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【短編】妖奇譚外伝「芦屋琉羽夏=柘榴=」
日時: 2023/01/16 15:10
名前: 朧月 (ID: 3KMw6yl.)

妖奇譚外伝   「柘榴」

 今でも、夢に見る。
 もしもあの時、あの手を振り払わなかったのなら。あの感情に、気が付いていなかったのなら。
 今更後悔しても遅いことは、当に分かっている。
 それでも、「もしも」を考えずにはいられないのだ。

「ルーカさん。」

 私は1人、ベッドの中で自分を呼ぶあの人の声を脳内再生した。
------------------------------------------------
「琉羽夏って、柘榴好きだよね。」

 台所でせっせと柘榴の実を掘り出していた私に、ふと、マークが言った。
 しかし、言った本人は特に意味も興味も無い独り言だったようで、私からの返事が無くても一切気にしていない。
 でも、元来の性格からかなんとなく無視することはできなくて、言葉を返した。

「まあ、私の大切な人の好きな物だからね。嫌いにならないし、むしろ好きだよ。」
「えっ、琉羽夏、好きな人いたの!?」

 マークが、大きな動揺の声を発する。
 そういえば、うちのメンツって、男の娘に、小神に、【御神之子】に……。変人しかいないから、そういう話をすることも無かった。
 なら、ちょうどいい機会だし恋バナでもするか、と取り出し終わった柘榴の実が入ったお皿を持って、マークと共にダイニングテーブルに座る。

「うん、いたよ。もう、ずいぶん前の話だけどね。」
「聞きたい!」

 いくら能力者といえど、女子は女子。恋バナが、大好きなのである。
------------------------------------------------
 あれは、6年前の冬のことだった。

 ちょうど、今の時期のような寒さが体にしみる、いつもと何ら変わらない冬だった。
 しかし、ある日の夜。閉店間際にスーパーへ行くと、見慣れない真っ赤な柘榴がぽつんと一つ、置いてあった。
 柘榴というのは、通常初夏が旬。南国からの輸入品でもない限り冬場に店頭に並ぶことは無い。
 その柘榴は、国産で、しかも真っ赤に熟れてまさに食べごろの様子だった。
 「促成栽培でもしてるのかな?」と思い特に何の疑問も無く、その日はその柘榴を買って、家に帰った。


 翌日。
 今日は早い時間に買い物に来ることができ、また昨日と同じ店に立ち寄った。
 すると、昨晩とまったく同じように、真っ赤な柘榴が一つだけ、置かれていた。

「あれ、早い時間に来たのにもう売り切れ?」

 そう思ったが、やはり特に何の疑問も抱かず、柘榴とその他の食材を買って家に帰った。


 それから一週間後。
 その日は国民の祝日で、開店間際に店に入った。するとそこには、山盛りになった柘榴の棚があった。

「えー、こんなにあるんだ。」

 あの柘榴は、とても美味しかった。浮かれた私は、柘榴を三つ四つ買って帰った。


 そのさらに三日後。
 学校帰りにいつものスーパーに寄った。まだ5時過ぎで人も多かったが、あの時と同じように、柘榴の実は一つだけ棚に並んでいた。
 ああ、今日はダメか。
 秘かにあの柘榴を食べるのを楽しみにしていた私にとって、少し気持ちが落ち込んでしまった。
 でも結局、残った最後の一個を、カートの中に入れた。
 と、その時。

「あんただったのかい!」

 思わず、肩が跳ねた。
 はつらつとした大きな声で、誰かが私に向かって言ったのだ。その主は、緑色のエプロンをして三角頭巾を頭に巻いた、中年の女性店員だった。
 彼女は驚いたような嬉しいような顔をして、私の方へ歩み寄って来た。

「えっと……どちら様でしょう。」
「ああ、ごめんね。あたしは川口。ここでパートをやってるよ。」

 そういって彼女は、ニカッとした笑みを浮かべた。

「あの柘榴、先々週までなぜかいつも一つだけ余っててね。最近は綺麗に売り切れてるなーと思ってたら、あんたがしてくれてたんだね。ありがとう。」
「いえ……」

 遠慮がちに返事をする。
 なぜか一つだけ残っていたなら、誰かのために残したのを私が勝手に持って行ってしまったのだろうか。
 そう思うと心苦しくなったが、川口さんが言った。

「いやー、皆なんとなくで持って帰りもしなくてね。困ってたんだけど、助かったよ。」

 そう言うと、また、川口さんは人好きのする朗らかな笑みを浮かべた。
 なら、別に皆残したくて残しているわけじゃなくて雰囲気でそこにおいてあるのかもしれない。
 川口さんもありがとうと言ってくれたことだし、お店のためだと思おう。別に犯罪を犯してるわけでもないんだから。
 何となく後ろめたくなっていた気持ちを、強引に前向きにする。
 考え込んでいても仕方ないし、もらえるものは貰っておくのが吉だ。

