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Re: あかりのオユウギ2 -剣呑- ( No.230 )
日時: 2008/11/14 17:07
名前: ゆずゆ ◆jfGy6sj5PE (ID: nc3CTxta)
参照: ファゴットの使えない殺人鬼は殺人鬼ではありません。

六話 [ 衝撃-やられたらやりかえせ、の- ]

 生命の危機。
 そんなところで、声が聞こえた。

「なぁにやってるのかなあああああああああ!」

 怒鳴っているような、その声が。
 そしてルナの首を掴んでいた改里の腕に赤い剣が横に刺さった。何のためらいもなく、だ。
 改里は顔に苦痛の表情を浮かべ、ルナの首を絞めていた手を離して、すばやく立ち上がり、雷月の隣へ体が見えないほどの速さで移動した。そして右手に持っていたナイフをどこかへしまい、右手で左腕に刺さっている赤い剣を引き抜いた。
 ルナは上半身を起こして今まで絞められていた首を触って眉を寄せる。

「……お前……」

 改里は、ルナではなくルナの後ろに立っている人物を睨みつけた。ルナはその視線が自分の頭の上を通り過ぎていることを知り、後ろを見た。
 そこには、ルナの知っている人物が怒りの表情を浮かべて立っていた。

「お、お嬢……」

 その人物は、赤いタンクトップに黒いジーパンを着ていた。ジーパンは所々破れている。
 その服を着た人物(という描写は良くないだろう)霊月ファイヤフライは答えない。ただ、目の前に居る改里を睨みつけているだけだった。
 それから数十秒ほど沈黙が続き、その沈黙を雷月が壊した。

「これはこれは」

 雷月は楽しそうに霊月を見た。霊月はその声で、今まで改里に向けていた赤い瞳をそのまま雷月へ向ける。

「お久しぶりですわ。忌々しい被害妄想の塊(かたまり)……」

 雷月はあは、と笑った。
 霊月はそこで睨み止めて、普通の視線で雷月を見て言った。

「久しぶりだな。苛苛する女王気取りの塊……」
「あは……随分と、貶してくれますわね」
「そっちこそ。……ん、新しい執事とか作っちゃってさ」
「眷属作りは大切ですのよ」
「バカなこと言うよなあ……だから雷月一族は殺しても殺しても全滅しないんだもんな」

 ああ鬱陶しい、と言ってから、霊月は自分の赤い髪の毛一本を千切る。その髪は独りでに揺れ、それから伸びたり縮んだり太くなったりして、最終的には改里の左腕に刺さった、いや、刺した赤い剣に変わった。

「殺(や)るんですの?」
「殺しはしないけど、うちの可愛い子がいじめられちゃったからな」
「では、もちろん貴方が今戦おうとしている相手はわたくしではないのですね」
「もちろんさ」

 改里の顔が青ざめる。そしてまたどこからかナイフを取り出し、それを霊月へ向けた。そして霊月を睨む。そして、膝を曲げて構える。

「遅い」

 そこで、改里の鳩尾に冷たい何かが刺さった。
 冷たい。
 改里はゆっくりと自分の鳩尾を見て、また顔を青くした。

「あ、う……」

 鳩尾から、赤い何かが15センチほど出ていた。
 それから改里は後ろを向く。
 改里の後ろには、霊月が居た。改里の左肩を左手で持ち逃げられないようにしてあった。

「あっは」

 霊月は、改里から離れる。
 それと一緒に鳩尾に刺さっていた赤い何かが引き抜かれる。
 改里は力が抜け、うつ伏せに倒れこみ、鳩尾を両手で押した。

「いくら吸血鬼とは言え、下層吸血鬼だから治癒にはもう少し時間がかかるだろ。左手の傷も、ほら……今治癒し始めた」

 改里は、左手を軸にして上半身上げて、それから左手が地面から離れて今度は仰向けに倒れこんだ。そして、改里は眉を寄せた。
 霊月の手に握られている赤い剣に、赤黒い血がついていたのだ。それで、自分の鳩尾に刺さっていた何かは霊月の刺した剣だったのだ。
 そして左腕を自分の目の上へやり、煙が出ているのを見た。

「煙ねぇ……そういう治癒の仕方を見るのは久しぶりだな。2年前に迷月(めいげつ)の下層吸血鬼を殺した時以来だ」

 霊月はそして笑う。それから雷月の方を見て言った。

「とりあえず、今日はこれでおさらばな。わたしもまだ生き返ったばかりだから術の練習しなきゃいけないんだ。だから、そこの可愛い子を連れておさらばだ。じゃあな」

 言って、踵を返す。赤い剣は赤い髪に変わった。
 霊月はルナの元までゆっくり歩いて、魂が抜けたように仰向けになっている改里をじっと見ているルナの目の前に右手を差し出した。

「捕まって。……帰ろう」



 夜道を歩いていた。
 今度は二人で、ルナと霊月と二人で。
 あれからルナが霊月の手に捕まり、改めて向こうを見ると雷月と改里の姿はなくなっていた。なので普通に歩いて帰ってきているのだ。黙りながら。沈黙。
 そしてその沈黙を、色々な疑問でいっぱいだったルナが壊した。

「治癒って……なんですか?」
「あれ? あかりの持ってた本に書いてなかったっけな? うん、まあいいよ」

 治癒っていうのはね——と霊月は話を始めた。

「吸血鬼は絶望するぐらい強力な治癒能力をもっているんだ。だから首を落としても死なない。死ぬためには太陽の下に出るかホワイトアッシュの——」
「あ、そこらへんは知っているので、セーラー服……改里の、下層吸血鬼についての治癒能力について説明してください」
「良いよ。下層吸血鬼は、少しだけ治癒能力を持っている。下層吸血鬼と言っても、それはただの半吸血鬼だからね。だから治癒能力も半文だげになる。だから下層吸血鬼は首を落としたら死ぬよ。腰から真っ二つに切り裂いても死ぬよ」

 所詮は『半』だからね、と霊月。
 ルナはありがとうございました、と例を言ってから、次の質問を霊月へ問うた。

「雷月エレクトリティーとは、どんな関係で?」
「戦争関係」
「……と、いいますと……」
「霊月一族と雷月一族は昔から敵対してるんだ。やることがないと霊月一族から戦争を仕掛けてく」
「吸血鬼も、中が悪いところは悪いのですね」
「ああ。霊月一族と中が良い所は——水月(すいげつ)一族かな」
「そうですか」

 ルナが言い終える。
 また沈黙が続いた。

 そして、ぎゅっと。
 ぎゅっと、ルナの手を霊月は掴んだ。
 その手は冷たく、死人の手を握っているかの様だった。暗闇の中、何も見えない真っ暗闇の中、二人は並んで帰った。霊月が道を選んで進み、ルナがそのスピードにあわせて進む。

「死んだら許さないよ」

 と、霊月が呟いた。
 真っ暗闇なのでその表情がうかがえない。が、ルナは鼻で笑って答えた。

「承知の上です」