ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: †Dark Resonance† -黒き残響- ( No.20 )
- 日時: 2009/08/20 10:27
- 名前: 冬宮準 (ID: QGQgEihT)
Noise 5
Sacrificing himself
水の両手には、ニンジンやたまねぎの入ったビニール袋がぶら下げられていた。彼の横には、藤がいる。彼の手もビニール袋の重さに耐えようとしていた。藤は苛立ったような声で言った。
「ったく…霧のやつめ…なんでこんなに沢山の物をイッキに買わんといかんねん!?手ぇ潰れるわぁ」
水は納得したかのように頷くと、藤を一人置いて路地の方へスタスタと曲がってしまった。それを見た藤は慌てて水を追いかける。
「どこ行くねん?」
「…近道」
水はそう簡単に答えると、足を速めてどんどん路地の暗闇の方へと向かっていく。漆黒の塊に入ってからまだ2日しか立っていないのに、もう近道を見つけてしまったとは、小さながらたいしたものである。藤は今にもビニール袋からあふれ出しそうな野菜達を心配そうな目で確認しつつ、水を追いかけていた。
「あいつら…遅くないか?」
と、レキはソファで茶を啜りながら言った。霧は今調査中で不在だ。向かいのソファには凪がポッキーのチョコレートの部分を舐めながら座っている。彼女はチョコレートを全て舐め終わり、ポッキーがただのプリッツに変わったのを確認すると、心配そうに出入り口である大きな扉を見つめた。
「確かに…遅いわね」
凪がそういうと、レキは何かを感じたのか、彼の指が微かにピクリと動いた。レキはコップをテーブルに置くと、ゆっくりと立ち上がって扉の方へと向かった。
「探してくるから」
そう一言言い残すと、彼は凪の許しも受けずに扉の外へと出て行ってしまった。凪は呆れたようにため息をつき、ポッキーをもう一本、皆が良く知っている紅い箱から取り出し、またチョコレートの部分だけを舐めだした。
「お前って何歳なん?」
藤が水を見ながら言った。彼らは今人気の無い道の上を歩いている。恐らく周りの店は潰れてしまったのであろう、ガラス窓から覗ける店内には誰もいなかった。
「14」
「へぇ、ちっちゃいなあ!」
水は相変わらず黙りこくっている。今までなら身長なんかに興味が無かったのに、何故か藤に「小さい」と言われると苛立たしい感情が湧き出していった。目を細めながら無愛想に下を向き歩く水に、藤も少々呆れてしまったようである。藤はしょうがなさそうに笑むと、立ち止まって怪しい道を見渡した。それに気が付いた水も立ち止まり、藤の方を不思議そうに見た。
「…何」
「いやー、何かさっきから誰かが見てる感じがすんねんけど…気のせいかなぁ」
藤の言葉に、水は少々驚いて藤のように辺りを見回しだした。すると、彼の耳にガタン、と何かが何かにぶつかる音が流れ込んだ。先程まで歩いていた路地の方からだ。水は路地の方を睨みつける。藤もその音に気が付いたのか、水と同じ方向に視線を移した。
「…来る」
水がそう呟いた瞬間。路地の暗闇の中から、何者かが現れた。彼女は白い前下がりの髪に青い瞳を持つ少女で、セーラー服を着ていた。髪の両側の一部分は青いリボンで括られている。彼女は水達に近付くと、青い目で彼らをじーっと眺めて言った。
「やっぱり…漆黒の塊の方たちですね。」
水と藤はまだ少女を怪しそうに見ている。そんな少女は何処かから紺色の短くも長くもない剣を取り出すと、水達のほうへ向けた。
「私は雨音柊(アマネ ヒイラギ)。深紅の塊の一員です。私の上司に命じられました。もし漆黒の塊の物を見た場合は、殺害せよ、と。なので失礼致します。」
柊は地面を蹴り水達に向かって勢いよく走り出した。水達はビニール袋のせいでどうする事もできず、その攻撃を受けるしかないと思った。しかし、
「危ないで!」
藤が水の腕をつかみ、柊の攻撃をかわさせた。それにも関わらず、柊は彼らに剣を向ける。気が付けば彼女の周りには、この前水が使った「神の意志」で現れた魔法円が青白く光っていた。色は違うが、形はほぼ同じだ。柊の魔法円から冷たい固体が現れた。それは次第に上に上がって行き、最終的には長い柱のようなものになる。
「氷の竜やないか!」
藤が驚きの声を上げる。竜は柊を囲むようにして舞っていた。気が付けば水の足元も凍ってきている。その氷は水の足に巻き付き、不自由にさせる。竜の誇るそのスピードはどんどん上がっていき、いつの間にか水達のほうへ矢の如く向かってきていた。こんどはさすがの藤も足元が凍っているのでどうする事も出来ない。竜がこっちに向かってくる。そして、水の腹に竜の氷の角が突き刺さった—…のかと一瞬思えたが、残念ながら違った。氷の竜の体に、何本もの剣や手裏剣、そしてクナイが刺さっていた。竜は大きな悲鳴を上げると、脆い壁のように崩れ落ちていく。氷は溶け、水達の足も自由になった。驚いた水と藤は後ろを振り返る。すると、そこには…
「オレの同僚に勝手に手ェ出してんじゃねえよ、チビ」
ニット帽を被った少年が、柊を睨みながら手を地面に置いた状態で言う。彼の周りには、黒くい魔法円が光り輝き、その上を手裏剣やクナイが舞っていた。
「レキ!」
藤は感心したように大きな声で言う。レキは勢いよく立ち上がると、彼を取り囲むクナイを一本手に取り、それを柊に向かって力強く投げた。柊の腹に紅の染みが広がる。彼女は一瞬驚いたようであったが、すぐに激痛を覚え、痛みに叫びながら硬い地面に倒れた。それと同時に、青白い魔法円も消える。
「あ…う…」
彼女の苦しそうなうめき声にも関わらず、レキは哀れな少女を動物園の生き物を見ているかのように眺めていた。しかしその冷たい目は急に大きく見開かれ、彼は地面にひざまずいた。レキは口を手で強く押さえている。
「ゴホッ、ゲホッ……くそ…っ、ゴホッ」
寂れた灰色の地面を、紅い液体が彩る。その液体はレキの口から指の間をすり抜けて絶えず地面に落ちた。
「レキ…助けてくれたのは感謝すんねんけど、あんまり無理して『自裁』使うなや」
藤はレキの背中をさすりながら言った。レキはまだ苦しそうに吐血している。さすがの水もレキを心配そうに見ながら呟いた。
「…ジサイ?」
「ああ、コイツの能力や。自分の命を削って物を作り出す力。さっきのクナイとかも、コイツが犠牲にした『命根』で作られたんや。でも、そのせいでこんな事になるがな…」
水はビニール袋を下におき、申し訳なさそうな表情で咳き込むレキの背中を、優しく摩った—…。