「こちらこそ、ありがとうございます。」

 私は笑顔を浮かべて、川口さんに一礼した。


 そんなことが、2,3年続いて。
 またある日の冬のこと。
 いつものように一個だけ売れ残った柘榴に、今日は何かの値札が付いていた。店が、一個一個に値札を付け始めたのかと思ったが、周囲の果物を見ても何もついていない。
 何かのメッセージなのかも。
 そう考え、もしこれが、私以外の他の人に向けてだったら……と申し訳なくなりつつも、勇気を出して、裏になっている値札を見てみた。

〝この最後の柘榴を買ってくださったあなたへ。店員さんから聞きました、いつも売れ残っていたのを買ってくださったのはあなただそうですね。個人情報は出せないとのことなので、こうして柘榴に手紙を添えるに至りました。生産者の僕からも言わせてください、ありがとうございます。〟

 値札にはそう、とても丁寧かつ小さい字で書かれていた。文面と筆跡から、感謝の気持ちが伝わって来る。
 こんな、売れ残りを買っただけの私に「ありがとう」と言ってくれる人がいるのか。
 心の中が暖かくなって、また私は柘榴を一つ、カートの中に入れた。


 それが長らく続いた年のこと。
 こんなに何年も柘榴を冬場に出荷し続けている生産者が気になって、会いに行くことにした。手紙をくださったのもあったし、売れ残りの一つが私しか買わないという謎もあったからだ。
 ラベルに書かれていた住所まで、バスに乗って向かう。時間がたつにつれて車窓の景色は自然が多くなっていき、田舎らしくなっていった。
 ひとたび窓を開ければ、車の排気ガスに汚染されていない新鮮な空気が肺を通った。
 爽やかな風が、私の頬を撫でる。

「生産者さん、一体誰なんだろう。」

 そう、ポツリと口にして、窓を閉めた。


 ラベルの住所に着くと、私は目を見開いた。
 そこに広がっていたのは、大きすぎるまでの柘榴園だった。新緑の樹木が生い茂り、ここだけが世界に取り残されたようだ。冬だというのに、初夏の陽気が漂っている。
 それが異常であることは、誰の目にも明らかだった。
 青々とした木々の中から、一人の少年が現れた。
 彼は、見た目は私と同じ学生のようだが、学年はおそらく私より上。もしかしたら、大学に所属しているのかもしれない。
 何にせよ、年上であることに変わりはなかった。
 できるだけ機嫌を害さないように、柔らかに声を掛ける。

「あのー、すいません。」
「どうかしましたか?」
「ここが柘榴農園だって聞いたんですけれど……」
「いかにも、そうですが。」

 やはり、間違ってはいなかったようだ。
 それにしても、路上栽培で一切のハウスも無く、この寒い町で初夏の植物を育てるなどおかしい。古今東西そんな環境で育つ柘榴など聞いたことも無いし、きっと、〝人ならざる者〟の力が介入しているのだと気が付いた。
 自分が《想像》という破格級の異端能力を持っているため、こういう事象には人一倍気が付きやすい。
 もし、この柘榴園に異常をもたらしている〝人ならざる者〟が悪意を持ったものだった場合、退治するべきだろう。
 私は何か手掛かりになることがないか、もしくは今自分と会話しているこの人が能力者ではないのか、探りを入れるために話しかけた。

「あなたが、この柘榴園の管理者なのですか?」
「ええ。親がおらず祖父母と暮らしていまして。その祖父母の畑を借りて、こうして柘榴を生産しています。」

 できるだけ、相手を怒らせないように。そして、慎重に。
 努めて優しい声で、会話を続ける。
 果樹園の特徴や、柘榴の品質、その味や香り。様々なことを訊いてみたが、彼の話には一切の矛盾がない。
 おそらく、この人は非能力者の一般人で、たまたま冬でも実のなる柘榴があったので育てているだけなのだろう。現状は分かったが、特に手掛かりになりそうな情報は得られなかった。
 この場合、考えられるのは第三者の介入だろう。
 能力者は圧倒的に数が少なく、遭遇確率も低いので、考えられるのは妖や霊の類。彼と目線を合わせるようにして、そっと果樹園の方を盗み見たが、いるのは低級妖怪やそこらを浮遊している害のない例ばかりで、特に原因になることは何もなさそうだった。
 と、なると、本当にこの柘榴の木は冬に実がなるだけの突然変異種なのかもしれない。
 植物にあまり詳しくない私は、なんとなくそんなことを考えた。

