ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 悪魔の書 ( No.1 )
- 日時: 2009/10/05 14:08
- 名前: 葬儀屋 ◆cQaFbCAsNs (ID: 7uDpQ2OC)
高校からの下校途中、琉華は近くの本屋に寄って、新刊コーナーをチェックしていた。
琉華は十七歳の高校三年生だ。今まで平凡な人生を送り、大きな不幸もなければ至上の喜びを得たこともない。それが、琉華にとっては「普通」だと思っていた。
趣味は読書で、漫画でも小説でも興味を持った本は買って自宅で読み、今日みたいに度々本屋に寄っては、新刊をチェックしたり雑誌を立ち読みしたりもしている。
(う〜ん……今日は、あまり面白そうなのないなぁ……)
軽く、琉華はため息をついた。
本屋の中はしんと静まり返っており、妙に自分のため息が大きく聞こえて、琉華は少しだけ恥ずかしくなった。
そして、琉華はその後雑誌を読み漁り、単行本コーナーの本などもチェックしていく内に、いつしか時間が経つのを忘れてしまっていた。
(……うわ、暗っ!)
気づいた時には、日が沈んで窓の外は真っ暗闇になっていて、琉華の近くの壁にかけてあった時計を見ると、時刻は午後七時を指していた。
(ありゃりゃ……もう帰らなくちゃ……)
急いで本屋を出て、琉華は帰路についた。
この辺りは住宅街で、家が多く建っているせいか、見通しが悪く道もやや複雑になっている。初めて来た人なら、まずほとんどが迷う。暗くなると、道が見えにくくなるので尚更だ。
琉華は住宅街の中を進んでいく内に、一本道に差し掛かった。
すると途中、電灯が消えかかっている電柱の下に、真っ黒なキャミソールを着た長い髪の少女が、正座しながら腿の上にいる猫を撫でているのが見えた。
見た感じ、小学生の高学年——十から十二歳くらいだろう。
(あの子……)
琉華は思わず、その場に立ち止まってしまった。
この少女は、街の至る所でよく見かける。
ある日は通学路だったり、またある日は公園のベンチに座っていたりと、日によって見かける場所は違うが、共通するのはいつも同じ恰好をしていて、いつも一人でいるのだ。
だが、このような時間に見かけたのは、これが初めてだった。七時以降は、あまり外に出てないためなのだろうが……。
前々から、琉華は見かける度に不思議な少女だとは思っていたが、小学生くらいの少女が暗くなってもまだ、自分の家に帰らないところを見ると、きっと何か事情があるに違いない。
興味が湧いた琉華は、少女に近寄り声をかけてみた。
「家に……帰らないの?」
すると、少女は猫を撫でたまま、顔だけを琉華に向ける。
「……お家、ないもん」
「お父さんやお母さんは?」
「いないよ。死んじゃった」
両親は他界、そして親族か誰かに引き取られもされなかったのだろうか……と、琉華は思った。
「寒くないの? お腹、空いてない?」
「ううん。寒いとか暑いとか……全然。お腹なんて、空いたこともないよ」
今は四月中旬に入ったばかりで、昼間は暖かくなってきたが、夜はまだ肌寒い頃だ。何日食べていないのかは知らないが、生き物として絶対に腹が空かないはずがない。
どこか変になってしまっているのだろうか……と、琉華は興味程度で話しかけたつもりが、本気で心配になった。
「ね、うちに来ない? なんか……可哀相だし……」
と、琉華が言うと、少女は驚いたようなそうでないような、とても複雑な表情を浮かべた。
「……ありがと。でもいいんだ、ボクは……」
そして、「お姉ちゃん、優しいね」と笑顔で続ける少女。とてもかわいらしい笑顔だった。
何かしたわけでもないが、少女の言葉に何となく照れてしまう琉華。
「……そうだ。お姉ちゃんに、これあげる」
と、少女は自分の右側に置いていた本をとって、琉華に差し出してきたので、琉華は受け取った。
茶色い皮の表紙のこの本は、琉華が少女を見かける際には必ず、右手に持っていた本だった。
「これは……?」
