コメディ・ライト小説(新)

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世界の隣に君を探して。
日時: 2024/07/01 21:38
名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: X4YiGJ8J)

 わたし、雛坂星那。中学1年生。
 小説を書くのが好きだけど、ある理由からその趣味を周りに隠してる。
 ある日私わたしは、家が近いからという理由で、クラスメートで不登校の男の子・千晴くんの家にプリントを届けに行くことになったの。
 陰気で根暗って噂があるけど、実際の千晴くんはどんな子なんだろう?


 君との出会いが、わたしを少しずつ変えていく。
 痛かった傷も、俯いてしまう癖も、君の魔法で直っていく。
 
 この世界に、君がいる。
 この世界に、わたしはちゃんといる。
----------------------------

 ・ご無沙汰しております、むうです。
  他サイトで掲載していた小説を、カキコでも掲載することにしました。

 ・こちらの小説は児童向けとなります。
 一般文学と異なりますので、ご理解のほどよろしくお願いいたします。
 
 ・カクヨムでも小説書いています。
 こちらでも同題の小説を上げてます。
 こちらは第1章部分のみの短編になっております
 ユーザー名→@mikoituki

 ----------------------------
 【もくじ】一気読み>>01-

 [第1章:初めまして、世界]>>01-05
 1★プリント係になっちゃった>>01
 2★わたしたちは似ている>>02
 3★今日はもう帰って>>03
 4★この世界に君がいたから。>>04
 5★世界の隣に君を探して。>>05
 
 

Re: 世界の隣に君を探して。 ( No.1 )
日時: 2024/05/17 17:23
名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: X4YiGJ8J)

雛坂星那ひなさかせな!」

 名前を呼ばれて、わたしは席から立って教卓へと向かった。
 教卓には担任の佐原先生が、プリントを片手に立ってる。
 先生からプリントを貰ったプリントを右手に持ち、席に帰る。
 そして、二つにたたまれた紙をそっと広げた。

「えーっと。雛坂星那………評価は………S⁉」

 紙の端に、赤いボールペンで大きく書かれた文字。
 それを視界に留めたわたしは、その場で小さくガッツポーズ。

(や、やったあああ!)

 この学校・桜凛おうりん中学校では朝活の時間を使って作文を書くことになってる。
 原稿用紙の一から三枚を、自分の字で埋めるんだ。

 国語の授業の一環で、表現力を高めるという目的があるみたい。
 この中学校は、国語に凄く力を入れていて、年間を通してこの活動を行うの。

 書いた作文は先生が添削して、五段階の評価をする。
 S、A、B、Ⅽ、Ⅾ。Ⅾが一番低くて、Sが一番高い。
 だけどSは、よっぽど作文の内容やテーマが上手くないと貰えないレアな評価。
 そんな評価をもらうことが出来て、わたしの心は小さく鳴った。

「わー、星那ちゃん凄いねえ」

 と声をかけてくれたのは、隣の席に座る立松美織ちゃん。
 お母さん同士が友達なこともあり、幼稚園から仲良くさせてもらっている幼なじみなの。

「あたしはⅭ。全然ダメだったわ。作文って言っても何書けばいいか分からない。適当に今日あったことを書いたら、この前プリントに『単調すぎます。もっとメリハリをつけましょう』って書かれちゃった」

 美織ちゃんは、プクッと頬を膨らませ、すねたような目つきになって言う。
 
 確かに、書くのに慣れていない人は、原稿用紙を埋める作業はきついかもしれない。実際に作文の時間、シャーペンを握りしめてウンウンうなる子もいる。

 S評価に浮かれていたけれど、その行為も他の子からすれば自慢に見えたのかも。
 わたしは高鳴っていた鼓動が、少しずつ遅くなっていくのを感じた。

「それにしても、星那ちゃんは本当に文章を書くのが上手いね。なんかコツとかあるの?」
「え? うーん、さあ……。感覚でやってるから、コツとかはなんとも」

「えーっ、感覚でこんなに書けるものなんだ! やば!」
「ちょっと、声が大きいよ!」

 美織ちゃんが突然大声を上げたから、クラスメートがいっせいにこっちを振り返っちゃって。
 恥ずかしくなって、わたしはすぐさま顔をそらしたんだ。


  ◆◇◆


 わたしの名前は雛坂星那、中学一年生。
 好きなことはアニメやマンガを見ることで、性格は真面目ってよく言われるかな。

 こういうと驚かれちゃうかもしれないけど、実は趣味でこっそり小説を書いてる。
 でも、今の話じゃなくて、昔少しだけやってたって感じ。

 小さい頃から、わたしは作品を見たり妄想したりすることが大好きで、頭の中で考えた世界をよくノートに起こしてた。

 オリジナルの小説もよく書いたけど、わたしが特にハマっていたのが二次創作。
 二次創作って言うのは、実際に発表されているアニメや漫画をもとに書いた作品。

 このキャラとこのキャラをもっと絡ませたいなとか、オリジナルキャラクターと喋らせてみたいなとか。
 色々な設定を考えて、文字をゆっくり紙にすべらせることが好きだったの。

 でも……小学五年生の時だったかな。たまたま自分が二次創作を書いていることが、友達にバレてしまってね。

『キャラと恋愛するとか、頭お花畑じゃん』
『星那ちゃん、痛いよ』
って、色々言われちゃって、仲良しだと思っていた子からは距離を取られちゃったんだ。

 それ以来、わたしは文字を書く趣味を周りに秘密にすることを誓ったの。
 せっかく始まった中学生活。波風は立てたくないし、笑って楽しく終わりたい。
 だから、そのためにどうしても隠しておかないといけないんだ。

 自分が好きだと思ったことが、他の人にとっては気持ち悪いことで。
 自分が正しいと思ったことが、他の人にとっては痛いことだと気づいたから。

   ◇◆◇

 時間はあっという間に過ぎて、気づけばもう帰りの会。
 机の上に置いたリュックに教科書を詰め終わり、わたしはのんびりとスマホを見ながら、担任の先生を待った。

 この学校では、休憩時間のみスマホを触って良いことになってるんだ。
 適当に、動画配信サイトでも開こうかなと検索バーを押そうとしたとき。
 突然、ピロンッという通知音が鳴ったので、わたしは驚く。

「……小説投稿サイト、『ピュアフル』……」

 送られてきたテキストのタイトルを見て、顔しかめる。
 それはわたしが昔使っていた小説投稿サイトだった。
 現在小説は何も投稿してないし、運営からの通知は全部切ってるはず。

(一体何のメールだろう……?)