「ところで、貴方は?私は岩山 柘榴というものですが。この名は柘榴好きだったらしい両親が授けてくれた名で、大学院で鉱石の研究をする傍ら、こうして柘榴園を営んでいます。」
「えっと……私は成瀬心春って言います。地元の高校に通ってる一年生です。」

 いつも外出時にはお世話になっている偽名を、本名を教えてくださったことに申し訳なく思いながらも口にする。
 《想像》という自分の能力の特性上、あまり他人に本名を教えるというのはよろしくないのだ。もしもこの人が能力者で、わたしの力をコピーできるような人だったら非常に困る。
 彼はわたしの心配事に気が付くことなく、あごに手を当てて何かを考え始めた。

「見たところ、貴方はここまで一人で来ているようですね。ということは私と同じで親がいないか、あるいは用事などで忙しく留守なのでしょう。このことがバレたなら大抵は親に怒られるのであなたのような真面目そうな方は普通しないものですが、それでも何の臆することなく来ているということは親との関りはあまり強くないのでしょう。きっと、食事の時や夜中も一人ですね?」
「え、あ、はい……。」

 うちは親が共働きで忙しく、良い親だがあまり接する機会も無い。それを簡単に見抜くとは、この柘榴という人物は中々に頭が切れるようだ。
 私は少し、警戒の念を抱く。
 しかしそんな懸念もむなしく、どうやら彼はただの分析好きの学生だったようで、私が何も言わないのをいいことに次々に言葉を並べ立てていく。

「と、なると、もしかすると生活に困っている可能性もある。そうでなくとも、夕食の買い物も自分一人で終わらせている可能性が高いし、柘榴のような高めの食材には手が出ないかもしれない……よし、少し待っていてください。」
「え、ええ?」

 私が引き留める間もなく、彼は果樹園の奥に姿をくらましてしまう。
 困惑しつつも言われたとおりにそこで待っていると、しばらくして、彼は紙袋に入ったたくさんの真っ赤な柘榴を渡してきた。慌てて受け取ると、中身がぎっしり詰まっているのか、相当に重い。

「これは、今朝出荷したものの中で梱包しきれずに余っていたものです。品質に一切の問題はありませんが、うちで食べるのもなんですし、よろしければ持って行ってください。」
「いいんですか?こんなに。」

 ざっと見ただけでも、こんな小さな紙袋に5、6個は入っている。たくさんいただいてしまって申し訳ない気持ちになりながらも、彼のニコニコとした笑顔と感謝に水を差すのも無粋かと思って、私は恐縮しながらもそれを持って帰ることにした。

「では、今度ちゃんとお返しをさせていただきますね。」
「いえ、必要ありません。これは、私の好意なのですから。」
「でも……」

 流石にこんなに頂いたのに何もしないのは申し訳なさすぎる。
 しかしお礼の品は断られてしまった。
 どうするべきか、一人おろおろと考えていると、彼が爽やかな表情で言った。

「では、代わりと言っては何ですが、毎週ここにきて私とお話ししてくださいませんか?貴方との話はとても面白くて、私としてもここでお別れになってしまうのが心苦しいくらいなのです。 迷惑でなければの話ですが、どうでしょうか。」
「本当に、そんなことでいいんですか?」
「ええ、もちろんです。」

 本当に心からの善意以外含まれていない笑みでそう言われ、私は断ることもできずにこの約束を結んだ。


 それから、何週間かして。
 私は言われた通り、毎週毎週彼と楽しい世間話をするために果樹園へ足を運んでいた。  あの日はお互いに用事があって立ち話となってしまったが、以降彼は毎回、近くにある自宅に私を招き入れ、美味しいお茶菓子と飲み物を用意して待っていてくださった。時には、私が近頃気に入っている美味しいお茶請けを持っていき、二人で食べることもあった。
 話題は、いつだって尽きない。
 柘榴さんの大学院での話や、私の高校の友人の話。実験の失敗談だったり、この間のテストがどうだった、など。一週間にあった出来事をつらつらと話し合っていた。
 その中で、柘榴さんのことがいろいろと分かって来た。
 彼は近くの大学院で鉱石についての研究をしているらしい。昔、河原に落ちていた柘榴のような綺麗な石――灰礬柘榴石――を見つけたことで鉱石に興味を持ち、その道に進んだという。「論文の締め切りがー。」とよく言っていた。
 ある時、彼はこう口にした。

