ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 黒の惨状 3話目up ( No.14 )
- 日時: 2009/10/18 21:48
- 名前: たきばね ◆rvP2OfR3pc (ID: AzSkpKat)
>>
老人は何も言わない。でも、言う気がないとは感じられなかった。ためらっている、困っているといった気持ちのようだ。
秋久は先ほどの老人と皐月との会話を思い出していた。
皐月はこの地区に、ごく普通の家族で住んでいたらしい。
しかし昨日、警察派の集中攻撃が突如勃発した。この地区が狙われる可能性もゼロとは考えてはいなかったが、あまりに無防備すぎた。
爆破、狙撃、この他にも今の進んだ技術で、電気を使って強力な電気ショックを使うというのが使われた。この話に、秋久は思わず目をきつく閉じた。
巨大な電気ショックは、まだ実験の過程にあり、実現にはまだ遠い段階であった。つまりその「実験」として、この地区が犠牲になったのだ。威力の制御がまだ出来ておらず、敵、味方関係なく被害が及んだ。
家族は爆破に巻き込まれ、帰らぬ人となった。外出していた皐月は助かった。
そこで皐月は状況についていけず、自暴自棄に陥り、警察派の溜まり場に、一人で突っ込んでいくところを、老人に止められたのだという。
「止められたって、説得されたわけじゃないんですけど」
皐月は照れ笑いを浮かべた。「いかにも」という感じの止められ方だった。
『怪我をしたから手当てして欲しい』と、老人が言ったらしい。自暴自棄になり、精神的に正常とはいえない皐月に、手当てを申し込んだ。
「それで手当てしちゃうのも、いかにもって感じだな」
秋久がふっとそういうと、また皐月は照れ笑いをした。
そしてなんとなく、皐月と老人は今を共に過ごしているらしい。皐月自身は、名を名乗ったらしいが、老人の方は名乗らないそうだ。それで皐月は「おじさん」と読んでいる。昨日知り合ったばかりとは思えないほど、老人と皐月の間には家族のような絆が感じられた。
「おじさんが外の様子をどうしても見たいといって、静まったところを出て行って…。あとは宮城くんが知っている通り」
短時間で、色々な出来事が起きた。なのに皐月と老人は、しゃんと今の状況を冷静に理解しているようだった。銃を持った兵士より、戦い慣れているのかと秋久は感じた。
「…お前達は、俺はなんだと思う」
長い沈黙のなかで、ようやく老人が一言発した。だがその一言は、質問返しだった。
「なんだって…」
皐月は質問の意味を理解できなかった。もちろん秋久も眉間にしわを寄せていた。
「名も名乗らず、この辺りでは見かけないこの俺は、いったいなんだと思う」
その質問に、答えがあるとは思えなかった。どちらかというと、教えてくれ、そういった感じだった。なおさら二人は、口を閉ざした。
そんなことは、どうでもいいじゃないか。生きていれば。
秋久は心の中で、声を聞いた。能天気に笑う、兄の姿と共に。
兄ちゃんが、昔言っていた言葉だ。
「——そうだよね」
隣で皐月が優しい声でいう。秋久は知らぬ間に、声に出していたらしい。
「……そう思うか」
老人が低い声でいう。秋久は声に出すつもりのなかった言葉が口に出てしまったせいか、若干返答が遅れた。
「まあ……」
俺じゃなくて、兄が。そう言いそうになったが、喉もとでその言葉は止まった。
「…宮城、と言ったか?」
老人は目を細める。一言一言は短いが、さきほどよりは老人は声を発していた。心を開きつつあるということか?と秋久と皐月は感じていた。
「はい」
秋久は次の老人の言葉を待った。何か、次に繋がるような気がしたからだ。
「お前に似た男を…少し知っている」
秋久は、拳を強く握った。興奮していたのだ。
似ている男——。秋久に思い当たる節は、一つしかいない。
この世で血が繋がっている、唯一の男とは——。