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Re: あかりのオユウギ弐 -吸血鬼伝説- 弐-八-中 ( No.88 )
日時: 2008/09/05 17:57
名前: ゆずゆ ◆jfGy6sj5PE (ID: nc3CTxta)
参照: 魔法の使えない魔術師は魔術師ではありません。

八話 [ 宙に咲いた赤い花 下 -時固め(ときとめ)の怪物- ]

 わたしは絶句して、秋傘の額にめり込んでいる鎌を抜いて、鎌を手からすべり落とした。それから自然に膝がかくっと曲がって地面に膝をぶつけて正座状態になった。信じられなかった。両思いになった瞬間、赤い糸がプツンと切れてしまったのだ。
 涙が出る。綺麗に笑って死んでいる秋傘の顔を見ると、もっと涙が出る。最低で最悪の別れ方。そこであかりは、大泣きした。
 自分は最も死神に近い存在だと嘆き、彼氏(秋傘)を殺したことに嘆き、全てに——この世界の全てに嘆いた。

 不幸中の不幸。今日は、厄日中の厄日だったらしい。



「あーかりー。ご飯ー」

 一階からお嬢の声が聞こえた。そうだ、もう秋傘を殺してから三日もたっているんだ。と、今更になって実感する。
 お腹はすいている。けど、ダメなのだ。何も、入らないのだ。だから、断る。

「ごめん。お腹いっぱい」

 そう言った時だった。階段を上がってくる音か下がってくる音が聞こえて、刹那、自分の部屋の茶色の扉が勢い良く開いたのだ。

「あかりっ! お前は死ぬつもりかっ!?」

 お嬢が、飛び込んできた。

「飯を食え! 食わないと死ぬぞ!? ましてやお前死ぬつもりなのか? あ? なんだよ、彼氏殺したくらいでなんだよ、あーん待ってーわたしも貴方と一緒に——なんてしたらお前ぶっ殺すぞ」

 そして一緒に暴言も飛び込んできた。
 お嬢は、怒っていた。とても、とても——。
 あかりのことを『お前』と呼び、真剣になっている時のお嬢、いわゆる霊月になっていた。それだけ真剣に怒っているのだ。そう感じた。

「お前が、お前が心配で! お前が心配でたまらない! 餓死しちゃうかもって思うと本当に心配だ! お前はまだ生きれる! 生きていけるだろ? なら死ぬなよ、このっ」

 自然に体が立ち上がり、霊月の体にくっつくのを感じた。そして頬を、何か冷たいものが通る。それから、霊月は易しく言ってくれた。

「病むな、あかり」

 自然と自分の両手が、霊月の体を包んでいるのを感じた。
 頭に映像が浮かんでくる。秋傘の、冷たい笑み。思いだすと、もっと涙が出る。それから、ぽろぽろと涙が落ちる中でわたしは霊月に言った。

「ごめんなさい…」



 階段を上る音がドタバタと聞こえたので、月子は階段を少し上って目の前に抱き合っているお嬢とあかりを見た。あかりは、泣いていた。
 泣くって、なんだろう。
 悲しみって、なんだろう。
 なんで悲しくなって、なんで泣けるのだろう。

「わたしは、泣けない」

 感情を壊されてしまった月人形は、もう何も感じないのだ。



 地獄は、今日も静かで閻魔大王は大きな体にあわせて作られた大きな椅子に座っていた。
 あかりは全てを——時が固まった(とまった)ことを『お嬢』に話し、『霊月』はそれを閻魔大王に話したのだ。

「ふむ。あー死神ブルーよ——」
「そう呼ぶのはやめてください」
「ふむ。祭風よ、お前の母さんの名前は何と言う?」

 お母さんのことなんて、ほとんど覚えていない。筋肉の完全麻痺か何かで車椅子に乗っていた所、階段から落ちて死んでしまったと聞いた。でも、覚えている。お母さんの名前は、お父さんがお母さんの仏壇の前で何度も何度も繰り返し繰り返し呟いていた言葉。

「りつこ——祭風 立子」

 祭風立子は逝った。自分を生んでからすぐに筋肉が固まり、動かなくなったと、聞いた。とても寂しい、思い出。
 閻魔大王は絶句していた。それから、お嬢が何かを思い出すように頭をボリボリと掻いて言った。

「聞いたことがある。確か——世界の支配者だとか何とか」

 お嬢の言葉を聞いてこちらをずっと見つめて絶句していた閻魔大王がお嬢の方を向いて、それからあかりの顔を見て静かに言う。

「ああ、そうだ。世界の支配者——世界を支配する者(ワールドルーレパーソン)」
「ワールドルーレパーソン——アレね。アレ」
「ああ、アレだ。時を固(と)めて繰り返しと殺人を行った神なる人間。まさかその人間が、結婚して子供を生んだとはぐゅっ」

 最後に噛んで閻魔大王は黙る。あかりは何が何だか分からず、お嬢に向かって吐き捨てる。

「ワールドルーレパーソン? 何それ——お母さんが世界を支配していた? 何それ……わたし、わたし知らないっ!」
「うん。知ってるよ、あかり。だけど、祭風立子——いいえ、彩樫 立子(あやかし りつこ)は時を固めることができた、人間じゃない人間。だからあかりは使えた。だからあかりは——時間を固めることができる」

 絶句。
 それは、信じられない言葉。
 あかりは、少し笑いながら、少し震えながら言った。

「じゃあ——わたしは怪物なんだ」

 誰もが言葉を失い、俯く。そんな中で月子が、無表情であかりに言った。

「ええ、あかりは怪物。だけど、優しい優しい怪物です。感情を亡くしたわたしでも、それだけは分かる。こんな顔でこんなこと言って悪いと思いますけど——」
「月子の言った通りだよ、あかり。貴方は優しいもの——さぁ、時間が固まった理由が分かったから帰ろう」

 そしてお嬢はあかりに右手を差し伸べた。



 その夜、あかりと月子とお嬢は一緒に寝た。同じベッドの中で、体を寄せ合って、枕を奪い合って——。その時あかりは笑っていた。認められたことが嬉しかったのだろう。
 怪物にも、心はあるのさ——。