 メールアプリに飛んで、テキストを開いてみる。そこに書かれていたのは、過去にあげた小説への応援コメントだった。

【うぽつ。おもろかった。神作に出会ったかもしれない。あざす】

 送り主のアカウント名は、『はる』。知らない名前だ。
 文章は少し乱暴で冷たいけれど、内容はあったかい。


(あんな前の作品を、まだ読んでる人がいるんだ……)

 と、教室に担任である佐原先生が入ってきた。
 大学を出たばかりの、若い男の先生だ。

 おっと。スマホの電源を切らなきゃ。
 わたしは急いでスマホをリュックの中に入れた。

 うちのクラス・一年四組の帰りの会は進みが早くて、とんとん拍子に話が進んでいく。日直の人や当番の人がテキパキ動いてくれて、残すは先生の挨拶のみになった。
 佐原先生は教卓へ立つと、声を張り上げて言う。

「誰か、鵜飼うかいの家にプリントを届けて欲しいんだけど、家の近いやつはいるか?」

 その言葉に、クラスメートが後ろを振り返る。
 一番左の列の最後尾の席には、お花がいけられた花瓶が置かれてあった。

 この席は、鵜飼千晴うかいちはるくんっていう男の子の席なんだけど、千晴くんは新学期が始まってから、一度も学校に来ていない。
 どうやら、入学式も休んだらしくて。

 なので、ほとんどの子がその顔を知らない状況。一部の子からは、「きっと根暗で陰気な奴だよ」って言われてる。

 決めつけるのは良くないよって返したいけど、千晴くんがどんな子なのか知らないから、結局何も言い返せなかった。

「誰かいないのか? まあ、いない場合は先生が持って行くが……。今日は職員会議で少し遅くなるんだよな」と佐原先生。

 千晴くんの家は、わたしと同じ地区にある。その距離、約三百メートル。
 登校するときに家の前を通るから、場所も大体覚えてる。
 先生に負担をかけるのも悪いし、持って行くくらいなら。

「あ、あの、良かったら、わたしが持って行きます!」

 ビシッと手を挙げて宣言すると、佐原先生はたちまち笑顔になった。
 通路を歩き、先生はわたしのそばに来ると、プリントを机の上に置く。

「じゃあこれ、授業参観のプリント。ポストの中に入れるだけで良いから」
「はい!」

 わ~~、引き受けちゃった。
 男の子の家に行くのは初めてだし、ちょっと緊張するなぁ。

 まあでも、ポストの中に入れるだけだったら大丈夫か。家にあがらせてもらうなら、話は別だけどね。

 そのときのわたしは気づかなかった。この出来事が、のちに自分の世界を変えることになるなんて、さっぱり分からなかった。



 

 



  

  

 

 



 

 

 



 




  

Re: 世界の隣に君を探して。 ( No.2 )
日時: 2024/05/17 17:33
名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: X4YiGJ8J)

 千晴くんの家は、綺麗な一戸建ての住宅だった。

壁のペンキの白色と、屋根がわらのオレンジ色がよく合っている。レンガ造りのエントツもついていて、どうやら中に薪ストーブまであるみたい。

 わたしの家は昔ながらの古民家だから、こういうおうちは憧れちゃう。
こんな素敵な建物に住めるなんて、羨ましいなあ。

「えーっと、ポストに入れればいいんだよね」

玄関先の壁には蓋つきの小さな郵便入れがつけられていて、そこに紙類を差し込むようになってる。
プリントを入れてみようとしたけれど、中に新聞かなにかが入っているのか、上手く差しこむことができなくて。

(これは、直接手渡しした方がいいかも)

 わたしは郵便入れの少し上にある、インターフォンに視線を移す。
 これを押したら、千晴くんは出てくれるかな……?

ボタンに手を伸ばし、軽く押すと、ピンポーンという高い音が鳴った。
そのまま、しばらく待ってみる。

 いきなり押しかけて大丈夫だったかなあという不安と、今の音でびっくりさせていたらどうしようという焦りで、頭の中がぐるぐるした。

 数分後、ガチャリと玄関の扉が開き、扉の隙間から男の子が顔をのぞかせた。
あごまで伸びた髪は、寝癖で先が跳ねて、ところどころカールしている。
紺色の黒いジャージを着ていて、外用のスリッパをはいていた。

「あ、あなたが千晴くん? わ、わたし、同じクラスの雛坂星那です!」
「………」

千晴くんは、体をこわばらせてる。
いつもは先生がプリントを届けているから、クラスメイトと会うのは久しぶりなんだろう。

「あ、あの、授業参観のプリントを先生に頼まれて。郵便受けに入れたかったんだけど、多分郵便がいっぱいで入らなくて……」

「……遠方からはるばる、ご苦労っ」
と、今まで一度も言葉を発さなかった千晴くんが口を開いた。
「書類配達、感謝なり……っ」

 よほど緊張しているのか、語尾が上ずってる。
千晴くんはわたしの手からクリアファイルを受け取ると、再度口元を震わせた。

「あ、あのっ……、茶を淹れるから……、入ってもらっても、構わんが……」

ええっ。それはもちろん、有難いけれど。
突然家に上がりこんだら、ご家族の迷惑になるかもしれないよ。

「はっ。何の心配もござらん、我が両親は共にギルドへ向かっているゆえ、昼間はひとりで惰眠をむさぼっているのだ」
「え、えっと……? ギルド? 惰眠?」

 申し訳ないけど、内容が全然分かんないよ~!

「あ、あの……、つまるところ両親が共働きだから、問題ないということで……」
 突然流ちょうになったかと思えば、途端に小さい声でつぶやく千晴くん。

「あ、ああ、そうなんだ。そ、それじゃあ、少しお暇しようかな」
「エッ。アッ、あ、ドウゾ」

自分で言ったのに、あたふたと慌ててる。どうやら、悪い子では無さそうだ。

 彼の案内で、わたしは二階にある千晴くんの部屋に通された。
床に座っててと言われたので、わたしは大人しく正座して待つことに。

 ぐるりと辺りを見回す。男の子の部屋って、こういう感じなんだ。

入口に近い壁際には勉強デスクがデデンと置かれている。ベッドはなくて、窓際に布団とシーツがたたんで詰まれていた。中央には、丸いミニテーブル。

その横にはシンプルな作りの戸棚があって、ゲームのフィギュアや缶バッチ、模型、漫画家さんのサイン入り色紙なんかが入れられている。

(あ、あのフィギュア、『俺嫁コネクト』のミアちゃんだ)

その中に知っている作品のアクリルスタンドを見つけて、テンションが上がる。
わたしもアニメや漫画が大好きで、グッズを沢山部屋に飾ってるんだ。
もしかしたら、千晴くんと気が合うかも!

