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Re: あかりのオユウギ弐-怪物の町- 参-九 ( No.119 )
日時: 2008/09/25 17:47
名前: ゆずゆ ◆jfGy6sj5PE (ID: nc3CTxta)
参照: 魔法の使えない魔術師は魔術師ではありません。

十話 [ 人形の感情-簡単で難しい、笑顔の作り方- ]

「遅い……ですよ」

 家には、ルナが一人でテレビを見て楽しんでいた。
 遅い。それはそうだろう。今日の時固(ときと)めの練習は夕方までやっていたから。だがルナは拗ねていなかった。拗ねれなかった。だから無表情でそう言い、またテレビを見る。
 あかりとお嬢はごめんね、と返し、それからルナの座っているソファーの隣に座った。

「よし、今日は三人で晩御飯つくるよ!」
「遅れたくせにそれですか? お嬢」
「ぬー……、でも! 遅れた変わりにあかりは進化したのよ!」
「——ライチュウですか?」
「だからなんでそうなるのよ」

 ルナの言った言葉にあかりが突っ込みを入れて、そこでお嬢とあかり、二人で笑った。ルナは無表情でテレビを見る。
 それから、考えた。
 ずるい。と。
 それからテレビの電源を、目の前に置いてあったリモコンでぷつりと切る。それから、ソファーから立って歩いて階段を上った。



「あれ」

 自室へ入り、その扉を閉めてから気づく。

「なんで、わたしは思ったの?」

 感情を亡くした月人形は、それと言う感情を忘れた。はず。なのに、

「なんで、わたしは『ずるい』って思えたの?」

 分からない。
 なぜ自分が『ずるい』と思ったのか。
 きっとそれはお嬢が自分に構ってくれずあかりとしか遊ばないからであろう。——と。また思った。『ずるい』と。
 ルナは震えて、ベットに顔面からぼすんと倒れこんだ。
 分けが、分からない。何が、どうなっているのか。分からない。ただ、ただただ体が震えるだけで。何も、分からない。分からない。そして震える。そこで気づく。
 自分は、また姉の手の中から逃れたと、言うことに。

「あ……笑える、かな?」

 ルナはベッドから立ち上がり、部屋の電気をつけてドレッサーに向かった。実家から唯一持ち出したこのドレッサーの前で、ルナは口の端を上げてみた。
 前よりも上手く上がる。
 そして何よりも、目の前には、笑った自分が居た。
 嬉しい。嬉しい。そう思うとまた笑える。嬉しい。嬉しい。で、思い出した。笑うことは、こんなに簡単で難しかったことだと、思い出した。
 それからルナは、部屋から出て急いで階段を駆け下りた。その音で、テレビを見ていたお嬢とあかりは階段の前に息切れをしながら立っているルナの存在に気づく。
 それから、言う。

「どうしたの?」

 お嬢が言うと、ルナは俯いて、口の端を吊り上げて——それから前を向いた。

「いいえ、別に、何も」

 お嬢とあかりは目を大きく開く。あかりはソファーから立ち上がって小走りでルナの元へ行き、ルナに抱きついた。お嬢はソファーからルナに向かって微笑む。

「ルナ、良かったね、ルナ」
「——はい」
「おめでとん、ルナ」
「——はい」

 また、端が上がる。嬉しい。嬉しいと言う事はこう言うことなのか。甘えると言うことはこう言うことなのか。
 ルナは、あかりを抱き返す。暖かい。暖かかった。嬉しい。また、上がる。

 人形は、再びその笑顔を取り戻した。