しかし、琉華が本に気をとられていた、その一瞬の間に少女はいなくなっていた。
ここは一本道だ。周りは塀ばかりで、隠れるような場所はない。交差点とは、ここから一番近くても五百メートルは離れているはずだが……。
まあ、暗くて見えないせいもあるだろうと、琉華はあまり気に留めなかった。——気に留めたくなかった、と言ったほうがいいだろうか。
少女から貰った本の内容は、辺りが暗くて確認できないため、琉華は自分の部屋で見ようと、ここは自宅に戻ることにした。
*
帰宅してすぐ、琉華は母の「お帰り」という挨拶を適当に返し、二階の自分の部屋へと駆け上がっていった。
部屋の電気をつけて本を机の上に広げ、中を確かめる琉華。
しかし、なんと全ページ白紙だった。絵はおろか、文字の一つも書かれていない。
いたずらだったのだろうか、と琉華が憤りを俄かに覚え始めた時、ふと表紙の裏に何かが書いてあるのが見えた。
(ん? 何かしら……)
そこには、こう書いてあった。
『この本に書いたことは、全て現実となります。ただし、具体的に書かないと効果がありません。自身を指す代名詞は、書いた人間と見なされます。なお、起こす日時を書き込むことで指定することも可能です。またページを破ると、その破られたページに書いて起こったことは無かったことになりますが、有効期限は十日未満のことまでです。起こしてから十日以上過ぎてしまうと、たとえページを破っても帳消しにはなりません。この本の使用は、くれぐれも自己責任でお願いします』
とても信じられないような内容だったので、頭ではバカバカしいと思いつつも、一度くらいは試してみたいという好奇心が、琉華の中で湧いてくる。
いたずらにしては妙に手が込んでいて、使ってみたいという気持ちが自然と起こるようないたずらだと、琉華はつくづく感じた。
「琉華! 晩御飯どうするの! さあ、早く下りてきなさい!」
すると、母親の声がした。階段の下から叫んでいるのだろう。
琉華は「今行く〜!」と返事をして、一階へ向おうと部屋の電気を消すと、途端に少女のような人影が部屋の中にぼんやりと浮かび上がった。
驚いた琉華が慌てて電気をつけるが、そこに人の姿はなかった。
薄気味悪く思いつつも、琉華は再び部屋の電気を消し、一階のリビングへと向かった。
- Re: 悪魔の書 ( No.2 )
- 日時: 2009/10/05 15:44
- 名前: 葬儀屋 ◆cQaFbCAsNs (ID: 7uDpQ2OC)
夕食を済ませた後、琉華は部屋に戻って電気をつけ、机に座って少女から貰った茶色い表紙の本と向き合っていた。
(う〜ん……何を書いてみようかなぁ……)
本当に書いたことが現実となるのか、試しに本に自分の願いでも書こうとしたが、いざとなると中々思い浮かばない。鉛筆を右手に持って本に先をつけるが、それ以上手が進まない。
実際、琉華には「今、これが欲しくて仕方ない」とか「彼氏が欲しい」とか、そんな願望はそれほど無かった。
学校などで、友達とかが自分の無いものを持っているのを見ると、その時は「欲しいなあ」と思うこともあるが、家に帰った頃にはどうでもよくなってきていて、寧ろ「面白い本が読みたい」という願望の方が強まる。それを琉華は、中学時代から続けている。
だが、琉華は今のところ本にも満足していて、正直欲しい本も思い浮かばなかった。
(しょうがない……お風呂にでも入って考えよ……)
大きくため息をついて立ち上がり、琉華は部屋のタンスから替えの下着を取り出して、風呂へと向かった。
*
髪や体を一時間近くかけて洗い、髪をタオルで包んでから湯船に浸かりながらも、琉華はずっと本に書くことだけを考えていた。
欲しい物……思い浮かべてみると色々あるのだが、すぐにぼやけて消えてしまう。それは、自分が本当に欲しい物ではない。本を使って、何か大きな事件を起こしてみるのも面白いとは思ったが、果たしてどんな事件を起こしたらいいものか、琉華には思いつかなかった。
あれこれ考えているうちに、湯船に浸かってから一時間は経過した。たかがいたずらに、どうして悩んでまで考えなくちゃいけないの、と琉華はにわかに苛立ち始めた。