「君の瞳は、灰礬柘榴石みたいに透き通った綺麗な黄緑色だね。」
「え?灰礬柘榴石って赤じゃないんですか?」

 私が即座に聞き返すと、彼はクスクスと静かに笑って言った。

「それはそうだけど……君はカラーダイヤって言うのを知っているかい?」
「知ってますけど……」
「それと同じだよ。」

 カラーダイヤは、様々な自然的条件が重なって生まれた色付きのダイヤのことだ。通常のダイヤは無色透明、または黄色く霞んでいるが、中でもファンシーカラーと言って、全く異なる鮮やかな色を映し出すのが、高値で取引されているカラーダイヤ。人工的に色を付けることもできる。
 そのダイヤと同じで、灰礬柘榴石にもいろいろな色があるんだ。僕が見つけたのは柘榴色だったけれど、一番メジャーなのはペリドットのような黄緑色。オレンジ色もあるね。ちなみに柘榴のように赤い灰礬柘榴石は、主にスリランカでとれるんだよ。ピンクグロッシュラーと言われて、マイナーだが流通しているものもあるね。
 そう、彼が生き生きとした表情で話していた。やはり彼は、鉱石の話をしているときに一番輝いて見える。
 その姿を温かい気持ちで見ながら、私はいつものように彼と楽しい話を続けるのだった。


 季節はあっという間に過ぎ、春も終わり、初夏が間近に迫っていた。
 スーパーにも外国産の柘榴が並びだし、いよいよ本来の旬の迎え時である。
 どういう原理かは分からないが、あの季節外れに実を成らせる柘榴園の樹木たちは、一年中季節関係なく収穫時期なようで、相変わらずつやつやとした実が店頭に並んでいた。
 さて、私と柘榴さんの関係だが、色々と変わったこともあった。もちろん、変わらないこともあった。
 まずは、変わらないことについて。相変わらず、あの週末の約束は続いている。私も毎週欠かさず会いに行き、たくさんの話をしていた。
 そして、変わったこと。こちらはたくさんあった。
 一つ目は、季節。いつの間にか月日が経っていて、私の服も涼やかな薄手の服に変わっていった。
 二つ目、私たちの行動。今までは冬という季節柄、寒さで外に赴くことも無かった。しかし雪が解けて春になっていったことで、外出しやすくなり、二人であちこちに行くようになった。柘榴さんが石を拾ったという河原にも言ったし、二人で花見をしたこともあった。
 三つ目、周囲からの私の評価である。最近、友人に「変わったね」と言われるようになった。どこがどう変わったのか尋ねると、「なんか……恋でもしてる感じ?」と、曖昧に答えられた。どのみち、私が以前より変わったのは間違いないらしい。私自身も、彼に割く時間が大幅に増えたし、薄々そうではないかと思っていた。しかし、こんなにも分かりやすく態度に出ているとは。
 四つ目。私も、たびたび柘榴さんの農園を手伝うようになった。と言っても大抵は彼が前日にほとんどの作業を終わらせてしまっているので、私は柘榴狩りのように二人で楽しく収穫をして、余った時は持って帰るだけだったが。
 そして本日も、私は彼に会いに行く。毎週の約束の日だ。
 最近は、これを楽しみに日々の勉強や生活を頑張っている。そう考えると、私は相当彼に会うことを楽しみにしているのだと知った。

Re: 【短編】妖奇譚外伝「芦屋琉羽夏=柘榴=」 ( No.1 )
日時: 2023/01/16 15:12
名前: 朧月 (ID: 3KMw6yl.)

「一週間ぶりです。」
「やあ。今日はスイカを用意しておいたよ。お昼ご飯はどうするんだい?」
「一緒に頂いてもいいですか?」
「もちろん。」

 数か月前、たまたま昼食を食べる暇がなく、かといって約束も放棄できなくて、朝から何も口に入れぬまま柘榴さんの家に来た時のことだった。
 見るからに疲れているし、げっそりとしている私を見て、分析好きの彼が、私が食事をしていないことに気が付いた。そこで、彼は「今日は休んでいいから」と言って私に美味しい料理を作ってくださった。
 それから、たびたび柘榴さんのおうちにお邪魔させていただく際には、一緒に御馳走になったりしている。
 後から知ったことだが、彼は本当は1人暮らしだったらしい。そのため、誰かと一緒に食べるご飯に飢えていたのだという。言われてみれば、確かにいつもお喋りしているだけの時よりも嬉しそうだったかもしれない。

