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Re: あかりのオユウギ2 -剣呑- ( No.262 )
日時: 2008/11/29 15:05
名前: ゆずゆ ◆jfGy6sj5PE (ID: nc3CTxta)
参照: ファゴットの使えない殺人鬼は殺人鬼ではありません。

十二話 [ 作戦 下 -終わりの- ]

「おうよ」

 改里が、その返事と共に走り出した。
 やはり下層がついても吸血鬼だ。改里はすばやくルナの後ろへ回り込む。と、ルナは視界に改里が居ないことに気づき、なので自分の後ろに居ると察知して後ろへ向かって右足を伸ばした。手ごたえは、有り。ルナは足を戻してから、後ろを向いた。だが、後ろに改里はもういない。

「真っ二つ!」

 改里の声が聞こえ、ルナは振り向く。と、振り向いた瞬間に改里の足がルナの左の腹にぶつかる。

「かっは……」

 ルナは衝動で唾を吐き出しながらも、自分の腹へぶつかってきたルナの足を左手で掴み、右手の拳を握り改里のすねへそれをぶつけた。

「あうっぐ……」

 それからルナは腹の痛みに耐え切れず、改里の足を握っている左手を離す。
 改里は一瞬地面に倒れこんだが、痛んでいる足を無理やり使ってルナから離れる。

「いって……てか月人形、お前つえーな」
「……当たり前です。今は休業していますが、前まで立派な死神だったんですから」
「っは!」

 改里はルナの言葉を笑い飛ばす。誤魔化す為に。自分の弱さを誤魔化す為に。下層はついても吸血鬼の改里にダメージを与えられるなど、ルナの強さも人並みではない。つまり、

「お前は化け物だな」

 ということだ。

「なんでかな。前はあんなに弱っちい奴だったのに……」
「わたしも進化してライチュウになったんです」
「意味分かんねーよ」
「……うふふ。妖怪の力を舐めてもらっては困ります」
「ますます意味分かんない」

 顔をしかめる改里を見て、ルナは右手の人差し指をピンと立てながら左手で左の腹を摩る。

「妖怪たちからパワーを貸してもらっているんですよ。それだけです」
「そんだけで月人形、お前はそんなに強くなれるのか」
「ただしくは半妖になっただけです。あれは事故なんですけどね……いつの間にかできていた切り傷を青二さんが舐めてくれたんです。もちろん傷も治りましたが、嫌な部分まで直り、そこからまたパワーが沸いていたんですよ」

 嫌な部分。
 それは、ルナの『無痛症』のことだろう。ルナは昔姉にいじめられて、そのなんらかの衝撃で『無痛症』になった。だが、今は青二のおかげでその病気もなったらしい。

「結構楽だったんですよね……というか、無表情が直ったところでまた無痛症も少し直りかけていたんですよね」

 まったくです、とルナはあきれた顔をして右手を下へぶら下げる。と、その動作と同時に左手で腹を撫でるのも止めた。
 改里はルナを見、体制を立て直した。

「来い」
「悪魔で切り裂く作戦ですから——ねっ!」

 言葉と同時に、ルナが地面へ置いてあったナイフと注射器を持ち改里へと走り出した。そしてルナはナイフを持っている左手を前へ突き出し、改里へ突進していく。改里は身を右へ傾かせ、そのナイフをよけ、それから左手でルナの手を払い、ルナの顔面へ右手で持っていたナイフを走らせる。ルナはそれを顔を左へやり避けてから右手で握っていたナイフを地面へ落とし、突き出された改里の右手を、右手で掴み、改里の右手に左手でもっていた注射器を刺した。

「あうっ」

 改里が嗚咽をもらし、握っていたナイフを地面へ落とす。
 ルナはかまわず改里の右手へ、液を注射させる。

「悪魔で、切り裂く作戦ですから」

 ルナはそう呟く。そして注射器を見る。と、注射器の中の液は全て無くなっていた。ルナはそれを見、改里の右手から注射器を抜き取る。
 改里はその小さな衝撃で前へ体をよろめかせた。
 ルナは注射器を捨て、急いで改里の体を自分へ寄りかからせる。

「睡眠薬ですからね……まさか本当に吸血鬼にこれが効くとは」
「はは、つーか、こっちもきついんだよ。下層だからって何分も太陽の下に立ってられるはずねーし、ルールつけられてるしさ」
「これも作戦です」
「ははっ!」

 はめられたなあ、と改里は呟き、瞳を閉じた。



 随分と騒がしい『そこ』で、改里は目を覚ました。

「大黒柱はおいしいよ?」
「だから食べるなって言ってるじゃんかああああああ!」
「こっりくるなこっちくるなこっちくるなこっちるくな!」
「こっち『るくな』?」
「噛んだ。悪い?」
「わざと?」
「噛みゅだ。悪い?」
「……わざとじゃなさそうですね」

 『そこ』にいた者の中の数人は、服がぼろぼろだった。

「ひっさーつ! 『おんぶしろ』攻撃ぃ!」
「こうら! わっちの背中にのるんじゃない! あああ! 琴が! 琴があ! ……ぶっ殺す」
「えっへっへ! たれるもんならやってみな!」

 だが、皆笑顔だった。

「……肝」
「我慢しなさいよ」
「……だって、お昼食べ——」

 とても、騒がしくて、耳障り。

「——て、無かった、し」
「どこで区切ってるのよ! 聞きにくいわ!」

 そんな光景を見て、改里は思わず目を擦った。擦り終わってまた前を見ると、まが騒がしい者たちはそこへ居た。
 と、そこで、誰かの手が改里の肩へ手を置いた。

「何にも縛られていないものも、楽しいよ」
「……お前は——」
「お嬢って呼んで」

 改里の肩に手を置いたのは霊月で、霊月は改里が座って眠っていたソファーへ後ろから飛び乗り、座った。

「無理やりなんでしょー? なら破棄すればいい。いや、破棄しなさい。でないと貴方は死んでしまう」
「……でも、そんな方法……」
「あるよ」

 霊月は即答した。

「わたしの下僕——っていうとおかしいな。……わたしの家族の一員になればいいの。イコール、わたしに血を吸わせて、わたしの眷属になればいいの」
「……」
「で? どうする? 貴方も自由になりたいでしょ? 色々と貴方の中の記憶を触らせてもらったけど……返せない借りなんてないの。あんなの、大丈夫。全ては雷月の悪巧みなのさ」

 言って、霊月は改里を見てシニカルに笑う。

「うん。じゃあ、どうする?」
「……僕は」

 改里は俯いて眉を寄せて、それから赤面になって答えた。

「自由に、なりたい」
「そう」

 霊月は俯く改里の頭をやさしく撫でて、それから改里を長細い両手で抱きしめた。

「いらっしゃいませ」



六章、完。