「あ、あの、お茶」

入口が開いて、お盆を手にした千晴くんが部屋に入ってきた。
お茶を淹れたコップをミニテーブルに置くと、おそるおそるわたしの顔を伺う。

「……お茶、嫌いじゃない、よな」
「ふふっ」
 わたしは思わず、噴き出しちゃった。

噂と事実は違う。
目の前に立つ男の子が、少し言動が変わっているだけのフツウの男の子だったから。それがなぜか、物凄く嬉しくかったんだ。

「お茶、好きだよ。ありがとう」
「……良かった」
 千晴くんはホッとした表情になり、控えめに笑う。

 渡されたお茶をのどに流しこむ。
種類は麦茶で、麦の香ばしいにおいが鼻の奥に抜けていった。

「アニメ、好きなんだね。こんなに集めるの、大変だったでしょ」

 戸棚を指さして言うと、目の前の男の子はポカンと口を開けて。
ど、どうしたんだろう。何かまずいことを言ってしまったかな……。

なんと声をかけたらいいか分からなくて、うろたえる。
そんなわたしに構わず、千晴くんはポツリと呟いた。

「……雛坂って、変な奴って言われない?」
「なんで?」
「俺のこと、ほとんどの人間はウザいとかキモイって言うから」

 千晴くんは目を伏せる。前髪の奥の目は、哀愁を帯びていた。

「まあ、それもそうだなって思う。俺、ああいう感じでしか話せなくて。改善しようとしても、挙動不審になっちゃって。うまく行かなくて」

千晴くんはたちまち目に涙をためる。綺麗な顔が、一瞬でクシャリと歪んで。
その姿が、昔の―からかわれていた頃の自分と重なった。

あの頃のわたしは、常に下を向いて、必死に涙をこらえていたっけ。
周りに笑われることの苦しさを、この子も知ってるんだ。
そう考えたら、寂しい目をする彼を放ってはおけなくて。

「千晴くんは気持ち悪くなんかないよ! 好きなことに真っすぐでいられるのって、かっこいいと思う!」

 わたしは身を乗り出し、千晴くんの顔に自分の顔を近づけた。
距離を詰められて、彼は「……っ」と声にならなかった何かをこぼす。

「あ、あり、がとう……」
「うん!千晴くんは、どんなアニメを観るの? わたしも、結構アニメを観るんだ」

なぜだろう。好きなことを口にすることを怖がっていたのに、千晴くんの前だと素直になれる。
出会ってまた一時間もたっていないのに、不思議だ。

「エッ。そ、そうだな。最近は【雨だれと恋々】って言う少女漫画を観てる。二次創作なんかも、たしなむ程度には」

その漫画はわたしも知ってる。主人公の女の子が、ヤンキーの不良少年と恋に落ちる、純愛ラブストーリーだ。

 昔、確か小説投稿サイトに二次創作を投稿したこともあって。反応は全くつかなかったけど、書いている時間が楽しくて、幸せだったな。

「この二次創作とか好き。情景描写とかキャラの掛け合いが秀逸。ずっと追っかけてたのだが、最近更新されてなくてだな」

千晴くんはミニテーブルの上に置いていたスマホを手に取ると、ロックを外し、画面をわたしの顔の前に掲げた。

 ピンクを基調とした可愛らしいデザインのサイトで、二次創作の投稿がさかんに行われているらしい。
オリジナル小説も何個かあるけれど、圧倒的に数が少なかった。
あれ? でもこのサイト、なんか見覚えがあるような……。

画面に表示されている小説は、傘を差した女の子の表紙から始まる二次小説で、一年前に更新されたきり投稿が止まっている。
この小説ってまさか……。

「この、星野日奈という作家は素晴らしい。なぜ投稿をやめたのだろう。好きだったのに残念だな。コメントも送ったのだが」

 千晴くんはわたしの手からスマホを取り操作をした後、もう一度画面を見せた。
画面に映っているのは、『はる』という、そのサイト用のアカウントで。
【うぽつ】から始まるコメントが、そのプロフィールの一番上にあったんだ。

ああ、やっぱりそうだ。
この子が好きだと言っている小説は、わたしが。
わたしが、友達にからかわれる前に書いていた小説だった。

「……それ書いたの、わたし……」

うつむきながら、必死に言葉を絞り出す。
前は向けない。だって、今絶対変な顔をしてるもん。

「マ⁉」
「う、うん、マジ」
「お、俺、めっちゃファンで! このサイトに投稿された小説、全部読んでて」

千晴くんは感極まったのか、今日聞いた中で一番大きい声を出した。
彼の手が、膝の上に置いた自分の両手の上に重なる。 

「……い、嫌だったら、来なくていい。俺が、一方的に、話したいだけだけど。ま、また、家に来て、……ほしい」
「―――っ」
「と、友達になろう!」

 窓から差し込む日光が、わたしと彼の頭を優しくなでる。
光を受けた千晴くんの髪も、まつ毛も、瞳も、きらきらと輝いていて。

「うん!」

 わたしが気持ち悪いと思っていたものを、君は、綺麗だと言った。
わたしが汚いと思っていたものを、君は好きだと言ってくれた。
その事実が、冷えていた自分の心を、体を、そっと温めてくれたんだ。

「行く! またいつか、絶対、遊びにいく!」

  

  

 

 

  

 

 

 



  

Re: 世界の隣に君を探して。 ( No.3 )
日時: 2024/05/26 13:18
名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: X4YiGJ8J)

 それからわたしは、時間のある限り千晴くんの家へ足を運んだ。
 先生から渡された提出物を届けに行ったり、家に帰った後に歩いて自宅に行ったり。

 わたしと千晴くんが仲良くなったことに安心した先生は、その後もちょくちょく頼みごとをしてきてね。
『雛坂、鵜飼のことをよろしくな』って言われたりもするんだ。
 人に頼られるのって滅多にないから、その言葉をもらうたび、くすぐったい気持ちになるの。