「心春さん、パンドラの箱って知っているかい?」

 二人台所に並んで昼食を作っているときに、柘榴さんが言った。

 ――――パンドラの箱。
 それは、ギリシャ神話にある一節で、 『決して開けてはいけない箱』とされている。その由縁は、創造神ゼウスが世界一美しパンドラに好奇心を与えてしまったことにある。彼女はゼウスに与えられた好奇心に逆らえず、夫に「絶対にあけてはいけない」と言われていた、人間へのありとあらゆる災いが詰まった箱を開けてしまった。しかし、その箱の中には、夫の兄プロメテウスがもしもの時もために入れて置いた〝希望〟も入っており、結果、人間はどんな災いに遭っても希望を持ち続けるようになった、という話である。
 一見するとただただパンドラがアホの子だったようなこの話だが、本当のところ、神の力は絶対であり、それに逆らえる人間など存在しない。それが創造神からの贈り物だったならなおさらだ。パンドラが、開けてはいけないと言われていた箱を開けてしまったのも仕方ないと言える。一つ良かったことがあるとすれば、プロメテウスがそんな彼女のことを見越して〝もしもの保険〟を掛けていたことだろうか。賢いものである。

「知ってますけど……。」
「だから何だ?といった顔だね。では、彼女がどうして開けてしまったのか、分かるかい?」

 彼が、優しく私に語り掛ける。
 先ほど言ったように、パンドラは決して悪くはないのだ。悪かったのはおそらくゼウスの方で、保険を掛けていたプロメテウスが賢者だったというだけのこと。彼女には何の非も無い。

「どうって……パンドラはゼウスの強大な力に逆らえなかったから開けてしまっただけで、もし非があるとすれば、それは彼女に好奇心を与えていたゼウスにある。プロメテウスはただ先を見通す力が優れていただけ……。」
「やはり君は、〝分かっている〟ね。」

 そこで、ハッとした。
 通常、普通の人間は好奇心になど逆らえないわけがないと思っている。それはあくまで自分の自制心が優れていなかっただけで、あくまで他人のせいではないと考えるのだ。
 しかし、それは『絶対に逆らえないこと』があるのを、知らないが故のことである。
 例えばそう、

 ――――私の《能力》のように。
 私の能力は、《想像》したことを現実にすることだ。それには「できる」と思ったことしか実現しない、継続時間の重ね掛けはできない、等の制約はあるが。
 しかし、それだけクリアしてしまえば、これは『絶対』の力なのである。
 能力者はその希少さと恐ろしさから、社会では存在しないものとされている。故に、『絶対』的な力に思考が行きつくことも無い。
 しくじった。
 私は、この見た目のせいで散々な目に遭ってきた。昔、小学校で友達を守るために能力を使ったら、怖がられて孤立した。
 だからこそ、私は自分が能力者であるとバレないように細心の注意を払ってきた。髪も瞳も、「外国人の親を持つアルビノの子だから」ということで通してきた。
 『絶対』に、バレたくなかったのに。
 脳内で、どう言い訳しようかを考える。
 もう二度と、あんな目には会いたくない。

「別に、君を恐れるわけでも軽蔑するわけでもないよ。今までの会話から、君がとても優しくていい人だということは分かっているからね。ただ、僕には。僕にだけは本当のことを言ってほしいんだ。ダメかな。」

 柘榴さんが、私にそう声を掛ける。
 この人は、果たして本心からのことを言っているのだろうか。
 人間は、すぐに手の平を返す生き物だ。仮面をかぶって愛想を振りまくことも、その二面性も、よく知っている。だからこそ、そうやって私に優しくするのには何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。
 それが失礼にあたることと分かっていても。
 三つ子の魂百まで。幼い頃に経験したことは、良くも悪くもその後一生の枷となる。

「もし、私が信じられないのならそれでもいい。詐欺師のように、良い人のふりをするのが特技という人と見分けるのは大変だからね。」

 そういわれて、より申し訳なくなってしまう。
 これだけ私はこの人に助けられているのに、この人のことを心から空いているのに。それでも疑ってしまう自分が、心底憎らしい。
 ああ、この体ごと。
 この思考ごと。できることなら、別の人物になって生まれ変わりたい。
 彼は、そんな私の顔色を窺うようにして言う。

「でも、これだけは覚えていてほしい。どちらにせよ、私は君に害を与えることはしないということを。」

 悔しい。
 恨めしい。
 苦しい。
 いろんな感情が混ざり合って、ぐちゃぐちゃになる。
 水が一滴、キッチンの一角に固めてあった青い柘榴に落ちた。


 それから数週間後。
 あんなことがあったにしろ、彼と話す時間は私にとってはとても貴重で、有意義で、楽しい。だから相も変わらず、柘榴さんの家に通っている。特に、変わったことは無い。
 「利用されてもいい」なんて時々思ってしまうくらいには、私が秘かに柘榴さんに向ける気持ちは大きくなっていた。かといって、言えるわけでもないのだけれど。
 宙ぶらりんなまま、この気持ちは長期間放置されている。

