
2回の表 光ヶ丘の攻撃
9番 佐々木
「よし、今度はこっちの攻撃だ! クセは読めている。ここからまた打っていけば……」
「そうも行かないみたいですよ、先輩」
荒川のマウンドに、違う投手が上がっていた。それを見て、雲井は即座にデータを話す。
「おや、こんな所にアイツがいるとはね……鷲ノ森和希(わしのもりかずき)、シニアでも全国クラスの投手。弱小チームを一人で引っ張って全国ベスト8。だけどちょっとした問題があって、あの高校に来たらしいけどね」
「ちょっとした問題?」
「投手としての能力を評価されて、ベスト4常連の舞剣高校に入学する予定だったけど、先輩達と問題を起こして入学取り消し。結果荒川に来たみたいだね」
「へー、俺たちと同じって訳か」
それを聞いて、加藤は疑問を抱く。
「俺たちと、同じ……? お前ら一体何やったんだ?」
「まあ、ちょっとしたゴタゴタですよ。向こうの入学取り消しと俺たちとじゃ、全然違いますよ」
「違う……違うとは?」
「まあ、それはおいおい話すとして。今は僕たちの攻撃ですよ、集中して攻撃しましょう。佐々木先輩、バントしかできないなら、せめてバレないようにしてくださいよ?」
「み、味方にはバレてる……まあ、なんとかやるだけさ」
マウンドでは、捕手と投手の鷲ノ森が話をしていた。
「なあ、あの1年達ははっきり言ってヤバイ。お前も対戦経験あるんだろうけど、大丈夫か?」
「心配いらねえよ。確かにあいつらは強いが、俺だって全国ベスト8の投手だ。中学時代はやられたが、やってやるさ」
「そうか、じゃあ頼んだぞ!」
右打席で、いかにも打ち気という雰囲気を出し始める佐々木。だが、鷲ノ森はそれを見透かしていた。
(打つ気満々って感じだが……初回バントしたのは知っているんだよ。打てないからバントしたんだろ? これがバントできるか!)
内角高めに、右腕から放たれた鋭いストレートが決まる。そのスピードは、佐々木にとっては見たことのないスピード。思わずバットを引いてしまった。
(は、速い……た、多分、130は出ているんじゃないか? 尾上と同じくらいか……)
2球目。今度こそバントをしようとするが、その威力ある直球に思わずビビり、打ち上げてしまった。
「しまった……!」
「はい、一丁上がり」
マウンドから鷲ノ森がキャッチし1アウト。ベンチに戻った佐々木。マリ監督が声をかける。
「どうだった? 相手の投手」
「ストレートだけしか投げて来ませんでしたが……速いです。尾上と同じくらいかもしれません」
「へー、そうなの。それじゃあ、1年のみんなはどう?」
次バッターの佐宗達に向き直るマリ。
「大丈夫ですよ。前に戦った時より、実力は上がっているようですけどね」
「こんな所で立ち止まってなんてられないッス」
といった具合に、自信満々の一言。これにマリ監督もうん、とうなずきゴーサインを出す。
「さあ、いってらっしゃい!」
1番 佐宗
左打席に立ち、バントの構えをする。
(予告セーフティ? いや、そんなことは無い。いくら足が速くてもセーフティバントをするとわかっていたら、どうとでもなる。なら、コレか!)
1球目、内に切れ込むスライダーが決まりストライク。佐宗はバットを引いた。
(ほらな、やっぱりバントなんかしねーだろ)
思惑通りといった鷲ノ森。佐宗は思う。
(思ったよりキレがあるな……バントしようと思っていたが、こりゃあ打ちに行かないとダメかな。雲井のデータじゃ、コイツはシュートやフォークもあるという。特にフォークは、切れ味抜群で三振を取れる……俺は蛇島みたいに、バントが超上手いって訳じゃねーからな。ま、緩いゴロなら、この内野陣なら……)
2球目。スライダーが来る。だが、佐宗はそれを軽く当てて三塁側に転がす。
(転がせば、俺ならヒットにできるよ)
「おっ! 上手い具合に転がった! 佐宗の足なら……!」
「いや、そうもいかないみたいですよキャプテン」
「え?」
三塁方向へ転がろうとするボール。しかしマウンドから鷲ノ森が素早く追いつき、右手で取る。そして逆スローで一塁へ投げた。投手だけあって肩は強く、佐宗はアウトになり2アウトとなる。
「あぁ~っ、ダメだ……」
「ね、言ったでしょ。そうもいかないって」
「アイツはやっぱり、他の選手とはレベルが違うってことか……」
「ま、この程度アイツならやるだろうね。蛇島!」
「なんだ、尾上」
「ゆくゆくは先輩達にもアイツを打ってもらわなきゃいけないんだ、粘ってアイツのボールを見せてくんな!」
「オッケー、その後は頼んだよ」
2番 蛇島
左打席に立って、バットを短く持って構える蛇島。
(へえ、さっきみたいに粘ろうって魂胆か。だがな、コイツがカットできるか!)