 はじめは小さな声であいさつをしていた千晴くんも、最近は大きな声で会話をしてくれる。
 話始めるときにどもっちゃうクセは、まだ直らないみたいだけど。

「なにっ! もう『スタマイ』を読破しただと⁉ 五巻同時に貸し出したのだが」

 今日もわたしは放課後、千晴くんの家にあがらせてもらっていた。
 最初はお茶を飲むだけだった関係も、今では一緒に漫画の話をしたり、ゲームをしたりする仲にまで発展してて。

「えへへ。昔から、本を読む速度は速いんだ」
「なるほど。物書きは読書に時間を割くというのは本当だったか」

 借りていた漫画、『スター・マインド』を部屋の奥にある本棚にしまう。
 千晴くんは物をすすめるのが上手い。相手のことをしっかり考えて、その人に合った作品を選んでくれるの。

「あの漫画、日常にバトルが入ってて面白かったよ。主人公の女の子がけなげで、思わず感情移入しちゃった」
「ああ、スタマイは原作が少女向け小説なのだ。それを作画担当が少年向けレーベルで連載しているので、胸キュンとキャラのバトルアクションを同時に楽しめるようになっている」

「なるほどー。あ、千晴くんは貸した小説読んだ?」
「『レモングラスの初恋』か。ゆったりとした描写と、それとともに描かれる繊細な人物の心の変化がお見事だった。★5つけたい」
「でしょ! 絶対アニメになった方が良いと思ってて!」

 ひとつ屋根の下に、わたしと千晴くんの笑い声が交錯する。
 日々の交流を通して、お互いの距離が毎日、数センチずつ縮まっていく。
 そのことが、最近の一番の幸せなんだ。

 数分間漫画の話で盛り上がっていたわたしたちだけど、ゲームをする予定があったことを思い出し、すぐに準備に取りかかった。

 千晴くんが、隣の部屋からゲーム機を持ってくる。
 このゲーム機、ジョイコンが外れるようになってて、それ自体でも操作することが出来るんだ。

「はい、雛坂の分」
 左側についていたジョイコンを本体から抜き取り、渡してくれる千晴くん。

「ありがと。今日もやる? ルリオカート」
「無論! 今こそ決闘のとき!」

 陽気なBGⅯが流れ、ロードレースをテーマにしたゲームが始まる。
 その画面を見つめる千晴くんは、そわそわと落ち着かなくて。
 だから時々、横に座るこの子が不登校だってことを忘れてしまう自分がいるんだ。

 視界の奥で弾けるような笑顔を見せる千晴くんは、どこを切り取っても年相応の男の子だった。

(千晴くんは、なんで学校に行ってないの―)

 そう尋ねたいけれど、尋ねたらなんか、大事なものが壊れるような気がして。
 それが嫌で、なかなかわたしはその一言を切り出せなかった。

「そういえば貴様、なんで小説を書くのを辞めたんだ」
 ジョイコンのスティックで自分の車を動かしながら、千晴くんが聞く。

「えっ!? あっ」

 不意を突かれて、わたしはうっかり操作をミスってしまった。
 画面の中で、派手にひっくりかえる自分の車。
 千晴くんたら、口に手を当てて必死に笑いをこらえている。

「も、もお! 笑わないでよ」
「派手に転倒するとは思わなくて、はーっ」
「もう! 笑いすぎの罪で逮捕」
「謎すぎて草」

 なんて茶番を間に挟んだあと、わたしは普段より低い声で告げた。

「……昔ね。小説を書いていることを伝えたら、周りから避けられちゃって」

 急に仲良かった子が別人みたいに怖くなって、自分を仲間はずれにするの。
 それが嫌で、もうそんな経験したくなくて、好きなものを隠すようになったのと、言葉を続ける。

「書きたいけれど、それはみんなが気持ち悪いって言ってるものだから」
「みんなの中に、俺は含まれるのか?」

 千晴くんは静かな調子で口を挟む。
 尋ねるというより、自分に言い聞かせるような口ぶり。

「含まれないけど」
「じゃあ、『みんな』ってのは、おかしいんじゃないだろうか」

「………」
「俺は気持ち悪いと思ってないし。まあ、書きたくないなら無理に書かなくてもいいけど」

 ――『みんな』ってのは、おかしいんじゃないだろうか。

 気づいていないだけで、自分の気持ちは届けたい人にちゃんと届いていて。
 心ないことを言う人もいるけれど、中には温かい言葉をかけてくれる人もいる。

 千晴くんは、わたしの小説が好きだと伝えてくれた。
 小説を書くのは、まだ怖いけれど。

 いつか、千晴くんに何かを返してあげられたらいいな。

 そんなことを思いながらゲームをプレイしていると、徐々に足の裏が痛くなってきた。わたし、クッションの上に正座をして座ってたんだ。

 姿勢を変えようと立ち上がったとき、部屋の隅に冊子が数冊、置かれてあるのに気づく。
 近づいてみて見ると、どうやらそれは、小学校の卒業アルバムのようで。

「ねえ、千晴くんって小学校、なに小だったの?」
 なんとなく気になったので、質問してみる。

 桜凛中学校は、北小と南小の二つの学校から生徒が来る。
 わたしが通っていた北小に千晴くんはいなかったから、南小出身なのかな?
 けど、帰ってきたのは意外な答えで。

「松武東小学校だけど」
「松武東!? そこって、H市の学校だよね?」

 松武東小学校は全校生徒六百人くらいで、隣のH市にある大きな学校だ。
 まさか校区外の学校出身だったとは思わなくて、ぽっかり口を開けてしまった。

「小学六年の春休みのときに引っ越して、桜凛に来たんだ。だから、俺のことを知っている奴は学年にいないと思う」
「へえ。引っ越した理由は、ご家族の仕事の都合?」
「いや、…………色々あって」

 千晴くんはバツが悪そうに、もごもごと喋った。
 数分前まであんなにはしゃいでいたのに、その元気もしゅんとしおれてしまって。
 その色々を知りたいけれど、とても聞けるような雰囲気ではなかった。

「ま、まあ、そもそも学校とは、決められた箱の中で生活しなければならないのであって。我のように我が道を行く人間には、合わない場所なのだよ」

 場の空気が冷めたことに気づいた千晴くんは、すぐにいつもの調子に戻って決めポーズをとる。
 それは、わざと話をそらそうとしているようにも感じられて。

「そ、そうなんだ。そうだよね、学校ってめんどくさいもんね」
 と相づちをうったそのとき。

 ピーンポーン。
 その場にそぐわないインターフォンの甲高い音が、遠くの方で響いたの。

  ◆◇◆

 玄関口に姿を現したのは、背の高い男の子だった。
 部活帰りなのかジャージ姿で、ショルダーバックを肩からかけてる。
 千晴くんはすぐに目の色を変え、険しい表情を顔に浮かべた。

