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Re: †Dark Resonance† -黒き残響-  ( No.32 )
日時: 2009/08/20 17:29
名前: 冬宮準 (ID: dE8MPeNl)

Noise 6
Resonating voice

レキは咳が収まると、パーカーの袖で口を拭いて立ち上がった。彼の足元には吐いた大量の血が池となり、広がっていた。まだしゃがんだままの水と藤はレキを見上げる。レキは無表情に戻り、平坦な声で言った。

「…もう大丈夫なの?」

「ん、驚いたな、お前が人に大丈夫とかいうなんて。オレはもう平気だよ。一時的なことだし」

そう言うとレキは水に笑って見せた。しかし水はやはり無表情のままで返す。藤はその状況に苦笑いをすると、立ち上がって地面においていたビニール袋を取った。

「それじゃあ、行こか」

彼が明るくそう言った瞬間。

「あーら、あたし達の事、忘れないでよねぇ」

一人の女性の声がした。水は振り返る。すると彼の瞳に、負傷した柊を抱きかかえる長めの金髪に緑色の目を持つ女性が立っていた。彼女の後ろでは、大柄な男が硬い顔をしている。

「あたしはローレット=フィッツレイ。柊と同じ深紅の塊(クリムゾンソート)の一員よ♪柊が秘密通信であたし達の事を呼んだの★それでぇ…彼があ…」

ローレットは男の方に手を向けて、彼の代わりに紹介した。

「抄錬寺(ショウレンジ)さんでーす★あたし、この人の本名知らないんだよねぇ」

水はローレットの方を睨みつけていた。どうすればいいのかが分からない。藤はどうやら機械を弄れば無敵だが、優れた戦闘能力を持っているわけではないのであろう。しかもレキは吐血したばかりで、これ以上彼の体に負担を与えるなど、あまりにも酷なことだ。水の手が汗ばんでくる。そのせいでビニール袋を落としてしまった。中の卵がぐしゃり、と気色の悪い音を立てて潰れたのが分かった。すると、

ドスンッ!!

大柄な男が、藤を脆そうな壁に力強く蹴った。壁に強く背中を打った藤は、激しく咳き込み、吐血していた。それに気が付き危険を感じたレキは、地面に手をつき、黒い魔法円を呼び出すと、『自裁』で何本ものクナイを出現させた。急変した状況を感知した水は、先程よりも一段とキツイ目でローレットを睨みつける。

「…何がしたいんですか」

ローレットは柊を壁の前におき、着ていたカーディガンをかけてやると、残酷な笑みを披露して水の問いに答えた。

「あたし達は貴方の中身に用があるのよ。だって知ってるわよ…?」

彼女は水に近付くと、彼の前髪を乱暴につかんで、顔を水の顔に近づける。

「貴方の中に万能な『神の意志』が存在してるんでしょう?あたし達はそれが欲しいの。だからぁ…」

ローレットはベルトについている小さなバッグからナイフを取り出し、水の首元に光る刃を向けた。あと少しで水を殺害してしまってもおかしくないほどの距離。水の頭はひたすらこの状況の解決法を探していた。しかしなんの答えも見つからない。ヒントさえも無い。

—…一体、どうすればいいんだ…?

そう彼が思い詰めた瞬間。

『何をそんなに考え込んでるの、ユク?』

少女の声が、水の頭の中で鈴のように鳴り響く。

『大丈夫。私は貴方の見方よ。』

「………?」

『解決法を教えてあげる。簡単な事よ』

「え…」

『みーんなみーんな、殺しちゃえばいいじゃない!!!』

少女の優しい声が残酷な叫び声に変わったその刹那。水は自分の体の中で何かが激しく動き始めたのを感じた。それは自然と自分を操っている。自分の意志で体が動かない。

—…やめろ、何をさせたいんだ—…!

いつの間にか彼は、冷たい地面に手を突いていた。彼の目が赤くなっている。水ではあるが何か違う「彼」は、力強く叫んだ。

「死ねええええぇええぇぇええええッ!!!!!」

すると水の周りに、ついこの前使ったあの血色の魔法円が表れた。その魔法円は大きく光り輝くと、そこからは何本もの茨が突き出ていく。その茨はローレットと抄錬寺のほうへ勢いよく向かい、彼らをぐるぐる巻きにすると首にも巻き付き、その威力はどんどん強くなっていく。ローレット達の息が荒くなる。

「が…は…っ」

彼女は首に巻きつく茨を取ろうとそれを手で力強く引っ張ったが、そう簡単にいくはずもなく、茨はただ力を増していくばかりであった。

「『神の意志』が暴走しているぞ!」

レキは驚きながら叫んだ。その状況を確認した藤は、壁ごときにやられている暇も無く、水のほうへ走って行った。そして、彼は水の腹に落ちていたクナイを差し込んだ。怯えた水の目が大きく見開かれる。

「なん……で……」

「水君、ごめんな!『神の意志』、在るべき場所へ還御せよ!封印!!!」

藤がそう叫ぶと、クナイが大きく輝きだし、その光は水の体を素早く包んでいった。それと同時に茨が魔法円の中へと戻っていく。水はクナイを刺された痛みに小さな悲鳴を上げていた。彼の頭に、あの少女の声が響く。

『ユク…ごめんね、変な奴に邪魔されちゃった。あとも少しで、貴方は助かったのに—…』

—…なにが…したいんだよ……?

水の意識が朦朧としてくる。そんな中、真っ白な少女が見えたような気がした。そこで、彼の意識は途切れた。

魔法円が消え、水の瞳の色が焦げ茶色に戻る。藤が申し訳なさそうにクナイを抜くと、水は硬い地面に倒れた—…。