「柘榴さん。」
「よく来たね。」

 いつも通り、柘榴さんの家にお邪魔させていただく。何やら、キッチンの方から美味しい、甘い匂いがした。

「少し柘榴が余ったからね、ジャムにしていたんだ。できたら、君も一瓶どうだい?」
「え、良いんですか?」

 つい、テンションが上がってしまう。
 柘榴さんの手料理は、常にすべて美味しい。味覚が人より敏感で舌が肥えているらしい私でも、心から満足できる味だった。
 その上、大好きな、彼の農園の柘榴。
 こんなに幸せなコラボ、他にあるだろうか。
 いつもより浮かれ気味に玄関で靴を脱ぎ、手提げ鞄をリビングに置いてキッチンに直行する。柘榴の甘酸っぱい、いい香りが鼻を擽った。

「おいしそう!」
「良かった。試食してみる?」
「はい。」

 彼がスプーンですくってくれた小さじ一杯ほどのジャムに、かぶりつく。
 ああ、美味しい!
 予想通り、柘榴さんの作るジャムは絶品だった。

「めちゃくちゃおいしいですね!」
「う、うん……。」

 そう言って柘榴さんの方を見ると、顔が赤くなっている。
 どうしてだろう、と疑問に思い、先ほどの私の行動を振り返ると……

「……なんか、すみません。」
「いや、別にいいんだよ。美味しかったみたいだし。」
「「……。」」

 二人して、つい黙り込んでしまう。
 先ほど私がしたのは、柘榴さんが持っているスプーンに自ら飛びついたのだ。 いわゆる、「あーん」という奴である。
 やったのは自分だというのに、私も事態に気が付いて顔を赤くしてしまった。

「と、とりあえず、瓶に詰めるのを手伝ってもらってもいいかな……。」
「……はい。」

 そのあとは、なんとなく気まずくなってしまって、会話も少しギクシャクしていた。
 まだ、熟れていない果実が、外の農園の木の上で光っている。


 それから半年程して。
 気が付けば、季節は二つほど通り過ぎ、辺りの木々が葉を落として冬に備える頃。
 私はまた、柘榴さんの農園へ赴いていた。 あれから既に4、5年の月日が経っているが、私の心の中の青い果実は、まだ熟していない。
 彼に「上手だね」と褒められた常磐色のマフラーをして、吐息の白くなる田舎道を歩く。そろそろ、雪が降りそうだった。

「それで、じつはね。」
「あはは、なんですかそれ。」

 いつものように談笑して、食事をして、気が付いたら辺りは暗くなっていた。

「じゃあ、そろそろ失礼しますね。」
「そとはもう真っ暗だし、柘榴園の出入り口まで送っていくよ。」
「本当ですか?」

 いつだか、彼の誕生日プレゼントに渡した濃紅色のマフラーをして、彼は私を外に連れ出す。数メートル置きに街灯の連なる夜道を歩いていると、

サァッ。

 少し強い北風が、私たちを襲った。

「うわっ」
「強いね」

 少し驚きはしたがそれまでで、他には特に何もなく。私たちはそのまま風に逆らって歩いて行く。
 そして。
 ふと、柘榴園の奥に目が行った。
 そこには、ひときわ大きな柘榴の樹と、その幹に埋め込まれた黄緑色の宝石があった。

 ――――間違いない、アレは=灰礬柘榴石=だ。
 今思えば、この一連の事象は私に課せられた運命か、それか能力故の神秘の赤い糸だったのかもしれない。
 私は無意識に、その音に惹かれて農園内へ歩いて行った。

「違う、そうじゃない。家に帰らなきゃ。」

 頭ではそう理解しているのに、まるで誰かに操られているかのように体が言うことを聞かない。
 気づけば、私は怪しい輝きを放つペリドットに、右手で触れていた。

 ――――あぁ、そうか。これは私がやったのか。

 ようやく、思い出した。
 かつて私は、前に一度この地を訪れたことがあった。小さい頃はよく一緒に居てくれた、両親とともに。
 当時はまだ能力が発現していなくて、唯の一般人として過ごしていた。
 しかし、私は過ちを犯してしまったのだ。
 なんとなくで、まだはっきりとは思い出せないが、昔この柘榴園に柘榴狩りに来たことがあった。凄く楽しくて、「返りたくない」とかなんとか、駄々を捏ねたんだ。そして多分、その時に。