「よう鵜飼、久しぶり。隣の子は学校の友達?可愛いね」

 スコーンと抜けるような軽い口調で、その子は言う。
 絶えずニコニコしていたけれど、笑顔の裏に得体のしれない何かが隠れているような、そんな不穏さがあった。

「あ、こんにちは。俺、鵜飼の小学時代のクラスメートで、藤崎っていいます」
 藤崎くんは、千晴くんの横にいたわたしにペコリと頭を下げる。

「……何の用」

 うめくような千晴くんの声に、わたしはビクリと体を震わせた。
 ど、どうしたんだろう。なんだか、自分の知っている千晴くんじゃない。
 なんか、怒ってる……?

「そうカリカリすんなって。電車乗りついで、せっかく来てやったのによ」
「………早く要件を言え」と千晴くん。

 その迫力にひるみつつも、藤崎くんは身振り手振りを駆使して説明する。

「実は今度、松武の卒業生でイベをやるんだわ。で、同クラだったやつ全員に出欠確認してるんだけど、お前の連絡先知らなくてさ。そんで直接来たんよ」

 千晴くんは、下を向いて拳を強く握りしめる。

「どう? 良かったら鵜飼も一緒に」
「――行かない‼」

 自分へと伸ばされた右手を振り払い、千晴くんは悲鳴に似た声で叫んだ。
 両目の端からは、涙が溢れてる。

「『連絡先知らなくてさ』じゃねえ‼ お前らが、意図的に俺をハブにしたんだろうがっ‼」
「おい、鵜飼、落ちつ」

「俺のプライド傷つけて! 何もかもボロボロにしたやつが、のこのこと友達面して来るんじゃねえ! 帰れ! もう二度と来るな! 気持ち悪いっ!」
「ちょ、鵜飼っ……」

 バタンッ‼
 何かを言いかけた藤崎くんに構わず、入口の扉を千晴くんは乱暴に閉めた。

「誰がっ、お前らなんかと……っ」
「ち、千晴くん……?」

 玄関先の段差に、頭を抱えて座りこむ彼に、わたしは声をかけようとして。
 うつむく彼の口から出た言葉を受けて、その場に立ち尽くしてしまったんだ。

「――ごめん雛坂。今日はもう、帰って………っ」




 

 

  

Re: 世界の隣に君を探して。 ( No.4 )
日時: 2024/06/21 21:03
名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: X4YiGJ8J)

 千晴くんに「帰って」と言われてから、一週間が経った。
 あれ以降わたしは、千晴くんの家には行っていない。

 悲しそうな顔をする彼に、なんて声をかけていいのか分からなくて。
 そもそも自分なんかが、間に入っていいのかも曖昧で。

 プリントを届ける係も、ここ数日はずっと佐原先生にお願いしていた。
『どうした雛坂。具合でも悪いのか?』って先生は不安そうだったけど。
 流石にこの前のことを話すわけにもいかず。とりあえずは、体調不良ってことにしてごまかしているんだ。

「それでさー、サッちゃんったら、お弁当を持ってきたのに購買に行こうとしててさぁ」

 今は給食の時間で、わたしは同じ班のこと席をくっつけてお昼ご飯を食べてる。
 真向いの席に座る親友の美織ちゃんは、今日もご機嫌。
 ご飯にお箸を近づけることも忘れて、友達と大声でお喋りをしていた。

「やば! 沙里ってばド天然じゃん」
「あの子昔からそういうところあるよね」

 反対にわたしはお茶碗片手にぼうっと虚空を眺めたまま。
 わたしの席からは、千晴くんの席が少しだけ見えるんだけど。

 花瓶にいけられたライラックの花が汚く感じるのは、気のせいではなくて。
 千晴くんと別れた日からずっと、わたしの世界は影に包まれたように暗かった。

「そうそう。だからマジ大うけでさー。って、星那ちゃん聞いてる?」

 と、わたしが一言も発していないことに気づいた美織ちゃんが、肩眉をひそめた。
 自信満々に話していた内容を聞かれていないことに怒ってる。
 その証拠に語尾が強く、発言に圧があった。

「あ、ご、ごめんね。ちょっと考え事してて」

 慌てて胸の前で手を振ると、美織ちゃんは面白くなさそうに「ふうん」と鼻を鳴らす。

「星那ちゃん、最近ずっとそんな感じだよね。朝活の作文の評価もⅭとかⅮだったし、先生にあてられても気づかないことが多いし」
「そ、それは、……まあ、そうなんだけど」

 自分の調子が変なのは、自分でも理解してる。
 学校生活で一番楽しみにしてた作文の点数は、日に日に下がって、この前は最低ランクのⅮを取って先生に心配されたし。
 得意な国語の授業もたいくつで、何もかも頭に入ってこなくて。

「確か星那ちゃんって、鵜飼の家にプリントを届けに行っていたんだよね。そいつに何かされたとか? あいつ、結構性格悪いっていう噂だし」

 そんな。何を根拠に……。
 本当の千晴くんは優しくて、気遣いが上手で、明るい男の子なのに。
 なんでみんな、ありもしないことを平気で言うんだろう。

「な、何もされてないし、千晴くんはそんな子じゃなかったよ!」
「そう? でも、調子がおかしくなったのって、あいつの家に行った翌日からじゃん。鵜飼となにかあったから、そうなっているんじゃないの?」

「……でも、千晴くんがわたしに何かしたってのは、違うよ」

 あの日、二人で遊んでいたら藤崎くんが家に来て。
 そのことに千晴くんが激高して、怒りで泣いていた。

 今まで穏やかな笑顔や、自信満々の表情しか見てこなかったから、あの態度の変わりっぷりはかなりヒヤヒヤしたよ。

 確か、『お前らがハブにした』って、言っていたよね?
 それは学校にいけないことや、引っ越しをしたことに関係があるのかな……。

 誰かと距離が縮まると、相手のことを知りたいと深く考えるようになる。
 でも、その子の過去が予想以上に重く、つらいものだったら……?