またしても内角高めにストレートが決まる。間髪入れずに今度は外角低めにストレートが決まり、あっという間に2ストライク。
(こっちが短く持っているのに対し、威力のある速球でカットをさせない……か、わかっているな。ここから……)
「おらよ」
真ん中付近にボールが来る。カットしようとする蛇島だが、それは……!
(ボールが……手元で、落ち……当てろ!)
キレのあるフォークに対し、なんとか当てる。しかし、カットできずボールは力ないピッチャーゴロに。
「くっ!」
「ほい、3アウトな」
簡単に3アウト取られ、チェンジとなってしまった。ベンチに戻る蛇島は、メンバーに告げる。
「アイツ、前よりレベルアップしてる。フォークが当てるだけで精一杯だった。球速も上がってるかも」
「へえ、アイツが……ねえ。データを修正しておこう」
「ふーん、これならこの試合も退屈しないで済みそうだな。というわけで先輩、まだまだ打たせて行きますんで、そこんとこよろしくお願いしまーす」
「お、尾上ぃ~……」
まだまだ守備が不安な加藤たち(鈴木を除く)。後輩の足を引っ張る訳にはいかないが、不安なものは不安なのである。その上……。
(あいつらが打ちあぐねるあの鷲ノ森ってヤツに、俺たちは太刀打ちできるのか?)
打撃の方も不安が生まれた。
2回の表 荒川高校の攻撃
5番 吉井
「ほいっと」
またスローボールを投げる尾上。1球目は見逃す。
ここまで全て、スローボールで抑えられている荒川1年。だがそれでも、得点はエラーによる1点のみ。打てない、スローボールだけなのに。それが、焦りを生み出す。
(この野郎……ここまで俺たち相手にスローボールだけで抑えやがって……いい加減にしろ!)
またしても初球打ち。ボールはショートに転がり、鈴木が大事にキャッチ。一塁へ送球して、簡単に1アウト。
「くぅ!」
あまりにも不甲斐ない味方に、鷲ノ森は苦言を呈する。
「あ~あ、あいつに良いようにやられやがって。そんな大振りしたって、あのスローボールは打てねーんだよ」
「たかがスローボールだろ!? 強振して打つのは当たり前じゃないか!」
「だから、強振して打つからマトモに打てねーんだよ。そもそもお前ら、スローボールってなんだか知っているのか?」
「100キロ未満の、山なりのボールだろ? それくらいは……」
「知っているのはそれだけか? 打つ方法とか知らねーのか?」
「スローボールなんて、打つ練習するわけないだろ」
「だよな。じゃあ教えてやる。おい、次のバッター! 教えてやるからちょっと来い」
「はあ……」
タイムをかけ、鷲ノ森がバッターとメンバーに教える。
「良いか? スローボールっていうのは、ストレートみたいにまっすぐは来ないんだ。こんな風に、放物線を描いて飛んでくる。ストレートは、まっすぐ来るからまっすぐ打ち返せばいい。だが、スローボールは軌道が山なりだから……落下していくボールにバットをまっすぐ振ると、当たる部分が上になったり下になったりする。だから、中途半端な打球になりやすい」
「そうだったのか……」
「これに対する対抗策は、バットを平行に振れば良いというわけじゃねえ。斜めにくるボールに対し、斜めに振れば打球は上がりやすく、中途半端なフライになりやすい。ならば、一点を振り抜けば良い」
「一点を振り抜く……?」
「バットを短く持ち、こぢんまりと構えてスイングの軌道を小さくする。強振すればスイングが大きくなり、その分遅くなってボールに当たる部分がズレる。バットを短く、それこそグリップを目一杯短く持ってスイングを最低限にする。それで打てるはずだぜ」
自信を持ってそう言った鷲ノ森。少々疑いを持っていたメンバーもいたが、今この状況を覆すには、このアドバイスを聞くしかない。