 私は、“無意識に能力を発動した”。

 つくづく、幼児って大変だ。ましてや、能力をもった年端もいかない子供なんて。大分大人になった今だからこそ思う。
 一体、どんな言葉でこの農園に力をかけたんだろう。「私は、この農園を、一年中柘榴が実る農園に作り替えられる」とでも願ったんだろうか。それなら、「作り替える」瞬間にだけ能力が必要とされるから能力効果時間の継続はしない。
 多分きっと、そんなところだろう。玲瓏みたいに絶対的な記憶能力を持っているわけじゃないから、単なる推測だけど。
 きっと、両親にはたくさんの迷惑をかけたんだろうな。私が想像しているよりももっと多くの、迷惑を。
 自分がやったことには、自分で落とし前をつけなければならない。
 私は、決意した。この地を、離れよう。
 本来はきっと、この農園にかかった私の能力を解くべきなんだと思う。でも、すでに私の目の前に居るこの人、柘榴さんはこの不思議な農園を元に生計を立てている。ここで私が能力を解除させて、突然普通の柘榴に戻ってしまったらきっと困るだろう。それは、出来ない。何ででも。
 何でって――――
 ……そうか。今更、こんな時に限って。私は自分が心の底に押し隠していた気持ちに気が付いてしまった。

 ――――私は、柘榴さんが好きだ。

 あぁ、なんで。どうして?どうして今になって気が付いてしまったの?こんなことなら、一生気が付かないままでいたかった。
 いや、“気が付かない振りをしていたかった”。
 うすうす、勘付いてはいたのだ。自分が、彼に対して並々ならぬ好意を抱いていることに。
 でも、どうして、今!願うことなら、一瞬でも早く気が付いていたかった。願わくは、一生この気持ちに蓋をしたままが良かった。
 遅い、既に手遅れだ。自分のせいだとも、分かっている。それでも、願わずにはいられない。

 私はここから遠ざかることにした。農園にかけられた力を解くことは出来ない。
 だから代わりに、私は一生この秘密を抱えて生きていく。誰にも明かすことなく、誰にも悟られることなく。私がここに留まっていたら、秘密がバレる可能性が高くなるから。
 柘榴園の秘密がバレてしまったら、きっと大変なことになるだろう。たぶん、博美の実家のような……怪異や能力者による異変を解決する人たちがやってきて、ここは滅茶苦茶にされてしまう。絶対に、今のままでは居られない。
 だから、そのために。私は、私が愛した人とその人の幸せを守るために、この地を離れる。

「柘榴さん。」
「改まって、どうしたんだい?」

 柘榴さんは、何も知らない。
 これまでも、この先も。一生を何も知らないで生きていく。
 微笑みは、相変わらず草木のようにやさしい。
 さて、なんて言い訳をしようか。親の都合?それとも、海外留学?後学のため?もう、なんだっていいや。
 半ば自暴自棄になりながら、静かに口を開く。

「私、明日ここを発つんです。ずっと黙っていてごめんなさい。」
「……え。」
「親が……ちょっと重い病気にかかってしまって。あっちに返って手伝いをしなきゃ行けなくなっちゃって。」

 彼は、「信じたくない」と言うような表情をする。
 ごめんね、柘榴さん。私だって、貴方と離れたくはないよ?でもね、こうするしかないの。
 貴方と……ひいては貴方の未来のために。

「それで、忙しくなるから。もう、会いに来れなくなると思うんです。手紙も……書けないかもしれない。本当にごめんなさい。」

 深く、深く、頭を下げる。贖罪の意味を込めて。

「……僕が、頑張るから。頑張って、君や、君のご両親の助けになるから。
 それじゃ、だめかい……?」
「……ごめんなさい。あなたに、そんな迷惑はかけられません。本当に、ごめんなさい。」

 あぁ、だめだ。だめだと分かっているのに、涙はあふれて止まらない。最後くらいは、笑顔で終わりたいのに。
 私は、柘榴さんが指しだした手を取ることなく、静かに微笑む。

「そして、ありがとう。柘榴さん。」

 去って行くときに、振り返ることはしなかった。せっかく頑張って笑ったのに、こんな顔じゃ全部無駄になってしまうから。
 暗い夜道を、一人歩いて行く。

 柘榴の実は、真っ赤に熟れる前に地へと落ちてしまった。
------------------------------------------------
「っていう話。どう?たいして面白くもない理由でしょ?」

 琉羽夏は、柘榴を調理する手を休めることなく、隣に立つマークにそういった。
 人の失恋話なんて、聞いて気持ちのいい話ではないだろう。しばらくの沈黙を前に、「話さなきゃよかったかもな」なんて、過ぎたことを少し後悔した。

「……琉羽夏の恋バナとか、初めて聞いた!しかもすっごい切ない!」
「……え?」

 つい、素っ頓狂な声を上げてしまった。
 ……なんか、予想してた反応と違うんだけど。なんていうかこう、「……そっか。」みたいな気まずい返答を想定してたんだけどなぁ。
 流石、玲瓏が「読めない」というだけのことはある。本当に、マークは素っ頓狂で自由だ。