 知りたいと思うことが、その子にとって負担になるのだとしたら。その子にとって、忘れたい記憶を呼び起こすものだったとしたら。

 もしそうなら、わたしは一体どうすればいいんだろう……。

  
  ◆◇◆


「星那、悪いけど近くのコンビニにお使いに行ってくれない?」

 その日の夜六時過ぎ。ご飯の用意をしていたお母さんから声をかけられた。
 聞くところによると、夕食の調理に使うマヨネーズを切らしているみたいで。

 スーパーにもあるけれど、そこは徒歩でニ十分かかる距離でね。
 夜遅いし危ないということで、近くにあるコンビニでも買えるから頼まれてほしいってことだったんだ。

「分かった。文房具が切れてたし、それもついでに買ってくるよ」
「ありがとう。じゃ、お願いね。気をつけて行ってきてね」
「はーい」

 わたしは手提げカバンにお財布とエコバックを入れると、玄関から外に出た。
 夜の空気は、ひんやりとしていて気持ちいい。

 上を見上げると、上空には猫の爪のように細い三日月が浮かんでいた。
 雲におおわれて全部は見えなかったけど、その間から差しこむ光が綺麗で。
 それを眺めながら歩いていると、ほんのちょっとだけ気持ちが落ち着いた。

 コンビニは、わたしの家から歩いて十分くらいの距離にある。
 自動ドアから中に入り、まず向かったのは文房具コーナー。
 数学のノートを使い切ったので、新しいのを買おうと思っていたんだ。

 明日の一時間目に数学の授業があったから、今日買わないと間に合わない。
 そういう面では、お使いに行けてよかったかも。

「あっ、あった!」

 漢字練習帳や方眼用紙が並べられた棚の下段に、お目当てのノートがあった。
 しかも鮮やかな薄桃色で、可愛らしいデザイン。
 それを買い物カゴに放りこむ。

「よしっ。えっと、あとはマヨネーズ。調味料の棚は……」

 確か、入り口から入って一番左に食材コーナーがあったはず。
 調味料なら、その近くに多分あるよね。
 
 通路を歩いていくと予想通り、冷凍食品の棚の横に、調味料が入った段ボールがあった。
 そこからマヨネーズを取り出し、同じくカゴに入れる。

 ふう。これで、必要なものは一通りゲットできたかな。
 あとはコレをレジに持って行って、お会計をするだけだ。

 わたしはそのままレジに向かおうとして。
 バッと、後ろを振り返った。
 視界の中に、見覚えのある黒いジャージが映ったから。

「千晴くん!」
「え、あ、雛坂……」

 その相手—鵜飼千晴くんは、呼びかけに驚いて足を止めた。
 髪を後ろでくくっている。いつもとまた違うラフな雰囲気。

 まさか、こんなところで会えるなんて。
 わたしは興奮して千晴くんに駆け寄った。

「奇遇だね。千晴くんも家のお使い?」
「え、いや、菓子調達。こ、小腹が減ったので」

「そうなんだ。わたしは、家族にお使いを頼まれて、マヨネーズと文房具を買いに」
「へ、へえ」

 千晴くんの目は、きょろきょろと左右に動いている。

「あ、あのっ……。こ、この後、時間ある?」
「うん、多分大丈夫」
「こ、この間の件で、少し話がしたいんだけど……っ」

 思い切ってという感じで、千晴くんはわたしの顔を見た。


 
 ◆◇◆


 レジ清算が終わった後、わたしは千晴くんと一緒に近くにある公園へ行った。
 あ、門限は、お母さんに電話してOKを貰えたよ。

 公園のブランコに、二人となりあって座る。
 風が吹くたび、ブランコの鎖がキコキコ鳴った。

「この前はごめん。急に、帰れなんて言って」と千晴くんがつぶやく。
「俺、小学校の時、クラスメートから集団いじめを受けてて。それで、もうこんなところ居たくないって、引っ越して、校区外の中学に移ったんだ」

 月明かりの下、とつとつと語る千晴くんの表情には影が差していて。
 それはわたしの経験よりずっと苦しいもので、返す言葉がなかった。

「藤崎は、いじめの主犯。校長先生や教頭先生が動いてくれて、ひとまず騒ぎは収まったけど。……今更ごめんなさいって言われたって」

 ―何もかもボロボロにしたやつが、のこのこと友達面してくるんじゃねえ! 
 あれは、そういう意味だったんだ。

「藤崎にとっては、俺なんて大した存在じゃないんだよ。だから平気でイベントに誘う。そういうやつがこの世界には、ごまんといるんだ」

 人が怖いから、だから学校へ行けないんだ。たとえそこにいじめっ子がいなくても、同じような奴は沢山いると思うから、と千晴くんは話を続ける。

「何も信じられなくて、信じたくなくて。そんなときに、雛坂の書いた小説を読んだ。すごく温かくて、優しくて。世界は汚いけど、それを読んでいるときだけ、世界が美しく思えたんだ」

 世界は汚い。その通りだと、わたしは思う。
 人の心は様々なもので溢れていて、それは時に誰かを攻撃する。
 大好きだったものが、大嫌いになる。美しかったものが醜くなる。
 そんな世界を進むのは、とってもしんどくて辛いことだと。

「でもっ、たまに思うんだ。……俺、気持ち悪いよなって。せっかくできた友達なのに、自分の都合で傷つけちゃって、悲しい思いをさせてしまった。言ってはいけないことを言っちゃった。俺は、気持ち悪い人間だ……」

 千晴くんの目から大粒の涙が流れる。
 この前家の玄関先で見せたものよりも、大きい粒が。
 ひっくひっくとすすり上げ、肩を揺らす友達。

 ……違う、違うよ、千晴くん。そうじゃない。そんなことない。

 わたしは、細い彼の背中にゆっくりと両腕を回す。
 こんなことで、千晴くんの過去の傷がなくなったりはしない。
 それでも、わたしは、どうしても伝えたかった。

「気持ち悪くなんかないよ!」
「……え?」
「気持ち悪くなんかない。千晴くんが教えてくれた世界は、とってもキラキラしていて、すごく綺麗だったよ」

 世界の隣に、君がいたから。
 いつだって優しい言葉をかけてくれたから、わたしはこの世界をいとしく思えたんだ。

「わたしは、千晴くんと過ごす時間が好き。千晴くんと読んだ漫画が好き。千晴くんとしたゲームが好き。千晴くんと笑った日々が好き。千晴くんに出会えた自分が、大好き!」


 汚いだけではない、新たな景色に出会うことが出来た。
 そのことに気づかせてくれた君は、絶対、絶対、気持ち悪くない。

「ありがとう。わたしの世界を、好きだと言ってくれて。わたしはそれが嬉しいんだ」
「……っ」

 千晴くんは何か言いたそうに口を開きかけて、すぐにくちびるを閉ざしてしまう。
 その代わりに、わたしの背中におそるおそる手を回した。

 自分よりも一回り小さい体は、ほんのりと温かくて。
 その事実に、わたしの目からもツーッと涙が零れたのでした。

   