「わかった。そうすればいいんだな」
「よし、行ってこい!」
6番 宮田
マウンドの尾上。退屈そうにボールをいじりながら、戻ってきたバッターに言う。
「随分遅かったじゃねえか、さてはアイツに何かアドバイスもらったか?」
「ああ、今のお前を打つ方法だ!」
早速、宮田はアドバイスを実戦する。バットを目一杯短く持ち、こぢんまりと構える。雲井はそれを間近で見て、警戒する。
(当てに行くスイングをする気だ……スローボールに対し、照準を合わせて来たか……でも、尾上はまだスローボールを続けるっぽいな。何、これは先輩達の守備練習だ。打たせれば、自然と練習になるな)
雲井の思った通り、尾上はスローボールを続ける。だが、バッターは1球見る。
(なるほど……この構えなら、ボールを長く待てる。スイングが最低限で良いから、始動を遅らせて一点を見極められるんだ! さて、行くか!)
自信満々な表情を浮かべるバッターに対し、雲井はやはり警戒を強める。
(スローボール、やめた方が良いんじゃないかな……? 打たれそうだ。それも、ヒットになりそう……でも、尾上はアイツに回るまでスローボールしか投げなさそう……)
雲井が思った通り、尾上はスローボールを投じる。だが、バッターは。
(なるほど、斜めに来るボールに対し、その点を捉えられる小さいスイングなら!)
「芯は食えるんだな!」
「!」
バッターに捉えられたボールは、高い打球となる。
「な、なにっ!」
「ここまでちゃんとすれば捕れる打球を打たせてきた尾上が、こんな打球を!?」
高い打球に加藤と鈴木は追いつけず、レフトの佐々木の前に落ちる。
「う、打たれた……しかも、完璧なヒットで……」
慌てる加藤。外野の先輩達も気が気でない。でも、尾上にはまだ余裕がある。雲井や他の1年達も、特に慌てた様子はない。
(お、おい尾上……コイツら何かを始めようとしている。このままスローボールで良いのか? 本気で投げなきゃダメなんじゃないか?)
7番 田上
「おおっ! 鷲ノ森のアドバイスは的確だ!」
「これなら、打てるかもしれない!」
「おっしゃー! 舐め腐った尾上相手に、これ以上あんなスローボールを投げられてたまるか!」
鷲ノ森のアドバイスが、ピタリとはまったことに驚く荒川1年。これを見て、全員がこぢんまり打法を実践する。
「よし、この打法だな!」
「これなら打てるぞ!」
続くバッターも、尾上のスローボールにこぢんまり打法で対抗し、鋭いゴロを放つ。またしても三遊間を抜け、レフトに転がる。
「よーし、またヒットだ!」
「どうだ! これでもまだスローボール投げられるかこのヤロー!」
またしてもヒットを打たれ、動揺する加藤。
(や、やっぱり打たれている……それも、ちゃんとしたヒットで……)
「お、おい尾上――」
「大丈夫ですよ先輩、細かい単打がなんだって言うんですか」
「で、でも……」
「いいから」
「……」
雲井の言葉に、黙る加藤。ショートの鈴木や外野の井上、佐々木も、何か言おうとしたが言えなかった。
8番 中井
尾上はまたしてもスローボールを投げた。またしてもこぢんまり打法によって、センター前へのヒットを許した。
「よっしゃ! 満塁だ!」
「しかも、次のバッターは……」
「どれどれ、仕事してやるか」
ベンチの奥から、出てきたのは荒川1年の中で最も高い実力を持つ鷲ノ森。他の選手より体は一回り大きく、何かが違うことを予感させた。
「よーやっと、大物の登場かい」
他の選手とは違う選手の登場に、尾上は笑みがこぼれた。
9番 鷲ノ森
素振りをする。そのスイングは、風を切る音が他の選手とは違う。鋭いスイングだ。明らかに、ベスト16程度のスイングじゃない。ベンチからでもわかるほどだ。
「さすが、全国ベスト8ね。明らかに振りの質が違うわ」
