ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: あかりのオユウギ2 -吸血鬼伝説- 2-人物 ( No.55 )
- 日時: 2008/08/21 13:50
- 名前: ゆずゆ ◆jfGy6sj5PE (ID: nc3CTxta)
- 参照: 魔法の使えない魔術師は魔術師ではありません。
一話 [ 人形-感情は、どこかしら?- ]
扉を開けたら、飛び込んでくるのは——赤い靴。
わたしの頭を蹴って、壁にぶちあてて、扉の向こうへ消えていく。わたしは壊れた。今の出——完全に壊れてしまった。いつの間にか笑えなくなっていて、いつのまにか泣けなくなって、痛みすら感じなくなってしまった。だけど、痛みについては、無痛症と言う病気があるらしいけど、その無痛症もきっと…。
お姫様の一族。ウィーツィオ家。そこにわたしは生まれた。
『ルナちゃん、ほら、あの言葉』
わたしは姉様の人形(もの)。だから、それについていつも忠誠を誓わなくてはいけないのだ。だから—ー今日も言う。
『ルナはドールです。ルナは姉様のドールです。今日も、いつも、いつまでも、ルナは姉様のドールです』
◆
「……」(あかり)
「……」(お嬢)
目の前にいる金髪の美少女。左目には眼帯。右腕には包帯。そして綺麗な純白のワンピース。肩より少し下まで伸びた金髪を揺らせながら、彼女。ルナルドール・ウィーツィオは、プリンを一生懸命食べていた。
確か閻魔大王の話によると、ここ二日何も食べてないらしいが——。さすがに十五個のプリンをいっぱい食べると腹に悪そうなのだが。
プリンをもしゃもしゃ食べているルナルドールに、お嬢が言う。
「プリンは逃げていかないよ?」
「むぐむぐ…」
「そのうちデブになるぞー」
「……」
何だか相変わらずな会話を隣で見ていたあかりは、ふぅ、とため息をつくとルナルドールからプラスチックの白いスプーンを取り上げる。
「はっ…」
「はっ、じゃないわよ。いくらなんでも食べすぎ。明日のおやつなくなっちゃったし」
拗ねたのか、ルナルドールと言う食いしん坊は口の中に空気を入れていた。それから、口から空気を吐き出して静かに言った。
「……落ち着かないの。前と違う部屋に、前と違う家にいる人。全てが——落ち着かない」
閻魔大王、本名閻幻天魔大魔王(えんげんてんまだいまおう)様が言うには、このルナルドールという人は、ここに来る前。イコール、自分の家では虐げられていたらしい。それも血の繋がった姉に。
それで、隠し持っていた果物ナイフで、全身を十一個。頭、胸部、太もも、腕、手首、足首をバラバラにして殺したらしい。
たぶん今してる包帯とかは、姉にやられたものらしい。ということは、まだ姉を殺して数日しかたっていないということだ。
それを思い出してから、あかりはルナルドールに向かって言う。
「プリンよりその傷ね。だから栄養とった方がいいよ、ルナルドールちゃん?」
「糖分も栄養に——」
「ならないの」
「——おなかすいてるの」
「それならご飯をあげるっ。もう糖分はやめなさい? ルナルドールちゃん」
また拗ねたように口の中に空気を入れる。それを見ていたお嬢は、何かを思いついた様に笑いながら言った。
「あのねぇあかりぃ…。わたしって吸血鬼なのね? だから、そのっ、血ぃ頂戴!」
「無理」
「あうー即答だよー、ひどいよあかりー」
ふぇんふぇんと泣くお嬢。まったく…。
ふぅ、とため息をついたあかりは、『仕方なく』と言う思いで言った。
「じゃあ、仕方ない…。大人を狙うのよ? 死にそうな…」
「分かってるってっ! まかしといて! 死にそうな奴だねー」
軽ぅく笑い、お嬢はるんるんと踊りながら、霧となって消えた。
それを見ていたルナルドールは、また静かに言う。
「人を…殺すのですね。痛めつけるのですね」
「あー、違うよ。少しばかり血を分けていただくの。一部の時を止めて、そこにいた人の血を飲むの。飲み終わったら、時を動かしておしまい」
「傷…」
「傷はいいの。なんせ——お嬢は口から飲むから」
お嬢は、無闇に人を傷つけたりしない。
「お嬢は特殊な体液を口から出して、それで口からなんだか血が出てくるんだって」
「——そうなんですか」
お嬢は、優しい吸血鬼——なのかもしれない。
そして、ルナルドールが人を傷ずけることに敏感なのは、きっと自分も傷つけられていたからだろう。傷が付く痛みを知っている——だから、いまみたいに質問したのかもしれない。結構優しい子なのかな?
考えていると、ルナルドールが言う。
「勘違いとか、しないでくださいね。ただ、傷を付けられるのは、怖いから」
「痛かったんだね……」
「いいえ。痛みはありません。無痛症と言う病気にかかっていて、たとえ手首を切り落としても痛みなどは感じないのです」
「むつうしょう? へぇ、じゃあ、腕とかをつねっても痛くないんだ」
「ドメスティックバイオレンスは、わたしを壊した。わたしの笑顔を——なくした」
さびしそうに、ルナルドールは言う。それにしても、『笑顔を消した』とはどういうことなのだろうか?
思いながら、あかりはルナルドールに近づいて、そっと抱きしめてあげた。やはりびくびくと震えていて、痛みじゃなくて、恐怖。それにずっと苦しめられていたのだろう。それにしても、表情一つ変えずいるのは何故だろうか?
「ルナルドールちゃ——」
「ルナでいいです。名前、長いし」
「ふぅん…。じゃあルナね。それにしても——すごい名前ね。ルナルドールって…」
「姉様がつけた名前です。ルナルドール…。確か、日本語に直すと月人形と言うものに——」
「人形……」
「姉様の名前はシャールナーです。だから、わたしは姉様のお人形——『だった』」
そうだ。もうルナはその姉様とやらのお人形ではない。あんやこんやで展開が速すぎるが、ルナは普通のルナルドールなのだ。
◆
姉様の笑顔が怖くて——それだけでした。
それだけの理由で、わたしは姉様を分裂(バラバラ)させました。
今は、少し嬉しいです。姉様を分裂させて、良かったと思っています。
もう、恐怖なんか——感じないのですから。