 

  






 




 

 

  



  

  

 

 

  

 

 

 

Re: 世界の隣に君を探して。 ( No.5 )
日時: 2024/07/01 21:38
名前: むう ◆CUadtRRWc6 (ID: X4YiGJ8J)

 その日の夜、わたしは自分の部屋で、机に向かって作業をした。
 広げられた大学ノートに、ゆっくりと鉛筆を走らせる。
 シャーペンの線が白い紙にスーッと流れて、ひとつの文字を形作る。

「よし、これで明日の発表は大丈夫」
 
 実は明日、日直当番をしなくちゃいけなくて。
 日直は花瓶の水替えや黒板の掃除のほかに、朝の会で三分間スピーチをすることになっているんだ。
 
 お題は自分で自由に決めていいことになっているけど、ぶっつけ本番でみんなの前で発表するのは結構難易度が高い。
 よって、大半の子は前日に発表することを紙にまとめておくの。
 
「でも、本当にこのテーマでいいのかな~。ありきたりって思われたらどうしよう」
 
 テーマに選んだのは、『自分の家族について』。
 お父さんやお母さんの好きなところや感謝していることを、文章で表す。
 本当は、自分の好きな小説について書けたら一番いいんだけど……。
 クラスメート三十人が全員、受け止めてくれるかって考えて、書くのを辞めた。

 ピコンッ。
 
 ふと、机の上に置いていた携帯の通知音が鳴る。
 見てみるとそれは、千晴くんからの連絡だった。
 公園でお互いの気持ちを伝えたあと、連絡先を交換したんだ。

【乙。只今、ゲーム中。今日こそ推しを引き当てる也】
 
 桜の花びらが描かれたイラストのアイコンから、緑色のふきだしが伸びてる。
 相変わらずの、ちょっぴり堅い文面に頬がゆるむ。
 そのコメントの奥に、確かな優しさを感じたから。

【頑張って! わたしは今、スピーチの原稿を書いてるよ!】
【スピーチか。自らの想いを伝えるというのは、難しいことだ。敵を作るかもしれないという恐怖と立ち向かわねばならん】
 
 敵を作るかもしれないという恐怖。
 本当のことを話して、嫌われたらどうしようという不安。
 確かに、自分に嘘をつかないということはものすごく難しい。

【応援してる。雛坂が頑張っていると、元気になれる。自分も頑張ろうって、勇気をもらえる】
 
 シュポンッという音と同時に送信されたコメント。
 言葉って不思議だ。温度も熱もないのに、それを読んだだけで心がポカポカする。
 
 わたしは連絡アプリを閉じ、検索バーにとあるサイトのURLを打ちこんだ。
 小説投稿サイト、ピュアフル。
 そのログイン画面をタップして、自分のメールアドレスとパスワードを入力した。
 
 不特定多数の人に、読んでもらうために書くんじゃない。
 たった一人、自分の小説を愛してくれた人のために、わたしは小説を書く。
 
 文字を打つのはやっぱりまだ怖いけれど、それでも。
 それが、わたしができる唯一の恩返しなのだとしたら。
 君は君のままでいいんだよって、伝えられるのだとしたら。
 
 わたしは一年ぶりに、止まっていた時間をそっと進めた。
 ただ一言、大切な人に『ありがとう』と伝えるために。

  
  ◆◇◆

 翌日。日直当番のため、いつもより四十分早く学校に来た。
 昇降口で靴をはきかえ、まず向かったのは職員室。
 学級日誌を先生から受け取って、授業の様子や感じたことを書かないといけないんだ。
 
 職員室は一階の廊下の突き当りにある。
 中に入ると、数人の先生が「おはよう」と返してくれた。朝礼前だからか、まだ十数人しか来ていない。

「日直当番?」
と声をかけてくれたのは、保健室の日渡先生。
 肩まで伸びた艶やかな黒髪と、白い白衣が印象的な女の先生なんだ。

「はい、そうです」
とわたしが言うと、日渡先生は「ふふふ」と上品に笑った。
 
「雛坂さん、確か一年四組だったわよね」
「え? はい、そうですけど、それがなにか?」
「彼が、雛坂さんに会いたいって」
 
 ……彼?
 首をかしげるわたしに、日渡先生は何も答えず、ただのんびりとほほ笑んだ。
 
 と、ガラガラガラッと入口の扉が開いて、廊下から一人の生徒が中に入ってくる。
 その子の顔に目線を移したわたしは、目と口を大きく開けてしまった。
 だって、だってだってだって。

「……千晴くん、学校に来たの⁉」
 
 そこにいるのは間違いなく、あの千晴くんだったから。
 学校指定のセーターは若干丈が大きくて、手首が袖に隠れてる。その上に重ねられたブレザーはシワひとつなくて、着慣れてないのが分かった。
 
「ど、どうして。人が怖いから、学校には行かないって……」
「俺も、自分が学校に行ける日が来るなんて思わなかった」
 
 わたしの指摘に、千晴くんは照れくさそうにはにかんだ。
 そして、そろりと視線を下に向ける。話始めるときの、彼のクセだった。
 
「世の中には、嫌なやつが沢山いて。そいつらばっかり気にしていたけど。中には、雛坂みたいなやつも、ちゃんといるって気づいたから。だから来た」
 
 そう言いつつも、千晴くんの右足は震えていて。
 集団いじめを受けていた過去を持つ彼は、多分人との関りをものすごく警戒してる。初めて会ったときも、なかなか目線が合わなかったし、声もかぼそかったっけ。
 
