ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 黒の惨状 5話目up ( No.25 )
- 日時: 2009/12/05 15:01
- 名前: たきばね ◆rvP2OfR3pc (ID: AzSkpKat)
六話
ゆっくりと建物を降りる。老人は何を言っても、言わない事は言わない性分だと、嫌なほど昨夜の口論でわかっている。
「ひゃっ……」
皐月が小さな悲鳴をあげた。秋久は後ろを向くと、皐月が路地の間に目をやっている。顔も青ざめていた。
「どうした?」
秋久も路地の間を見る。秋久は思わず目を細めた。
人が、人が三十、四十人も入り乱れ、倒れている。細い路地に密集した死体。近づくと異臭を漂わせていた。
惨い。黒い。これが黒の惨状———。
「…行くぞ…」
秋久は目を細めたまま、皐月の肩を押した。あれだけの惨状をみて、小さな悲鳴一つとは、なかなか肝が据わっていると秋久は思った。今、自分自身一人なら、泣きじゃくっていたかもしれないと情けなくも感じた。
「お前らはそこで止まっていろ」
日の光から隠れるように進んでいくと、老人がストップをかける。
言われた通り止まっていると、五分たっても老人は戻ってこなかった。さすがに黙っていられなくなった秋久は、皐月に「ちょっと見てくる」といって、老人を追いかける。
少し進むと、老人の影があった。老人は建物の影から、大通りをじっと見つめているようだった。
「おい。どうしたんだ」
「静かにしろ」
老人は吐息のような声でいう。秋久は老人に近づく。改めて小さな声で言った。
「どうしたんだよ」
そういうと、老人は一歩下がって、秋久を無言で見た。秋久は老人の目をみて、なんとなく流れで理解した。
秋久はそっと建物の影から、日の当たる大通りを見た。太陽はいつの間にか地を照らしていた。
「……!」
すぐに一歩下がり、目を見開いたまま、老人を見た。
「あれは…なんだ?」
動揺を隠せなかった。いつの間にか自分は、映画の中の世界にでも来たかのかと思った。
「おそらく——」
逆光を浴び、大きな影を造っていた。何人もの人間が「それ」を中心に動き回り、着々と準備が進んでいるといった感じだった。「それ」は秋久もテレビや写真の中で目にした事があるもの——。
長く太い、大きな大砲だった。
「あれでここ一帯を一気に「はらう」気じゃないか?」
老人は他事のようにため息をついた。秋久は驚きで声を発する事ができなかった。
「そんな…そんな事してどうする…!」
声が震えていた。怒りか恐怖か、分からないが、頭が混乱しているのは分かる。
「多分、日本中で一番むごい被害を受けたのはここだろう。こんな不利になるような虐殺的な証拠を、警察派が残しておくはずがない。隠滅だよ」
「まだ…俺らの他に生きている人間だって居るかもしれないのにか!」
秋久は声をあげる。老人は冷静に秋久を見つめ、人差し指を口へ当てた。秋久は下唇を噛み、拳を握る。
「政府派は…気付かないのかよ…自分達のサークルがこんな目に合うのに…」
秋久はすっかり力を無くした。その場にしゃがみこむ。朝の冷たい風が、頬を横切る。
「——その方が都合が良いのさ……」
老人の声が風と化する。秋久は顔をあげた。老人はもう元来た道を引き返していた。
秋久は立ち上がり、老人の方へ駆けていった。
「おい、どうするんだよ」
秋久は不安そうに問うと、早歩きのまま、
「ここでお前一人に説明しても、またあの娘に説明しなきゃいけない。それでは面倒だ」
秋久はそう言われ、黙った。でも一応、何か策があるんだと思うと、少しだけ気持ちが楽になった。