「はい、雲井君曰く、彼はエースで4番だったそうですから……打率5割越えで、ホームランも何本か打っているそうです」
「本来なら、クリーンアップを打つ打者ってことね。さすがに1アウト満塁じゃあ、1年はともかく2・3年達は不安でしょうね」
ベンチで犬井とマリ監督が会話する。さすがに何かを感じたのか、マリ監督はタイムをかけた。マウンドに内野が集まり、外野も集めさせる。
集まったメンバー達。加藤が、震えた声で話す。
「な、なあ……ここまであいつら打法を変えて、連打してきたぞ……さすがにもうスローボールじゃ通用しないんじゃ……」
「そ、そうだぜ……しかも、次のバッターは全国クラスなんだろ? そんな相手にスローボールじゃ……」
「大丈夫ですよ、先輩。アイツにはスローボール投げませんから」
「へ?」
明らかに不安を感じている先輩達に対し、尾上が自信満々の表情と声で返す。その尾上に、他の1年達がいろいろ言い始める。
「ひょっとしてお前……アイツをこの状況で打ち取るために、他の奴らにスローボール投げたんじゃねーだろーな?」
鮫島が、尾上の上からファーストミットで頭を叩く。そして今度は、
「全く、あんな打法じゃ単打しか打てないってこと知っててわざと打たせただろ? 性格悪いな。つーか、長打打たれることを考えていなかったのか? 打たれたら……それこそアホだぞ」
下から蛇島が毒を吐き、佐宗がハハハと笑う。それにつられて、グラウンドの1年達は笑う。これに2・3年達は、ついて行けない。
「お、おい……わざと打たせたって……良いのか?」
「良いじゃないですか、練習試合なんですし。先輩達の練習ですって」
「はあ……」
あっけにとられる先輩達。そしてまたひとしきり笑うと、加藤にグローブを差し出す。
「大丈夫ですよ先輩、ここからは本気で行きます。どうやら、もうスローボールじゃ無理っぽいですね。意外と、即興の打法をモノにできるくらいのレベルはあるってってことか」
「そうだよ。ここでアイツに打たせたら、流れを持って行かれるかもしれない。ここできっちり本気見せて、断ち切ろう!」
「だな! んじゃ、そろそろ守りに戻ってくださいよ」
「あ、うん……任せたぞ!」
光ヶ丘ナインが散る。その間、ずっとスイングをしていた鷲ノ森。右打席に入った。雲井に話しかける。
「おいお前ら、まさか俺相手にもスローボール投げるんじゃねーだろーな? それやったら……俺はスタンドへ飛ばすぜ?」
「大丈夫だよ、ここからもう手抜きはしないみたい。そっちこそ、舐めてかかったら三振させるよ」
「ほー、そいつは面白い。全国ベスト4の投手がどんなものか、見せてもらおうじゃねーか」
「はいはい、いくらでも見せてあげますよ」
一通り会話を終えたら、ピッチャー尾上に向き直る。尾上はロジンバッグを投げ捨て、投球フォームに入る。そのフォームは……!
「わ、ワインドアップ!?」
「確かに、ランナーは動かないだろうけど、ここで!?」
「だりゃああっ!」
ど真ん中、尾上のストレートが決まる。その球威は、鷲ノ森よりも上だった。
(肩はできているみたいだね、スピンが良くかかってる。スピードガンで測ったら、130後半は軽く出ているんじゃないかな?)
(へへっ、相手が驚いてる驚いてる。ベンチの連中、唖然としてるよ……目の前のコイツ以外はな!)
鷲ノ森は、落ち着いた表情でバットを長く持っている。これくらいは当然といった表情だ。
(さあて、コイツをどう料理してやろうか)
尾上は雲井のリードを見ながら、相手をどのように切ってやろうか考えてニヤついていた。
第三話。終わり。
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