 それでも勇気を出して、この学校という場所に来てくれたんだ。
 わたしに会うために、重たい腰を起こして、トラウマに立ち向かって、今日この場所に来てくれたんだ。

「一時間だけ教室に行って、それ以降は保健室にいる。でも、絶対、逃げたりしないから」

 自分の世界とも、自分の周りにいる人たちとも、ちゃんと向き合ってみたいんだと千晴くんは言った。
 
 すぐ目の前にいるのに、なんだかその時だけ彼が遠い世界にいるように感じて。
 ……わたしは学級日誌を持つ指に、グッと力をこめたんだ。
 
 ――自分も、そろそろ勇気を出さなければいけないんじゃないかって。

  
  ◆◇◆
 
 朝の会開始まで残り五分。
 教室にいる生徒の人数も増えて、教室はガヤガヤと騒がしかった。
 
 いつもは好きな芸能人の話とか、夜やっているアニメの話で盛り上がっているけれど、今日みんなが話しているのはその話題じゃない。
 
「ねえねえ、鵜飼くんって兄弟いるの?」
「なに小出身?」
「好きな女子のタイプってある?」
 
 最後尾の席に座る千晴くんは、多くのクラスメートに囲まれていた。
 矢継ぎ早に質問されて、ギョッと体をのけぞらしたりするけれど、質問には一つ一つ正確に答えてる。
 
 「好きな漫画は?」と聞かれて、「えっとぉ!」とテンションが上がっちゃうのが、千晴くんらしいなとわたしは思った。
 人が怖いだけで、人が嫌いなわけじゃないんだよね。
 
「へぇ、鵜飼ってああいう感じなんだ。なんかイメージと違ったわ」
 横の席の美織ちゃんが頬杖をつきながら言う。
 
「普通に良い子だね、あいつ。若干オタク気質だけど」
「だからずっと言ってたじゃん。千晴くんは、本当は優しくて明るい子だって」
 
 わたしは机に置いたノートの表紙を閉じ、美織ちゃんに向き合った。
 大事なことを話すときは、きちんと相手の顔を見なくちゃいけない。
 小さいとき、お母さんにそう教わったから。

「美織ちゃん。わたしね、小説を書くのが好きなの」
 
 息を吐いて、喉の奥から、抑えていた本音を音に乗せる。
 つかえて取れなかった大事なものを、しっかりと相手に伝える。

「昔、そのことで友達に嫌なことをされたことがあって。それで怖くて、ずっと言えなかった。親友なのに、信じたいのに、ずっとずっと嘘をついてた」
 
 一つ二つ言葉にする度、押し殺していたものが滲む。
 服の袖で拭っても、絶えずそれは溢れていく。

「本当にごめんっ、わたしっ、本当はっ……、嘘、つきたくなくて……っ。でも、なんか、素直になれなくて……っ」
 
 美織ちゃんは、「はあ」と肩の力を抜いた。
「……星那ちゃんに信用されないなんて、あたしもまだまだだなあ」
 
 そして、うつむくわたしの肩に、そっと両手を置く。
 肩から伝わる体温は温かくて、優しかった。
 
「大丈夫だよ、星那ちゃん。星那ちゃんが好きなものは、好きって思い続ける限り、そう簡単に壊れたりしないから」
 
 美織ちゃんはわたしの席をチラリと横目で見る。
 机には、スピーチの原稿が書かれたノートと、沢山の消しゴムのカスがあった。
   
「だから思いっきり、ぶつけておいでよ! 星那ちゃん!」

  ◆◇◆

 先生に呼ばれて、わたしは自分の席から立ち上がり、教卓へ向かう。
 昨日書いた原稿は、机の引き出しにしまってある。
 
 家族のことを話すのももちろんいいことだけど、わたしが本当に語りたいのはそれ
じゃない。
 わたしが、本当に話したいのは……。
 
 教卓の横に辿り着いたわたしは、大きく深呼吸をして胸をそらした。
 大丈夫、大丈夫。なにも、怖くなんてない。
 
 ゆっくりと前を見る。様々なクラスメートと視線が合う。
 千晴くんの席へ目線をやると、彼はこっそり右手でVサインを作ってて。
 
 言葉のやり取りではないけれど、なぜかわたしには、彼が「大丈夫だよ」と言っている気がして。
 それだけで、また少し泣きそうになってしまった。

「それでは、これから日直のスピーチを始めます。今日のスピーチは、雛坂星那さんです。それでは雛坂さん、お願いします」
 
 担任の佐原先生にうながされ、わたしはその場で一礼。
 そして、口を開け、閉じ、胸に手を当てて、呼吸を整えて、もう一度今度は確実に、くちびるを開いた。
 
「わたしは、小説を書くことが好きです」
 
 小説を書いていることを友達から馬鹿にされたとき。
 もしかすると、自分は周りと違う人間なのかなって、悲しくなった。
 
 自分がおかしいから、だからいつもうまく行かなくて、結果的に避けられるんだって。好きなことを好きだというのは、恥ずかしいことなんだって。
 でも、そんなことはなかったんだ。

「小説を書く自分が好きです。でも、昔は自分のことが大嫌いで、自分の作ったものが大嫌いでした。気持ち悪いと言われ、除け者にされ、わたしはいつからか、その言葉を信じるようになっていました。でも、ある日気づいたんです」

 多分みんな、気づかないだけで、確かにこの世界で輝いてる。
 その輝きを、無意識に相手へと送っている。
 その微かな光に人は感動し、笑い、泣き、手を伸ばしてくれるんだ。
 多分それが、繋がるってことなんだ。

「わたしは、この世界で生きていていいんだって、ここにいていいんだって、気づいたんです」
 
 暗かった世界に、ふと足を運んでくれた君のおかげで。
 わたしの景色は少しずつ鮮やかになっていった。
 
 きっと、わたしはこれからも、この世界の隣に君を探す。
 高らかに笑う君を、明るいだけではない不器用な君を。
 君と過ごしたその日その日を、忘れずに取っておくために。

「わたしは、この世界が大好きです。今日も、明日も、この世界を前を向いて歩いていきたいです」
 
 ゆっくりと顔を上げる。
 言いたいことは全て言い切った。
 だけど、もし自分の趣味を周りに受け入れてもらえなかったら……。

 そのとき。ふいに教室の前から、パチパチと拍手が聞こえた。
 ハッとして顔を音のする方に向ける。教室の前方に座る生徒が、ニコニコしながら手を打ってる。

 ううん、前方だけじゃない。彼らの後ろにいる子たちも、千晴くんも、わたしを見つめながら拍手を送っていた。

 その音は、徐々に大きくなる。
 拍手の音は、教室の空気を震わせ、静かにわたしの体を包んだのでした。
   
 【第一章 完結】
 
 
 
  

  
   
 



 

 
  




 


 
 
  

  
  
 
 


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