ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 黒の惨状 ( No.3 )
- 日時: 2009/09/20 14:40
- 名前: Black Picture ◆rvP2OfR3pc (ID: AzSkpKat)
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訓練はそう苦しいものではなかった。
自衛隊が行うような血反吐吐くような訓練を当然、素人の一般市民にやらせる訳がないとは思ってはいたが、それなりの覚悟はしていた。ただ毎日長距離を走り、腹筋、背筋、腕立て伏せなどの筋力運動、射撃訓練など、普通のジムや、射撃ゲームなどでできるようなものばかりだった。
しかし一番辛かったのは、精神訓練だった。
人を殺すということはどういう事なのか、政府派はいかに愚かか、警視庁の名誉がいかなるものなのか、などと、洗脳するように叩き込まれた事だった。
それでも秋久は人を殺すまいと、自分の意志をしっかりと胸に刻み込んでいた。
訓練中にも浅い関係だが、友人と呼べるような人もできた。しかし、どの人も年上であり、秋久を見るなり、一体どれだけ優れているのだろうと誰もが注目した。それが秋久にとっては、小さな苦痛であり、訳の分からない罪悪感を生み出した。
そして一ヵ月後。
世の中は更に状況を変化させた。政府派が、一般市民への——警察派への攻撃を図ると通告してきたのだ。が、政府派に加担すれば、身の保証はするという脅迫的な情報が流された。これに従順な人もいれば、まったく無視する人もいる、多種多様な考えが入り混じる中、警察派も攻撃の準備に取り掛かった。
やがて人々は気付いていく。
センソウが始まったのだ、と。
人間は同じ事を繰り返す馬鹿な動物さ。
繰り返して繰り返して、それでも繰り返す。
繰り返してばかりのくせに、同じ毎日に飽き飽きする。本当に阿呆だよな。
智久はよくそう言っていた。でも本気で呆れている口調ではないとわかっていた。智久は人が好きだった。表情があるし、何より叡智であるからだという。
しかし叡智であるからこそ阿呆なのだ。それはどうにもならない事であるから、悲しかった。
「兄ちゃん…どこに居るんだ…。どこかに…居るのか?」
血、悲鳴、爆音…。この記憶だけが頭の中でスパイラルする。秋久は、今にも狂ってしまいそうだった。見渡す限り、動かなくなった人間しかいなかった。もうこの地帯も全滅に近い。警察派も政府派も、死ぬ姿は同じ人間なのだ。
秋久は右腕から絶たず垂れ流れてくる血を、抑えるのに精一杯だった。銃弾を発砲中の戦場で、流れ弾が当たったのだ。
ふらついた足取りで、当ても無く足を動かしていた時、自分が歩む足音しかしなかった空間に、ガタンと何かが倒れたような音がした。秋久は反射的にその方向に目をやった。
「…!」
崩れた建物の影から、少女と老人が居た。
老人は下を向き、立っているのがやっという感じで、少女に支えられている。少女は秋久を見るなり、怯えた表情を見せた。
——政府派か。
この地帯で生き残った、政府派の人間。政府派の人間は抹殺しろと言われている。
少女は涙を流して、怯えながらも秋久を睨んだ。怯えは手に持った銃であり、憎悪は「警察派」という部類にあるものからだ。
もちろん秋久は殺すつもりなど微塵もない。どうか生き残って下さい、そう心で呟き、二人の小さな人間に背を向けた、その時だった。
「おい!お前!」
大きな声と共に、片手に銃を構えた「同胞」が現れた。
「何をしてる!そいつらは政府派だぞ!銃口を向けろ!」
そう言って「同胞」は走りながら銃を構えた。少女は支えていた老人にしがみつき、きつく目を閉じる。
——兄ちゃん、こいつ今、人を殺そうとしてるんだ。何も意味無いのに。
赦してくれ母さん、父さん。赦してくれ兄ちゃん。
秋久は手に持っていた銃を構えた。
低い銃声が、空間に響いた。