「ん?どうした?」
「……いや、何でもない。」
「そう?」
「うん。」

 マークに真意を悟られないように、笑顔を作る。この際、私のつまらない憶測なんてどうでもいいのだ。
 今、目の前の少女が作り上げたこの幸せな空間に、水を差すわけにはいかない。

「ふぁ~、疲れた。」
「あ、玲瓏!」

 リビングに、仮眠から起きてきたらしい玲瓏が姿を現した。眠そうな彼に、マークは元気に飛びついていく。

「頭なでて~」
「あぁ?お前、今日、どうした?」

 そういいつつも、律儀にマークの頭をなでている辺り、やっぱり玲瓏は彼女に甘い。
 マークも、ご機嫌な様子で彼に甘えている。

「……そういうことか。」

 私たちの雰囲気と、マークの記憶から読み取った記憶で、玲瓏は状況を把握したみたい。
 「はぁ、女ってめんどくせー」といいながら、いつもよりながめに、ガシガシとマークの頭をなでる。

「あー!!ちょっと玲瓏、何すんの!頭ボサボサじゃん!」
「うっせ。鏡でも見て直してこい。」
「酷い。」

 そういうと、玲瓏はコップを片手にキッチンの方までやってくる。慣れた手つきでコーヒーを入れながら、彼は言った。

「最初で最後の恋、か。」
「そ。流石、玲瓏には何でもお見通しだね。」
「まぁ、超頭脳だからな。」

 玲瓏は、「ハッ」とあざ笑うように不適な顔を浮かべる。

「ほんと、いいよね。なんでも分かって。その能力があれば、もっといい選択をできたのかな。」
「……いや。」
「ん?」

 玲瓏は、キッチン台に寄りかかりながら、カップの中のコーヒーに映る自分の顔を見つめて言った。

「……かつて、俺も正解の分からない選択をしたことがあった。今でも、その結果に疑念を抱き続けている。」
「……え。」

Re: 【短編】妖奇譚外伝「芦屋琉羽夏=柘榴=」 ( No.2 )
日時: 2023/01/16 15:14
名前: 朧月 (ID: 3KMw6yl.)

 本日何度目かの、驚きの声。
 まさか、玲瓏にもそんなことが。玲瓏の過去は、いくつ掘り出しても喋らせても、そこを知れない。今までどれだけ、つらい目に遭ってきたんだろう。きっと多分、聞いても教えてはくれないんだろうな。

「お?のんきに他人様の心配か?」
「何よ?」
「ちょっとは悲劇のプリンセスになっても、誰も怒りやしないだろうさ。……アイツらなら、慰めてくれるまであるな。」

 ……ほんと、不器用。
 今まで、ほとんど他人と関わってこなかったんだと思う。だからこそ、玲瓏のかける言葉は凄い不器用だ。
 でも、今はそのくらいがちょうどいい。

「……ありがとう、玲瓏。」
「どういたしまして、お姫サマ。」
「はー、ようやく元にもどった……」
「げ、マークが帰ってきた。」

 先ほどまで、洗面台で髪を直していたマークが戻ってきた。結んだまま直そうとしたら、以外に苦戦したらしい。

「……あれ?琉羽夏と玲瓏、なんか仲良くなった?」
「はぁ……ホントに、てめぇみたいな勘のいいガキはきらいだよ。面倒くさい。」
「玲瓏!?」
「ふふふ。」

 心底だるそうに、玲瓏はあれやこれやと絡みついてくるマークをスルーしている。あ、スマホ弄りだした。仕事かな?

「あー、あー。わかったから。お前は一旦黙れ。」
「それ、なんにもわかってないよね!?」

 マークとじゃれ合う一瞬の隙を突いて、玲瓏は振り返って不適に笑った。
 手元の柘榴は、赤々とした実を内側にたっぷり蓄えていた。


=柘榴=、完結。

Re: 【短編】妖奇譚外伝「芦屋琉羽夏=柘榴=」 ( No.3 )
日時: 2023/01/16 15:32
名前: 朧月 (ID: 3KMw6yl.)

あとがき。

制作から完成まで一年半もかかりましたね。理由?筆が乗らなかったのとただの文章力上げに奔走してたからです。ようやく本日、描き上げました。まさかの14505文字ですよ。過去最高でワロタ。
依頼主、琉羽夏様へ。大変お待たせしてしまい。申し訳ありませんでした。なんとか完成させたので、もしよろしければ感想をいただけると幸いです。穂期待に添えられる作品に仕上がっていると幸いです。


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