同時に上せてきたので、湯船から上がってタオルで体を拭きながら、ぼんやりとした頭でふと思いついた。
(……そうだ! だったら……)
思いついた途端、琉華のおぼろげだった思考回路は一気に回りだし、急いで体を拭き、洗面所で適当にドライヤーで髪を乾かすと、薄青いパジャマに着替えて部屋へと走っていく。
そして、琉華は机の上の本にこう書いた。
『自分のベッドの上に、百万円が置いてある』
具体的に書かないと効果が無いらしいので、まあこでもんな感じならもしかしたら起きるんじゃ……と、琉華は「まあ、そんなわけないか」とベッドを見ると——。
「……ウソぉ!?」
本当に、百万円が札束で置かれていた。
琉華は信じられなかった。こうして実際に起きてしまうと、ただただ驚くしかなかった。自分が置いたわけではないし、書く前は置いてなかったので他の人とは考えられない。
だが、「そんなわけない」と琉華は信じきれず、また新たに書いてみた。今度は、ぱっと思い浮かんだ。
『今から明日の午前六時まで、雨が降り続ける』
日時も指定し、これはどうだと琉華が窓の外を見ると————先程まで、少なくとも下校時には雲一つ無い快晴だったはずなのに、雨が降っていた。
「すごぉい! 何これ!」
完全に信じ込んだ琉華は、面白くなって次々と起こしたいことを書き込んでいった。『自分の体重が十キロ減る』『机の上にチョコケーキ』『机の中に新しいPSP』など、まだ些細なことだが、琉華はどんどんと書き込んで、自らの願いを叶えていった。
その間、ふと本をくれた少女のことを思い出した。なぜこんな便利な本を自分にくれたのか、琉華は色々と考えたが、「きっと、天使からの贈り物なんだ」という結論に達し、それ以上は考えなかった。
しかし、十個くらい書いたところで、思い浮かばなくなってきた。本は別だが、それ以外のことにかんしてはあまり欲がない琉華に、今すぐ叶えたい願望というものが、ほとんどと言っていいほど無かった。今のだって、ただ面白くてやってみただけで、大して欲しいものでもない。
(う〜ん……まあ、まだページはいっぱいあるし……明日考えてもいいよね)
ひとまず、今日は寝ることにした。本を閉じ、部屋の電気を消して、ベッドの中へと潜っていった。
就寝時刻はいつもよりも早い、午後十時だった。
*
午前五時五十分。
昨日、普段より早く寝たためか、琉華は早い時間に目を覚ましてしまった。
起きたばかりでぼんやりする頭で、外から聞こえる雨の音を聞いた。それと同時に、琉華は体を起こしてベッドの傍のカーテンを開けて、外の様子を見た。太陽が雲に隠れていて暗く、勢い良く出したシャワーのような雨が降っていた。
(そういえば……六時まで降るんだっけ……)
とりあえず、琉華は特にやることがないので一階の洗面所で顔を洗い、身だしなみを整える。
その内に、聞こえてくる雨の音が段々と小さくなっていって、やがて全く聞こえなくなり、琉華の左にある窓からは眩しい朝日が差し込んできた。ちょうど、六時になったのだろうか。
「うわ、まぶっ……」
思わず、目を細めてしまう琉華。
身だしなみを整えたところで、部屋に戻って制服に着替える。その途中、ふと机の上の茶色い本が目に入った。
(どうせなら……学校は楽しいほうがいいよね)
そう思い、琉華はブレザーを着てから茶色い本を開くと、ペン立てから一本、鉛筆を取り出して本に書き込んだ。
『今日、自分の学校に、背が高くて線の細い美男子が、転校生として来て自分のクラスに入る』
うふふと笑いながら、琉華はこれからの学校生活を想像した。その男子と仲良くなれたらいいなとか、彼氏になったらいいなとか、いざとなったら本を使ってものにしてやろうかなとか……とにかく、色々考えた。
その時だ。突如、周りに誰も居ないはずなのに、くすっという笑い声が聞こえてきた。声から察するに、小学生くらいの少女だろうか。
琉華は驚き、部屋の中や窓の外を見渡すが、少女どころか人の姿さえない。
(気のせいかな?)
