ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: あかりのオユウギ2 -吸血鬼- 1-2 ( No.15 )
日時: 2008/08/14 16:11
名前: ゆずゆ ◆jfGy6sj5PE (ID: nc3CTxta)

三話[ 思い-かっこ悪いけど逃げ出します- ]

「あなたのなまえはなあに?」
「……」
「そう、みみちゃんね」
「……」
「ごはんはなにたべたい?」
「……」
「そう、はんばーぐね。いますぐつくるからね」



「かーつらさん。あーそびーましょ」

 遊びだなんて。何を言っているんだろうか、この人たちは。人を虐げることを遊びと言うなんて。ひどい。ひどいひどいひどいひどいひどい。
 別に、よくある漫画みたいに虐げられないからいいのだ。靴に画鋲は入ってないし、教科書も綺麗だ。だけど、靴は泥まみれ。わざわざ水がしみこんだ土に埋めなくてもいいと思う。心から。

「桂さん? どうしたのかなぁ?」

 どうもしてないよ、バカ野郎。
 そういいたいけど、言えない。自分は弱虫だから。でも、強い男の子になりたいってわけじゃない。誰だって、弱いんだから。男の子になったって、弱虫には変わりがない。
 別にいいんだ、変えなくてもさ。よくテレビで言ってる、『死んだ人は生まれ変わる』という言葉。信じてるから。ずっと、いつまでも、永遠に信じているつもりだから。だから——いつもやめてって言わずに、いじめられているところから逃げる。結構いい作戦だと思うけどね。

「そうそう桂さん。あのね、桂さんの靴、土まみれで汚いから洗ってあげたの」

 目の前に置かれたのはびちゃびちゃに塗れている革靴。入学する時に親にねだって買ってもらった物だ。そんな物も——もう履きたくないぐらいに汚くなった物になってしまっていた。
 とりあえず、自分は勇気を振り絞って、目の前においてあるびちゃびちゃの靴を見ていった。

「わたし、今すっごくやりたいことがあるんです」

 自分をいじめている女子は、なぁに? と子供を相手にしているように言う。
 それから顔をあげて、自分は言った。

「自殺」

 夕焼けが、自分の顔を照らす。

「自殺…してみたいんです」

 普通に、言えた。
 喋ることは昔から好きだったから、いつもぬいぐるみのウサギと会話をしていた。
 あの日の記憶が——よみがえってくる。

『あなたのなまえはなあに?』

 誰も喋っていないのに、喋りをやめない自分。今思うと、すこし気持ち悪いや。
 思ってると、少し肩を震わせた女子が小さな声で言う。

「な、なら、死ねば良いじゃん」
「そうなんです」

 なんだ。普通に勇気とかいらないや。自分は強い。強かったじゃん。

「だけど、せっかくここまで生きたんだから、死にたくないんです。だから——自殺はずっとガマンしているんです」
「あ…」
「自殺したら、お葬式にもお金がかかるし、この机もあまっちゃう」

 机を摩りながら、

「だからわたしは——逃げ続けようと思います」



「はいどうぞ。はんばーぐだよ」
「……」
「…おいしい?」
「……」
「ねぇ? おいしい?」

 夕焼けが、幼い自分の顔を照らす。
 縁側で、一人ぼっちで、ウサギのぬいぐるみの口にプラスチックのハンバーグを押し付ける。
 何も、言ってくれない。もう、泣きそうだ。そんなときだった。

「むぐむぐ。おいしいよ」

 聞いたことのない声がした。
 自分は思い切って、後ろを見た。そこには——黒い髪のでメガネをかけた男の人が立っていた。自分は口の端っこを吊り上げた。

「おじさんは、なんていうなまえなの?」
「お、おじっ!? あはは。おじさんの名前は桂 裕次(かつら ゆうじ)。きみのなまえは?」
「わたしはあんりだよ」
「そう。じゃあ、これからあんりちゃんは——桂 杏里ちゃんだね」

 にこっと笑って、おじさん。祐次おじさんは自分を抱き上げる。

「さぁ、新しいお家に行こうか。これからは、おじさんが杏里ちゃんのお父さんだからね」

 そういえば、そうだった。
 家には、自分一人しかいなかったのだ。いつのまにか、お父さんとお母さんはどこにもいなかったんだ。
 夕焼けの中、祐次おじさん…いや、新しいお父さんに肩車をしてもらって、新しい家に行ったことをいまでも覚えている。



「わたしは一人じゃなかった。一人でいると必ず誰かが来てくれた」

 思いを胸にして、夕焼けのオレンジ色で染まった教室の中、女子が驚いている中、自分。桂杏里はまた言った。

「わたしを見つけてって願ったら、見つけてくれた。愛してって願ったら、愛してくれた。だからわたしは——わたしが死んだら悲しむ人もいることが分かった」

 机の横にかけてある学生かばんをこっそり持って、

「だからわたしは自殺しずに逃げます!」

 オレンジ色の教室から走って逃げ出した。