ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: あかりのオユウギ弐-怪物の町- 参-拾 ( No.123 )
- 日時: 2008/09/29 17:57
- 名前: ゆずゆ ◆jfGy6sj5PE (ID: nc3CTxta)
- 参照: 魔法の使えない魔術師は魔術師ではありません。
十一話 [ それでそれから-頑張りましょう- ]
泣いていた少女はまた笑顔になって。
吸血鬼はその少女の笑顔を見てまた笑顔になって。
人形は笑顔(感情)を取り戻して笑顔になって。
『三人は今から、《ヤミナベ》をする模様です。』
◆
「やっぱ『ナベ』には隠し味でチョコレートよねー」
「そうなんですか? じゃあわたしは牛乳入れておきます」
「ちょちょっ! 二人とも! ストップストップ……ってお嬢にぼしとか入れないで! だし取らないで!」
今晩の晩御飯はヤミナベ……ではなく、鍋にすることなり、今はこんぶだしで、だしを取ったお湯に具を入れているところだ。そう、具を入れているところだ。
『三人で作る』から、だろうか? 『三人で作って』はいけないのか? 『三人で作った』から、こう、吐き気のする臭いが部屋に漂っているのだろうか? 分からない。
「やりすぎましたか? あかりさん」
「何も言えないね……」
「『ナベ』って言うのはこういうのじゃないの?」
「あれ、前に晩御飯としてお鍋だしませんでしたっけ?」
しーんと静かになり、お鍋を見つめる。
臭い。生臭い。とてもじゃないか食えそうにないこの鍋。だが、この鍋を見てお嬢が、冷蔵庫からまたキャベツを取り出してガンガン音を立てながら包丁でそれを切り始める。
「ちょ、お嬢!? すでにこの状態なのにまだ具を入れるんですか!?」
「返事がない、ただの屍のようだ」
「返事してるじゃんか」
ガンガンキャベツを切っていくお嬢を見て、あかりはため息をついて温められている鍋を目を向けた。すると、
「あ、手ぇ切った」
お嬢のずいぶんと間抜けな声が聞こえて、あかりはお嬢の方を向いた。
お嬢の左手の掌に、包丁が横に刺さっている。
「わああああああああぁぁぁぁぁぁ!」
「あかり、これ抜けばいいんだよね?」
「しゅしゅしゅ、出血多量ででででで」
「で……電話! ルナ、次『わ』から始まる言葉で」
「わ……ワールドエンド。あかりさん、次『ど』から始まる——」
「ど……ってなんでしりとりしてんの!? って言うかお嬢包帯包帯ー!」
つられながらもキッチンの隣にあるタンスの中から赤い十字のついた白い箱を取り出すあかり。お嬢はとりあえず傷口を舐めてから、まな板の上においてあった布巾で傷口を押さえた。
あかりはその箱から包帯とガーゼを取り出し、箱の中に入っていたハサミでガーゼを切っている。
「……あ!」
そんなときにお嬢は何かひらめいたらしく、自分の血で汚れている包丁を持ってガーゼを一生懸命切っているあかりのところへ来て、あかりを呼ぶ。それからあかりが真っ青な顔でお嬢へ振り向く。お嬢はハサミを持っているあかりの右手を左手で前へ持ってきて、右手で持っている包丁であかりの中指を切る。それから包丁を下へ落として、あかりの右手をお嬢の右手へ移し、それから出てくるあかりの血を自分の傷口の中にたらした。
一滴。
二滴。
「お嬢……?」
傷が小さかったため三滴目は出てこなかった。
そこでお嬢が箱の中にあった『バンソウコウ』を出し、あかりの中指にそれをつけた。それから静かに言う。
「あかりが時間を固(と)めれるのは、あかりのお母さんの血のおかげ。ならその血をわたしの血管の中に入れたら——」
「お嬢でも、時間を固めることができる……?」
「そう」
あかりは母の血で時間を固めることができる。ならその母の血が混ざっているあかりの血を体内に入(い)れれば、と言うことだ。
お嬢はにっこり笑ってあかりの方を向き、ぐつぐつと音をたてて温まっているお鍋を指差し言った。
「大丈夫、髪の毛で皮膚を作るから。それよりさ——」
それは、誘い。
「早く食べようよ」
◆
「おげっ!」
「がふぁ!」
「う……」
◆
正露丸を飲み、今はお嬢の部屋で三人一緒でババ抜きをしていた。結構腹の調子は良くなり、後はぐっすり寝るだけだ。
「あー! また負けたー!」
「だってお嬢、ババをじっと見てるから分かっちゃうんだもん」
ジョーカーを投げて、ごろんごろんと床を転がるお嬢に言うあかり。それを見ていたルナは呟く。
「ババ抜きより、大事なことがあるんじゃないですか?」
「あぁ?」
「ですから、ほら、時間を固める実験です」
「そういえばそうだねぇ」
「じゃあ——今からこの針であかりさんの目を付こうとしますから、お願いしますね」
そう言うルナ。
そして刹那。あかりの目に向かって針が飛んでくる—。飛んでくる飛んでくる飛んでくる——固(と)まる。
時間が固まったことを、目の前で止まっている針で確認し、それからお嬢のいる隣を向く。そこには、ぽかーんと瞬きをしているお嬢がいた。
「お嬢!」
「これで準備はおーけーだね」
それからあかりが、固まっているルナの手から針を奪い、それを机に置き、『溶(うご)け』と言う。
ルナは前に出している手を引き、言った。
「どうやら成功したみたいですね」
「そうだよー良かったよー」
それから三人で笑った。
それから三人で湯に浸かった。
それから三人で、寝た。
◆
これからが、本番だ。
三章、完