そう思って、琉華は自分の空耳だと信じ、部屋を出ようとドアノブに手を掛けた瞬間。
「どうなっても、知らないからね」
少女のような声で、今度ははっきりと聞こえた。気のせいじゃない、と確信した琉華は後ろを振り向くが、やはり人の姿はなかった。
- Re: 悪魔の書 ( No.3 )
- 日時: 2009/10/05 15:50
- 名前: 葬儀屋 ◆cQaFbCAsNs (ID: 7uDpQ2OC)
※修正点
>>2のある一文。
まあこでもんな感じならもしかしたら起きるんじゃ
↓
まあでもこんな感じなら、もしかしたら起きるんじゃ
他にもあるかもしれませんが、はっきりとしたもので今のところ見つけたのはこれだけです。
- Re: 悪魔の書 ( No.4 )
- 日時: 2009/10/06 17:17
- 名前: 葬儀屋 ◆cQaFbCAsNs (ID: 7uDpQ2OC)
午前八時。琉華の普段の登校時間となった。
琉華は、今にも歌って踊りだすのではないかと思うほど、誰から見ても楽しそうな顔をしながら、通学ルートを歩いていく。先程の怪奇現象など、まるで忘れた様子だ。
この住宅街は、まだあまり車が通らず割と静かだ。住宅街を抜けた先の道路から、車の出勤ラッシュやら帰宅ラッシュやらが見られる。
自宅から、琉華の通っている高校までは、徒歩で二十分くらいだ。普段なら、その間「面倒だ」とか「行きたくない」などと思う琉華だが、今日は違う。自分の書き込んだ「転校生」が、気になって気になって仕方なく、どんな感じの男子なんだろう……と、端から見れば不自然なくらいニヤニヤしながら歩く。
歩くこと十分。住宅街を抜け交差点に出て、横断歩道を渡ると、昨日琉華に本を渡した少女をよく見かける、あまり敷地の広くない公園が見えてきた。
気になって、琉華は公園の中を通りすがりに見てみるが、今日はいないみたいだった。
いつもいるわけではないので、特に珍しいわけではないが……。
そして、琉華は今朝の怪奇現象を思い出して、背筋がぞっとした。琉華の聞いた声は、昨日本をくれた少女の声に似ていた——というより、そのものだったのだ。
もしも、だ。実際に姿を見たわけではないのだが、もしも自分の部屋にあの少女がいたのだとしたら——と、琉華は一気に意気消沈してしまった。
*
自宅から歩いて二十分、琉華が通う高校に着いた。
今朝覚えた恐怖感と気味の悪さのせいで失っていた、背が高く線の細い美男子(と、本に書いた)の転校生への期待が、校門を通ったところで再び膨らみ始めた。
不自然に思われないよう、ついニヤけてしまうのを堪え、顔を下に向けて隠しながら、自分のクラスである三年一組の教室へと入っていく。
教室の中は、何やらざわついていた。友達同士の雑談などが、単に混ざり合っているためだけではないような気がする。
「おはよ、琉華」
琉華が席につくと、後ろから挨拶をされたので、琉華は振り向いて「おはよう」と返した。
今、挨拶をしたのは琉華の中学時代からの親友である少女、恵理だ。当時、同じクラスで席が隣り合っていたこともあってか、二人は些細な会話から、やがて親友と言い合える仲になった。
性格は明るく、幅広い分野に好奇心を持ち、色々なことに進んで挑戦していくので、そのせいもあるのか雑学や豆知識などを(無駄に)多く知っている。
「ねえねえ、知ってる?」
「何を?」
琉華は聞き返した。
「今日、ウチのクラスに来る転校生の話。なんでも、ちょ〜イケメンらしいよ!」
「え〜、マジで!?」
と、琉華は大げさに驚いてみるが、自分がそうなるように仕組んだのだ。当然、これは芝居だ。どうやら、これも現実となったようだと、琉華は安心すると同時に、ますます期待感が高まった。
既に校内中の噂となっているらしく、そこら中から転校生に関する話題が聞こえてくる。
その後も琉華と恵理が適当に話していると、担任である中年の男教師が来た。その瞬間、教室内の生徒たちは各々の席につき、中には自分のクラスに戻る生徒もいた。
担任が教壇に上ると、今日の日直が朝の礼を済ませる。担任は出席簿を教卓の上に広げ、出欠確認をした後、低い声で話し始めた。先程の煩かった教室内が、嘘のように静まり返っている。
「さて……もう分かっているとは思いますが、今日からこのクラスに男子の転校生がやってきます。これから、彼に自己紹介して貰います」
話し終えると、担任は教室の外へ手で招く動作をして、合図を送った。すると、その転校生は落ち着いた様子で教室に入ってきた。
その容姿を見た瞬間、これは別の意味で想像以上だ……と、琉華は思った。背が高く、線が細いのまでは分かりきっていることだが、女子のような可憐な顔をしていて、イケメンというよりは可愛い系の男子だった。が、目はとても優しそうな雰囲気を醸し出し、クラスの女子に大変な好印象を与えたようだ。
「佐藤慧です。引っ越してきたばかりでまだ慣れていませんが、宜しくお願いします」
高校生の男子にしては高い声で、簡単な挨拶をして済ませた。
そして、担任は「じゃあ、空席になっているあそこ……宮野さんの隣に座って下さい」と、慧に席の指定をした。宮野の隣、つまり琉華の隣の席だ。
慧は軽く頷き、琉華の隣の席に歩いていき、机の脇に鞄を掛けてから座り、少し恥ずかしそうに微笑みながら、琉華に小さな声で言った。
「宜しく。分かんないところ聞くかもしれないけど、その時はお願い」
「うん」
笑顔で返す琉華。
ちなみに、転校生こと慧が琉華の隣に座ることも、琉華にとっては計算通りだった。転校生が自分の隣の席に来るよう、『本』に書いて仕向けたのだ。
——しかし、このことが後に大きな事件に繋がるとは、この時思いもしなかった琉華だった。